この苦しみ溢れる世界にて、「人外に生まれ変わってよかった」   作:庫磨鳥

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本当に、お待たせしました。


第六十一話

 『土峰(つちみね)真嘉(まか)』は、先頭車両にて見張り台にて、アスクに連絡を送ったあと、後輩ふたりと交代する形で後部車両に戻った。そのさい、なにやら騒がしいと『アイアンホース』たちが全員集まる部屋を覗いたさい、一個(ワンコ)をしばき上げる光景を目撃、文化の違いというものを体感した後、本来の目的地である隣部屋へと移動する。

 

「おかえり真嘉、アスクはどうだった?」

「ん? あー、だいじょうぶ、ちゃんと伝えたし、分かったってさ」

「そう……何かあった?」

「ああいや、なんていうか……常識って沢山あるんだなぁって思っただけだ」

「……?」

 

 部屋の隅で体を丸めて、持ってきたタオルを敷いて座っている『篠木(ささき)咲也(さや)』の問いかけに、隣部屋で目撃した文化の違いを口頭で説明するのは自信がないとして、テキトーにはぐらかす。

 

「……そういえば、オレたちだけか……なんだか久しぶりだな」

「そうね。列車内だと狭いし、こうやって二年だけが集まるのは無かったわね」

 

 室内にはアルテミス女学園高等部二年ペガサス五名だけが集まっていた。【303号教室列車】に乗車してからは見張りの交代や、各々好きなポジションへと移動。後輩やアイアンホースなど五人以上になる事が多く、自分たちだけというのはアルテミス女学園にいる時以来である。

 

「見張り、夜稀たちと交代したの?」

「ん? ああ……なんだか北陸聖女学園に入る所を見たいんだと、一応、頭は出さずに、天井の穴を見上げるだけで話は付いた。亜寅が引きずり下ろしてくれるってよ」

「そう、それなら大丈夫かしら」

 

 高等部一年の後輩である『(すずり)夜稀(よき)』は感情的になると体が動いてしまうタイプである。【303号教室列車】に搭乗した時も、興奮冷めやらぬといった具合で色々と調べ周り、【606号教室列車】が合流したさいは連結時を、後ろ窓からガン見して叫んでいたのを見ているから、もしひとりにすると、何かしらやらかすかもしれないと言うのが、真嘉たちの共通認識だった。

 

「真嘉は見に行かなくていいの? こういうの結構好きよね?」

「まあな。夜稀みたいに詳しくはないけど、なんか見た目とか頑丈そうなのが、そういうのに惹かれる」

「使っている『ALIS』が盾なのと、なにか関係しているのかしら?」

「……そうかもな」

 

 高等部へと進学したさい、真嘉に送られてきた盾型専用ALIS【ダチュラ】。強固で頑強な盾は何度も自分の危機を救ってくれて、同時に味方を守ってきた相棒だ。

 

 真嘉は思わず、反対側の隅っこを見た。其処には座っている、というよりも力なく壁に持たれているといった方が近い格好の『白銀(しろがね)響生(ひびき)』が居る。

 

 ニコニコと笑っているものの、その有り様は笑顔がデフォルメの飾られた人形の様に、どこか無機質に感じられる。実際、真嘉と目が合っている筈なのに反応しない。声をかければ、何時ものように元気な姿を見せてくれると分かっているからこそ、どう話しかけていいのか分からない。

 

「……真嘉!」

「ん。どうした?」

 

 咄嗟といった感じの咲也の呼びかけによって、真嘉は意識を元に戻す。

 

「ほら、もう少しで北陸聖女学園に到着するから……結局どうするのか、最後の確認をしたいわ」

「あ、ああ、そうだったな……」

 

 北陸聖女学園・第七分校の転校は、あくまでも“秘密”に気づかれないためのカモフラージュに過ぎず、アルテミス女学園へと即帰ってもいい。ただ、可能であれば、“自立”に役に経つ道具やデータなどを手に入れて持ち帰るという目的はある、といってもこれは、あくまで副題のようなものと念押しされている。

 

 この転校は自分たちの生命線であるアスクヒドラ、そして技術全般を担当している夜稀が安全に学園へと帰れる事が何よりも最優先される事である。それを踏まえて、北陸聖女学園・第七分校へと到着した後の行動の最終決定は、真嘉に任されていた。

 

「……昨日決めた通りだ。オレたちが大人たちの気を引いている内に、夜稀たちは別行動をして望む物を手に入れる……でも、北陸聖女学園の大人たちが、オレたちに強引な手段を取ろうとした時点で脱出する」

 

 とはいえ到着してからの行動は、既に【606号教室列車】が合流する前に、ハジメたちアイアンホースも交えて、全員で話し合って決定しており、それに変更はない事を伝える。

 

 真嘉たちは、このまま【303号教室列車】と共に北陸聖女学園・第七分校側内部に入る。それから転校組である香火を除いた高等部二年ペガサスの四名は、北陸聖女学園側の指示に従い行動。

 

 その最中、夜稀たち同行組は目的の技術、あるいは道具を手に入れるために、偽装のためにでっちあげた組織、『叢雲』として、仮面を被り顔を隠して別行動をとる。そして目的を達した、あるいは真嘉が、これ以上は留まるのは危険だと判断した時点で、ハジメたち『アイアンホース』と、別行動のアスクたちと協力し、学園を脱出するといった具合だ。

 

「皆もハジメから聞いていたと思うが、【303号教室列車】は、明日まで一番近くの駅で停まっていてくれるらしい。北陸聖女学園を脱出して、駅までたどり着ければオレたちをアルテミス女学園まで乗せていってくれる」

 

 正確に言えば、北陸聖女学園に真嘉たちを下ろしたあと、【303号教室列車】は長距離運行後の点検へと入る。そのさい偶然にも脱走してきた真嘉たちが乗ってしまった事に気づかず発進、さらに偶然は続いてアルテミス女学園へと通りかかる時にトラブルが発生し、一時停車する。

 

 これが、もしかしたら一切通用しないかもしれないが、あらかじめ決めといたほうがスムーズに行えるかもしれないとして、設定された建前である。

 

「でも、本当に大丈夫なの? だってあの久佐薙先輩の一族なんでしょ? これで悪いことになるなんて事は……」

「それはオレにも分からない……でも、ハジメたちが、やってくれるって言ってくれたんだ。それに甘えようと思う」

 

 本来、学園で複数人で話し合われた予定では、自分たちの帰りは数日間掛けて走って帰るといった極めて原始的で単純なものであった。

 

 『ペガサス』である自分たちならば、三日三晩であれば問題なく走り続ける事ができ、アスクたちならば安全な道を選ぶ事ができるといった具合だ。しかし、外の世界はアルテミス女学園周辺の『街林』とは比較にならないほどの、『プレデター』の巣窟。何が起こるのか未知数であり、危険度は低くないだろう。

 

 それに比べれば【303号教室列車】に搭乗して帰る事ができるのは、後の影響が未知数ながらも、安全にアルテミス女学園へと帰れるとして、真嘉は提案を受け入れた。

 

「咲也は、それでいいか?」

「ええ、分かったわ」

「響生は?」

「おっけーゆーどこも!」

 

 声を掛ければ、いつもの様に親指を突き立てて、元気よく返事をしてくれる。しかし、どうにも何時もとは違うと感じてしまうのは、自分の見る目が変わってしまっただけだろうかと、真嘉は思ってしまう。

 

「……レミは何かあるか?」

「あ、えっと……ないと思います、はい」

「香火は……良さそうだな」

 

 香火は寝息を立てており、返事こそ無いものの、何か気になることがあれば目を開いて、ちゃんと自分の意見を言うため、真嘉は全員の承諾が取れたと判断する。

 

「なら、特に変更はないって、ハジメたちにも伝えておく」

 

 ──いつものように理由関係なく自分が選んだのは、単に“他者(ハジメ)からの提案だったから”ではないか、そんな自信の無さから湧き出てくる疑問を振り払う。

 

「……なぁ──」

≪こちらゼロ、北陸聖女学園・第七分校へと、残り五分で到着する。アルテミス女学園ペガサスは降車の準備をされたし。繰り返す、北陸聖女学園・第七分校へと残り五分で──≫

 

 話す事が終わり、珍しくもない高等部二年の沈黙にて、真嘉が何かを言いかけたが、ゼロ先生のアナウンスによって中断される。

 

「……着くみたいね」

「そうだな……はぁ〜」

 

 目前と迫った目的地、真嘉は強い緊張感に襲われて、深いため息を吐き出す。

 

 五年以上振りに会う事となる人間たちは、アルテミス女学園に入学する前に集められた施設に居た大人たちのようなものだと教えられた。真嘉が思い出せる彼らは『ペガサス』になる自分たちを見る目。その時は単に怖いとだけ思ったけど、あれは自分たちを人間とか、化け物とかじゃなくて、単なる仕事で取り扱うだけの材料として見ていたんじゃないかと思う。

 

 そんな人間の大人たちは、『ペガサス』と比べれば、遥かに貧弱だ。握手をすれば簡単に手を粉々にできる。だけど、弱いからこそ、多くの対策を用いてくる。そんな搦手を受けて、自分はきちんと対応できるだろうか、指示を出せるだろうか、皆んなを守れるだろうか、真嘉の悩みは尽きない。

 

「――真嘉」

「香火?」

 

 【303号教室列車】に乗ってから、ずっと寝っぱなしだった香火に、久しぶりの名前を呼ばれて真嘉は驚き、ベッドの方を見ると、体を起こしていた。

 

「――もし、何かあっても、必ず私が力になるから……すぅ……」

「香火……ありがとな」

 

 それだけ言うと、香火は再び横になり、レミの膝へと頭を置いた。徐々に小声になってはいたものの、しっかりと

 

 ――何があっても、絶対に全員でアルテミス女学園へと帰る。真嘉は決意を確かめるように、拳を握りしめた。

 

 

+++

 

 

 北陸聖女学園・第七分校は、北陸の土地にある島に建設された、計七つの円形施設とそれらを繋ぐ20キロを超える長距離通路による超巨大学校施設である。上空から見れば逆位置の北斗七星に見える事から、円形施設にはそれに合わせた名前がつけられている。

 

≪──【303号教室列車】は、北陸聖女学園・第七分校へと到着。『第1荷役施設アルカイド』にて停車する≫

 

 そんな北陸聖女学園・第七分校の玄関口であり、搬入した荷物置き場であり、そしてAI貨物列車や教室列車の駅でもある『第1荷役施設アルカイド』にて【303号教室列車】と【606号教室列車】は、内部へと続く線路を走り、内部へと停車した。

 

「ずっと列車の中ってのも、正直言っちゃいますと、マジで嫌なんですが、着いちゃいましたね、夜稀先輩? ど、どうしたんですか、なんか震えてますけど」

「あ、ごめん、ちょっと感動で」

「感動で……感動で?」

 

 先頭車両の車内から天井穴を見上げる形だったとしても、【303号教室列車】が北陸女学園へと入る瞬間を見ていた夜稀は感極まっており、そんな先輩に中等部一年『鈔前(しょうぜん)亜寅(アトラ)』は、ちょっと着いていけなかった。

 

北陸聖女学園・第七分校は夜稀にとって想像以上であった。見える範囲が、【303号教室列車】が難なく入れてしまうほどの巨大建造物っぷりに、人類技術の素晴らしさを感じ取り、もう三回出入りしてほしいなと願う。

 

「やっぱり技術があれば何でも出来る、素晴らしい……最高かよ……!」

「まあ、先輩が楽しそうで良かったっす、というか先輩、列車に乗ってから、ずっと楽しそうだったっすね」

「そうかな? ……そうかも」

 

 【303号教室列車】に乗ってすぐ、車体を調べに調べて、『アイアンホース』の装備などを見聞し、自分の工具箱型専用ALIS【プラタナス】を用いて、幾つか分解、組み立てなどを行っていた。だから、【303号教室列車】でやっていけるかと言われれば、絶対に無理と答えるが、アルテミス女学園には存在しない技術の数々に触れて、ずっとワクワクしていた事に気づく。

 

「はぁ……これからどうなるんだろ……無事に帰れたらいいですね」

「あ、え……そうだね!」

 

 後輩の不安の声に浮かれている場合ではないと気を引き締めようとするが、北陸聖女学園で経験することの期待感、好奇心を抑えきる事ができず、返事に誤魔化しを混ぜられなかった。

 

 夜稀が真嘉たち転向組に同行する事となったのは、アルテミス女学園へと技術を持ち帰るため、また機械の専門家が入れば北陸聖女学園で自分たちに降りかかるであろう妨害や障害に対して、自分なら迅速な対処が出来る。とはいえ、これはあくまでも夜稀が動向するための大義名分である。これだけなら夜稀が技術を教えた『東海道ペガサス』を1名、同行させるだけでよかった。

 

 夜稀は自分を見つめ直すために、無理を言って同行する事を望んだ。東海道ペガサスたちから第四分校での残忍な話を聞いた時、“いいなぁ”と羨みの気持が湧いた。そんな自分が何であるかをハッキリとさせたくて、北陸聖女学園を直接見たかった。

 

「できれば、学園内を見たい……“自立”のために」

「先輩、いま絶対、後半取って付けたでしょ?」

「うっ、ごめん……」

「まあ、ほどほどにしてくださいよ」

 

 自分が見たいという気持ちが隠しきれておらず、そんな夜稀に亜寅は呆れつつも、先輩らしいとちょっと気が紛れた。

 

「……先輩、ちょっと不安になったこと言っていいですか?」

「なに?」

「流石にですけど、真嘉先輩が帰るって判断したら、すぐ帰るんですよね?」

「…………」

「ちょっ、なに見張り台から顔出そうとしてるんですか!?」

 

 無言で見張り台を登ろうとした夜稀を、亜寅が白衣を掴んで引き止める。夜稀は本来、ここに居ない筈の『ペガサス』であり、そのために、北陸聖女学園に見つかったら非常にまずい。

 

「さっきみたいに、中から見られる範囲で我慢して下さい!」

「ちょっとだけ……ちょっとだけ!」

「どうせ、後で外に出るんですから!」

「もしかしたら、外に出ないかも!」

「その時は諦めてくださいって!!」

 

 先輩後輩の押し引きが、しばらく続くと、夜稀の頭は冷えていき、自分の勝手な行動で全てを台無しにしかねないという事を思い出し、大人しく降りてくる。

 

「ごめん、我を忘れてた」

「なんていうか、ほんと、夜稀先輩らしいですね」

 

 真嘉先輩は、これを見越して自分に頼むってお願いしたんだろうなと思いつつ。しょぼーんっと、ガチで残念そうに落ち込んでおり、なんだか罪悪感が湧いてきた亜寅は思考を巡らせる。

 

「あー、そういえば〈真透(しんとう)〉で見る事って出来ないんですか?」

「亜寅……君は天才か?」

「い、いや、ワタシも同じ、『魔眼』なんで、なんとなく出来るかなって……」

 

 夜稀と亜寅が持つ『魔眼』である〈真透(しんとう)〉の能力は、本来であれば対象の物体を1つ透過させて、その中身を見るものである。

 

 しかし、【303号教室列車】を対象にして、その壁を透明にしてしまえば、室内からでも外を見ることが出来るかもしれないと、夜稀は亜寅を心から褒め称える。

 

「いつもは見辛くなるからって貫通しないようにしていたから気が付かなかったけど、あえて壁を透けさせれば外を見られるはず……」

 

 『魔眼』の中には、使用者の意思によって効果の強度を調整する事が出来るタイプが存在する。〈真透(しんとう)〉も、そのタイプであり、対象物体の透過度を操作する事ができた。夜稀は多用こそするものの、調整を掛けるのは重なって見えない部品を見るぐらいであり、『魔眼』で車内の外を見るという発想は盲点となっていた。

 

「というわけで早速〈真透(しんとう)〉」

 

 即時即決して瞳を光らせた先輩に、勝手に〈魔眼〉を使っていいのかなと思いつつも暖かく見守る。

 

「えっと、意識を集中させて……あえて壁の外が透けるように調整して……見えた! ……おー、荷物が沢山、アルテミス女学園もそうだけど、北陸聖女学園も玄関口と荷物置き場を一緒にしているみたいだね」

 

『第1荷役施設アルカイド』の第一印象は、広大な空間に均等に並ぶ、高さ十メートルはあるパレットラックだ。その中には大量のコンテナが置かれており、その光景を見た夜稀は圧巻される。

 

「……ワタシもやろ! 〈真透(しんとう)〉」

 

 夜稀はへーほーと声に出しながら、じっと壁の先を見ており、それに興味が刺激された亜寅は、同じように〈真透(しんとう)〉で壁を通過させて外を見る。

 

「うわっ、ほんとすげ……、アルテミス女学園も似た場所はあるけど広さが全然違いますね!」

「うん、荷物の多さっていうのは、その場所にとって必要な量が入るようになっている。だから、この北陸女学園は、アルテミス女学園とは比較にならないほどの大きな施設で、たくさんの人や『ペガサス』……正確には『聖女(シスター)』が暮らしているって事になる!」

「はー、なるほど、そういう事も分かっちゃうんですね」

「分かっちゃうんだ」

 

 AI貨物列車にて、外から運ばれてきたであろう、物資が入ったコンテナが天井ギリギリに積み上げられた施設内部は、夜稀と亜寅にとって見た事のない圧巻の風景であり、ふたりにとって十分に楽しめるものであった。

 

「……全然、緊張感ないですね、自分ら」

「まあ、ずっと緊張しているよりかは…………ん?」

「なんか見つけました?」

「いや、ちょっと……」

 

 夢中になっていた夜稀は、多少冷静になったところで、自分が見えている施設内の景色に違和感を覚えた。

 

「……静かすぎる?」

「そういえばそうですね。今日は休みとか?」

 

 亜寅も言われて気づき、アルテミス女学園の荷物置き場は昼夜を問わずAI機器が動いており、『街林調査』などで外に出るため通り過ぎる時には、いつも稼働音が聞こえていたのを思い出す。

 

「いや、物流が完全に停止しているのは流石におかしい気がする」

 

 大人数が生活している拠点というのは、どんなものであっても常に消費が発生しており、物資の出し入れが行われているというのが、夜稀の認識である。それなのに何処を見ても荷物が運ばれている様子が、ひとつもないのが、夜稀はどうしても気になった。

 

「それにあれって多分、棚から出した荷物を運ぶコンベアじゃない?」

「コンベアって自動で荷物を運ぶやつですよね?」

「うん、ここの奥、集中したらハッキリと見えるようになると思う」

「あー、アレか……なんか上に乗ってますね」

「たぶん運ぶ途中だった荷物が、途中で停まったって感じ」

 

 人間では、ぼやけて何か判別できないほどの遠い距離にある荷物を運ぶためのコンベア。その上には外から運ばれてきたであろう荷物が動かずに放置されていた。

 

「何かが起きて、緊急停止した?」

「……夜稀、それに亜寅も、お前たち何をしてるんだ?」

「あ、真嘉先輩、それにハジメ先輩も」

 

 横に並び瞳を光らせて【303号教室列車】の壁を、ほぼゼロ距離で凝視していると、真嘉とハジメがやってきた。

 

「だから前も言ったけど、簡単に『魔眼』を使うなよな」

「す、すいません」

「……夜稀、貴方の〈真透(しんとう)〉は、外の様子を見れるのか?」

「うん……何かあったの?」

「いえ、むしろ逆です。自分たちが到着したのにも関わらず、扉すら開かないんだ。なにかトラブルが発生していると判断しましたので、ふたりを呼びに来ました」

 

 真嘉たち高等部二年ペガサス四名は、後部車両のほうの扉へと待機していたが、一向に扉が開かなかった。気になってゼロ先生に尋ねてみるが反応がない。なんなら、到着直前までずっと話していたザクリ車掌教師の声も聞こえなくなったため、ハジメは何か不測の事態が起きていると判断して、真嘉に声を掛けて、先頭車両へとやってきた。

 

「それで外の様子は? なにか変わった様子はありますか?」

「こっちも“何も無い”よ……機械も動いてないし、人も居ない、怖いくらいとても静かで、何かがおかしいんだ」

「いったい、何が起きてるんだ?」

 

 何も無いからこそ、何かがおかしい。異常とも言いづらい不可思議な事態に、夜稀たちは戸惑う事しかできなかった。

 

「ハジメ、どうする?」

「待機するしかありませんが、全員いつでも動けるように『ALIS』を装備していた方がいいかもしれません。真嘉先輩、アスクに事情を伝えて頂きたいのですが、よろしいでしょうか?」

「分かった」

「──あれ? ちょっと夜稀先輩」

 

 警戒態勢の話し合いする先輩たちの最中、亜寅は〈真透(しんとう)〉をずっと発動していた。その中で、真嘉を後ろ上、【303号教室列車】の外で何か小さなものが横切った気がした。

 

「亜寅? 何か見つけたの?」

「いや、見つけたというか、なんか小さいのが飛んでいた気がして……」

 

 外の様子を見れなくなる不安からか亜寅と夜稀は会話の途中でも『魔眼』をずっと発動していた。そんな中で真嘉たちの後ろ側、【303号教室列車】の外で何か小さなものが横切った気がした。

 

「小さな飛行物体……それって、ドローンとか?」

「いやなんだろう、変な形の紙? なんかこう、なんて言えばいいんですかね……ふよふよっていうか、ひらひらっていうか、そんな感じで飛んでました」

「変な形の紙……ふよふよ、ひらひら……他に何か特徴無かった?」

 

 宙を舞っていた紙を偶然に見たと片付けるには、いまの状況は、あまりにも不穏だとして、何か関連しているものかもしれないと、夜稀は質問を重ねる。

 

「そうですね。なんかあの形、どっかで見たことある気が……あ、そういえば青色に光っていたような気がします」

「青色に光る……小さくて空を飛ぶ────あ」

 

 夜稀は、亜寅が言った条件に当てはまるものを記憶の中から見つけた。

 

「なにか心当たりでもあったのか?」

「……夜稀?」

「──嘘だ、そんなこと、あったら駄目だろっ!!?」

「夜稀先輩!?」

 

 だからこそ、腹の底から叫んだ。

 

 だって、思い浮かんだ“存在”が、人類の住まう施設の中に居るという事は──絶対に、あってはならない事なのだから。

 

 ──周辺を確認する。見当たらない。まだ勘違いの可能性がある。

 

「そのひらひらとしたもの、どこに飛んでいったの!?」

「え!? あ、あっちです……って、夜稀先輩!?」

「待て!? 1人で行くな!!」

「真嘉先輩! 先ずは装備を──!」

 

 夜稀は側に置いてあった【プラタナス】を持つと、見張り台から【303号教室列車】の天井へと出ると、躊躇なく飛び降りた。『ペガサス』であれど、人並みぐらいの力しかないと自称している夜希が初めて見せる素早さに、その場に居た三名は全員が動揺し、反応が遅れてしまう。

 

「──っ!」

 

 夜稀は地面に着地すると、そのまま亜寅の指し示した方向へと走り出す。

 

 ──それだけは駄目だ。それだけは居ちゃ駄目だ。お願いだから勘違いだったという結論になってくれ。

 

 夜稀が、ここまで過剰に反応するのは、その“存在”が技術に携わるものにとって、最も理解できてしまう恐ろしい物であるから。また、人間が暮らす建物の中に居るという事が、最悪の自体が発生しているという証明にもなってしまうからだった。

 

 夜稀からすれば、北陸聖女学園・第七分校は今日来たばかりの何の縁のない場所だ。何だったのならば敵の本拠地と評価しても間違いではない。だけど『ペガサス』の夜稀にだって人の心はある。その人の心が杞憂であってくれと強く訴える。これはそういう可能性だ。

 

「────あ」

 

 しかし、夜稀の願いは叶わなかった。均等に並ぶパレットラックの道を進んで行き、十何個目かの分かれ道にて、それは居た──それ“等”は居た。居てしまった。

 

 ──“それ等”は、人間が作り出した特定の電波に反応、無線通信による遠隔操作が行える機械へとハッキングを行い乗っ取り、主である人間に危害を加えるように仕向ける小さな“侵略者群”。

 

 ロボットおよびドローンの反乱による虐殺を引き起こし。無線による遠隔操作技術を放棄させて、AIによる完全自立型機器に頼らざるをえない社会へと切り替える事となった“文明殺し”。

 

 青紫に発光する小型種、『チョウ型プレデター』たちが数百匹から千匹以上、まるで棚や周辺の物体に苔のように、びっしりと群がり、恐ろしいほど幻想的な光景を生み出していた。

 

「き、気の所為じゃなかった。どうして人の建物の中に……だったら、もうこの学園は……!?」

 

 パニック故に思考していた言葉が叫び声に乗ってしまう夜稀。それに反応してかチョウ型プレデターが群がっていた物体──下半身が四脚式タイヤ足、上半身が人型の作業運搬用のロボットから駆動音が鳴り響き始め、時間を掛けずに立ち上がった。

 

「なんでっ!? AI機器じゃ!? ……まさか、この学園は無線型の遠隔操縦ロボットを使っていたのか!?」

 

 チョウ型プレデターのハッキングによって稼働する。こうならないために日本では無線による遠隔操作技術の使用は国の法律で厳重に禁止された筈なのに、北陸聖女学園・第七分校は使用していた事が発覚する。

 

 それは辺境の土地、外とは完全に隔離された空間での生活故に発生した効率重視の怠惰によるものだったのかもしれないが、それに答える者は誰もいない。

 

 ──無線による遠隔操作機能が搭載された作業運搬用ロボット、夜稀を轢き潰さんと、全速力で走り出した。

 

 




──逼る災いの爪痕。

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