「どうですか藍。私だってちゃんと飛べているでしょう?」
上へ上へと進みながら、青は隣にいる藍に自慢げな視線を送る。
自分が飛ぶことが得意ではないのは認めるが、それでも下手だと言われるのは心外だ。障害物さえなければ自分だって彼女と変わらない速度で飛ぶことが出来る。
一方彼の飛ぶ姿を隣で見ている藍は、彼の飛行にハラハラさせられっぱなしだった。青は自分の飛行を彼女に見せつける為か、あっちにいったりこっちにいったり、一回転をしたり、見てるこっちが怖いから今すぐやめてくれと言いたいところだった。
「・・・ですよー」
「ん?藍、今何か言いましたか?」
「いえ、何も言っておりませんが」
「春ですよー!」
「あ、青様危険です!」
「ぐふっ!?」
藍が自分達に猛スピードで近づいて来る存在に気づき咄嗟に青に警告するが、残念ながら時すでに遅し。青の腹に飛んできた何かがクリーンヒットする。
「痛たた…何ですかもう…」
「春ですよー!」
「わかった。わかりましたから!」
自分にぶつかってもなお同じ事しか言わない生物に、青も流石に顔を顰める。
「ご無事ですか、青様!」
「藍、誰ですか私の前にいる人は」
「彼女はリリーホワイト、春が来たことを知らせる春告精です」
「春告精…」
「そうです!私こそ春の化身、リリーホワイトですよー!」
彼女、リリーホワイトは青の手から離れ、彼の周りをぐるぐると飛び始める。
「いいですか、今は春なんです」
「そうですね」
「誰が何と言おうと、今は春なんです」
「・・・そうですか」
「なのに今日は何処に行っても『夏みたいだねー』『もう夏が来たのかな?』と言う人ばっかり。今は春なんですよー!」
元気なのは結構だが、自分の耳元で叫ぶのは止めて欲しい。青は思わず指で耳を塞ぐ。
「どんなに暑くても今は春なんです!かき氷を作る季節じゃ無いです!春は夏じゃないんですよぉおお!」
ついさっき暑いからかき氷食べたばかりなので、その台詞には納得しかねるなぁと思いつつ、青は彼女の対処法について考える。
「誰がなんと言おうと今が春なのに変わりは無いのですし、そんなことを言う輩は放っておけばいいのでは?」
「それは出来ません!私は春を告げる妖精でもありますが、同時に春の素晴らしさを伝える妖精でもあるんです。何れは春夏秋冬全てを春にしてみせます!そうすれば春春春春、年中無休で春です。皆幸せなのですよー!」
初対面でもわかる春脳のこの妖精に、真面目な意見を出した自分が馬鹿だったと、青は僅かに反省した。春を何回も連呼され過ぎて、いい加減頭がおかしくなりそうだった。
いい加減冥界にも行かねば帰る時に日が暮れてしまうだろうし、そろそろ彼女との会話を終わらせよう。そう思い、青は先程までよりも優しい声で彼女に言葉を投げかける。
「そうですね。リリーさん、確かに今は春です」
「その通りです」
「こんな春真っ盛りな時期にかき氷を食べるなんて愚行をする人なんて、信じられませんよね?」
「当たり前です!そんなヤローは夏まで飛んで行けです!」
「そんな信じられないことをしていた人達がさっき、霧の湖にいたんですよ!」
「なぬ!?それは本当ですか!?」
「えぇ、リリーさん、彼女達に春の素晴らしさと言うのを教えてあげてください。春なのに夏らしいことをされちゃ、春告精の名折れですよ!」
「勿論です!行ったりますよぉ!」
相変わらずの元気な声でそう言うや否や、彼女は先程と同じ猛スピードで飛び去り、やがて彼女の声も聞こえなくなってしまった。
「・・・青様、売りましたね」
「はて、なんのことでしょうか。私はただ春の素晴らしさをあの二人にも伝えてあげようと思っただけですよ」
「・・・先程まで一緒にかき氷を食べていたとは信じられません」
「さぁ、過去の事は忘れてしまいました」
先を急ぎましょう。そう言って青は真っ直ぐ上へと飛んで行く。藍は小さくなっていく彼の姿を見てはぁ、と溜め息を吐いた後、彼に追い付くべく同じ様に速度を上げて、さらに上空を目指すのであった。
「ねぇ、藍、まだですか?冥界ってこんなに遠い場所でしたっけ」
家を出てから既に一時間以上の時間が経過しただろうか。いつもならば一瞬で到着するのにこれ程の時間がかかっていることに、青は不満を漏らす。
「普段はスキマを通るだけだから速いと感じるのでしょうけど、正規の行き方で行くのならば、これくらい普通にかかりますよ。もう少しで冥界なので、我慢してください」
藍の言葉に青は少し不満そうだが、これ以上文句を言っても仕方ないので黙る事にする。さらに五分程空を飛び続けると、漸く変化が訪れた。
「青様、幽明結界が見えて来ましたよ」
「幽明結界?」
「幻想郷と冥界を隔てる結界のことです。昔はこれがある故に地上との行き来が困難だったのですが、春雪異変の際に機能が弱まってしまい、その後何故か紫様が放置しています」
「えぇ…何やってるんですか姉様」
「ですが、ここを越えればいよいよ冥界です――おや?」
「どうしたんです――む?何か聞こえますね」
幽明結界の前にいる何かを、藍は視覚で、青は聴覚で感じ取る。更に近づいて行くと音が大きくなっていき、そこには三人の少女がふわふわと宙を漂っていた。
「あれ、姉さん、誰か来たよ?」
「ひょっとして私達のファンかな?」
「・・・流石に地上にまでは音色は届いていない筈」
「誰かと思えば、プリズムリバー楽団か。何故またここに?」
青は訳が分からず困惑しているが、どうやら藍は彼女達の事を知っているらしい。
「藍、誰ですかこの方達は」
「あぁ、青様はご存じありませんでしたね。彼女達はプリズムリバー楽団と言って、幻想郷ではかなり有名なんですよ」
「賢者様の式神にそう言われると鼻が高いわね。そちらの人は初めまして、私はプリズムリバー楽団のリーダーで、長女のルナサ・プリズムリバーよ」
「私は二女のメルラン・プリズムリバー!素敵な音楽で皆をハッピーにしちゃうよ!」
「末っ子のリリカ・プリズムリバーでーす!」
「貴女達は何故ここに?観客も訪れない上空での演奏など…」
「今夜白玉楼で宴会を開くから、演奏をしてくれないかって誘われたのよ。幽々子さんに」
「宴会?幽々子様がそう仰ったのか?」
「そうだよ!美味しいお酒に美味しい料理、そして私達の音楽があればもっとハッピーになるでしょ?」
藍は紫から今日宴会があるなんて話は聞いていない。情報の伝達ミスだろうか。藍は僅かに首を捻る。
「皆さん初めまして。私は八雲青。妖怪の賢者、八雲紫の弟です。目が不自由な故に皆さんの姿を拝見することは出来ませんが、どうぞよろしくお願いします」
青はそう言って綺麗に一礼をする。敬語を使われることに慣れていない三人は少し驚きつつも、青に言葉を返す。
三人からの返答に満足し、青は自分の隣にいる藍に向き直り、語り掛ける。
「藍、幽々子嬢を待たせてしまっているようですし、そろそろ行きましょうか。彼女の不満が溜まってしまったら、何を言われるかわかりませんし」
「・・・そうですね(詳しい事は白玉楼に着けばわかるだろう。少なくとも、青様や幽々子様を待たせてまですべきことでは無い)」
暫く黙って彼女たちがここにいる理由について思案していた藍も青の言葉で考えを打ち切る。プリズムリバー三姉妹もリハーサルは済んだのか音楽を奏でるのを止め、青と藍の後ろについて行く。二人から五人へとなった一行は白玉楼を目指し結界を超え、冥界へと足を踏み入れるのであった。