見えない境界少年   作:迦羅

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十五話

「あれ?藍、この辺りにあったお酒飲みました?」

 

 宴会が始まってかなりの時間が経過した。先程藍達が作った料理の殆どを幽々子が食べつくしてしまい、今は妖夢と藍が協力して皿を片付け、新しい料理を作ろうとしている所だ。

 

「私はそれ程酒に強い訳でもありませんので、そこまで多くは飲んでいないのですが…」

 

「ふむ…幽々子は別の酒を持っていますし、リリカさん達が飲んだのでしょうか…」

 

 しかし彼女達は依然音楽を演奏し続けている。料理を食べた後すぐに演奏を再開していたから、これ程までの量を飲むことは出来ない筈だが…

 

「うーん、なんかさっきまでと違うのよねぇ」

 

 すると突然リリカ達が演奏を中止する。その表情は先程までと違い何処か納得のいっていない表情をしていた。

 

「おや、演奏はもう終わりなのですか?」

 

「うん。何て言うか、あんまり音が響かないのよね」

 

「響かない?先程までと何ら変わりないと思いますが…」

 

「何と言うかね…空気に余計な物が混じっているみたいな…気分が乗らないわ」

 

 メルランも手にしていた楽器を口から話してため息を吐く。

 青は二人のその言葉を聞いて不思議そうに首を傾げたが、暫くして面白そうな微笑みを浮かべる。

 

「成程、確かに不純物という意味では…あながち間違ってはいませんね」

 

「青様…?」

 

 青は藍の言葉に答えずに懐を漁り、一つの盃を取り出す。そこに並々と酒を注いだ後、自分の前にその盃を置く。

 

「『鬼殺し』この酒の名前ですよ。酒に鬼が殺されるとは、人間は随分と面白いことを思いつく。貴女に捧げるのにぴったりではありませんか?」

 

「・・・舐められちゃあ困るねぇ。鬼の名前も随分と廃れたもんだ」

 

 そんな声が聞こえたかと思うと、次の瞬間には青の目の前に一人の少女が座っており、酒の注がれた盃に口をつけていた。

 

「なっ…貴女は!」

 

「お、鬼!?」

 

「あらあら、また随分なお客様ねぇ」

 

 藍やリリカ達だけでなく、幽々子ですら、突然の来訪者に驚きを隠せない。

 そんな中で青は誰よりも冷静に、彼女に語り掛けていた。

 

「随分と久しぶりですね、萃香。今日はどの様な用件で?」

 

「用件?宴会がある所には鬼がいる。酒があれば鬼が飲む。それは当然だろう?」

 

 青と同じくらいの背の少女、彼女はこの世界においての最強種である鬼。その四天王が一角、伊吹萃香だった。

 鬼という存在は人間だけでなく、多くの者から恐怖の対象として認識されている。実際リリカ達も予測していなかった彼女の存在に僅かながら恐怖を抱いている。

 そんな視線を受けても、萃香は全く気にせずに酒を飲み続ける。

 

「しっかし、お前も恐ろしい奴だよ。まさか能力を使っていた私に気づくなんて。しかも不純物扱いと来たもんだ」

 

「不純という意味では正しいでしょう?まぁ、細かい事は気にせずに行きましょう」

 

 萃香の指摘をサラッと受け流し、青も彼女と同じように酒を飲み始める。

 

「ちょっと藍さん、貴女の主は平然としてるけど、大丈夫なの?彼女は結構な実力者の筈だけれど」

 

「・・・彼女と青様は友人としての関わりがある。手を出す事は無いだろう。青様の言葉を聞くに、気まぐれにここに来たようだ」

 

「藍達も肩の力を抜いて構いませんよ。鬼と言えど彼女はただの飲んだくれですから」

 

「酷いねぇ。まぁあながち間違いじゃないけど…」

 

 青の言葉に幾らか緊張が緩んだのか、彼女達の間に流れていた空気も段々と弛緩していく。彼女の事を知る幽々子と妖夢、藍以外は萃香の下に近づこうとしなかったが。

 

「ひょっとして、私と青ちゃんのお酒が急に減ったのも貴女のせい?」

 

「あぁ、美味かったよ」

 

「貴女を招待した覚えは無いんだけどねぇ…」

 

「宴会は人が多い方が楽しいだろう?なぁ半霊、なんかツマミくれ」

 

「は、はい!ただいま!」

 

 萃香を待たせるのは怖いのか、先程は台所から戻って来たばかりの妖夢は慌てて再び台所の方に駆けて行ってしまう。藍も自分では彼女を抑える事は出来ないと判断し、青に一言断りを入れてから妖夢を手伝おうと同じように台所へと向かって行く。

 

「相変わらず妖夢は怖がりねぇ…」

 

「鬼は目に見えて恐ろしい分、幽霊よりも質が悪いですからね」

 

「二人共、私を貶して楽しいかい?」

 

 幽々子は彼女の文句に答えない。笑みを浮かべたままその場に座り、青から酒を受け取る。

 

「見る人が見たら、錚々たる面子でしょうね」

 

「冥界の主、鬼の四天王、賢者の弟…か。確かに、私だったら近づきたくないかもな」

 

 そう言って萃香は無邪気に笑い、盃に口をつけた後、再びその視線を幽々子から青に向ける。

 

「なぁ、青。お前さんはいつもそうやって落ち着いているのかい?」

 

「いきなりなんですか。自分では結構感情豊かな方だと思っているのですが」

 

「ふぅん、私にはそうは見えないが。あんまり面白くないんだよねぇ、お前の表情。私はもっとお前の歪んだ表情が見たい。いい意味でも、悪い意味でもな」

 

「性格悪いですよ」

 

「何とでも言うがいいさ。それに別に、苦痛に歪む必要は無い、笑みでも、驚きでも、快楽でも何でもいい。お前のそんな表情は紫と同じくらい貴重だからな」

 

 遂に萃香は盃の中の酒を飲み終え、それを勢いよく床に叩きつける。幽々子が彼女の方を見ると、萃香の目は期待に満ち溢れていた。

 

「と、まぁ前置きはこれくらいにして、青、私と戦わないか?」

 

「それが本命ですか」

 

「あぁ、私の友人の中で唯一お前とだけ戦った事が無い。お前の実力ってもんを是非とも確かめたいんだよ」

 

「私は目が見えませんから、戦いは出来ませんよ」

 

「そんなのは言い訳にならないよ。つべこべ言わずに私と戦い――な!」

 

 目を野生の獣の様にギラつかせ、話し終えるよりも早くに萃香は腕を青の方に振る。

 

「!」

 

 しかし彼女の腕が青に触れる瞬間、彼の姿が煙の様に消える。

 

「それは是非とも遠慮したいですね」

 

 声がした方に萃香が振り向くと、幽々子の少し後ろで青が先程と変わらぬ表情で酒を注いでいた。先程まで萃香の手元にあった盃に。

 自分の拳を避けられた上に手に持っていた盃を取られた。視認するまで全く気づくことが出来なかったことに、萃香は目を瞬かせる。

 そしてその刹那、萃香が一度瞬きをして再び目を開けた時には青は既に幽々子の隣にはおらず、萃香の目の前に座り、彼女の顎に手を添えていた。その状態から流れるような自然な動作で萃香へと顔を近づけ、唇を重ね合わせる。

 先程とは別の意味で驚き固まる萃香の反応を楽しみながら、青は彼女の舌を弄びつつ、彼女の喉に人肌となった酒をゆっくり、ゆっくりと流し込む。

 全ての酒を流し込むためか、それともこの口づけを楽しむためか、数分もの間塞がれ続けていた彼女の口が漸く解放される。二人の間には銀色の橋が架かり、やがてゆっくりと落ちていった。

 

「夜の方の勝負でしたら、またいつでもお相手しますよ」

 

 少し浅くなった息を吐き続け、人差し指で自分の湿った唇を触りながら、青は彼女の望み通り妖艶に表情を歪めて語りかける。

 

「・・・何でそんなことを平然と言える様になっちまったのかねぇ」

 

「貴女の様な人達のせいですよ。この様な私を望んだのは貴女達で、私をその様にしてしまったのは貴女達の責任でしょうに」

 

「私、すっかり蚊帳の外ねぇ」

 

 青は先程の表情を引っ込め再び顔に笑みを貼り付け、幽々子はつまらなそうに目を細め、萃香は酒かはたまた別の影響か、少し頬を赤くして呆れた様に溜め息を吐く。三人がそれぞれ違った反応を示す中、萃香がおもむろに立ち上がる。

 

「なんか興ざめしちまった。今日はもう帰る事にするよ」

 

「おや、珍しいですね。貴女が宴会の途中で帰るとは」

 

「どうせ今度また宴会があるんだろう?ならその時今日の分も飲むことにするよ」

 

 そう言って彼女はすぐにその場から消えてしまう。恐らく能力でも使ったのだろう。

 

「彼女、この前の私と霊夢さんの会話も聞いていたのですか。その際に声をかけてくれればいいものを」

 

「お持ちしました――ってあれ?幽々子様、萃香さんは?」

 

「あら妖夢、一足遅かったわね。もう帰っちゃったわよ」

 

「えぇ!?せっかく藍さんと作ったのに…」

 

「なら私と幽々子が食べますよ。幽々子の事ですから、まだ腹は膨れていないでしょう?」

 

「えぇ、勿論よ」

 

「はいはい!リリカ達も食べる!」

 

「おや、そう言えば貴女達もいましたね」

 

「酷くない!?」

 

 青の言葉に突っ込みつつ、彼女達は妖夢の持ってきたツマミに手を出す。結局酒も(三人のせいで)底を尽き夜も大分更けて来た為に、この後そう時間も経たずに宴会はお開きとなった。

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