見えない境界少年   作:迦羅

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十四話

「藍さん、そこにある人参を取ってくれませんか?」

 

「あぁ、既に皮は剥いてあるぞ」

 

 白玉楼の厨房、藍と妖夢は二人という少数ながらも、圧倒的な速度で宴会の料理を作り上げていた。

 

「妖夢、君の所の主は一日にどれ程の量を食べるんだ?」

 

「そうですね…日にもよりますが大体一食二、三十人前程でしょうか。それに加えておやつや夜食も所望されるので。おかげで白玉楼の出費の実に三分の一が幽々子様の食費です…」

 

「お前も苦労しているな…そう考えると家は四人前だから、まだ楽な方なんだろう」

 

「藍さんも大変でしょう?失礼ですけど幽々子様と同族の方がお二人もいらっしゃるでは無いですか」

 

「そうなんだよ。青様はまだいいんだが…やはりこちらは紫様の無茶ぶりが凄まじくてな…だが、家には橙という癒しがいるだけマシということも出来る」

 

「・・・大変ですね。お互い」

 

「あぁ、本当に」

 

 本当は本人の前で堂々と文句を言ってやりたいところだが、残念なことにその度胸はこの二人には無い。二人は顔を見合わせて、はぁ、と深い溜め息を吐く。

 そんな二人の背後に、一つの影がゆっくりと現れる。

 

「妖夢、藍、少し聞きたい事があるのですが…」

 

「ひゃ、ひゃい!?なんでございましょうか!?」

 

 後ろから突然聞こえて来た声に驚き変な声を出してしまう妖夢。後ろを振り返るとそこにはいつの間にか青の姿があった。

 青はあからさまに動揺する彼女に首を傾げつつも、まぁいいかと思考を切り替え、彼女に問いかける。

 

「お酒って何処にありますか?幽々子がもう始めたいと五月蝿いんですよ」

 

 怒っている様子も、何かを企んでいる様子もしない。どうやら先程の会話は聞こえていなかった様だ。妖夢はそのことにほっと安堵しつつ、彼の質問に答える。

 

「お酒でしたら…はい、こちらです。かなり重いですけど、大丈夫ですか?」

 

「えぇ、妖怪ですからね――っと」

 

 妖夢は酒瓶が十本程入った箱を青に渡す。青は突然手に負荷がかかり一瞬よろけたが、すぐに体勢を立て直した。

 

「そろそろリリカさん達が楽器を演奏し始めるとのことで、こちらにも音色が聞こえて来るかもしれませんね」

 

「それは楽しみです。ところで青様、藍さんがいなくても歩くことが出来るんですか?」

 

 目の見えない人に酒を取ってこさせる幽々子も幽々子だが、妖夢は青が人の手を借りずに歩く姿は初めて見るので思わず疑問を漏らす。

 

「私も藍と同じように白玉楼には何度も訪れていますから。屋敷の構造はある程度ではありますが頭に入っています。後は藍の気配を見つけて壁に沿ってそちらに向かえば良いだけです」

 

「しかしその状態で歩かれるのは危険です。お運びしましょうか?」

 

「いえいえ、そこまで気を使わなくても大丈夫ですよ」

 

 青は妖夢の言葉に断りを入れた後、箱を持ちながら先程よりもさらにゆっくりとした足取りで宴会場へと戻っていく。

 彼の姿が見えなくなって少ししてから、彼女達は再び調理に取り掛かる。

 

「・・・少々ヒヤッとしましたが、青様に聞かれてなくて安心しました」

 

「そうだな。これ以上なにか言うのは止めておこう」

 

「そうですね」

 

 下手にリスクを増やしても自分達が損をするだけだ。

 二人はそこで会話を切り上げ、後ろから聞こえ始めたプリズムリバー楽団の演奏を聞きながら、黙々と調理をし続ける。二人が調理を終えたのは、それから一時間後のことであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二人が宴会場へと着いた時、そこにはもう大量の酒瓶が畳の上に転がっていた。

 藍は妖夢に料理を並べるのを任せて周囲に散らかっている酒瓶を一か所に集め、割れて破片が飛び散っていないかを確認する。

 

「青様、幽々子様、料理が出来上がりましたよ」

 

 二人の顔を見ると幽々子は既に若干酔いが回っているのか、僅かに頬が赤らんでいる。一方青の方は特に先程と変わった様子は無かった。

 

「あぁ、藍も妖夢もお疲れ様です。彼女達の演奏は素晴らしいですね。音楽という物は私にとって貴重な娯楽ですから、夢中になってしまいそうです」

 

「そう言って貰えると私達も嬉しいわ。もう少ししたらまた演奏を再開しましょうか」

 

「ルナサ姉さん!この料理凄く美味しいよ!」

 

 青達が会話に花を咲かせていると、料理を並べ終えた妖夢がこちらに向かってくる。リリカとメルランは、既に料理に手を付けていた。

 

「・・・二人とも、ちゃんといただきますをしないと駄目でしょう」

 

「「はーい、いただきます」」

 

「皆さんも、冷めないうちに召しあがってください」

 

「もう、待ちくたびれたわよ妖夢。あ、そこにあるお酒取って頂戴」

 

「幽々子様はもう大分飲まれたでしょう。もう駄目です」

 

「えぇ~、それなら青ちゃんだって私と同じくらい飲んだわよ?」

 

 その言葉に妖夢が驚いた様に青を見る。何故なら先程も言った様に、彼には全く酔っている様子が見られなかったからだ。先程見た時と全く変わらない顔色で、顔に笑みを貼り付けている。

 

「確かに幽々子さんの言う通り、彼も湯水みたいに飲んでいたわね」

 

「青様、お酒はお得意でしたっけ?」

 

「あまり進んで飲むことはありませんが、こう見えてかなり強い自信はありますよ」

 

 姉様がいない時に家に来た鬼にたっぷりと飲まされましたから。なんてことは言える筈が無く、青は笑みを浮かべ続ける。

 

「幽々子もきっと音楽に気分が高揚して赤くなっているだけですよ」

 

「そうよ。つい年甲斐もなく興奮してしまったわ~」

 

「またそうやって適当な事を…もう、わかりましたよ」

 

 二人を説得することを諦めた妖夢。その言葉を聞いた二人はまた嬉しそうに酒を手に取り、食卓へと向かって行く。

 

「ささっ、ルナサもどうぞ。早く食べないと幽々子様の胃袋に全部入ってしまいますので」

 

「・・・末恐ろしいわね。貴女の主。そういうことなら、お言葉に甘えさせて貰うわ」

 

 ルナサも妖夢に促され、彼女と共に食卓へと歩いて行く。

 一方藍は彼女達の姿を見つつも、一つ気になる事があった。

 

(青様と幽々子様以外に酒を飲んでいた様子は無い。いくらあのお二方とはいえ、私達が料理を作り終えるまでの時間であれ程の量の酒瓶を空にすることなど出来るのだろうか…それこそ青様だけでなく幽々子様までもが湯水のように飲まなければあれ程は減らない筈…)

 

「藍、貴女も一緒に食べましょう」

 

「あ…はい。承知しました」

 

 沼へと陥りかけていた藍の思考は青の言葉によって打ち切られる。己の推測よりも主の命の方が優先度が高いと判断した彼女は、そのまま思考を切り上げて青の下へと歩いて行くのであった。

 その後暫くして、藍の感じていた違和感の正体が明らかとなる。

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