この苦しみ溢れる世界にて、「人外に生まれ変わってよかった」   作:庫磨鳥

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いつも見てくれてありがとうございます。




第十九話

 『街林調査』から帰ってきた愛奈たちは、野花に誘われて高等部全員で夕食会となった。

 

 持って帰ってきた缶詰を、終始難しい顔をしていた真嘉と一緒に美味しくたべたあと、愛奈は『硯開発室』へと赴いていた。

 

 人型プレデターである彼──アスクヒドラに付いてきただけで特に用事というものは無く、寒暖両対応炬燵に足を入れて程よい涼しさを堪能している。

 

「あ~。いいよねこれ。私の部屋にも欲しい~」

「なら今度時間が空いたら作る?」

「作るって……これ夜稀が作ったの!?」

「炬燵を片付けるの面倒だったから、いつでも使えるようにしたの」

「へー、すごい」

 

 夜稀は作業場のほうでパソコンを操作していた。ネットは繋がっていないが、デジタル、ソフト関連の作業、他にも多岐にわたって活用しなくてはならない“工具”となっている。また学園の端末から無料ダウンロードできる電子辞書を乱雑に入れており、調べ物も行えて、そんなパソコンの画面に対して夜稀はにらめっこしていた。

 

「──むぅ」

「どうしたの夜稀?」

「彼の名前、やっぱり別のにしようかなって」

「え? いい名前だと思うけど?」

「でも夕食で発表した時、みんなの反応が薄かった気がするし、もうちょっと個性がある名前のほうがいいかな? それとも可愛いのとか」

 

 愛奈がちらりと横目でアスクを見ると、頭だけが震えていると錯覚するぐらい勢いよく首を横に振るっていた。

 

「あー、でも本人は気に入っているみたいだし、真嘉は格好いいって呟いていたし、月世も男心を掴みそうな良い名前ですねって褒めてたよ」

「……月世先輩のは褒めていない気がする」

「気持ちは分かるけど、今回のは何も含んでないから素直に受け取ってあげて」

「……まあ、本人が良いっていうなら、それでいいか」

「うん、すごく嬉しそうだったよ。だよね!」

 

 アスクは心なしか何時もより力強くサムズアップで肯定した。

 

「……というか、どうしてアスクヒドラは香火先輩を寝かせているの?」

「わかんない」

 

 兎歌が掃除したおかげで表に出てきた畳の上で、高等部二年のひとりである『穂紫(ほむら) 香火(かび)』が、隣に座るアスクの触手(蛇筒)を抱き枕に寝ていた。

 

 香火はアスクの護衛兼監視役に任命されたのだが、どれだけ寝ても常に眠たそうにしている彼女に何を思ったのか、自分の触手を枕代わりにさせて寝かしつけるのが、ここ数日の日課になっていた。

 

「すぅ……すぅ……」

「まぁでも、きっと優しい理由だよ」

 

 いつもであれば、短い間隔で寝て起きてを繰り返す香火だが、アスクの傍だと穏やかに眠り続けている。彼女だけを特別視というわけではないが“卒業”した同級生を通して、二年生の中でだれよりも早く交流を始めた彼女がこうやって安眠できているという事に、また彼女がアスクの事を受け入れてくれていることに、愛奈はよかったと純粋に嬉しがった。

 

 とはいえ、香火はアスクの僅かな動作でも目を覚ましてしまう。それを知ってかアスクは微動だにせず、仄かに光る単眼で香火のことを見つめながら、背中を手で優しく触れては離すを繰り返していた。

 

 今日までの彼は、愛奈たちが声を掛ける以外は、眠る香火に寄り添って大人しく過ごしており、相変わらず『ペガサス』を助ける理由などは現状不明である。

 

 ──もっとも、大人しくしていた理由は本人からすれば“みんな忙しそうだから今は大人しくしとこ”ぐらいだったのだが、それを伝える方法はない。

 

「……愛奈先輩は、アスクヒドラが何を考えているのか分かるの?」

「全然分からないよ。なにを考えているんだろうね?」

「えー」

 

 なんとなくでアスクの雰囲気を読み取っているが、何を考えているかと言われると思考が読めるわけではない愛奈はハッキリと否定した。

 

「いつかお話できたらいいよね」

「賛成、アスクヒドラとの会話の成立は今後の探求や交流において絶対に必要。できない理由を解明して方法を模索していくよ」

「私はそこらへんとんと疎いから、お願いします」

 

 

 

10308:アスクヒドラ

というわけで、今日から識別番号01改めて、アスクヒドラとしてやっていくことになりましたアスクヒドラです。みなさんよろしくお願いします。

あ、愛称はアスクらしいので、良かったらそっちでも呼んでね。

 

10309:識別番号04

了解した。これより識別番号01を改めアスクヒドラおよびアスクと呼称する。

10310:識別番号03

識別番号04に同じく。

 

 

10311:識別番号02

了解⇒識別番号04と同文

質問⇒名前の由来を知りたい。

 

10312:アスクヒドラ

神話って……なんて言えばいいんだ? 大昔の創作に出てくる登場人物二人の名前を足して割った感じ? どっちも蛇に関わるものだから俺に因んでるし結構気に入ってる。

なので、危うく名前変えるかみたいな話になってめっちゃ焦った。また愛奈ちゃんに助けられたな……。

 

10313:アスクヒドラ

お、名前変わってる?

 

10314:識別番号02

応答⇒アスクが自身の名前と認識したために変化したと思われる。

 

10315:アスクヒドラ

そんな機能があったんやな……今更だけど、この掲示板ぽいのってなに?

 

10316:識別番号04

本当に今更だな。

 

10317:識別番号02

不明⇒プレデターが保有している通信機能関連の亜種だとは思われるがどうしてアスクが掲示板と呼称する形式となったかは分からない。

質問⇒この掲示板機能は初めから存在していた機能か。

 

10318:アスクヒドラ

どうなんだろう? 最初は気がつかなかっただけと思っていたけど、もしかしたら後から実装されたのかな?

 

10319:識別番号02

応答⇒後になって実装されたとするならばアスクが望んだことによって元々なかった機能が追加された可能性がある。

 

10320:アスクヒドラ

あー。それはあるかも、あの時マジで会話に飢えてて誰でもいいから話したくて仕方なかったもん。

そうやって集ってくれたのが君たちってわけ。

というか、みんなはどうやって掲示板見つけたの?

 

10321:識別番号03

謎の信号に反応したら気がつけば繋がっていました。

 

10322:識別番号04

識別番号03と同文、完全に強制で拒否権は無かった。

 

10323:アスクヒドラ

あ、そうなんだ。うーん。それなら逆になんで三人だけだったんだろう? 何か条件があったのか?

どう思うゼロツえもん。

 

10324:ゼロツえもん

不明⇒しかしアスクヒドラが何らかの条件設定を行なった結果だと思われる。

 

10325:ゼロツえもん

名前⇒おい。

 

10326:アスクヒドラ

あれ!? なんで名前変わってんの!?

 

10327:ゼロツえもん

抗議⇒こっちが聞きたい。

 

10328:アスクヒドラ

ちょっと待って直せないんだけど? これどうやったら変えられる?

 

10329:ゼロツえもん

抗議⇒こっちが聞きたい。

 

10330:識別番号04

名称が変更した所でなにももんだぶふっ──問題は無くそこまで気にする必要はないだろう。ゼロツえもん。

 

10331:ゼロツえもん

抗議⇒たったいま問題を発生させた自身に言われる筋合いはない。

提案⇒識別番号04は今後よっさむと愛称で呼ぼう。

 

10332:よっさむ

止めろ。

 

10333:よっさむ

アスクヒドラ!

 

10334:アスクヒドラ

ごめんって! 

感覚で操作できそうなのは分かったから、慣れるまで待って!

 

10335:識別番号03

アスクもゼロツえもんもよっさむもどうしてそんなに慌ててるですか?

 

10336:ゼロツえもん

回答→理由を明確に説明できるわけではないため曖昧な表現になるがなんか嫌だから。

懇願→その名で呼ばないでくれ。

 

10337:アスクヒドラ

まあ多分。趣味に合わないから嫌ってだけで、特別な理由とかはないんじゃないかな。

 

10338:識別番号03

よく分かりません。

 

10339:アスクヒドラ

俺もなんていうかわかんないけど、まあ色々な事を知ってきた証拠かな? 良いことか悪い事か分からないけど、ゼロサンも好きなもの、嫌いなもの、はっきりと言えるようになる日が早く来るといいね。

 

10340:よっさむ

何にしろ早く名前を元に戻せアスクヒドラ。

 

10341:アスクヒドラ

はい、ごめんなさい……。

 

 

 

「……うーん」

 

 愛奈から貸したカメラを受け取り、『街林』の工場地帯を撮った画像データをパソコンで見ている夜稀は難しそうな声を出す。

 

「どうしたの夜稀? もしかして欲しいものが無かった?」

「欲しいものが多すぎて困る」

「あ、逆なんだ」

「多分、使いそうにないものだったり、『遺骸』や資材と違って数だけあっても仕方ないのも多いけど、全部ほしい、中身が見たい……」

 

 画像に写る捨てられた機械の数々。夜稀にとっては金銀財宝が入っているであろう宝箱に見えており、欲が膨れ上がる。

 

「ぐぅ、ふへへ……」

「楽しそうでよかったよ」

 

 ──前時代のものとはいえ、本来であれば自分では決して届かない数十億円以上の価値はあろう機械たち、その中身にある工業用AIや他のパーツなどを想像して、学園に持ち込めば自分の好きなようにしていいと考えるだけで幸せな気分になっていた。

 

「よいしょっと」

 

 夢中になって画像を見ている後輩をしばらくそっとしておいてあげようと愛奈は炬燵を出て、アスクの傍に近寄り、寝ている香火とは反対側に座る。

 

「……アスク」

 

 アスクは名前に反応して視線を愛奈に向ける。今日はじめて付けられた名前であるが、愛奈はなんだか彼のことがもっと知れたようで嬉しくなった。できれば、何度も名前を呼びたいが、さすがにそれは迷惑かと我慢する。

 

「今日ね。『プレデター』と戦ったの。もしかしたら躊躇っちゃうかもって思っていたけど、アスクとは違って……というかいつも通りだったから、普通に倒せたよ」

 

 アスクとの出会いによって、『プレデター』の見方が変わってしまい戦いづらくなることを危惧していた愛奈だったが、はっきりと情が感じられるアスクとは違って、他の『プレデター』は学園で稼働しているAI機器と同じく、どこまでも無機質な生物兵器だったため、躊躇いなく命を奪うことが出来た。

 

 逆に帰り道、アスクのことを他の『プレデター』と同一視してしまうのか不安だったが、そんなことは無く、どこまでも人間臭い彼に愛奈はより一層、特別な存在だと思うようになる。

 

「……アスクは他の『プレデター』を私たちが殺すこと……どう思ってるの?」

 

 愛奈の不安を打ち払うように、アスクは親指を立てて即答した。真意は分からないが他の『プレデター』を殺しても、アスクは気にしている様子はなくほっと安堵する。

 

 

 

10366:アスクヒドラ

そりゃもう『プレデター』よりもエナちゃんたちの安全が第一だよ。

もしも傷ひとつ付けたとあっちゃあ、ここら一帯のヤツらブッコロさにゃあかんねぇ……。

 

10367:よっさむ

アスクの実力的に可能なのか?

 

10368:アスクヒドラ

無理。

カマキリみたいなやつらに囲まれて殺されかけたことがあります。カブトガニっぽいのがなんとか出来たから、いけると思ったらザシュザシュされました。

 

10369:ゼロツえもん

指摘⇒夕食時の『ペガサス』のノハナおよびエナの会話から把握するにアスクが苦戦したカマキリ型と呼ばれる『プレデター』を『ペガサス』のエナたち三名で数十体倒したらしい。

結論⇒アルテミス女学園高等部の『ペガサス』は単体でアスクより遙かに強い。

 

10370:アスクヒドラ

それはわかるんだけど、やっぱり心配だよねぇ。

殺し合いだから何があってもおかしくないし……もしかしたら帰って来ないかもって想像すると怖いよ。待つだけは普通に辛い。

 

10371:ヨタロウ

なら同行すればいいだろう。

 

10372:アスクヒドラ

……天才かぁ?

 

10373:よっすよっす

そして名前を早く修正しろ。

というか何故また変なのに変わっている!?

 

10374:アスクヒドラ

まってほんとまって、もう少しでコツ掴めそう。

 

 

 

「愛奈先輩」

「決まったの?」

「うん、ここに映ってるの、外見的に殆ど劣化が見られないから中身も無事である可能性が高い」

 

 数分後、多少気が済んだ夜稀は現像した写真を手に持ってきて愛奈に渡した。その写真に映されているのは、横転はしているが損傷が見られない大型の製造機器であり、愛奈も写真を撮るとき他に比べて綺麗だと覚えていた。

 

「分かったよ。でもやっぱり運べなさそうだね」

「うん。だから明日はあたしも行くつもり、あっちで分解して欲しいパーツだけを持って帰る」

「……うーん」

 

 夜稀が同行することに、愛奈は難色を示す。

 

「なにか不都合が?」

「不都合というか安全性に不安がね。工場内を全部調べたわけじゃないし、『街林』を彷徨う『プレデター』がまた工場内に入っていても不思議じゃない。そう考えるとやっぱり夜稀が現場に行くのは危険過ぎるかなって」

 

 工場内に巣くっていたカマキリ型プレデターは片付けたが、まだ全部を確認できているわけではなく、イノシシ型やカブトガニ型のように敷地内のどこかに潜伏してもおかしくない。さらには作業中や解体したパーツを持ち運んでいるさいの安全性の確保もできていない。そもそも『街林』を移動するだけで危険が伴うため、できれば戦闘能力が低い夜稀を連れ歩くのは出来れば避けたかった。

 

 ──戦うとなれば他者を助ける戦い方をする愛奈であるが、守るとなれば自信が無かった。なにせ、どれだけ守りたいという気持ちを持っていても結局、同級生たちは“卒業”してしまったのだから。

 

「……同行してくれる先輩を増やすのはあり?」

「危険の種類が変わるだけかな? 目的の成功率は上がるかもしれないけど、増えた人数分、命の危険は増えちゃう……だから、私の我が儘になっちゃうけどあんまりしたくない」

 

 目的の遂行のためなら、もちろん人数を増やして『街林』に行ったほうがいいが、愛奈の思想は“彼とみんなで生きていく”ことである。そのため多人数による『街林』の移動は危険過ぎるためにあまりやりたくなかった。

 

 ──直近ではアスクと出会う切っ掛けとなった、兎歌を含めた中等部ペガサスたちとの『街林』への見学時、『プレデター』の奇襲に反応して最初の時点で何体か迎撃することが出来たものの対応仕切れず二人怪我をさせてしまっていた。精神状態や活性化率の事情も含まれた結果ではあるが、そのことを愛奈はとてつもなく気にしていた。

 

「……もし、あたしが『街林』に行っていい基準を愛奈先輩が決めるなら、どれくらいの強さが必要?」

「強さというよりかは生き残れる能力かな? 逃げ足とか身体的理由もそうだけど、夜稀って夢中になっちゃうと周り見えなくなるよね? 反応が遅れると本当に命に関わるから……やっぱり現場での作業はちょっと……」

「……それは……そう……でも、写真だけじゃ分解の方法も教えられないし、無線越しの指示じゃ絶対に無理。他に手はない」

「そうだよねー」

 

 愛奈が反対しているのは、過去の失敗や経験から来る恐怖によるもので、自分たちが取れる選択肢として夜稀を廃工場地帯へと連れて行く以外にないことは重々承知していた。

 

「……あたしは高等部の『ペガサス』だけど戦場のことはあまり分からない。でも愛奈先輩の不安は経験に基づくもので、その通りになる確率の方が高いというのも分かっている……でも、これがないと始まらないの。だから遅れるぐらいなら、危ない橋を渡りたい」

 

 悩む愛奈に、夜稀は真剣な眼差しで訴える。

 

「……分かったよ。夜稀のことは何があっても絶対に守ってみせる」

 

 覚悟を見せた夜稀に、愛奈の心は定まった。

 

「──先輩、よろしくおねがうわっ!?」

「アスク!?」

「んぅ~? ……すぅ……」

 

 頭を下げた夜稀を、アスクが触手(蛇筒)で抱えて持ち上げる。するとアスクも立ち上がる。彼が動いたことで香火も起きるが……周囲を見た彼女は変わらず蛇筒に抱きついたまま、また夢の中へと旅立った。

 

「ど、どうしたの?」

 

 愛奈が尋ねると、アスクは夜稀を持ち上げたまま親指を立てた。何かを伝えたいと感じた愛奈は少し考えて答えを導き出す。

 

「……もしかして、付いてきてくれるの?」

 

 愛奈の言葉に、今度は首を縦に振った。

 

 

 

10395:アスクヒドラ

任せろ! 俺に良い考えがある!

 

10396:識別番号02

訂正⇒アスクではなく自身が考えた。

 

10397:アスクヒドラ

うん、ありがとう。

そして名前変更のコツを掴んだぜ。

この際自分の好きな名前に変更できるけど、とりあえずは元のままでいい?

 

10398:識別番号02

安堵⇒今後このようなことがないように努めろ。

肯定⇒アスクに合流したら『ペガサス』たちがアスクと同様に呼び名を考えると思われるため名前はその際で構わない。

 

10399:識別番号04

アスクヒドラに匹敵する名前を希望する。

 

10400:アスクヒドラ

……ゼロヨン、もしかして俺の名前いいなって思った?

 

10401:識別番号04

別に羨ましいと思っていないが?

 

10402:アスクヒドラ

素直じゃないねぇ~。

 

 

 

 +++

 

「──なかなか面白いことになりましたね」

「あはは……でも、あれなら確かに誰よりも安心かも」

 

 翌日、『街林』には四人と一体の影があった。昨日と同じ愛奈、月世、真嘉の三人。そして制服に白衣姿の夜稀とアスクヒドラは高等部区画から学園の外へと繋がる出入り口へと来ていた。

 

「それにしてもふふっ、具合はどうですか?」

「意外と快適、移動中の震動に合わせて位置調整してくれるのかそこまで揺れを感じなかった」

 

 夜稀はアスクに背中合わせの状態で背負われており、触手(蛇筒)を並べて座面を作り、また決して落ちないように身体を固定している。その手には夜稀の“大きな工具箱”を持っており、また腰にはポーチが巻かれている、昨日、真嘉が担っていた荷物もち係をアスクが行なう手筈となった。

 

「でもこれなら、もしもの時は夜稀を担いでアスクが逃げればいいし、何かあった時は安心かもしれない」

「愛奈が言うには『ペガサス』以上に速く走るそうで、壁も垂直に駆け上がれるとか、是非とも今見てみたいものです」

「あたしも見てみたい。客観的な視点で、だからお願いだから今は止めて、『ペガサス』だから三半規管も常人よりも強いけど、吐ける自信があるよ?」

 アスクヒドラは『ペガサス』よりも速く走れる。そのため危険なことがあっても瞬時に遠くへ避難できる。それは担がれている夜稀も同様であり、移動中の安全はこれで確保されたことになる。

 

「アスク、夜稀ちゃんの事もあるし危険だと感じたらすぐに逃げてよ。約束だよ?」

 

 愛奈が不安そうに言うと、アスクは何時ものように親指を立てた……が、そんなアスクの反応に愛奈は妙な違和感を抱き本当かなぁと訝かしむ。

 

「ふふっ、長い時を殺し合った『ペガサス』と『プレデター』が肩を並べてお出かけですか、中々に面白い光景ですね。貴女もそう思いませんか?」

「……え? あ、ああ……そうだな!」

 

 どこか上の空だった真嘉は反応に遅れてしまい、慌てて返事をする。

 

「昨日と違って護衛対象がいるんです。呆けたまま『街林』に足を踏み入れないでくださいね、盾役さん」

「すいま……すまん」

 

 今回は戦う力が乏しい夜稀と、全員の命そのものといっても過言ではないアスクヒドラが同行する。もしなにかあった時、彼らを守るのは盾役である真嘉である。

 

 ──命を賭して守らなければならない。いつもより重たく感じた【大盾(ダチュラ)】の取っ手を強く握りしめる。そんな真嘉の肩に愛奈は手を置いた。

 

「そんなに緊張しないで、何かあったら夜稀のこともあるし、真っ先に逃げてくれるって指切りげんまんしたから」

 

 そう言って愛奈はさっき結び合った小指を立てると、アスクも同じように小指を立てて、さらに愛奈がねーと同意を求めれば、アスクが同じように(うなず)いた。

 

「なんというか……仲いいな本当に」

 

 自分たちにも友好的に接してくれているアスクであるが、その中でも愛奈先輩は特別であると真嘉の目には見えた。

 

「──妬けちゃいますよね」

「おわっ!?」

 

 月世の耳元での囁き声に真嘉は飛び跳ねるほど驚く。声に反応して愛奈がまた月世が後輩を虐めていると思って抗議の視線を送るが、いつもと違う雰囲気を感じ取ったのか首を傾げはじめる。

 

「ですが愛奈には独占する気はこれっぽっちも無いみたいなので、悩むだけ無駄ですよ」

「お、おい……? なんだったんだ?」

 

 月世はそれだけ言って愛奈のほうへと去って行った。真嘉は先輩の謎のひと言に妙な安心感を覚えながらも、それに気がつくことなく本当にあの人は分からないなと頭を掻いた。

 

 

10750:アスクヒドラ

学園の外にでるのもなんだか久しぶりな気がするよ。そういえば人が避難しきった街を『街林(がいりん)』って呼んでるみたい。

エナちゃんたちがめちゃくちゃ強い。

道は苔だらけだし、建物には草木が生い茂っているし、なんか滅亡した世界を探索するゲームに登場する町並みそのまんまって感じ。

ツクヨさんが笑みを浮かべながら刀を振り回してめっちゃくっちゃ怖い。

 

10751:識別番号04

現在アスクヒドラたちは戦闘中なのか?

 

10752:アスクヒドラ

もう終わりましたね……瞬殺でした。

カマキリ型とカニ型のやつと遭遇戦になったけど、ツクヨさんが大太刀で斬り掛かって、エナちゃんが矢を射て、マカちゃんが盾でぶん殴ってすぐ終わりました。

因みに俺は後方で腕組んでいただけだぞ。心配する時間もなかったぞ。

 

10753:識別番号02

質問⇒アスクから見た『ペガサス』三名の強さのランク。

理由⇒『ペガサス』の強さの基準を定めたい。

 

10754:アスクヒドラ

俺も『ペガサス』と『プレデター』がちゃんと戦ってるのは初めて見るから比べようがないけど、エナちゃんとツクヨさん三年組はやっぱり別格みたい。俺から見ても動きが洗練されていたし、マカちゃんがやっぱり強いなって呟いていた。

なんかゼロヨンが瞬殺されたって本当なんやなって実感できた。

 

10755:識別番号04

殺されてない、負けてない、何故自身を挙げた!

 

10756:アスクヒドラ

というかあの時はエナちゃん抱き上げていたこともあって意識できなかったけど、俺が居たところ学園から結構近かったんだね。よく見つからなかったな俺……。

 

10757:識別番号04

話を聞け!

 

 

 

「──ふぅ、何事もなく来られてよかったよ」

「愛奈、そういうのは口にすると起きてしまうものだと聞きましたよ」

「そういえばレミから聞いた事があるな、確かフラグが立つと言うらしい」

「ええほんと!? えっとじゃあ……なにか起きますように!」

「だからと言って、逆に求めるのは違うと思いますよ」

 

 『街林』の移動は、何度か群れからはぐれて生息していた『プレデター』と戦闘したが、特に危なげもなく終わり、愛奈たちは無事に廃工場地帯へと到着した。

 

「えっと、夜稀だいじょうぶ?」

「ゲホ──たぶん……ちょっと戦場のノリにゲホオエ……中てられただけだから」

「咳き込んでるのか、吐きそうなのか、これじゃ分かりませんね」

「たぶん、どっちも……今は話しかけないで……ん、ゴクゴク」

 

 いつもの調子の愛奈たちとは裏腹に、命のやりとりが目の前で起きているという緊張感。そしてアスクに背中合わせで背負われている関係上、戦闘の様子が音でしか確認できない恐怖から、夜稀は強く喉が渇き、白衣の中に入れてあるペットボトルを取って飲み始めた。

 

「──ここは楽園か!?」

 

 そんなグロッキーになっていた夜稀であるが目的のものがある作業場まで来ると、うって変わって元気になる。

 

 アスクの背中から降ろされた夜稀の第一声は弾んだものだった。ダウナーな瞳を輝かせて瓦礫と埃の被さる機械たちを見渡す。

 

「あの写真のは……あった。こっちだよ夜稀──あっ!……ぶなかったー」

 

 愛奈に呼ばれて素早く移動しようとした夜稀であるが我を忘れているあまり白衣の裾に足を引っかける。アスクが咄嗟に触手(蛇筒)で支えると、このまま歩かせるのは危ないと判断したのか、小さな身体を両手で持ち上げて、愛奈の傍で再度降ろした。

 

「ありがとね。夜稀……はもう聞こえていないみたい」

「すごい、ここまで状態がいいなんて……これなら中身も……〈真透(しんとう)〉」

 

 天井や壁に穴が空いているため、雨風に長く晒されているのにもかかわらず、写真で見たとおり殆ど劣化が見られない機械に、夜稀は〈魔眼〉を使用する。

 

「……うん。問題無い。むしろ全然いい!」

 

 夜稀の魔眼である〈真透(しんとう)〉は、視界内の物体ひとつを対象として、その中身を透視するものだ。

 

 透けて見えた内部は期待以上に品質を保っており、目的のものであるAIチップも確認された。状態もよく学園に持ち帰って、しかるべき処置をすれば数十年の時代を経て、問題無く動き始めるだろう。

 

 夢中になりすぎて機械から目を離せない夜稀は、なにもない隣に手を伸ばす。

 

 アスクは手に持っていた“工具箱”を彷徨う手の傍に置く。夜稀が“工具箱”に触れると蓋の面に取り付けられているディスプレイが光って蓋が開き、道具一式が並び置かれている棚が展開された。

 

 また“工具箱”の裏面から車輪が外に出て、夜稀が工具を取りやすい位置へと自動で動く。

 

「──『ペガサス』で良かった」

 

 か弱い見た目であるが『ペガサス』である夜稀は、成人男性以上の力を出せる。小さな身体では到底回すこともままならなかったであろうボルトを緩めながら、夜稀は無意識にそう呟いた。

 

「たぶんこっちのボルトを回せばあとは……ねえ、これ外すから支えて、うん。ありがと、邪魔にならない所にどかしておいて……く、ふふ……なんだこれ、宝の山かよ……!」

「『ペガサス』の作業を『プレデター』が補助をする。なんとも平和ですねぇ。彼はこういったのが好きなんでしょうか?」

「分からないけど、アスクも色々と調べるの好きみたいだから、夜稀のやってることも興味があるのかもね」

 

 流石『プレデター』と言うべきか重たそうな金板などをひょいと持ち上げてどかす、また途中から夜稀に言われるがままに工具を使った作業もしはじめた、そんなアスクを愛奈は楽しそうと評価した。

 

「──ふぅ」

 

 愛奈たち三人は、いつ『プレデター』が来てもいいように、周辺を警戒する。夜稀たちが機械を分解している音だけが響くのどかな空間が広がっているが、真嘉はいつ『プレデター』が来るか分からないことに強く緊張してしまい、落ち着けと深く息を吐く。

 

「今日は『プレデター』は来なさそうです……作業もつつがなく終わりそうです……なんなら、ちょっと外に出て息抜きするのも良いぐらいですね……とても簡単な調査でしたね!」

「……月世、もしかしてだけど真嘉が言ってたフラグっていうのを立てようとしてない?」

「あら、バレましたか。何も起きないのもなんだか面白くないなと思って」

「もー、本当に『プレデター』が来たらどうするの?」

「その時は責任もってバッタバッタと斬りますよ」

「退屈だからって呼ばないでって言ってるの!」

 

 そんな中、先輩二人の自然体な様子に真嘉は釣られて少しだけ緊張を緩ませることに成功する。

 

 しかし、同時に二人の仲の良さから、昨日あった事を連想してしまい、今度は苦悩の混じった溜息を吐いてしまった。そんな後輩の溜息に愛奈が敏感に反応する。

 

「どうしたの?」

「あ、いや……」

 

 とっさに誤魔化そうとした真嘉だが、少し悩んだ後、先輩に相談することにした。

 

「ちょっと咲也(さや)のことで……」

「咲也ちゃんと何かあったの?」

「何かあったというわけじゃないんだが……昨日、夕食の後にたまたまリビングで鉢合わせて話したんだ」

 

 真嘉以外にも、高等部二年生が他に四人居る。既に“卒業”扱いとなっている三年組や、生徒会長などの立場的に動き辛い野花とは違い、いわゆる普通の高等部ペガサスとして学園内を自由に活動できる立場にある彼女たちは、高等部区画内の作業や、生活区画での買い物、また学園近くで浅い『街林』の中に存在する監視網の調査、『ペガサス』としての従来の業務等を熟している。

 

 そんな中で真嘉が愛奈たち三年生勢と共に行動しているのは、二人だけで『街林調査』に向かうのは危険すぎるとの事で野花の提案から真嘉が加わったからなのだが、そもそも真嘉を推薦したのは同じ高等部二年生の『篠木(ささき) 咲也(さや)』だった。

 

 基本的には二年生勢のブレーキ役になっている彼女が、自分からこういうことを言うのは珍しかったが、三年勢に必要なのは戦力ではなく、補助が出来る人間だから真嘉が適任だと語られた理由に全員が納得したことで真嘉だけが別れて行動することになった。

 

 そして昨日、その事を話題にした時、咲也に言われたことを真嘉は気にしていた。

 

「『街林』で起きた事を話すと咲也が、真嘉はしばらく先輩たちと一緒に行動した方が良いって言ったんだ。理由を尋ねても教えてくれなかった。あいつの事だ。なにか考えがあって言ったんだと思うんだが……愛奈先輩は何か知らないか?」

 

 ──あの日、アスクヒドラと出会ってから真嘉は自分たちの関係が、どこか変わっているのは自覚していた。それでも急激な変化に対応しきれる自信が無くて、表面上は昔のままの態度を維持していた。

 

 いずれは曖昧なものを、全てはっきりさせないといけないのは分かっているが、仕方も、どうすればいいかも分からず、そのため理由も話さず、相手を納得させようともしないまま、すぐに話を終わらせてしまった“らしくない”咲也にどう対応していいのか分からなかった。

 

「……彼女がどう思っているかは分からないけど、昨日の夕食の時に見た彼女は、なんとなく真嘉と同じ顔をしているなとは思った」

「オレとですか?」

 

 自分と同じ顔とはどういうことだと真嘉は考えるが答えが出ない。

 

「どうしても気になるなら少し時間を空けて、また聞いてあげなよ」

「あ、ああ……分かった」

 

 解決はしなかったが、愛奈先輩の言うとおりに数日置いてからまた理由を尋ねることにした真嘉は感謝とともに、昨日も合わせて、先輩に気を遣わせてばっかだなと申し訳なさを感じる。

 

 せめて『街林調査』での働きで恩返しをしようと、改めて周囲に意識を向ける。先ほどとは違い余計な緊張は抜けていた。

 

「まだ掛かりそうですね」

「我慢してね」

「失敬ですね。わたくし、好物を前にして我慢出来ぬ子供ではありませんよ」

「いや、むしろ我慢せずに真っ先に食べちゃうタイプだよね? その後他の人のをどんな手段を使ってでも奪って食べちゃうタイプだよね?」

「愛奈がわたくしの事しっかり知ってくれて嬉しいです」

 

 ──今度は緊張感を保つことに苦労しそうだなと、真嘉は先輩たちの会話を聞いて、見えないように苦笑した。

 

 

 

10790:アスクヒドラ

作業の手伝いはあるけど、間が結構あるから、ここいらでみんなの中途報告を聞きたい。どう? 怪我無くやれてる?

 

10791:識別番号02

報告⇒自身が捕食可能な『プレデター』に中々遭遇せず苦労している。

対策⇒自身がいる深さでは獲物と遭遇することが困難であると判断して予定を繰り上げて現在地点から半分ほどの位置まで浮上する。

 

10792:アスクヒドラ

大丈夫なの?

 

10793:識別番号02

否定⇒大丈夫ではないが多少のリスクを負っても獲物を見つけやすい場所へと移動したほうがいいと判断した。

 

10794:アスクヒドラ

グッドラック、気を付けてね。

そういえばゼロヨンは初めて捕食してから何か変化があった?

 

10795:識別番号04

多少能力が強化されたが特別な変化は見られない。やはり『遺骸』だけでは得られる『P細胞』が少量なのだろう。

現在は次の獲物を見つけるために移動を行なっている。

 

10796:アスクヒドラ

……武者修行も兼ねて大型種&独立種だけ捕食する縛りをするにしても、ほんと無茶だけはしないでね。今日の夜中の時みたいな事は心臓に悪いのでマジであんまりしないでほしい。

 

10797:識別番号04

進化と並行して戦闘経験の蓄積を行なうことに変更は無い。

 

10798:アスクヒドラ

うっかり殺したって言うけど、余裕が無くて生け捕りが出来なかったが正解だって知ってますよ。

 

10799:識別番号04

最終的に勝利したため変更は無い。

 

10800:アスクヒドラ

意地っ張りだなぁ……。まあまたヤバそうなら相談してね。

そんで今のところ、いちばん捕食してるゼロサンはどんな感じ?

 

10801:識別番号03

現在653体の同型機を捕食。同型と比べてサイズは三倍ほど大きくなりましたが、それ以外では特に目立った変化はありません。

 

10802:アスクヒドラ

……いや、多っ! 百体あたりから思ってたけど多くない!?

ゼロサンの同型機ってそんなに居るの!?

 

10803:識別番号02

質問⇒識別番号03の同型が現在どれほどの数か分かるか。

 

10804:識別番号03

同じ領域内で稼働している同型機は現在25826体居ます。

 

10805:アスクヒドラ

は?

…………は!?

 

10806:識別番号02

質問⇒識別番号03及び同型の生産された方法について分かるか。

 

10807:識別番号03

大きさからして大型種と思われる個体が産み出す卵から孵りました。自身も同じだと記録があります。

 

10808:識別番号02

結論⇒識別番号03は小型種である『プレデター』を生産する能力に特化した個体によって産み出されているタイプである可能性が高い。

余談⇒大量生産系なため個が保有している『P細胞』は僅かな量だと思われるため同型機を捕食して得られる『P細胞』は少ないと思われる。

 

10809:アスクヒドラ

そ、そういえば産まれた理由とか聞いてなかったけども……ゼロサンって卵産まれだったんだなー。

 

10810:識別番号04

関心を寄せる部分はそこなのか?

 

10811:アスクヒドラ

驚き過ぎて頭の中に残った言葉がこれだけだった。

でもそうなると、他の特徴的にも爬虫類か鳥っぽい?

話を聞いてると首が長い、それと二足歩行のどっちかなんだけど、全部合わせると途端にどっちでもないになるから分かんなくなるんだよね。

 

10812:識別番号02

応答⇒アスクヒドラから得られた生物的特徴を見る限り鳥と爬虫類両方の特徴が見受けられるため生まれから考えるに合成生物である可能性は高い。

 

10813:アスクヒドラ

『プレデター』が作ったキメラってこと? まじかー。でもそう考えるとゼロツーとゼロヨンと違って、元が分からないのも仕方ないか。

 

10814:識別番号03

きょうりゅう

 

10815:アスクヒドラ

きょうりゅう? ……恐竜か!? ああでも確かに言われるとそうかも!

 

10816:識別番号04

恐竜とは既に絶滅した生物だったか?

 

10817:アスクヒドラ

そうそう! そういえば恐竜は調べて無かったわ。それなら爬虫類でも鳥でもないし、確か卵生だったね! あ~、なるほど、すげぇスッキリした!

 

10818:識別番号02

疑問⇒識別番号03は何故自身が恐竜であることを把握した。

 

10819:識別番号03

森の中を移動中に遭遇した『ペガサス』と思われる人間が自身をそう表現しました。

 

10820:アスクヒドラ

なんて????????????

 

 

 

 時間にして一時間ほどで夜稀は全ての作業を終えた。

 

「──欲しいもの全部手に入った」

「良かったね」

「早く帰りたい。帰って一秒でも早く手に入ったパーツで色々と試したい」

 

 欲しいものが手に入ったことで子供の様に興奮する夜稀に、愛奈は微笑ましくなる。

 

「じゃあ、彼と一緒に先に帰る?」

「それは……遠慮しておく」

 

 アスクが本気で走れば望み通り最速で学園に戻れるのだが、夜稀は話に聞いたビル登りなどを想像してしまい恐怖が勝ったため、普通にみんなで帰ることにする。

 

「ですが、帰りはアスクに走ってもらったほうが安全ではないですか?」

「あー。確かにそうかも、来た道を通れば見つからずに帰れると思うし」

 

 ──のだが、明らかに絶叫させるのが目的な月世の意見に愛奈が確かにと考え込み、夜稀は顔を青くする。

 

「……でも、万が一中等部の子に見られると不味いから普通に帰ろうか、夜稀もそれでいい?」

「ノープロブレム!」

 

 早く帰りたいというのに我慢をさせると申し訳無さそうにする愛奈であるが、当の本人は助かったと親指を立てた。

 

「アスク、また夜稀ちゃんを担いであげて……アスク?」

 

 愛奈が呼びかけるも、アスクは夜稀の傍でぼーと立ち、一点を見つめて反応を返さない。ただなにかを見ているというよりは、何かに集中しているようだと愛奈は感じ取った。

 

「どうした?」

「アスクがなにか考え事をしているみたい? アス──?」

「──なんですか? この音」

 

 再度アスクに声を掛けようとしたその時──遠くから、なにか奇妙な音が聞こえてきた。

 

 

10969:識別番号03

──『ペガサス』は追ってきません。撤退に成功しました。

 

10970:アスクヒドラ

よしよし! 無事に逃げ切れてなにより! いやぁ。最初の子は会釈が効いたけど、後から違う『ペガサス』がやってくるのは予想外過ぎた。

……まあなんだ。エナちゃんが特別だっただけで、ゼロサンが出会った『ペガサス』が普通と言えばいいのか、とにかくあんまり気にしないでくれると助かる。

 

10971:識別番号03

分かりました。

 

10972:識別番号04

心配は無用だ。人類の状況を鑑みると識別番号03が遭遇した『ペガサス』の言動こそが適切であると判断している。

 

10973:アスクヒドラ

そう言ってくれるとマジ感謝。

ゼロサン、俺の言うとおり抵抗せずに逃げてくれてありがとな……でも、もし本当にヤバかったら、遠慮無く反撃してくれ。自分の命が最優先だ。

 

10974:識別番号03

分かりました。友好を築けず、逃げることが困難な場合の時は相手の生命を脅かさない程度に反撃を行ないたいと思います。

 

10975:アスクヒドラ

うん、ゼロサンは本当に良い子だなー。

 

10976:識別番号02

質問⇒恐竜は既に絶滅している生物で間違いないか

 

10977:アスクヒドラ

そうだけど突然どうした?

 

10978:識別番号02

質問⇒恐竜が存在していた年代は?

 

10979:アスクヒドラ

えっと、数千万から一億年前ぐらいだったかな、ざっくり言ってそんな感じ。

まって、なんか様子がおかしい。

 

 

 

 ──ガラガラガラガラ。

 

「……こっちに何かが近づいてくるっ! 外に出よう! アスク、夜稀を背負ってあげて!」

 

 歯車が回るような音が徐々に近づいてきた。危機感を抱いた愛奈は、戦闘が発生するにしても中で戦うのは危険だと、外に出ることにする。

 

 

 

10980:識別番号02

注意⇒識別番号03を除き恐竜の形をした『プレデター』に出会った場合身の安全を最優先とした行動をとることを強く推奨する。

 

10981:アスクヒドラ

ごめん! なんかヤバそうだから、とりあえずヨキちゃん背負って外に出る!

 

 

 

「ちょ、ちょっとまって、ポーチはあたしが持つ」

 

 アスクの腰にはポーチが巻かれており、その中には手に入った大事なAIチップや部品などを入れていた。戦闘になったさいアスクの動きを阻害しないように、中身が激しい動きで壊れないように自分が持ったほうがいいという考えゆえの行動だった。

 

 アスクは言われるがままポーチを外して彼女に渡した。──その間の僅かな時間が致命的な隙となってしまった。

 

 ──ガラガラガラガラガラガラガチン!

 

「──夜稀! アスク! 避けてっ!」

 

 真っ先に気付いたのは〈隙瞳(げきどう)〉によって、あらゆる変化が見えていた愛奈だった。

 

「──え? ぐっ!?」

「アスク!?」

 

 ──壁を貫いて一筋の光線が夜稀に目がけて飛来してきた。寸前、アスクが持ち前の加速によって瞬時に動き出し、夜稀を押し飛ばした。

 

「無事か!?」

「げほっ! ……う、うん……っ、彼は!?」

 

 咄嗟に加減できずに強い力で押し飛ばされた夜稀は咳き込んだものの怪我はなく、真嘉にキャッチされたことでどこかにぶつかって怪我をすることも無かった。

 

「……あ、あ、足が……足がっ!」

 

 ──しかし、アスクのほうは両膝から下、そして腰から伸びる二本の触手の先端が光線に直撃、完全に消失してしまっていた。

 

 

 

10985:アスクヒドラ

くそっ! あのやろうヨキちゃん狙いやがった!

 

10986:識別番号04

何が起きている!?

 

10987:アスクヒドラ

敵襲。不意打ちで光線ぶっぱされて両足とられた、ヤバいな、まともに立つこともできねぇ……。

 

 

 

「真嘉! 今すぐアスクと夜稀を連れて外に出て!」

「了解だ!」

 

 真嘉はアスクを片手で担ぎ上げて、顔を青くする夜稀と一緒に外へと出る。

 

「来るよ!」

「まったく、今回ばかりは反省しなければなりませんね!」

 

 ──ガラガラガラガラガラガラガラガラ!!

 

 ──再度、歯車が回転するような騒音を鳴らしながら“それ”は光線が来た場所から倉庫の壁を破壊し、中に入ってきた。機械たちを吹き飛ばして立ち止まる巨体の怪物。

 

 全長十メートル越え、頭の位置は月世の専用ALIS【大太刀(待雪草)】を持った腕を伸ばしきっても届かないほど高く、外殻に覆われるメカメカしい姿から『プレデター』である事は確かだが愛奈たちが見たことのない個体だった。

 

 ──しかしその姿は小学校の授業で見たことがあった。それは数千万年前。地球の支配者として君臨していた生物。

 

「……恐竜?」

 

 

 

10989:アスクヒドラ

なんだあれ……恐竜か?

 

10990:識別番号02

緊急⇒なんとしても逃げろ

 

10991:識別番号04

なにか知っているのか?

 

10992:識別番号02

予想⇒それは識別番号03と同じくブレイン級が出した新たな指示によって一億八千万年前に稼働していたものを再現して作られた『プレデター』である可能性が高い。

 

 

 

 ──西暦を生きる現代の人類よりも遙か果ての技術を持っていて『P細胞』を作り出したとされる、一億八千万年前の人類。

 

 ──アスクたちの目の前に現われたのは、そんな人類たちを99%殺戮するという命令を完遂した『プレデター』である。

 

 




――『レイドボス』が解放されました。

次回で1.5章は最後となります。

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