この苦しみ溢れる世界にて、「人外に生まれ変わってよかった」   作:庫磨鳥

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第三話

6611:識別番号01

そんでさ。『ペガサス』についての雑誌に書いてあったのを全部掲示板に書き出したんだけどよ……これってマジだと思うか?

 

6612:識別番号02

回答⇒『ペガサス』に関しての情報は識別番号01によってもたらされるものだけであるため真偽を計ることはできない。

 

6613:識別番号03

分かりません。

 

6614:識別番号04

自身の推察も混じるが一部については正しいと主張する。特に『ペガサス』は『プレデター』の人工細胞を取り込んだ人間であるとは断定できるだろう。

 

6615:識別番号03

知識を共有するために理由を教えてください。

 

6616:識別番号04

人間を索敵するレーダーに不備が発生したからだ。『ペガサス』の反応は人間の反応に『プレデター』の反応が重なるように出現していたことが最たる判断材料となった。

 

6617:識別番号01

『プレデター』の反応が人に重なるように……。

 

6618:識別番号02

疑問⇒『ペガサス』の使用する『ALIS』には『プレデター』の体の一部が使用されているとあったがそれと誤認したのではないか。

 

6619:識別番号04

それはないと否定する。間近で目視した自身は『ALIS』を『兵器』であると認識した。

使用されている『プレデター』の素材が、他の素材に比べて圧倒的に少ないからだと推測する。故に同族として認識することはないと確信を持っている。

 

6620:識別番号01

『プレデター』の反応は人から出ているのは間違いない。だから『ペガサス』の体の中にプレデターの細胞があるのも間違いないってか……。

……その、本題というかみんながどう思っているか聞きたい事があるんだ。

『ペガサス』はいずれ『プレデター』になって人類の敵になるってすげぇクソみたいなこと雑誌に書いてあったって書き込んだだろ? それがマジか嘘かって分かるか?

 

6621:識別番号02

回答⇒事実である可能性は高い。

詳細⇒『プレデター』の初期増殖方法は体内に侵入した人工細胞による肉体改造を経ての変化によるものであるため『ペガサス』が『プレデター』の人工細胞を所持する人類であるならば人工細胞における肉体改造が進んだ場合『プレデター』に変化するだろう。

 

6622:識別番号01

……『プレデター』になった『ペガサス』って、どんなんだ?

もしかして俺って……。

 

6623:識別番号02

回答⇒『プレデター』の姿形は元となった生物を模するため人型の『プレデター』になると推測する。

回答⇒識別番号01の元となった生物は至って不明である。

詳細⇒情報通りであるならば『ペガサス』の特徴から『ペガサス』である可能性は低く最たる根拠は識別番号01には魔眼が発生していないことである。

 

6624:識別番号01

『ペガサス』が必ず保有するらしい魔眼は確かにないけど。

まあいいや。俺の正体は今考えても仕方ないしな…………プレデター化した人間ってどうなるんだ?

 

6625:識別番号02

回答⇒人間という自我は完全に消滅し、プログラムされた初期命令に従い人間殲滅を実行する生物兵器になると思われる。

 

6626:識別番号01

この世界って思いの外クソだな、ほんとによ。 

 

6627:識別番号04

情報を更新し続ければいずれ望むものに辿り着ける可能性は高いと断定する。

 

6628:識別番号01

……もしかして慰めてくれたのか?

 

6629:識別番号04

事実を発言しただけだ。

 

6630:識別番号01

へへっ、ありがとなゼロヨン。

でも『ペガサス』のプレデター化ねぇ……。月のブレイン様の事はすぐなにかできるってわけじゃねぇし、せめて、こっちの方は何かできることはないかな……。

 

6631:識別番号03

具体的にどのようなことですか?

 

6632:識別番号01

ああいや、例えばだけどプレデター化を止められたりとか?

すまん、咄嗟に適当な事言った。そんなの簡単にできたら苦労しねぇってな!

 

6633:識別番号02

回答⇒簡単ではないが可能である。

 

6634:識別番号01

マジで!?!?!?

 

6635:識別番号02

肯定⇒マジである。

回答⇒人間の体内に存在する人工細胞に対して何らかのマイナスアプローチを行えばプレデター化の除去或いは活性化の抑止が可能。

方法⇒識別番号01の能力による人工細胞のみに効く毒の精製。

 

6636:識別番号01

そんなことできるのか!?

 

6637:識別番号04

なぜ識別番号01は自身の能力について識別番号02に質問するのか疑問だ。

 

6638:識別番号01

いやだって分からないんだもん……それにゼロツーめっちゃ賢いからついね。

 

6639:識別番号02

ふっ

 

6640:識別番号04

言語能力の成長性は自身が最も高いと主張する。

 

6641:識別番号02

否定⇒この話し方は伝えやすさと個性の維持を目的として故意に変えていないだけである。

 

6642:識別番号01

喧嘩するなよー。というかゼロツー個性って……。

と、とにかく今日からその人工細胞にだけ効く毒の精製を頑張ってみるか!

 

6643:識別番号02

肯定⇒精製した毒の検証には森の中にいると言っていたプレデターを使用して臨床試験を行なうといいだろう。

 

6644:識別番号01

ほんと無慈悲で草。草じゃないが。

よっしゃ、じゃあいっちょ作ってみるかー。

 

6645:識別番号03

識別番号01に質問があります。

 

6646:識別番号01

ん? ゼロサンどうした?

 

6647:識別番号03

人間と『プレデター』は敵対関係にあります。そして識別番号01は『ペガサス』に直接接触したこともありません。それなのに『ペガサス』のための毒を作るのは何故ですか?

 

6648:識別番号01

あーうーん。それは俺自身が自分は人間だと思っている異常プレデターってのはあるんだけどさ……可愛い女の子が辛い目にあっているならどうにかしたいって思うからかな。

使う手段とか交流とかは別にして、もしなにかあった時のために作っておきたいんだ。

 

6649:識別番号03

その感情は善意、正義心などと呼ばれるものですか。

 

6650:識別番号01

わかんねぇ。単に格好付けかもしれないし、偽善ってやつかもしれない。人間ってのは複雑なんだよ。

まっ、もし失敗したら笑ってくれ。

そして可能ならそんときは助けてください。

 

6651:識別番号03

わかりました。

 

6652:識別番号04

了解した。

 

6653:識別番号02

肯定⇒それまでに発声できる器官を作るように努力しよう。

 

6654:識別番号01

そっちかよ!

 

6655:識別番号02

否定⇒冗談である。

 

6656:識別番号01

ついに冗談も言えるようになってきたよこのクラゲ……。

 

 

+++

 

 『ペガサス』の誕生には幾つかの条件が存在する。プレデターの人工細胞と親和性を持って人のままで居られるのは中学生(13歳)(から)高校生(18歳)の少女だけだ。それ以外の人間がプレデターの細胞を体内に取り入れた場合拒絶反応を起こして死亡するかプレデターになるかの二択である。

 

 それでも『ペガサス』に至れる少女には限りがあり、技術の進歩によって事前に適性率を測れるようになったことで可能性は極端に減ったが、適性年齢の少女であっても運が悪ければ死ぬこともある。

 

 そういった事情から『ペガサス』は若い少女しかおらず、それに関係して日本の『ペガサス』を“管理および隔離”する施設は養成学校を模している。

 

 日本には九つのペガサス養成学校が存在しており、その中で東北からのプレデター侵攻を抑え、東京地区を防衛する『アルテミス女学園』は九つの中で最多入学人数を誇り、「せめて最後まで人間らしく」という設立理念の下、通常の学校以上に生徒たちが自由且つ快適に過ごせるだけの設備が充実している。

 

 学園内には病院や商店街などAI機器によって管理されている町区画が存在しており、そこでは毎月支給されるポイントで自由に買い物や飲食が行える。学園内に在籍する『ペガサス』たちの暮らしはとても平和的で充実しているものだと、そう誰もが思うだけの光景が広がっている。

 

 ──しかし、幸せな今を堪能している彼女たちの未来は残酷な結末を確約されたものであった。

 

+++

 

「……ここまで、ね」

 

 私……喜渡愛奈(きわたりえな)は、この捨てられた街にて“卒業”する事を悟った。

 

 ──油断したと言われればそれまでだ。戦闘になりやすい地域を直接見て覚えてもらおうと中等部の後輩たちと一緒に回っていた最中、突如として複数体の『プレデター』が奇襲を仕掛けてきた。

 

 みんな実戦経験が少ない子たちばかりだった。だから最初の戦闘で後輩の数人が深手を負ってしまい、中等部の子達を全員下がらせる必要があった。そして戦えるのは私だけだったから戦った。

 

 戦闘の結果を言えば自分の完全勝利だ。怪我一つ負うこと無く『プレデター』を殲滅できた。中には平均的な『ペガサス』では苦戦する強力な個体も居たが、難なく倒すことができて最年長としての誇りは守れたことだけは良かったと思う。

 

【95%】

 

 自分の愛機である弓形の『ALIS』には、自身の中にある忌むべきプレデター()細胞の活性化率が表示されている。それが95%ということは抑制限界値を超えてしまったのだ。

 

【96%】

 

「ふっ……ふふっ……!」

 

 大人しくしていれば30日で1%上昇する数値がものの二分ほどで上がった。他人を通して何度も見てきた光景だった。自分はもしかしてと思ったが、結局は“卒業”してしまった彼女たちと同じ運命を辿るのかと変な笑いが込み上げてきた。

 

 制服の裏ポケットから平べったい容器を取り出す。その中に入っている液体は即効性の毒だ。活性化率が100%となって『プレデター』になる前に“卒業”しろと用意された自決用の毒。

 

 何度も見てきた透明の液体。同級生が飲んで卒業した。なんなら飲ませたことだってあるそれ。飲めば体内の臓器を悉く溶かし大量の血反吐を口から吐かせるものだが飲んだもの曰く、痛みはなく死ぬまで幸せな気分になれるやさしいものとなっているらしい。

 

 事実、お菓子が好きだったあの子は毒入りの手作りクッキーを食べてとても幸せそうに“卒業”した。

 

 容器の蓋を開ける。どうしてか手が震えて上手く行かない。早くしないと化け物になるからと焦っているのだろうか。

 

【97%】

 

「ごめんなさい、月世(つくよ)。あなたが“卒業”するまで一緒に居られなかった……」

 

 学園に居る。たった一人の同級生に届かない謝罪を口にする。

 

 ……私の同級生は全部で120人居た。入学人数がもっとも多い学園の噂は本当だったと当時はとてもはしゃいだ記憶がある。だけど同じクラスの仲間が一ヶ月も経たず“卒業”していき、最初に友達となった隣の席の子も呆気なく『プレデター』との戦闘によって“卒業”してしまった。

 

 学年が上がる頃には同級生は半分になって、高等部に入る頃には十人だけになっていた。地獄のような戦場を共に生き残ってきただけあって、私たちは家族のようなものになっていた。彼女たちとの高等部での日常はとても幸せで充実したものだった。それこそ彼女たちと戦って死ねるのならば幸せなのだろうと思っていたほどに。

 

 ひとりひとり“卒業”していった。時々二人同時に学園を去ってしまった事もある。それでも仲間が居ればと、三年生になるという十年ぶりの偉業を達成するという共通の夢を持って、私たちは生きた。

 

 ──その結果、最後に生き残ったのは私と月世の二人だけだった。

 

 曇天の空からぽつりぽつりと雨が降ってきて体の熱を奪い始める。

 

「月世……」

 

 ……月世は既に限界だった。活性化率は94%と何を切っ掛けに抑制限界値を超えるか分からない状態で、そうなる前に“卒業”するべきだと本人を含めて誰もが思っていた。だけど彼女は学園内で生きている。

 

 でもそれは人の生とは遠くかけ離れたもので、学園内の隅っこで隔離されたあげく投薬により昏睡状態となっている。また取り付けられている管を通して抑制限界値を超えた瞬間毒が流し込まれる装置も取り付けられている。

 

「……私は本当はひとりになるのが嫌なだけだったと思うの」

 

 こうなってまで月世が生きているのは私の我が儘でしかない。高等部三年という立場は他の『ペガサス』にとって歩くダイナマイトと同じだ。強さとは別に年数が上がるにつれて活性化率は嫌でも上がっていき、最も『ゴルゴン』に近い存在となる。

 

 数年ぶりの栄光を達成したはずの私たちに待っていたのは、狂いたくなるほどの畏怖の目であった。彼女たちにとって私たち高等部三年は味方であるだけの同じ化け物という、そんな現実の中でひとりぼっちになりたくなかった。

 

「貴女の事は心の底から親友だと思っている! 貴女のためなら死んでもいいと思って居る! だけどっ! ……もう……嫌だったの……!」

 

 雨が強まったことが幸いと誰にも言った事のない本音を叫ぶ。

 

 一人の教室で日を重ねるごとに仲間に囲まれながら“卒業”していった彼女たちの顔を思い出しては羨むようになってきた。なんで私は生き残ってしまったんだろうとノートに何度も書き殴った。こんな辛いのならば月世と一緒に“卒業”してしまおうかと何度も何度も頭をよぎった。

 

「私は……っ!」

 

【98%】

 

 もうそろそろ飲まなければ手遅れとなる。体に異常は無い。だけどもしかすれば『ゴルゴン』に成らないのではないかという夢を持つことは無い。なぜならとっくの昔に現実を見せつけられているから。

 

 何度か『ゴルゴン』になってしまう瞬間を見た。だから変化が現われるのは数値が100になってからだというのをよく知っている。そこから瞬きの早さで肉体が変化していって『ゴルゴン』になるんだ。それを二回も見た。

 

 今日逃がした新入生の中には自分のことを尊敬している子が居た。彼女は仲間を逃がしたら必ず助けに来ると叫んでいた。そんな彼女を化け物になって殺したくはないと思う。

 

 必死に生きた。最後の最後まで懸命に生きようって誓いを護り続けた。三年生になるという夢も叶えた以上、ここで“卒業”してもいいと思う自分が居る。

 

「────たくない」

 

 ──だけど、だけどと思う。ここで死んだらそれこそ全てが意味なく終わってしまうのでないかと今更になって言い訳がましい言葉が主張してきた。

 

 

 私が“卒業”した時、月世も“卒業”させられると直接では無いにしろ言われた。元から無茶を言っての特例だったのだ。仕方ないと月世と二人で納得してその時は私の後を追って“卒業”すると彼女は言った。

 

 ──だから私が“卒業”してしまえば私たちが紡いできたものは今日をもって完全に途絶えてしまう。高等部三年まで積み上げてきたものが全て終わる。

 

 先ほどから腕が動かない。指に力が入らず容器を落としそうになる。それでいいと何かが鼓膜で囁きそれに従おうとする自分が居る。雨に打たれて冷えた体に無駄な熱が宿りはじめてしまう。

 

 毒と雨が溜まる様子をじっと見つめ続けていた瞳がふと上に向き、周囲を見てしまう。

 

 今は『街林(がいりん)』と呼ばれる。ビルが建ち並ぶ捨てられた街。私以外誰もいない。

 

「あ……ああ……いや……私は──!」

 

 だれもいない。ひとりぼっちの“卒業()”であることを自覚してしまい。五年とちょっと溜め込んだ本音を曇天に向かって叫んだ。

 

「──死にたくない!! 死にたくないよっ!!」

 

【99%】

 

 死にたくないと泣き叫ぶ。しかし待っているのは残酷な現実だけだ。今までそうだった。皆が望んで“卒業した(死んだ)”わけじゃない。誰よりも懸命に生きたあの子は今の自分と同じように噎び泣きながら息を引き取った。死にたくないからというそれだけの理由で活性化率を隠して『ゴルゴン』となり八人殺した友達だって居た。

 

 あと数分で私は『ゴルゴン』になって人間を殺すだろう。今まで積み上げてきた想いを全て無碍にしてしまうのだろう。だがもうどうしようもない。傾いた容器から零れた毒は、雨に流されて無くなった。そもそもあったとしても、怖くて飲むことなんてできるわけがない。

 

「だれか……だれかぁ!!」

 

 それはずっと言えなかった願いの言葉。一度口にしてしまえば二度と起き上がることが出来なくなる呪いの言葉。『ペガサス』になって初めて吐き出した。

 

「──だれかたすけてよ!!」

 

 

 

 

 

 

 ────空を隠すように差し出された傘が、顔を濡らす雨を遮った。

 

 

 

 

 


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