見えない境界少年   作:迦羅

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十六話

 端的に言うのならば、青は家には帰らなかった。

 宴会が終わってから少しして、彼の姉である八雲紫が白玉楼に現れた。どうやら青達を迎えに来たらしい。

 そして彼女のスキマを通して青が屋敷へと帰還する少し前に、見送りかと思っていた幽々子が予想外の言葉を放つ。

 

「今日、青ちゃんを家に泊らせてくれないかしら」

 

 瞬間、場に静寂が訪れた。

 青ですら、幽々子のその一言に僅かに表情を変化させた。自分が泊まらせてくれと頼むならまだしも、この屋敷の主である彼女が何故泊まらせたい等と――

 当然紫は猛反対した。藍は別に良いのでは無いですかと早いうちに賛成の意を表明し、妖夢も別に困ることは無いから青の判断に任せると言っていた。

 およそニ十分にも渡り紫は猛反対していたが、

 

「誰かの家に泊るというのも、貴重な経験でしょう?」

 

「私は構いませんよ。彼女の言う通りこれも経験の内でしょう」

 

 という幽々子と青の言葉に折れることになった。

 それにしても姉がスキマを通る際に幽々子に言った言葉、「私の青を襲わないで頂戴ね」という言葉には少々驚かされた。家族には自分が襲われた事を知っている者はいない筈だ。彼女は冗談半分で言ったのだとしても、一瞬ヒヤッとしてしまった。

 しかしまぁ、彼女の言った言葉は外の世界で言う所のフラグというものに分類されてしまう訳で。

 

「はぁ…久しぶりだったせいで疲れましたよ…」

 

 早朝、目が覚めた青は隣にいる幽々子の方に顔を向けながら恨めしそうに言葉を零す。寝ようと布団に潜った際に聞こえた襖の開く音とやけに艶のある彼女の声である程度予想はついていたが、流石に夜の運動会は引きこもってばかりであったこの体には堪える。異性と交わるという行為も幻想郷が創設されてからはめっきり減ったために、実に二百年ぶりに騒がしい夜であった。

 夜の静寂が苦手な青としては心細さが無くなるのでありがたかったのだが、眠ることすら許されないとなると話は別だ。

 現在の時刻は六時過ぎ、二時間ほどしか寝ていない為に普通の人間からすれば寝不足に値するだろうが、妖怪にとって睡眠は人間ほど必要では無い為に平然と起きることが可能だ。

 

「幽々子、幽々子、起きてください」

 

 未だに気持ちよさそうに眠る幽々子の頬を数回叩く。暫くして、幽々子はゆっくりと目を開ける。

 

「あ…青ちゃん、おはよう」

 

「おはようございます。取りあえず何か羽織ってください。裸では色々と不味いでしょう?」

 

「すぐに風呂に行くから必要無いわ。・・・でも、確かにちょっと肌寒いかも…誰か私を温めてくれる人はいないかしら。出来れば人肌で――いたっ」

 

「もう体を重ねるつもりはありませんよ。妖夢に見られたらどう説明しろと言うのですか。湯浴みに行くのなら早く行ってください。私だって入りたいんですから」

 

「もう、釣れないわねぇ…」

 

 若干不満そうな態度を取りながらも彼女はそのまま立ち上がり、風呂場を目指す。布の擦れる音がしなかった辺り何も着ていない様だが、もしも来客が来ていたらどうするつもりなのだろうか。

 青は小さく溜め息を吐いてから、取りあえず姉に持ってきて貰った寝間着用の浴衣を羽織り、襖を全開にする。

 ムワッとした空気を外に逃がした後、青は隠蔽を開始する。妖夢が起きるまでまだ少し時間がある。彼女にバレる訳にはいかないので、それまでに何とかして証拠を隠滅しなければならない。

 目が見えているのではと思う程素早く効率的に、青は片付けを行う。

 

「出来れば私も早いうちに湯浴みをしたいのですが、幽々子と一緒に入る訳には行かないですしね。一緒に入った場合、幽々子が暴走する可能性もありますし」

 

 流石にこれから第二回戦は体力的にも時間的にも不味いだろう。青は独り言を零しながら部屋を片付ける。妖夢が起きてくるよりも早く彼女が風呂から出てきてくれることを願いながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはようございます。青様」

 

「えぇ、おはようございます」

 

 妖夢が起きて来たのは、青が風呂から上がって火照りが引いた頃だった。幽々子が風呂から上がるまでに部屋は片付けておいたので、バレる心配も恐らく無いだろう。

 

「昨日は少し蒸し暑くて寝汗を掻いてしまいましてね。あぁ、布団は既に洗って干してあるのでお気になさらず」

 

「そんな…言ってくだされば私がやりましたのに」

 

 寧ろ妖夢にやられたら色々と不味いのだが。彼女の言葉に動揺の色が見えないことから、バレてはいない様だ。その事に心の中で安堵する。

 

「幽々子様も、今日は早いのですね」

 

「えぇ、目が覚めちゃって。二度寝してもすぐに妖夢に起こされるだろうから、仕方なく起きたのよ」

 

 幽々子と話しながらも、妖夢は朝食の用意を進める。彼女との話が終わる頃には、食卓に朝食が並んでいた。

 

「紫様が青様を迎えにいらっしゃる前にいただきましょう」

 

「そうね、紫の事だからさっさと返せと言うでしょうからね。それじゃ、いただきます」

 

「「いただきます」」

 

 幽々子に続いて、妖夢と青も朝食に箸をつけ始める。そして幽々子の宣言通り朝食後まもなく現れた紫によって、青は半ば強引な形で白玉楼を後にした。

 

「そういえば幽々子様」

 

「何かしら?」

 

「冥界は霊のおかげで年中問わず涼しいのに寝汗を掻くなんて、青様は暑がりなんですね」

 

「あー、うん、そうね」

 

 誤魔化すのも面倒だしもうそういうことでいいやと、己の従者の言葉に幽々子は投げやりに言葉を返すのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「青様、青様」

 

 白玉楼から帰還した青に一番最初に声をかけたのは、彼の帰りを首を長くして待っていた橙であった。

 

「なんでしょう」

 

「青様は、今日も幻想郷の何処かに行くんですか?」

 

「えぇ、その予定ですけど…」

 

「なら、今日は橙に案内を任せていただけませんか!?」

 

 予想していなかった彼女の言葉に、青は僅かに驚く。そして己の隣にいるであろう姉の方に顔を向ける。

 

「前から橙が言っていたのよ。貴方が人里に行く時は、自分が案内をしたいってね。人里には寺子屋があるし、藍よりも橙の方が詳しいだろうから」

 

 青は顎に手を当てながら考え込む。正直に言うと、今日はあまり眠ることが出来なかった為に夜の間の疲労が残ってしまっている。妖怪故に寝不足にはならないが、疲労だけはどうしても解消されないのだ。出来る事なら、あまり動きたくない。

 しかし青には橙が期待半分不安半分の視線で自分の事を見ているのが何となくわかった。もし彼女の願いを断れば、橙は少なからず落ち込んでしまうだろう。それは良心が痛む。

 

「成程…それでは今日は人里の方へ向かう事にしましょう。案内お願いしますね、橙」

 

「はいっ!任せてください!」

 

 紫の言葉を聞いて暫く黙りこくっていた青の笑みと共に放たれたその言葉に、橙は声を弾ませながらも言葉を返す。こうして今日の行き先は、人里に決定したのであった。

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