見えない境界少年   作:迦羅

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二十一話

「お師匠様、お茶のご用意が出来ましたよ」

 

 永遠亭の一室、患者のいる病棟から少し離れた場所には、彼女達永遠亭の住人が普段過ごしている居間が存在する。

 ここは病棟と違いプライベートな空間、輝夜と鈴仙の能力によってその存在が隠されているため、輝夜、もしくは永琳の許可を得なければここに足を踏み入れることは出来ない。

 

「えぇ、態々淹れなおしてくれたのね、ありがとう。青、少し先に机があるからぶつからない様にね」

 

「ご忠告どうも。鈴仙も、ありがとうございます」

 

「あ…いえ、お気になさらず…」

 

 青は微笑みながら鈴仙に感謝の意を述べたが、鈴仙は簡単に返事を済ませて仕事に戻ってしまう。

 彼女の足音が遠ざかるのを聞きながら、青は少し肩を落としつつ椅子に腰かける。

 

「ずっと思っていたんですが…私って最近鈴仙に避けられてる気がするんですよね」

 

「貴方、何かしたんじゃ無いの?」

 

「そんな記憶は無いのですが…」

 

 むぅ…と唸りながら首を傾げる青を、輝夜は面白そうにニヤニヤと笑みを浮かべる。

 そんな二人を見ながら永琳はズズズ…とお茶を啜り、一息吐いてから会話に加わる。

 

「貴方が悪い事をしたというよりも、彼女自身が罪悪感を感じているのよ」

 

「罪悪感…?」

 

「永琳、何か知っているの?」

 

 揃って頭に疑問符を浮かべる輝夜と青。永琳はもったいぶる様に羊羹を一切れ口にしてから、彼らの疑問に言葉を返す。

 

「ほら、うどんげは一度、貴方を襲おうとしたことがあったじゃない?未遂だったとはいえ、今でもそれに対する罪悪感が残っているのよ」

 

 永琳のその言葉に、二人はあぁ…と声をそろえ、埋もれていた記憶を掘り起こす。

 もう二十年程前になるだろうか。青は姉の紫と共に永遠亭を訪れていた。紫は永琳に用があったらしく、二人は部屋に籠って議論に没頭し、青はそれを待つことになったのだ。

 何度か永遠亭に来た際は輝夜の遊び相手を青は務めていたのだが、その日に限っては輝夜は永遠亭におらず、一つの部屋で鈴仙と時間を潰す事になったのだ。

 永琳の入れてくれたお茶を飲みながら他愛も無い会話を繰り広げていたのだが、少し時間が経って、青は鈴仙の様子がおかしいことに気づいた。先程よりも呼吸が荒く、相槌も上の空。明らかに何かを抑えている様子だった。

 ひょっとしたら体調が優れないのだろうか。そう思った青が熱を計ろうと鈴仙の額に触れたその時、彼は奇妙な感覚に陥った。

 まるで一回転でもしたかのように頭が揺れ、自分の両腕は誰かに抑えつけられ、背中には椅子の背もたれでは無く畳の感触があった。数秒の時を経て青は漸く、自分が鈴仙に押し倒されていることに気が付いたのだ。

 結果的に鈴仙の理性がギリギリ勝利したために彼女に美味しくいただかれることは無かったが、あれ以降鈴仙がよそよそしくなった気が確かにしなくもない。

 そんな過去の記憶を完全に掘り起こすことに成功した青だったが、ここであることに気が付く。

 

「あれって、結局永琳が悪かったんですよね?」

 

 そう、後に永琳が入れた紅茶の中に媚薬が入っていたことが判明し、問い詰めたところ永琳がそれを認めたのだ。つまりその件に関しては鈴仙では無く永琳が完全に悪かったのだ。

 

「悪いとは心外ね。少しでも弟子をストレス発散させてあげようとする師匠の思いやりの気持ちじゃない」

 

「ストレス発散の相手として私を使わないでください」

 

「まぁ、新薬開発の実験の際に偶々生まれた産物を試したかったという理由もあるけど」

 

 結果的に鈴仙のストレスが減ることは無く逆に増やしてしまったのだが、永琳に悪びれる様子は全く見られない。幻想郷の重鎮というのは、揃いも揃ってどうしようもないのだろうか。青は心の中でやれやれとため息をつく。そのどうしようもない重鎮の中にいる筈の彼自身のことは完全に棚に上げている様だが。

 

「まぁ、永琳が悪いのは確定ですが、鈴仙もそこまで気にする必要は無いのに…それを言うなら未遂では済まなかった人なんて山ほどいますよ」

 

「それもそれで問題だと思うわよ、私は。誰とも交わるなんて最低な男じゃない」

 

「いやいや、私悪く無いですよ?全部向こうから襲って来たんで」

 

「その襲われたという被害者立場を利用するのも最低だと思うわよ」

 

「利用とは人聞きが悪い」

 

 別に被害者の立場を利用したことは…二、三回はあるかもしれないが、そこまで無茶なことを言ったつもりは無い。

 

「ならば何故、いつも押し倒された時に能力を使わないのかしら?貴方の力はそういった状況から逃れられるでしょう?」

 

「さぁ、何のことやら」

 

 あからさまにはぐらかす青に、永琳は質問に答えろと視線で訴えかける。

 すっかり話に夢中になっていた青だったが、会話が途切れたことで初めて隣にいた筈の橙の気配がしないことに気づく。

 

「あれ、橙がいませんね…永琳、彼女が何処に行ったかわかりますか?」

 

「あぁ、彼女なら貴方が椅子に座ったタイミングで部屋を出て行ったわよ。お友達を探しに行ったんでしょ」

 

「お友達…?」

 

「メディスン・メランコリーって子がいてね。私に薬の材料を提供するためにちょくちょくここを訪れるんだけど…橙ちゃんはここに来ると、いつも彼女と一緒に遊んでいるのよ。もとは人形使いを通して仲良くなったみたい」

 

「成程…そのメディスンさんと人形使いさんのことは存じ上げませんが…橙に()しっかりと友人がいる様で安心しました」

 

「今の台詞、ちょっと親みたいだったわね」

 

「親も同然でしょう。あの子が小さい頃から一緒にいるんです。あの子も藍も、育てたのは姉様では無く私ですよ」

 

「年齢的には、親というより曾祖父よりも大分上くらいじゃ無いかしら?」

 

「年齢はいいんですよ。年齢は」

 

 貴女達の方が年上でしょうに…と思ったが、それを言えば機嫌を損ねてしまうのでその言葉を飲み込む。女性に年齢を聞くのは禁忌だと姉から聞いているし、自分も身をもって経験している。

 

「橙に友人がいるのは喜ばしいことなのですが…何も言わずに消えるのは止めて欲しいですね。今の彼女は私の目ですから」

 

「まぁ、式としてはまだまだ及第点よねぇ。まだまだ伸びしろがあると考えましょ」

 

 永琳の言葉に同意を示し、青は手探りで湯呑みを探し当て、お茶を啜る。やはり自分は紅茶よりも緑茶の方が好きだなぁ…と、最近飲んだ咲夜の紅茶を思い出しながらそんな事を思う。

 

「あ、そうそう!メディスンのことなんだけどね、あの子、実は凄い子なのよ!」

 

「凄い子?彼女は大妖怪なんですか?」

 

 若干興奮気味に言葉をまくし立てる輝夜だったが、何が凄いのかわからない青はただ首を傾げるだけだ。

 

「いいえ、彼女自身はただの弱小妖怪よ。でもね、彼女はなんと、弱小妖怪なのにあの風見幽香と交流があるのよ!」

 

「・・・ほう、それは確かに珍しい。そのメディスンさんとやらに彼女の気を引く何かがあったのでしょうか」

 

 輝夜の言葉は確かに予想外で、凄い事だった。その証拠に青は僅かに眉を上げる。しかしそれを伝えた輝夜は何処か拍子抜けと言った様子だった。

 

「え…それだけ?もっとなにか反応無いの?相当凄い事よ?」

 

「いえ、まぁ確かに凄いことですが…別に私自身交流があるので…でも、そうですね…幽香と交流がある…成程」

 

 ブツブツと小さい声で輝夜の言葉を反芻しながら、青はニヤリと口元を三日月に歪める。

 

「私知ってるわ。青が笑った時は大抵良からぬことを企んでいるってことを」

 

「失礼ですね。ただ彼女に渡して貰いたい物があるだけですよ」

 

「渡して貰いたい物?」

 

 首を傾げる二人の前で、青は自分の手を軽く握る。そして次に手を開いた時には、そこには一輪の花が存在していた。

 

「これは…花?」

 

「えぇ、私が妖力で作った特別製です。この花が咲くにはまだ時期が早いですから。これをメディスンさんに渡して欲しいんです。『風見幽香に渡して欲しい』と伝言付きで」

 

「別に構わないけど…貴方が直接風見幽香に渡せばいいじゃない。交流があるんだから」

 

「私が行ったら有無を言わさずベッドに押し倒されて朝まで帰って来られる気がしないので遠慮しておきます。流石に姉様に心配をかける訳には行かないので」

 

「あぁ、そう。わかったわ。メディスンに渡せばいいのね」

 

「ありがとうございます。では、橙を呼んできて貰えますか?彼女には悪いですがもう時間も良い頃でしょう。お暇させていただくことにします」

 

「わかったわ。少し待っていて頂戴」

 

 そう言って永琳は椅子から立ち上がり部屋を後にする。少しして廊下の方から二つの足音が聞こえ、この部屋に辿り着く。

 

「橙、ご友人と遊ぶことを咎めるつもりはありませんが…せめて一言声をかけて欲しかったです。貴女がいなければ、私は歩くことすら困難なのですから」

 

「はい…青様、ごめんなさい」

 

 落ち込む橙の頭を一度撫でた後、青は彼女の手を借りて椅子から立ち上がる。

 

「玄関先にてゐがいるだろうから、竹林の案内は彼女に頼んで頂戴」

 

「えぇ、わかりました。永琳、先程の件、くれぐれもよろしくお願いしますよ」

 

「はいはい。何度も言わなくてもわかるわよ」

 

 永琳の返事に青は満足そうに笑みを浮かべる。

 そのまま橙に手を引かれて、青は永遠亭を後にするのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゆうか~、ゆうかぁ~」

 

 辺り一面に向日葵が咲き誇る花畑の横を一人の少女が少し駆け足で歩いて行く。彼女の視線の先には、向日葵に水をやる緑髪の女性の姿があった。

 

「あら、いらっしゃいメディスン。どうかしたの?」

 

 名前を呼ばれた事でメディスンの存在に気づいたのか、彼女、風見幽香は僅かに眉を上に持ち上げる。

 

「あのね、幽香に渡す物があるの」

 

「私に?」

 

「うん。私はよくわからないんだけど、はい」

 

 そう言って彼女は片手に持っていた花を、幽香に渡す。

 

「これは…コリウス…?」

 

 メディスンから渡された花を見て、幽香は思わず首を傾げる。

 彼女から渡された花はコリウスという花なのだが、この花の開花時期は夏から秋にかけてだ。例年よりも暑いとはいえ今の季節は春。本来ならこの花は咲いていない。

 

「永琳から渡されたの。青?って人に渡してくれって」

 

「青が…?」

 

 自分の欲しい相手からの贈り物と聞き、幽香は再度その花をじっくりと眺める。

 注意深く観察してみると、コリウスから妖力が溢れ出ていることに気がつく。恐らくこれは本物のコリウスでは無く、彼の妖力によって作られている様だ。

 

「・・・成程ね」

 

 何故彼は態々自分の妖力を、この花の形にしたのか。少しの間幽香はそれを考えていたが、やがてその意図がわかりニヤリと笑みを浮かべる。

 花を愛する彼女が知らない筈が無い。コリウスの花言葉、《叶わぬ恋》

 

「・・・面白いじゃない」

 

 花びらに触れてみるが何も起きない。妖力で作られているが故に、自分の能力が通用しないらしい。

 この自分の思い通りに行かない花が、青自身であるとでも言うつもりなのだろうか。つまりこの花の意味は、自分への宣戦布告。青の挑発を、彼女は真正面から受け止めた。

 

「力尽くでも、私の物にしてあげるわ…」

 

「幽香、どうしたの…?」

 

「なんでもないわ。それより、上がって行って頂戴。ちょうど紅茶を用意したところなのよ」

 

「わ~い!お邪魔しま~す」

 

 幽香は内なる感情に炎を灯しつつも、メディスンを家に迎え入れる。

 青の妖力で作られたコリウスは、いつの間にか消えてなくなっていた。

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