~301号室 男子部屋 午前8時~
「曇っていますね~」
「山の天気が変わりやすいって聞いたがここまで変わるのか?さっき朝食を食っている時は晴れていたのに」
「夏だと天気は崩れやすい。何事もないといいが・・・」
「どういう意味ですか?部長?」
「だから俺は・・・まぁいいや・・・基本日帰り登山なら雨天時は中止にするのだが・・・」
「さっき廊下で先生達が登るみたいな話をしていましたねそれにレインコートあるし大丈夫ですよね?」
小野くんが言ったように学校側は雨天でも決行するらしい
「山舐めてると大怪我するぞ」
「いくらなんでも心配し過ぎだぜ。それより楽しみは明日の野外活動よ!俺は明日の乗馬体験が楽しみだ!」
「裕太さんは乗馬を選んだのですね!」
「ってことはそっちは川下りか!」
二人が明日の事で盛り上がっている他所で俺は小さな笛をリュックの側面ポケットに忍ばせた
杞憂で終わるといいが・・・念のためだ
~6時間後 頂上~
「ようやく・・・ぜぇぜぇ・・・着いた~!」
体力自慢の裕太も息を荒げる
それもそうだ雨のせいで地面が緩く滑りやすくなっている。おまけに身体も冷えて体力も消耗するし泥だらけになっていた
「白金さん、大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫・・・です」
白金さんも肩で息継ぎをしていた
「あそこの椅子に座らせましょう。伊丹さん」
氷川さんが指示した椅子は二人しか座れない小さな椅子
裕太と白金さんを座らせるとして・・・
「はい。ですが氷川さんはどこで・・・」
「私は離れたところで休みます」
俺は裕太と白金さんを椅子に座らせると同時に氷川さんは何処かに移動していった
「あ、ありがとう・・・ございます」
「一矢、俺はしばらく白金と一緒に休んでるから氷川の所に行ってきな」
俺はあたりを見渡し氷川さんを探す
「あ、いた・・・あんなところに」
氷川さんは休憩場から数メートル離れた展望台みたいなところにいた
「何も見えませんね」
声をかけると氷川さんはゆっくりこっちを振り向いた後再び山の方を見た
「かなり曇っていますからね」
俺は氷川さんの隣に腰を下ろした。目の前には霧がかかって何も見えない
「伊丹さん、あなたは何故弓を引き続けるのですか?」
「貴女は伊丹家についてどれだけ知っていますか?」
氷川さんは少し考えるように顎に手をついた
「代々弓取りの家系としか・・・」
「まぁ、大方正解ですね。代々我が家は神社でお祓いとして弓取りをやっていますが、ここ最近になって参拝客が激減して没落していく一方…氷川さんは?」
「私ですか?」
「ええ、数ある部活の中でどうして弓道部を選んだのですか?」
「精神統一にぴったりだと思いまして・・・」
「そうですね。特に明け方とか静かですからオススメですよ」
「おーいそろそろ下山するってよ」
休憩を終えた裕太と白金さんが近づいてきた
「再び・・・雨が降る前に・・・降りるそうです・・・」
「そうですか。よっこいしょっと・・・いきますか」
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~下山中~
「クソ・・・靴が重てぇ・・・」
「水たまりは比較的に避けた方がよさそうですね」
「そう簡単に言ってくれるなよ・・・」
「合宿場の人がヒーターを用意してくれることを信じよう」
その時、思ってもいないことが起こった
「きゃっ!」
「え?」
声が聞こえ振り向いてみると金髪が氷川さんを押していた
「氷川さん!!」
なんとか俺は氷川さんの手を掴んだが、荷物と体重のせいでバランスを崩し滑り落ちるように降っていった
途中で止まろうとした時足を思いっきり捻ってしまった。その拍子に横倒しの状態になり山道まで転がり続けた
「伊丹さん!大丈夫ですか!?」
「イタタ・・・踏ん張った時に足を捻ったみたい・・・氷川さんは大丈夫ですか?」
「私は少し擦りむいたみたいです。それより人を呼ばないと」
あの野郎!何を考えてんだ!
いや、怒るのは後にしよう。それよりこの状況を考えることが先だ
足を痛めた俺に山を降りることは不可能
かといって氷川さんだけだと遭難するどうすれば・・・
うん?待てよ。確かリュックにあれがあったはず
「氷川さん、俺のリュックから笛を出してくれますか?」
「え、えぇ・・・少し待ってください。伊丹さん!ありました」
「吹いてください」
「え?」
「いいから早く!」
「わ、分かりました」
氷川さんが笛を吹き、山の中には音が木霊する
「誰か気づいてくれますかね?」
「気づくはずです。少し待ちましょう」
「えぇ・・・伊丹さん!右手が⁉」
「え?」
右手を見てみると人差し指と中指がありえない方向に曲がっていた
「これじゃあ、弓が・・・」
「急いで固定を・・・」
氷川さんはそこら辺に落ちている枝と布で指を固定してくれた
「ありがとうございます」
不思議と指には痛みがこなかった。いまは背中と足が痛い・・・
いま微弱だが地面の振動を感じた
「どうかしましたか?」
「シー・・・聞こえませんか?」
「何か近づいてきますね」
土を蹴る音が段々近づいてくる。
――来たか
「あれは・・・なんですか?」
「こっちだ!カゲ!」
笛に反応してくれたのは、人間ではなく。馬・・・カゲだった。鞍が付いているあたり散歩の時間だったか
「よしよし、髪を食む暇わないぞ!」
髪を食もうとしたカゲの口を押しのけ、手綱を握りよじ登る
「さぁ、氷川さんも乗って・・・」
「えぇ・・・」
足の痛みを我慢し、氷川さんの手を握り引き上げカゲの後ろ側に跨らせる
「馬に乗ったことは?」
「あ、ありません・・・」
やっぱり、今時馬に乗る人はいないよな
「では、左右に足を乗せる所があるので爪先を置いて下さい」
氷川さんが鐙に爪先を置いたの確認する
「両足で小突いて下さい。手綱は俺が引きます。それとしっかり掴まっていてください」
「分かりました」
氷川さんがカゲを小突くとカゲは走り出した
振動のせいで足に痛みが走る
「何処に向かっているのですか?」
「この先に牧場があります。そこには三田さんがいますからそこで応急手当を受けましょう」
ポツポツとまた雨が降り始めた
「氷川さん、寒くないですか?」
「えぇ、大丈夫です」
長袖の体操服を着ているとはいえ氷川さんも俺もろくに休んでいないから体力は限界に近いはず
「すこし急ぎましょう、氷川さん!今度は強く蹴って下さい。あと振り落とされように気をつけて下さい!」
「は、はい!」
氷川さんが強くカゲを蹴り、カゲはスピードを上げたその瞬間――
木の枝が唐突に目の前に現れた。当然、回避することができず額にぶつかる
「頼むぞ!カゲ!」
牧場の白柵が見えた。あとはここを飛び越えるだけ
「跳びますよ!しっかり掴んでください」
「え?」
次の瞬間――
ふわっと軽く宙を浮く感覚を感じた。そのつぎに大きな衝撃
「着きました」
「ここがそうですか?」
目の前には芝生が生い茂っているだけで動物が一匹も見当たらない
「雨が降っていますから牛も馬も小屋に戻っているのでしょう。
「若!!」
小屋から三田さんとその奥さんの夏子がこちらに向かってきた
「三田さん。事情は後で話します!まずは彼女を」
「若様!!額から血が・・・」
「分かっています夏子さん。治療の準備をお願いします」
雨足が強くなりこの日は下山することが出来なかった