「・・・さて、今日の授業はここまでです。皆さん、気をつけてお帰りください」
「「はーい!」」
慧音に教師を頼まれてから二時間後、青は無事に授業を完遂していた。
彼としては自分は見た目が左程子供達と変わらない故に、教師として見られるか少々心配だったが、その心配は必要なかった。子供というのは、扱いさえわかっていれば素直に言う事を聞いてくれる。
授業から解放されたのが嬉しかったのか、子供達は我先にと教室から出て行く。ドタドタと騒がしい足音とそれを注意する慧音の声、あっという間に教室には青と慧音、橙だけとなった。
「実に素晴らしい講義だった。それなりに歴史を見て来た私ですら知らない様な事実を聞くことが出来て満足だ」
「お気に召したのなら幸いです。勉学とは子供のものだけに非ず、大人になっても、学ぶことが山ほどあるものです。貴女はまだお若いのですから」
「若い…か。そんなことを言われたのは初めてだよ」
青の言葉に慧音は思わず苦笑を浮かべる。自分よりも年上の人と会うことが少ないが故に、その様なことを言われるのはなんとも不思議な気分だった。
「青様、青様。これからどうなさりますか?」
「そうですねぇ、どうすると言っても…この里にはあまり知り合いが多くは無いですから、あまり長居してもという感じですね」
他の場所と違って、青は自ら望んでここに来た訳では無い。橙に来て欲しいと言われたから行ったまでで、橙の望みが叶えられた以上、ここに長居する理由は無い。敢えて挙げるなら御阿礼の子についてだが、姉に何も言われていない以上会わなくてもいいのだろう。
「橙は、別に人里である必要は無いですか?」
「はい。今日は寺子屋があったから青様をご案内しようと思っただけで、青様が行きたい場所があるならそちらに付いて行きます」
「まだ行ってない所…慧音さん、永遠亭と命蓮寺、妖怪の山、何処が一番近いですか?」
「何故その三つが候補に…まぁいい。その三つとなると、永遠亭が距離的には一番近いな。距離的には、な」
「成程、ではそちらに向かうとしましょう。橙、案内お願いできますか?」
「はい!お任せください!」
青の言葉に元気よく返事をする橙。正直に言うと永遠亭までの道はうろ覚えなのだが、何とかなるだろうという甘い考えである。
「永遠亭に行くのなら、ちょっと待っていてくれないか」
そう言うと、慧音は青の返事を聞く前に教室から出て行く。やがて一分程経って、再び教室に戻って来た。
「永遠亭に行くのなら、これを届けて欲しいんだ」
「これは…箱?」
慧音から渡された物は、両手で持つことが出来る程の大きさの箱だった。
「あぁ、弁当だ」
「弁当?」
「青殿、永遠亭に向かう途中に、迷いの竹林と言われる竹林があるのは知っているか?」
「迷いの竹林ですか…聞いたことありませんね」
「その名の通り、そこに入ったら二度と出られないと言われている竹林だ。そこを抜けるには、竹林に住んでいる案内人の手を借りるほかない」
「案内人?」
「あぁ、それが私の友人、藤原妹紅だ。その弁当を、彼女に届けて欲しい。以前貰った筍のお返しだ」
「成程。そこに歩いて行くには、その妹紅さんを頼る以外に手段が無いのですね?」
「永遠亭の住人も正しい道を知っていると思うが、彼女達は妹紅と違ってずっと竹林にいるわけでは無いからな」
「そういうことでしたら、お引き受けしましょう」
「助かる。こんなことまですまないな」
「いえ、ついでに届けるだけですからお安い御用ですよ。では慧音さん、私はそろそろ向かうとします」
「わかった。青殿も橙も、くれぐれも気をつけてな」
「えぇ、ありがとうございます」
「慧音先生、さようなら!」
「はい、さようなら」
橙は慧音に手を振りながら、もう片方の手で青の手をしっかりと握る。
迷いの竹林までは、しっかりと案内をしなければ。そう意気込んで、橙は歩く速度を青に合わせ、迷いの竹林へと向かうのだった。
「おや、先程までよりも日が差さなくなりましたね。ということは、無事に迷いの竹林とやらに到着したのでしょうか」
慧音と別れ、人里を後にしてから半刻程、青は橙の案内を受けて、無事に竹林へと到着していた。
「ちょっと不安でしたけど、無事に着いてホッとしましたぁ」
「橙、安堵するのはまだ早いですよ。慧音さんの言う通りならば、ここを抜けることは至難の業でしょう。早く妹紅さんを見つけなければ、私達がここから出られなくなってしまいます」
「そうですね…ここは化け猫の勘にお任せください!」
そう言うと橙は妹紅の居場所を探ろうと更にやる気になって、少し早足で竹林の奥へと歩き始める。青が行き先を決めることは出来ないのでどの道を進もうとあまり関係無いのだが、化け猫の勘というのは少し不安だった。
しかしどうやら彼女の勘は当たった様で、遠くから音が聞こえてくる。そして段々と近づくにつれて、それが人の話し声では無く爆発音だということがわかった。
「青様、なんか変な音が聞こえてきません?」
「騒がしいですね…自然が息づいている場所なのですから、もう少し穏やかにして欲しいです」
少し怯える橙を今度は逆に引っ張る様にして、青はさらに前へと少しずつ進んでいく。さらに近づいて行くと、爆発音だけでなく四つの気配、そして声が聞こえて来た。
「死ねっ!死ね死ねしねぇえ!灰すら残さねぇ!いい加減三途の川を渡りやがれ!この晩年引きこもりがぁ!」
「あらあら、何処を狙っているのかしら。そんなんじゃ私は倒せないわよ?単細胞さん♪」
「あんまり竹林を燃やさないで欲しいウサ…」
「私達、もう帰ってもいいんじゃ…?」
何やら物騒なことを言っている知らない声と、聞き覚えのある三つの声が聞こえた。青は近くから聞こえる声の主の隣に立つ。気配を消している上に足音もこの轟音のせいで聞こえないのか、全く反応されなかった。
「輝夜は一体何をしているのですか?」
「きゃあ!せ、青さん!?」
「きゅ、急に隣に来ないで欲しいウサ」
突然隣から聞こえて来た青の声に、一人は驚き思わず飛び退き、もう一人も僅かに声音が変化する。その反応に青は満足げに笑みを浮かべ、彼女達に再び話しかける。
「久しぶりですね、鈴仙にてゐ。お二人共、元気そうで何よりです」
「あ、はい。お久しぶりです」
「橙も久しぶりウサね」
「あ、お久しぶりですてゐさん、鈴仙さん」
お互い軽く挨拶を済ませた後、また彼女達の視線は目の前で大きな音を立てながら戦っている二人の方に向く。青はそのあまりのうるささに、耳を軽く塞いでいた。
「それで、輝夜と戦っているのは誰なんですか?」
「彼女は藤原妹紅。ここ迷いの竹林に住んでいる蓬莱人です」
「この竹林に…?ということは彼女が、迷いの竹林の案内人ですか?」
「えぇ、そうですけど…」
これは都合がいい。永遠亭の住人である彼女達が居る以上、もう永遠亭までの案内を頼む必要は無いのだが、もう一つ慧音から頼まれたことがあるのだ。それを済ませるとしよう。
「鈴仙、この殺し合いはどのくらいで決着が着きますかね?」
「そうですね…いつもは大体二時間くらい…まだ始まったばかりなので、それくらいかかると思います」
「それは面倒ですねぇ…止めることにしましょうか」
そう言うと青は手を口元に置き、変わらず罵声と爆発音が聞こえる方にフゥ…と息を吹きかける。
すると青の手のひらから桜の花びらが現れ、爆風など全く意に介さずに彼女達の下へと向かって行く。
「あん…?桜?なんでこんな場所に――」
妹紅が怪訝な声を漏らすが、その言葉を言い終えるよりも早く、花びらが彼女達に触れる。すると次の瞬間、彼女達はまるで糸が切れたかのように地面に倒れ、動かなくなってしまった。
「ひ、姫様!?大丈夫ですか!?青さん、何をなさったんですか!」
「その花びらが消えるまでは近づかない方がいいですよ。冥界の主直伝の、人を死へ誘う桜ですから」
「なんつー恐ろしいもん振り撒いてるウサ!?」
「まぁ、模倣に過ぎないものですけどね」
当然青も彼女達が蓬莱人であるから放った技だ。普通の人間や妖怪なんぞにこの技を使う事は無い。
「二人共蓬莱人なのですから、死ぬことは無いので大丈夫しょう。私は彼女に用があったので」
「恐ろしいですね…」
若干引いている鈴仙とてゐを無視し、青は橙に手を引かれて妹紅の下へと歩き、彼女の体を軽く揺する。
「ぐっ…ここは…」
「おはようございます。一度気を失って頭は冷えましたか?」
「お前は…そうだ!あのばかぐやは!?」
混濁していた意識がはっきりしてきた彼女は、体を起こし攻撃に対処出来るよう体勢を整えようとする。
「彼女も貴女と同じように気を失っていますよ。若さ故でしょうか、貴女達は血の気が多すぎる。少しはお淑やかになさっては如何です?」
「私はそんなに若くねぇよ。さっきの桜…あれはお前のか?」
「えぇ、貴女に用があったのですが随分と時間がかかりそうだったので、蓬莱人だから多少手荒くても大丈夫かと」
「それでも初対面の相手をいきなり殺すか…?まぁいい。私は藤原妹紅、お前は?」
「私は八雲青、賢者八雲紫の弟です。こちらは私の姉の式の式である橙です。彼女は寺子屋に通っているのでご存じかもしれませんが」
「お久しぶりです、妹紅さん」
「あぁ、それで、一体私に何の用だ?」
二人の言葉にぶっきらぼうに言葉を返した後、妹紅は殺されたことを気にしているのか鋭い目で青に問いかける。
「慧音さんからのお届け物ですよ。筍のお返しのお弁当だそうです」
「慧音からの弁当?別に気にしなくていいのに…まぁ、有難く受け取っておくよ。慧音にありがとうと伝えておいてくれ」
「いえ、私はこれから永遠亭に用がありますので、ご自身でお伝えください」
「そうか、なら私はお前の言う通り人里へと向かわせて貰うよ。そこで呑気に寝ているお姫様を頼んだぜ」
妹紅はそう言ってぷらぷらと手を振りながら去っていく。青はその足音が聞こえなくなるまで彼女の歩いて行った方を見つめていたが、今度はその視線を輝夜に向ける。
「さて…」
青は先程と同じように彼女の近くに寄り、妹紅の時とは違って少し乱暴な手つきで彼女を叩き起こす。
「ほら、さっさと起きなさい」
「うぅ…ちょっと、起きる。起きるから叩かないで頂戴」
ペシペシと叩く青の手を鬱陶しそうに払いのけながら彼女、蓬莱山輝夜は起き上がる。
「貴方ねぇ…普通出会ってすぐに人を殺すかしら?」
「私は妹紅さんに用があったんです。貴女のために何時間も待っていようとは思いませんよ」
「男は待つことも大切なのよ?我慢強く待つことも出来ないとモテないわよ」
「私はもう十分好かれているので大丈夫ですよ。貴女だって昔はかなり男から好かれていましたけど、特に努力なんてしていなかったでしょう?」
「それもそうね」
輝夜は立ち上がった後、青を上から下へ、下から上へ、その存在を確かめるかの様にじっくりと見つめる。
「そんなに見つめないでください。照れるじゃ無いですか」
「そういうのは少しでも頬を赤くしながら言いなさい」
「そ、そんなに舐める様な視線を向けないでください…!慣れていない、から、恥ずかしい…です…///」
「顔赤くして人聞きの悪いこと言わないで頂戴!」
先程までの笑みから一転して頬を赤らめ、恥ずかしそうに顔を隠す青に、輝夜は若干の殺意を抱く。大した演技力だ。如何にもあの胡散臭い賢者の弟らしい。
「全くもう。我が儘ですねぇ…はぁ…」
「あからさまに溜め息を吐くんじゃ無いわよ。誰のせいでこういう反応になったとでも思っているの」
「さぁ、興味ありませんね。それよりも、何故そんなに私を見つめていたんですか?」
露骨に話題を逸らした青にジト目で視線を送りつつも、輝夜は再び口を開く。
「別に。ただ、貴方が外にいるのが珍しいと思っただけよ。何度か八雲紫に連れられて家に来ることもあったけど、貴方が外に出ているのは初めて見たから」
「あぁ、成程。私はつい最近、姉様に外出を許されたばかりですので。それは仕方ないでしょう」
「つい最近?それじゃあ、今までは一度も外に出ることは無かったの?」
「えぇ、姉様に連れられて誰かの下へお邪魔することはほんの数回ありましたが、その時はスキマを介しての移動でしたので」
「うわぁ…過保護ね…」
八雲紫の過保護っぷりに思わず引いてしまう輝夜だったが、青としては姉のその行動に不満は無いし、それが普通だと思っているので訳も分からず首を傾げるだけである。
「取り敢えず幻想郷の各勢力へ向かい挨拶でもしようかと思いまして。それで永遠亭に向かう途中でした」
「成程納得。それじゃあ私も妹紅がいなくなっちゃって暇になったし、帰りましょうか。折角だし私自ら案内してあげるわ」
「それは光栄ですね。橙、橙、行きますよ」
青の呼びかけに応じ、橙はトコトコと青の下に向かう。
「橙、鈴仙達はどうしたのですか?」
「それが、私達が永遠亭に向かうことを伝えたら、先に永遠亭に行っちゃったんです」
「きっとお茶の用意と、永琳に貴方達が来るのを伝えに行ったんだと思うわよ。姫である私を置いて行くなんて、酷い従者ね」
「貴女の行動に付き合わせるのも酷だと思いますがね。では橙、輝夜が永遠亭まで案内してくれるそうなので、向かう事にしましょうか」
「はい!了解しました!」
青の返事に橙は再び元気に答え、青を連れて行こうと手を繋ごうとするが、彼女の手が触れるよりも前に、輝夜が青の手を取る。
「・・・どうしたんですか?急に手を繋ぎだして」
「少しくらいは動揺してくれたっていいじゃない。案内するなら一々後ろを振り向いて貴方がちゃんと来てるか確認するよりも、こっちの方が楽だと思っただけよ」
「成程。橙、貴女は私達の後をついて来てください」
「は、はい!」
案内は自分の役割なのに…そう思い青の手を掴み損ねた自分の手のひらをじっと見つめながら、橙は少し肩を落とす。
しかしすぐに顔を上げ、置いて行かれないように青達の後を追うのであった。