弓取りと雨女   作:hirag

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41話

 

 時刻は午前11時。神社境内の奥の部屋で神主が祝詞と同時に祓いの言葉を読み上げる。5分ぐらい経った時にふと、背後から風が吹いてきた。

 その時、祖母の言葉を思い出した。祝詞を上げている時に風が吹いてきたときは神様が歓迎をしているっと。そんな言葉は一度も信じたことはなかった。

 その言葉が本当ならば、殺人鬼を自分の家に入れるようなものだ。他にも似たような意味を持つが今の私達には合わない。

 

「以上でお祓いを終わります。皆様のご武運をここで祈っております」

 

 神主がゆったりと一礼する。

 お祓いを終えた私達は各自、更衣室に入る。中には住職の側近の女性が2名が控えていた。2名の間には私に用意された衣装。

 的に重なるように斜め左上方向に矢先が向いた紋様。伊丹家の家紋が印字された群青色の上衣に袴に身を包む。

 最後に1人の女性から「動かないように」と指示があった。

 鏡の前で目を閉じる。シュルシュル……布が擦れる音と額がきつく結ばれている感覚があった。そして「終わりました」の言葉を合図に目を開ける。鏡を見ると額に家紋が印字された鉢巻が巻かれていた。

 

 模擬刀を腰に差して準備を終え、更衣室から陣屋に移動した。

 陣屋には、関係者が慌ただしく駆け回っていた。砂利を踏む音が聞こえ、振り向くと紗夜の姿があった。

 

「伊丹さん。準備はよろしいですか?」

 

 彼女は私と同じ衣装を着ており、唯一違うのは黒い鉢巻を巻いていた点や腰の物。模擬刀を差していなかった。

 

「あぁ、コンディションはばっちりだ。それにもう一つの方も」

 

 その時、砂利を踏みしめる音が短い間隔で迫ってくる。「部長!」と陣屋に入ってきたのは、合宿で同じ部屋だった小野晃一だった。

 

「準備は出来ました。いつでも大丈夫です!」

「小野さん⁉こんなところで何をしているのですか?」

「部長のお手伝いです。僕以外にも弓道部の人間と引退した先輩に向こうの弓道部の方々も来ていますよ」

 

 奇しくも両校の弓道部全員がこの地に集合することになった。みんながこの舞台を無事に済むことを願って……

 

「それはよし、30分ぐらいあるがこの特徴の人物を監視しててくれ」

 

 小野はメモを受け取ると直ぐに陣屋を出て行った。

 

「うまくいけばいいのですが……」

「大丈夫。これだけ人手があるから上手くいくはず……」

 

 協力してくれたのは学生だけだった。父の知人にも連絡をしたが、よい返事は帰ってこなかった。大人たちは子供騙しだと思ったのだろう。

 そうこうしていると開始を告げる花火が打ちあがる。

 

「話はここまで。さぁ、行きますか」

 

 耳栓をして控室を出てる。弓と矢を準備していると物語のあらすじが流れ始める。

 

『その昔、山の中で弓を片手にイノシシ狩りをしている青年が居ました。青年は猪だと思い、矢を放ちました。しかし、仕留めたのは猪ではなく。神様の化身と言われていた白蛇だったのです。青年はその事が怖くなり、村に逃げ込みました』

 

 あらすじに区切りがついたところで豊中を始めに紗夜、斎川、若宮、井波。一番後ろに私が続く。幕を超えると正面と右隣の柵の向こうに大勢の人の姿が見えた。その少し離れた所に高台に模した台座があり、大弓が近くのスタンドに立て掛けられていた。

 

 大池から300m以上離れた場所に整列したその瞬間、大池から水しぶきをあげながら大蛇が姿を現す。白と黒を基調とした色合いに、まるで本物のように身体をうねらせていた。

 

「これって模型……ですよね?」

「そう聞いていましたが……これは……」

「本物のバケモンやんけ」

「悪趣味だな。ほら、舌までシュルシュルと動かしているぜ。まるで誰から喰ってやろうか。吟味しているようだ。なぁ、一矢」

 

 豊中が言う通り、目前の化物は舌を出したり引っ込めたりしている。しかし、あれは模型。池から出てくることはないと聞いている。

 

 腰に付けた矢筒から鏑矢を番える。横目でみんなを見ると全員が矢筒に入っている矢に手を伸ばしていた。

 池を超えた木板に狙いを定めて放つ。高い音が鳴り響く。それと合図に全員が矢を番える。豊中と斎川は右膝を地面につけて弓を構える。男性陣の次に女性陣と共に残心の隙を消す様に続いて射る。

 

 飛翔するのは数多の矢。それは雨の様にまばらに目標に中る。標的は模型だから当たり前の事だが、表情を変えないところに不気味さを醸し出している。

 そろそろかと矢筒の中にある矢を探るように手を入れて本数が残り5本しかない事を感じた。

 

 最期の矢を射るとその場を離れ、200m程離れた台座に向かって走る。そのタイミングにナレーションが流れ始める。

 

『このままでは埒が明かないと悟った一人がその場を後にする。全員が彼が逃げたと思ったが……』

 

 台座に上がり両手で大弓を手に取る。大弓のアンカーを石の隙間に突き立て構えながら会場全体を見渡す。

 

『彼は大弓を手に高台に上り戦況を確認する』

 

 例の仕掛けがどのタイミングで起動するか。もし、私ならば孤立する時に仕掛ける。つまり、今仕掛けて来る可能性が高いと考えたが何も起こらなかった。

 

 流れのままに傍にある矢筒から全長120㎝の(得物)を取り出して矢を軽くあてがえながら、タイミングを見計らう。

 放つタイミングは全員が身を低くしたその瞬間。全員には矢が無くなった身を低くするように伝えている。台座に着いてからすこしすると斎川が最後の矢を放ち、身を低くしたのを目視で確認した。

 

『持てる全ての矢を打ち尽くしましたが、大蛇はピンピンしていました。それを見た男性は高台の上から狙いを定めて引き絞る』

 

 一本目は胴体。その次は頭部……そこを射抜けば終わり。弓が大きい分、弦を引くための力が要求される。成人男性でも引き絞るだけでも手が一杯。

 

 弦を引き絞り角度を微調整する。狙いを定め、矢を放つ。

 

 耳栓をしているとはいえ、風を切る轟音と同時に全身に強い衝撃が走る。矢は狙い通り胴体に中った。中った個所の一部が剥げ中から機械仕掛けの中身が見えた。

 

 残心をとり、次の矢を準備をしようとした瞬間。異変は起きた。

 

 大蛇が上体を崩し、水しぶきをあげると動かなくなった。陣幕の側に目をやると寺の関係者が慌てた様子を見せていた。あの様子を見ればこれは想定外の事態だということわかった。

 

『設備に不具合が発生したため、一時中止に致します』

 

 構えを解きながら耳栓を外して池の方に目をやる。大蛇の周囲には関係者がぞろぞろと集まっていた。後ろを向くと紗夜達が集まり、大蛇の方に目を向けていた。

 

「中止なのでしょうか?」

「あれがあの状態ならそうするしかないな」

「ともあれ、一回控え室に戻った方がええかもな」

「ああ、その前に観客に礼をしてから。その後で陣幕の中で待つとしよう」

 

 観客の方に振り向くとひまりと日菜の姿があった。そのまま観客に頭を下げたその瞬間。観客席からざわめきが聞こえた。頭を上げて観客たちを見ると彼らは私達の後ろに目をやっていた。

 

「みなさん! アレを見てください!」

 

 声を聞き振り向くと大蛇が不規則な動きをしながらこちらに迫っていた。あれが住職が言っていた仕掛けだと直感で分かった。

 関係者が非難を進めるが後ろには観客がまだ残っていた。ここで避けると観客に怪我を負わせ、最悪の場合には大惨事に陥る。

 それを回避する為にあることを思いつき、大弓を手に取って残り1本の大矢に手を伸ばしていた。

 

「おいバカ! 何考えてんだよ! 逃げるぞ!」

「ここであの化物を仕留める。君達は観客の非難を薦めて! あとこの模擬刀預かってて」

 

 豊中に装飾品と模擬刀を押し付けると彼は何かを言いかけていたが、紗夜が遮るように私達の間に入った。

 

「待ってください。ここは彼の言う通りに私達は観客の非難を優先しましょう」

「氷川さんの言う通り。私と若宮さんはあっちの観客の誘導をします。男二人は反対側を……」

「伊丹さん。もし失敗したら、あなたも逃げてください」

 

 観客の悲鳴が聞こえ、矢を持つ手が震える。もし、外したら……私達は無事では済まないかもしれない。嫌な考えが頭を過る。

 

『怯えるな。よく見ればチャンスはある』

 

 よく見ろって……簡単に言ってくれる。ただでさえ、不規則な動きをしている上に弓はアンカーのせいで固定されて動かすことが出来ないのに……

 それでも、私達はやらないといけない。落ち着け……落ち着け……

 あれが機械仕掛けならば、どこかに心臓部があるはずだ。相手をよく見ろ。探し出せ……

 

 その時、不思議な感覚が私を襲った。

 周りの音が段々聞こえなくなり、迫り来る大蛇の動きもゆっくりに見えた。大蛇をよく見ると眉間の辺りに膨らみが見えた。あそこを射抜けば止まると直感が働く。あとは矢を放つタイミング。

 一番は私に対して顔を向けたその時。しかし、スタミナの事を考えると悠長な事は言ってられない。そうなるとこれは賭けになる。

 

 その時、大蛇は私の正面から進んできた。

 

 ──いまだ! 

 

 心の中で叫ぶと同時に矢を放つ。矢は真っ直ぐ飛び狙い通り、大蛇の眉間を射貫いた。大蛇は砂煙を上げながら私の目の前で動きを止まった。

 

 中った場所を見てみるとそこには大きな穴が開いており、中には動力源らしき装置が壊れていた姿を覗かせていた。

 

「──おーい!」

「大丈夫か⁉」

「あ、あぁ」

 

 彼らの声が聞こえにくく感じる。耳栓を外した状態であの轟音。もしかしたら聴覚に問題が出たのかもしれない。

 

「伊丹さん! 手から血が!」

 

 右手の内側を確認すると横に5cm程切れており、そこから血が流れていた。

 紗夜は私の手を取り、陣幕の方へ走った。その際、会場からは拍手や歓声の声が聞こえた。

 

「そこに座ってください。救急箱を探してきます」

 

 控室に戻ると彼は椅子に深く座り身を委ねて、顔を左に向ける。姿鏡には写った自分の顔はいつもと変わっていなかった。しかし、熱が抜けておらず身体全身が熱い。まるで体中の血液が沸騰している様に──

 

 しばらくすると紗夜が救急箱を手に戻ってきた。

 箱の中から消毒液を染み込ませたガーゼで傷口を清潔に保つ。消毒液が傷に沁みる。この光景を何処かで見た覚えがあった。

 

「どうしてあんな無茶をしたのですか?」

 

 手に包帯を巻きながら紗夜は私に問う。

 

「本音を言うと逃げたかった。でも、「本能」というべきか。もう、大切な人を失いたくない……そう思ったから体が自然に動いた」

「それは観客席にいた上原さんと日菜のことですか?」

 

 私はゆっくりと頷いた。

 二人がいた席は最前列。逃げるには他の人を押し退けなければならない。しかし、周りにいたのは大人ばかり。二人が力負けして弾き飛ばされる。

 

 紗夜は小さくため息をついた。

 

「……困った人です。あの山を降りてから少し変わったとおもっていましたがなにも変わっていないですね。あなた達は……」

「すみません……」

「でも、ありがとうございます。日菜を守ってくれて……」

 

 紗夜は私の傷ついた手を両手で包みながら、頬を緩ませながら言葉を続けた。その手はとても暖かった。

 

 

 誰も欠ける事なく演武会(蛇狩り)を終えた。

 だけど私達には休んでいる暇はない。今回の一件。その清算が残っていた。

 

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