この苦しみ溢れる世界にて、「人外に生まれ変わってよかった」   作:庫磨鳥

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お待たせしました。そして、あんまり進んでいませんが、楽しんでいただけば幸いです。


第六十六話

 

 北陸女学園・第七分校、その『第1荷役施設アルカイド』と『第2居住施設ミザール』を繋げる“第一通路”は十数キロにおよぶ。床には埋め込み式の線路が有り、『新日本鉄道』が保有する列車であれば走る事ができる。

 

 ひたすら真っ直ぐ進むだけの退屈な通路はいま、人間であるならば決して果てに辿り着くことのできない地獄の洞窟と化している。何故なら海の底からやってきたとされる、ウミウシ型プレデターが百、あるいは千、もしくは数えるのが難しいほど第一通路内へと留まっているからである。

 

 一億八千万年前では、当たり前だったとされる海中都市の生活用水路を通って内部へと侵入。そこに住む人間を抹殺する事を目的に作り変えられたとされる。だからこそ通路に集まっているのではないかと、識別番号02は推察した。

 

 もはや、ウミウシ型プレデターの巣となった通路。通りかかる人間が居れば、陸の上であろうと、海の上であろうと関係ない。『プレデター』として月の裏側にいる頭脳(ブレイン)から発せられている人間抹殺命令を遂行するために、感知した侵入者には群れとなって(ふる)う波の如く襲いかかる。

 

 ──DA DADAN!! DADADADADAN!!

 

 鉄の馬が破音(はおん)を鳴らし、火花を飛び散らせて全てを(はじ)き溶かす。

 

 ハジメたち七名からなるアイアンホース部隊アイゼンは、七キロ速度で走る【606号教室列車】と【303号教室列車】の数メートル前方を付かず離れず、銃を構えながら進む。

 

 肩揺れによって銃口がぶれてしまう事で、全く当たらないとされる移動しながらの発砲であるが、『アイアンホース』としての体幹と、訓練で身に付いた姿勢制御、そしてなによりも『ALIS』のアシスト機能によって、アイゼン部隊はウミウシ型プレデターの急所を撃ち貫いていき、自身らが進む道を制圧進行していく。

 

≪──こちらゼロ、8キロ地点を突破。線路問題なし、プレデター接近、群数三(wave3)、推定(かず)30、20、60≫

「了解。リーダーより各自、このまま発砲距離を120メートルで維持、速度そのまま、位置そのまま進め」

 

 ゼロから発信される情報を聞き、ハジメはリーダーとしてアイゼン部隊へと指示を出す。

 

 教室列車の真正面に位置する彼女は、マークスマンライフル型ALIS【KG9-MR/《ナイン》】での射撃を控えめにして、教室列車と部隊の位置関係を調整する中央後衛(ポイントマーカー)として全体把握に努めている。もっとも、“いつもと比べて控えめ”とはいえ、【KG9-MR/《ナイン》】による狙撃支援は、きちんと行っており、放たれたライフル弾は確実に1体以上のウミウシ型プレデターの脳天を貫き、液状化させる。

 

≪こちらルビー。このペースと数で出てくるなら、10キロ地点で(ミツ)と前に出るわ≫

「了解。補充タイミングが被らないように気をつけて下さい」

 

 ハジメの数メートル前方に位置取っている中央前衛(センターフロント)のルビーからの通信に応じる。この距離であれば『アイアンホース』の耳ならば教室列車の駆動音有りきでも問題なく聞こえるが、他の声と混ざらないように通信機にて、やりとりを行う。

 

大粒散弾(バックショット)の在庫処分に最適な状況ね≫

 

 ショットガン型ALIS【KG4-SG/t3(フォーティースリー)】を、百メートル先にいるウミウシ型プレデター向かって連射に等しい速度で放っていく。

 

 通常使いしている散弾では有効射程外の距離からの射撃であるが、現在使用している大粒散弾(バックショット)と呼ばれる(シェル)の有効射程距離は100メートルとなっている。とはいえ陸のプレデター相手では外殻によって、効果的な場面が少なく結局の所、散弾よりもコストが高いのに、使い勝手の差は殆ど無いものであった。

 

 しかし、ウミウシ型プレデターは硬い皮膚を持つものの、軟体であるためか大粒散弾(バックショット)の使用想定距離からの銃撃でも効果的であり、【606号教室列車】に積まれて有ったものを、ルビーは景気よく消費していく。

 

三番(トロワ)、前に出ています、少し下がれ」

了解(コピー)

≪……こっちの三番(トロワ)も相変わらずのようね。ほんと極端というか、混ざっていい感じにならないかしら?≫

「どちらも、三番(トロワ)ですよ」

≪分かってるわよ。これで頭の中身は変わっていないっていうんだから、不思議なものよね≫

 

 ハジメより右斜め上。右側前衛(ライトフロント)に位置する三番(トロワ)は、独特な言葉使い回す先ほどまでとは別人のように無機質な返事をする。また、ウミウシ型プレデターを見つめる“光り輝く単眼”は、命を見ているにしても、敵を見ているにしても、感情の無い冷酷なものであった。

 

 戦闘時の三番(トロワ)は格好いいものが大好きで元気な人格を奥へと沈めて、誰よりも忠実で寡黙な兵士となる。その挙動は精密且つ正確に、命令は忠実且つ正確に熟す。それは『アイアンホース』にとって当たり前とも言える事であり、個性が無いと言い換える事が出来るかもしれないが。

 

 ──だからこそ、ハジメたちは自分たちの中で最も強く、“一番敵対したくない相手”として、三番(トロワ)の名前を上げる。最強とは違う、最も完成に近い『アイアンホース』として。

 

≪ハジメ、三番(トロワ)だけ右側足りるなら、早めに(ミツ)を、こっちに合流させて≫

「了解──三番(トロワ)(ミツ)、そっちはどうだ?」

≪問題ない。自分だけで制圧可能≫

≪あんまりやる事ないかも!≫

 

 アサルトライフル型ALIS【KG6-AR.88(ステイヤー)】を構え、まるで作業のように淡々(タンタン)単発撃ち(セミオート)で、ウミウシ型の急所へと丁寧に命中させていき、ほぼ三番(トロワ)だけで右側を押さえ込んでいた。

 

KG6-AR.88(ステイヤー)】は最も多くの設計が考案されて、その中から時間を掛けて選ばれたK//G社製6番目の『ALIS』。性能およびコストからしても、高い評価を得ている『ALIS』であり、販売してから、データ上『アイアンホース』の作戦継続時間と寿命を30%以上も伸ばしたという事で、記念に“ステイヤー”という商品名が付けられた。

 

「分かった。それでは(ミツ)の配置変えを行う。ルビーと合流して、中央のウミウシ型プレデターを迎撃してくれ」

了解(アイコピー!)

三番(トロワ)、後ろに列車を護衛している香火先輩が居ます、必要であれば頼ってください」

了解(コピー)

≪──こちら二個(ニャーコ)、あと1弾倉(マガ)だ。撃ち切ったら補充に入る。それと同時に、一個(ワンコ)を撃たせ始めるぞ≫

「了解」

 

 左側前衛(レフトフロント)を務める二個(ニャーコ)は報告だけ済ませると、小柄なアイアンホース向けに小型化されたアサルトライフル型ALIS、【KG6-Ss/(リトル・ステイヤー)】の引き金(トリガー)を引き、弾倉(マガジン)に残された残りの弾を躊躇なく吐き出す。

 

「──ナー、交代だ一個(ワンコ)!! 弾の無駄遣いするなよ!」

「それはこっちのセリフだぜ二個(ニャーコ)、下がるの早いんじゃないか! 三番(トロワ)なんか、まだ半分は残ってそうだぜ!」

「どうしたって移動しながらだと限界があるんだよ! 〈隙瞳(げきどう)〉持ちと、一緒にするんじゃねぇ!」

 

 三番(トロワ)の魔眼は、視野の強化および“射撃”に必要な情報を全て感覚的に理解する〈隙瞳(げきどう)〉。つまり、アルテミス女学園高等部三年の『喜渡(きわたり)愛奈(えな)』と同じであり、彼女は撃つ事そのものに失敗しなけければ、放つ弾丸は百発百中である。

 

 そんな三番(トロワ)に比べれば、弾の消費量が多いのは当たり前だろうと反論しつつ、二個(ニャーコ)は後ろへと下がり、【606号教室列車】の護衛のために右側面を歩いていた、『土峰(つちみね)真嘉(まか)』に話しかける。

 

「真嘉先輩、弾を入れてくるから、自分が戻って来るまで前に出て、一個(ワンコ)の後ろに付いてく……ださい」

「分かったぜ……あと、言いづらかったら敬語とかいいぞ」

「ルビーが煩い……です」

「ギャハハハ!! マジで無駄な努力!!」

「ナー、クソ犬あとで〆る」

 

 一個(ワンコ)の高笑いに苛立ちながら二個(ニャーコ)は、【606号教室列車】の右構体(みぎこうたい)側に取り付けられてある弾薬箱を開き、弾倉(マガジン)を防弾チョッキのポーチに補充していく。

 

「さーて、んじゃあ遊んだ分。真面目に仕事しますかね」

 

 一個(ワンコ)は自身の標準装備であるK//G社製製の防弾盾を左腕に装着し、そして右脇腹あたりに吊り具(スリリング)を用いて固定した、マシンガン型【KG7-M/(ケージセブン・マシンガン)】を撃ち始めた。

 

 その撃ち方は断続的で弾が無駄になる事を最小限にしたもので、大人しく理性的である。【KG10-GIII/《サンダーライン》】を非常に楽しそうに撃ち、制圧射撃を行っていた一個(ワンコ)であるが、彼女本来のスタイルは重火器による火力支援。弾幕が薄く、ウミウシ型プレデターを正確に蜂の巣にしていき、ボーダーラインを安定させる。

 

「こちら一個(ワンコ)、ワンワンワン! 今のうちに弾が不安なやつは、補充しておけよー!」

≪だったらお言葉に甘えて。ハジメ、(ミツ)を補充のために下がらせるわ。私の分の弾も持って来させるから時間が掛かるわ≫ 

≪了解──(フタ)および“咲也先輩”。(ミツ)が後退した後、中央(センター)の支援を優先して行って下さい≫

了解(コピー)

≪こ、了解(コピー)……でいいの?≫

≪はい~、では先ほど教えた通り、縦三本のラインを参考に、中央の標的を意識して観てくださいね~≫

 

 通信機越しに聞こえた(フタ)と『篠木(ささき)咲也(さや)』の会話を聞いて、ハジメは、自分で指示を出した事ではあるが、上手くいっているようで良かったと内心で安堵する。

 

「──ねぇ、私、ちゃんと出来てる?」

「はい。とても助かっていますよ~。──次の群れが来ます、引き続き、観測手(スポッター)を、お願いします」

「わ、分かったわ……」

 

 (フタ)に言われるがままに、咲也は観測手(スポッター)用の三脚スコープを覗き込んで、迫りくるウミウシ型プレデターを観る。どれも同じ個体、独立種もおらず、ぱっと見違いなんて無いものの、頭の中が一気に五月蝿くなる。

 

(あそこ)(真ん中右だって)(あの三体固まっているやつ)(いま気づいたの?)(あいつ放って置くとルビーが困るよ)(後輩に迷惑かけたいの?)

 

「……真ん中右側、三体固まっているの」

 

『妖精』の罵倒混じりの指摘のままに示すと、(フタ)は口頭でなにも言う事なく、スナイパーライフル型ALIS【KG8-SR/MITSUHOKO(トライデント)】にて示されたウミウシ型プレデター三体を狙撃し、排除する。

 

「その次は……左の五体……奥の二体、じゃなくて四体……その右に居るちょっと離れたのも、お願い」

 

 (フタ)が狙撃し終わったら、咲也は次の標的を指示して、(フタ)が再び狙撃するを繰り返す。『プレデター』の侵攻は統率性が無く、数が多くてもバラけている。それは深海のプレデターでも変わりなかったようで、迫りくる群れによって左に偏っていたり、中央だけが薄かったりする。それらをハジメたち前衛(フロント)発砲指定距離(キルレンジ)に入るまでに“間引き”していく。

 

『妖精』は群れの中から対象を選ぶ。他と違いはないのに、どうしてあの個体たちなのか、その理由は咲也。そしてどこまでも咲也本人の意識でしかない『幻聴(妖精)』だって、言葉で説明する事はできないだろう。何故なら持ち前の視野の広さと、これまでの経験からなる感覚的な状況判断能力によるものであるため、言語化できるものではないのだから。

 

 ──不思議な先輩ですね~。

 

 ひとつの群れが終わり、また次の群れが来るまでの間、(フタ)は咲也について思考する。この先輩は間違いなく観測手(スポッター)としての経験が無い。それはハジメにお願いされた時、焦った本人の言動から見ても間違いないだろう。しかし、苦虫を噛み潰したかのような顔で示される標的は、後から考えれば最適だったのではないかと思うものばかりだ。

 

 (フタ)は、“標的”が、全て等しく見えてしまう。よって徹底して誰かの命令を忠実に実行できる一流の狙撃手であり、全てを置き去りにして、命を撃ち落とせる異常な猟師であるが、一方で取捨選択が大の苦手であり、自分だけでは優先的に何を狙うべきなのか分からないという欠点があった。

 

 だから余裕があった時期、(フタ)は咲也先輩のような観測手(スポッター)が居てくれたらいいのにな~と願っており、それが叶ったような気がした。

 

 ──いいですね~。

 

「先輩、また今度、機会が有りましたら、観測手(スポッター)をお願いしてもいいですか~?」

「え? いや、わ、私はあんたたちの言う所の前衛(フロント)だし、違う部隊に居るというか……訓練とかも受けたことない……」

「今でも充分ちゃんとやれていますよ〜。それにもし、先輩がよろしければ自分が色々と教えますので、どうですか〜?」

「……まあ、アルテミス学園に来たら教えてちょうだい……というか、こういう話は、戦闘が終わってからにして」

「それもそうですね~。ごめんなさい」

 

 謝られた咲也は、ウミウシ型プレデターの群れが落ち着いたのを見計らって話しかけてくれたのに、冷たい態度を取りやがってと『妖精』にまくし立てられる。それを知らない(フタ)は、ハジメたちのノリで話しかけてしまった事を、素直に反省していた。

 

 鉄道アイアンホース教育校の文化的に、(フタ)は咲也の反応に可愛げしか感じていなかった。

 

≪──こちらゼロ、プレデター接近、群数四(wave4)、推定(かず)20、40、20、30≫

 

「それでは先輩、引き続きお願いしますね~」

「わ、分かったわ」

 

 再び意識を集中させた(フタ)に続き、咲也も慣れないスコープを覗く。

 

≪──10キロ地点に到達≫

≪ナー、流石に数が多いぞ≫

≪そろそろ、賢く撃つのにも飽きてきたぜ≫

≪でも、増えてるってわけじゃなさそうね≫

「はい、群も疎らになってきました。増える様子もない、通路はもう少しで空っぽになるかと」

 

 まだ通路は地図で確認した限りでは、ようやく半分に到達したところ。油断は出来ないものの、これなら奥になるにつれて余裕になっていき、教室列車の速度を上げられるかもしれないと、ハジメは思う。

 

「アイゼン部隊全員に通達、このまま、足を止めずに進め」

了解(コピー)

了解(コピー)

了解(コピー)

了解(コピー)

了解(コピー)

了解(アイコピー)!≫

 

 ──集った英雄の部隊、その歩みは止まることなく、軍靴と発砲の音が奏で続けられる。

 

 

 +++

 

 

 ハジメたちが第一通路を進んでいる最中。識別番号02も動き出す。宇宙服に近しいデザインをした海中を探査するための“深海服”を己の肉体、『人器(じんき)』として操り、倉庫と思われる部屋から出ていく事にした。

 

「メドゥーサ様?」

 

 識別番号02が立ち上がると、『聖女(シスター)』のクリオネが反応する。彼女の瞳は拘束具によって塞がれており、目が見えていない。そのため識別番号02の動きに非常に敏感であり、アスクと話している間は、ずっと『人器(じんき)』に寄り添っていた。

 

 拘束具は外れないように専用の鍵でロックがされてあるものの、識別番号02が調べていた際、触手で簡単に解除する事ができた。

 

 しかし、識別番号02は本人が気づく前に再び拘束具をロックを掛けた。プテラリオスが滅ぼした第四分校の事情を考えれば、仰々しい拘束具がなされているのはそれ相応の理由があり、『聖女(シスター)』である彼女の場合、それは『魔眼』に関係する可能性が高いと思ったからである。

 

 また、明らかに異形である自分を視認してしまえば、『プレデター』であると敵意を持たれて最悪な方向へと進んでしまうかもしれないため、少なくともアスクたちと合流するまでは、自身をメドゥーサと勘違いさせ続けなければならず。目を塞いだまま連れて行くと決断した。

 

 ただ、それによって問題になるのは目の見えない彼女を、どうやって連れて移動するかと識別番号02は思案する。掛かる負担は最小限、緊急事態を備えて自身が運んだほうがいい。幾つかの姿勢をイメージする中、アスクからの提案をガチで採用。横向きに正面から抱きかかえる、いわゆるお姫様抱っこに決定する。

 

「メドゥーサ様、どうかしましたか?」

 

 動きを察知したクリオネが尋ねてくるが目が見えないため、承諾を取るのは意思疎通は難しい。なら、識別番号02は仕方がないと、驚かせてしまう事を承知で即座に実行、膝立ちとなり、クリオネを持ち上げ──ようとしたが、細身で華奢なクリオネの膝裏を掬おうとした左腕が動かなくなった。

 

「……私に何かして欲しい事があるのでしょうか?」

 

 識別番号02は、まだ『人器(じんき)』に慣れておらず、力加減が分かっていないかと思い、気持ち力を強めた。

 

 全く動かない。

 

 ──何故、なにが原因だ?

 

 クリオネが何かしている様子は無く、原因は明らかに自分側にあると思われるが、それが何なのか分からないと混乱する識別番号02に、アスクからの何気ない指摘が入る。

 

 ──シンプルに識別番号02のパワーが足りないんじゃない?

 

 なんだか面白くない理由だとして、反論を秒で書き込んでしまった識別番号02であるが、改めて今の『人器(じんき)』について考察する。

 

 思えば、この『人器(じんき)』は、あくまで服でしかないのだ。触手と“笠”のような制御装置によって、神経を張り巡らせた人体のように動かせるが、中身は筋肉や骨の代わりになる部分が無い、いわゆる馬力を出せる駆動部分が存在しない事となる。

 

 ──結論、この『人器(じんき)』、かなり貧弱。

 

 小さな物なら持ち上げられるのは、先ほど試して分かっているが、人体の重量であれば軽い方であると思われるクリオネですら掬い上げる事はおろか、本人からして膝裏と背中に触れられている程度しか力が出ていない事に、識別番号02は普通にショックを受ける。

 

「あ……」

 

 こうなったらと、クリオネの小さな右手を、大きな手で握り、立ち上がる。なるべく小さな歩幅で前へと少し進み、引っ張りそうになる所でクリオネも前に進んだ。

 

「……どこかへ……行かれるのですね?」

 

 識別番号02は、どう返事するかを考えて、握った手を開いて直ぐに閉じるを二回繰り返す。これに対しての目立った反応は無かったが、“肯定(はい)”という意味は伝わったのか、大人しく付いてきてくれる。

 

 ──疑問、これが“扉”とされるものであるのは間違いない。ならば開くための手段がある筈だ。

 

 扉の近くまで来た識別番号02は調べ始める。見た感じ関係がありそうなボタンを触ってみるが反応しない。

 

 ──考察、反応はないが、これが開くための装置である事は間違い無い筈だ。

 

 ──状況、鍵が掛かっている、あるいは起動していないと思われる。

 

 それならば、中を調べてみるかと識別番号02は“笠”から細長い触手を扉へと伸ばし、隙間などに入りこませる。すると機械と接続したような感覚を抱き、触手を通して識別番号02に扉に備わっている装置に関する情報(データ)が頭の中へと入り込んでくる。

 

 ──理解、この触手は人間の作った機械に干渉する事ができる。

 

 段々と自身の〈固有性質(スペシャル)〉に関して出来ることが分かっていく喜びに浸りつつ、扉は外部からの操作にてロックされただけであり、接続している触手を用いてロックを解除。開閉装置のボタンを再び押すと、扉が開く。

 

「そちらは……」

 

 クリオネが、自分が来た道に戻ろうとしている事に気づいたのか、困惑している様子を見せるが、識別番号02は反応できる手段がないとして、そっと彼女の手を握り、歩き始める。

 

 ──興味、これが人の住まう施設、その通路か。

 

 倉庫の外は、サイエンス的なデザインの通路であった。味気のない白が先まで続く退屈なまでの直進の廊下であるが、識別番号02にとっては新たなる地上の景色であり、未知へと続く道も同然。知的探究心を刺激されるのには充分であった。

 

 ──自粛、今はアスク、もしくは識別番号04との合流を最優先とする。

 

 今は余計でしかない感情を散らして、クリオネの手を握り、ゆっくりと歩き出した。




──違う道、違う足跡、運命を望んで。

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