「それで、今日は貴方達は何処に行くのかしら?」
次の日の朝食の時間、紫が煮物をつつきながら問いかける。
「あぁ、そうでした。青様、本日向かう場所について、予定を変更させていただきます」
「予定の変更ですか?そもそも私は何処に行くかの詳細を聞いた覚えが無いんですが」
確かに藍は昨日博麗神社で何処に向かうのか例をいくつか挙げていたが、詳細な情報までは貰った記憶が無い。
「先日、紫様を除いた五大老の方々へのご挨拶は省くという旨の発言をしたかと思いますが…」
「あぁ、言っていましたねそんなこと」
「やはり青様の、そして相手方の立場を考えるに、正式にご挨拶をした方が宜しいかと思いまして。本日は予定を変更して白玉楼の方へ向かおうかと思います」
「それは、姉様の能力で向かうのですか?」
「いえ、冥界の入り口から向かいますよ。無数の階段がありますので少々時間がかかりますが」
「・・・それは別に、姉様の能力で向かった方が速いのでは?」
「確かにそうかもしれないけれど、それじゃあ雰囲気が出ないでしょう?いつも通り遊びに行くだけになってしまうわ」
隣から聞こえた紫の言葉に、青は曖昧に頷く。理由としてはまぁ、納得は出来るが、何故こんな時だけ雰囲気を重視するのだろうか。
「理由はともかく、私一人では幻想郷を歩くことなんて不可能ですので、その辺りは藍に任せますよ」
「承知しました」
「ねえ藍。今日は私も一緒に行って「駄目です」なんで!?」
発言の途中で食い気味に自分の願いが却下され、紫は悲鳴に近い声を上げる。青からすれば己の姉と一緒に幻想郷を旅するのも良いのだが。
「紫様がご同行なさっては、変に勘繰られる可能性がありますし、何より妖精や妖怪達が恐れて青様が他の妖怪達と交流出来ないと思いまして」
「ちょっと酷くないかしら?私ってそんなイメージなの?」
「あぁ…成程」
「青も納得しないで!」
紫本人は不満気だが、残念なことに青は藍の言い分はある程度理解出来る。確かに交流という意味では、自分の姉は不適だろう。
納得が行ったところで、青は朝食を終える。その後は出掛ける時まで、ショックを受けている姉を慰め続けるのであった。
「それにしても、今日は一段と暑いですねぇ…」
額から流れ落ちる汗を拭いながら、青は気だるげに言葉を零す。
そんな彼の姿を見て藍が手拭いで汗を拭いてくれるが、正直あまり変わった気がしない。
「本当にまだ春ですよね…?」
「昨日までは春らしい気温でしたが…まぁ、幻想郷では異常気象なんてよくあることです」
「そうですけど…」
それでも暑い物は暑い。青は夏よりも冬の方が好きだ。夏は暑いのを我慢して過ごさなければいけないが、冬は姉と共に冬眠するという最終手段が残されているからだ。
ひょっとしたら今まで抱いていたこの気持ちも、外に出る事が可能になったから変わったりするのだろうか。だとしたら是非ともありがたいものである。
「藍、やっぱり姉様に頼んでスキマで冥界まで行きませんかぁ?」
「駄目です。冥界に行けば涼しいんですから、もう少しだけ我慢してください」
「そんなぁ…ん?」
藍の無慈悲な発言に思わず泣き言を言いそうになるが、突然青は何かを感じ取る。
「冷気…?こんなに暑い日に?」
「どうかなされたのですか?」
「こっちの方から、冷気が漂ってきている様な気がして」
「冷気ですか?向こうは霧の湖辺りですが、気のせいでは?」
「そんなことは…藍、ちょっと立ち寄ってみませんか?別に急ぎの用では無いでしょう?」
「私は構いませんが…」
藍の返事を聞くや否や、青は彼女の手を取って霧の湖へと向かって歩いて行く。
藍は青が転ばぬように足元に気を付けながらも、彼の後をついて行くことにした。
草木をかき分け進んでいく青と、彼をフォローしつつ後をついて行く藍。
数分程経って、二人は漸く霧の湖へと到着した。
「おや、先程よりも歩きやすくなるましたね。ということは、漸く霧の湖に着きましたか」
「霧の湖付近は他の場所よりも年中気温が低いです。青様が感じたという冷気もそのせいなのでは?」
「うーん…そうなので「これでどうだー!」・・・おや?」
藍の指摘に青の考えが揺らぎ始めたその時、威勢のいい声が彼らの耳に響く。
その方向に彼らが歩を進めると、そこには二人の少女がいた。
「どうだレティ!正真正銘アタイのフルパワーだ!」
「うん、丁度いいサイズ。これなら大丈夫よ。お疲れ様、チルノ」
元気の良さそうな声の少女と、落ち着いた声の少女の二人。どうやら青の感じた冷気はここから来ていた様だ。
すると向こうもこちらの存在に気づいたのか、二人の視線を青は感じる。
「あら、どちら様だったかしら~?」
「むむっ!誰だお前!」
「ふむ、どうやら冷気の発生源はここの様ですね。ということは彼女達は寒さに関係する妖怪なのでしょうか」
「青様、仰った通り彼女達は冷気に関連する妖怪、妖精です。最初に声をかけた方が冬の妖怪、所謂雪女の様な存在であり、次に声をかけた方は氷の妖精です」
「あら、言われちゃったわね。その狐さんの言う通り、私はレティ・ホワイトロック。冷気を操る冬の妖怪よ~」
「アタイは氷の妖精のチルノだ!」
「これはどうも。私は八雲青と申します。こちらの狐さんは八雲藍、私の部下の様なものです」
「狐さん…それはともかく、こんな所で何を?そもそも雪女に関しては季節はもう春、そろそろ姿を消す時期の筈だろう?」
「私もいつも通り、春の間は眠っていようかなと思っていたんだけど…今日は特に暑いじゃない?チルノにかき氷でも食べないかって誘われたのよ~。だからもう少しだけ起きている事にしたわ」
「かき氷…ですか。いいですねぇ」
「お前達も食うか?アタイのかき氷は絶品だぞ!」
「自分で絶品と言うのはどうかと思いますがそれはともかくとして、宜しいのですか?」
「別に構わないぞ。四人くらいならこの氷で十分だ!」
「じゃあ、ご相伴にあずかりましょうか。藍はどうします?」
「私は大丈夫です。冷たい物はあまり得意ではありませんので」
「あら残念。それじゃあはい、お一つどうぞ」
「すみません。私は目が見えないので、この手のひらの上に乗せて貰えませんか?」
「わかったわ。冷たいわよ?」
「それはどういう…わわっ!」
レティの言葉の直後、青の両手にまるでかき氷が直接置かれた様な、氷の様に冷たい物が置かれる。
「ごめんなさいね。器が足りなかったから、氷の器を作ったのよ。味には関係無いから大丈夫だと思うけど…」
「ありがとうございます。冷たさくらいなら、どうとでもなりますよ」
そう言って青は妖術を使って、自分の手のひらの感覚を鈍らせる。
「うん、確かに絶品ですね。これは檸檬味ですか?」
「そうよ。私と一緒♪」
「私はイチゴ味だ!やっぱりおーどー?が最強だ!」
三人は会話に花を咲かせながらかき氷を食べる。冷たいながらも頭が痛くならない優しい冷たさを持ったそのかき氷は彼女の言う通り絶品で、あっという間に平らげてしまった。
「ふぅ、ご馳走様でした。大変美味しかったです」
「とーぜん、アタイは最強だからな!アタイの作るかき氷も最強なんだ!」
「確かに氷はチルノのだけど、作ったのは私よ」
「折角頂いたのに何も返すことが出来ずすみません」
「別にいいのよ。私達はそんなこと考えていなかったし」
「ありがとうございます…それでは私はこの後用事がありますので、この辺りで失礼させていただきます」
そう言って青と藍はこの場を去る。チルノとレティの別れの言葉に手を振り返しながら。
「とても美味しかったですよ」
「それはよかったです」
「・・・そういえば、今日は異常なほど暑いですが、数年程前は逆に真冬の様に寒かった時期がありましたよね」
「真冬の様に…あぁ、春雪異変の時ですか」
「春雪異変?あれは異変だったのですか?」
「えぇ、一般的にはそう呼ばれています。あれは西行寺幽々子殿が起こした異変なのですよ」
「幽々子嬢が?それはまたどうして…いつもの気まぐれでしょうか」
「それに近いと言えば近いですね。冥界に存在する大樹、西行妖を咲かせようと、幻想郷中の春を集めていたらしいです」
「それはなんとも人騒がせな…彼女らしいです」
そう言って青は小さく笑みを零す。きっと従者も今も変わらず苦労しているんだろうなと思いながら。
「青様、先を急ぎましょう。これから空を飛びますので、お体に触れても宜しいですか?」
「・・・昨日は流れに身を任せてしまいましたが、私は一応飛ぶことが出来ますからね?」
「でも青様は目が見えないので飛ぶのは不得意ではないですか」
「確かに昨日の様な低空飛行は苦手ですが、今回は上空を飛ぶので障害物も無い上に調整も必要無いから大丈夫ですよ」
「・・・むぅ、それもそうですね」
それでも万が一というものがある為完全には安心出来ない。渋々と行った様子で納得する藍に、青は彼女の考えが変わる前にと先に空へ飛び立つ。そんな彼を追いかける様に、藍も慌てて空へと舞い上がる。目指すは空のさらに先、生を持たぬ者達が住む世界、冥界だ。