見えない境界少年   作:迦羅

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二十四話

「全く…あのマスゴミは…!青様が丁寧にお断りしたというのに…!」

 

 青の力で文の足止めから逃れた青と藍は、再び妖怪の山の頂上へと向かっていた。藍は先程の文屋のしつこさに怒りを露わにしていたが。

 

「まぁまぁ、もう過ぎたことでは無いですか。気にしていても仕方ありませんよ」

 

「青様は甘すぎますよ。ああいう輩は一度ガツンと言ってやらないと…」

 

「どうにも強く言うのは苦手でしてね。それよりも、この山には天狗以外の妖怪はいないのですか?」

 

 このまま文屋の話を続けていても、藍の機嫌が悪くなる一方だと考えた青は話題を変える。

 

「・・・いえ、この妖怪の山を統率しているのは確かに天狗ですが、それ以外にも河童や厄神が住み着いています」

 

「そうなんですか…一度お会いしてみたいですね」

 

「難しいでしょう。天狗と違い、河童たちはかなりの臆病ですから。青様の様な大妖怪の前に姿を現すとは思えません」

 

「それは残念ですね。いつか会う機会があることを、願うとしましょうか」

 

 妖怪の山の山頂を目指してから、もう十五分程経っただろうか。ここで漸く、前を飛んでいた藍の動きが止まる。

 

「青様、妖怪の山の山頂、守矢神社へと到着しました」

 

「漸くと言うべきか…早いと言うべきか…」

 

 藍に手を握られ、青はゆっくりと地上へと降りていく。彼が降り立った場所は、博麗神社と同じ、石畳の上だった。

 

「ここも手入れが行き届いている…彼女達は意外とこまめに掃除をしていたのですね」

 

 てっきりある程度は落ち葉等が散らかっていると思っていた青は、そのことに僅かに感心する。

 そのまま藍に手を引かれながら石畳を歩いて行き、遂に神社の目の前へと到達する。

 いつになく緊張している青は、一度大きく深呼吸をした後、意を決して声を発する。

 

「すみませ――」

 

 青が完全に言葉を言い終えるよりも早く、彼の体に衝撃が走る。

 危うく転びそうになったがギリギリの所で堪えた青に対し、その衝撃の元凶である人物は彼の手を取りぶんぶんと上下に振る。

 

「ようこそ守矢神社へ!入信ですか!?入信ですよね!安心してください、守矢神社は来る者拒まずです!」

 

「お、落ち着いてください。私は入信するつもりはありませんよ。そもそも私は妖怪ですし…」

 

 突然耳に響いた大声だったが、青は予想していたが故にあまり驚きは無かった。しかしその声は、彼の予想していた馴染みのある声では無く、聞いた事の無い声だった。

 

「妖怪!?一体私の神社に何の用ですか!自ら退治されに来るとは…殊勝な心掛けですね」

 

「落ち着くのだ東風谷早苗。青様は退治されにここへ来た訳では無いし、そもそも貴様程度では倒す事は出来ん」

 

「え、そうなんですか…?というより貴女は…藍さん!?何故ここに?」

 

「それを今から説明しようとしているのだ」

 

 相変わらず人の話を聞こうとしない彼女に藍はため息を吐いた後、己の主に彼女のことを紹介する。

 

「青様、彼女は東風谷早苗。守矢神社の風祝であり、青様もご存じの洩矢「せいらぁああ!」」

 

「くっ、来ましたか…!」

 

 するとその時、青が予想していた声が聞こえてくる。気を抜きかけていた青だがすぐに気持ちを建て直し、自分の胸の前に手を持っていき、これから来るであろう存在を受け止める準備をする。

 青が構えたとほぼ同時に、彼の胸に先程以上の衝撃が走る。今度こそ青は吹っ飛ばされ、石畳を背中で滑る様に藍達の下から遠ざかっていく。

 

「久しぶりですね諏訪子。相変わらず貴女は加減を知らない」

 

 青に諏訪子と呼ばれた彼女は、彼の腰に手を回し逃げられぬよう拘束した後、長い舌で彼の頬をぺろりと舐める。

 

「あぁ…あぁ…!本当に久しぶりだね青。数千年ぶりだ!漸く私の物になる決意をしたのかい?やっとわかったんだね、神から逃げる事は出来ないと」

 

「いえいえ、残念ながら、私はまだ誰の物にもなる気はありませんよ。それは貴女も例外ではありません」

 

「相変わらず連れない奴だよ。でも、この状況、明らかに青の方が不利。これから貴方を結界に閉じ込めるわ。それで私と、ずっと一緒に過ごしましょうね?…神奈子!手伝って!」

 

 神奈子、諏訪子がその名前を叫ぶと同時に、青の目の前からカラン…という下駄の音が聞こえてくる。彼女こそ守矢神社の表の神、八坂神奈子だった。

 彼女は倒れている青とその上に乗る諏訪子の前で拳を振り上げ、それを勢いよく――諏訪子の頭に叩き落とす。

 

「い…いったぁああ!」

 

 全く予想していなかったその一撃に、諏訪子は頭を押さえゴロゴロと転がり回る。

 

「全く…なんで協力してもらえると思ったんだこいつは。…久しぶりだな、青」

 

「いやぁ、助かりました、神奈子」

 

「いらない助けだったかもしれないけどね。その気になれば抜け出すことくらい出来ただろう?」

 

「こういうのは、助けて貰えることが嬉しいのですよ」

 

 神奈子の手を借りて、青は服に着いた砂を払い落としながら立ち上がる。

 

「・・・藍さん、私は状況の説明を求めます」

 

「・・・あの方々の関係は私も知らん。本人に直接聞いてくれ」

 

 三人の一瞬のやり取りに、早苗はおろか、藍ですら困惑を隠しきることは出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「酷いじゃ無いか神奈子。いきなり人の事を殴るなんてさ」

 

 守矢神社の一室で、諏訪子は隣に座る神奈子を見ながら、不満そうに声を漏らす。

 今この場には、早苗と藍の姿は無い。諏訪子が、青とだけで会話したいと言い出したからだ。

 彼女達の関係は詳しくは知らない藍だったが、先程のやり取りを見てそう簡単に了承は出来ない。

 

『ならば、私も一緒にいよう。私も青とは久しぶりにじっくり話したいと思っていた所だ』

 

 断ろうと考えていた藍だったが、丁度いいタイミングで神奈子がそう提案して来た。

 先程諏訪子の暴走を止めた神奈子ならば、万が一が起きても大丈夫だろう。藍は神奈子の言葉を信じ、青を託した。

 二人きりという願いが叶わなかった諏訪子だったが、意外にも表情が変わる事は無かった。どうやら青と一人きりになりたいというのが一番の願いでは無かったらしい。

 

「さて…改めて、久しぶりだね、青。相変わらず、お前は幼いままだ」

 

「それはお互い様というものでしょう。先程抱き着かれた時に貴女に触れましたが、左程私と身長が変わらない様でしたが」

 

「む…それは言わないお約束って奴だよ」

 

 まさにどんぐりの背比べ。眉をひそめて唸る二人を見て、神奈子は声を押し殺して笑う。

 

「まぁ、それはそれとして…貴女達には本当に、驚かされる。数年前に姉様から神社ごと結界を超えて来たと聞いた時も驚きましたが、まさかこんな妖怪だらけの山で人間を雇っているとは思いませんでした。先程境内が綺麗だったのも、彼女のお陰という訳ですか」

 

 雇った人間。青の言葉に一瞬硬直する二人だったが、青の言葉が誰を指しているものなのかに気づき、その言葉を否定する。

 

「違うよ。早苗は雇った訳じゃ無い。あの子は里の人間じゃ無くて、ここに住んでいるんだよ」

 

「・・・住み込みということですか?」

 

「だから雇ったんじゃ無いって。あの子は正真正銘私達の家族、諏訪子の子孫だよ」

 

 諏訪子の子孫…諏訪子の、子孫…?数回程頭の中でその言葉を反芻させて、青は漸く意味を理解したのか、眉を上へと持ち上げる。

 

「子孫…?結婚したのですか?おめでとうございます。しかしお相手がここにいらっしゃらないとなると、相手は既に故人となった人間ということですか…?」

 

 傷を抉っては悪いと遠慮がちに尋ねる青だったが、諏訪子はその気遣いを鼻で笑い飛ばす。

 

「違う違う。あの子のもう一人の先祖はちゃんと生きているよ。私の目の前にいるじゃないか」

 

「目の前…?」

 

 試しに周囲をぐるりと見回してみるが、それらしい視線や息遣いは聞こえない。念のために周囲の気配を探ってみたが、やはりこの場には自分と諏訪子、神奈子の気配しか無かった。

 

「ははっ、信じられぬこととはいえ、ここまで鈍くなるのかい?私の夫はね…お前だよ、青」

 

「は…?」

 

 諏訪子の言葉に、青はこれまでで一番の驚愕の表情を見せた。諏訪子の夫、どれだけ頭で考えようとも、その言葉の意味は一つしか見つけられない。

 

「冗談ですよね…?」

 

「冗談だったら、どれ程良かっただろうねぇ…」

 

 今の諏訪子は、間違いなく口が三日月に開いているのだろう。笑みを抑えているのがよくわかる。

 

「まぁ、こうは言ったが、結局のところ、私達もよくわかっちゃいないんだ。なんせいつの間にか、私の体に命が宿っていたんだからね」

 

 でも、と諏訪子は一度言葉を途切れさせる。

 

「私は今まで、お前以外の誰にも体を赦したことは無い。となれば、考えられるのはたった二つだけなんだ」

 

「二つ…?」

 

「お前と私の子供か、それとも神の奇跡によって生まれた交配を必要としない奇跡の子か」

 

「・・・確かめる方法は、無いのですか?」

 

「うーん…早苗の血を探ろうにも、私はあの子の大分昔の先祖だからねぇ…他の先祖は皆人間と結ばれているだろうし、仮に青の血が混じっていても薄くなり過ぎてわからないと思う」

 

「そうなんですか…」

 

「と、いう訳で、青は私の夫!決定!」

 

「いえ違いますよ?確証が無いんじゃ言いがかりと同じです」

 

 とにかく、確定事項では無くて良かった。流石に子を成されてしまっては、こちらとしてもそれ相応の対応をしなければならなくなる。しかし妖怪と神の間に子供が生まれるというのは長い時を生きてきた青でさえ聞いたことの無い話であったため、恐らくそうなる可能性はごく僅かだろう。藍達を除いて話したいと言っていた理由はこれかと、青は一人納得する。

 

「諏訪子の妄言は置いておくとして…青は何故守矢神社に?しかも姉の紫もいない様子。まさかとは思うが、屋敷から抜け出して来たのか?」

 

 数千年も前、よく八雲家に通っていた頃は、青が外に出ることなんて一度も無かった。本人から姉に外出を禁じられていると聞いていたし、青自身も不満は抱いていなさそうだったので抜け出すことなどあるのかと思ったが。

 

「いえいえ、つい先日、姉様から外出の許可をいただいたのですよ。なので昔の友人に挨拶でもしようかと」

 

「へぇ、あの八雲紫がねぇ…幻想郷に移る前に一度会ったが、私達以上に過保護だった様に思えたが…」

 

 どれだけ心配でも、青を信頼しての決断だろう。同じ保護者としては、その気持ちはわからなくもない。

 

「そういった理由でここに来た訳ですが…久しぶりに声を聞くことも出来ましたし、そろそろお暇しましょうかね」

 

「えぇー、もう帰るの?もう少しゆっくりしていきなよ。まだ来てから一時間くらいしか経ってないよ?」

 

「そういうことは、人を歓迎する気がある人が言うんですよ」

 

「・・・バレてたか」

 

 いつのまにやら手に持っていた結界を貼る札を懐に戻しながら、諏訪子は誤魔化すように笑みを漏らす。

 しかし諏訪子が誤魔化そうとしても、青が一度決めたことを変えることは無い。ゆっくりと立ち上がり襖を開け、少し大きい声で式神の名を呼ぶ。

 

「藍」

 

「は、ここに」

 

「帰りましょう。諏訪子を受け止めたせいで、少し疲れました」

 

「かしこまりました。諏訪子様に神奈子様、我々はこれで」

 

「あぁ、また何時でも遊びに来な」

 

「青、私は諦めないよ!」

 

「夢を見るのは、神だろうが人間だろうが許されます。それを現実に出来るかどうかは、貴女次第ですよ」

 

 手をぷらぷらと適当に振りながら、青は藍にもう片方の手を引かれて守矢神社を後にする。もう少し早苗という少女と交流を深めても良かったかもしれないが、その機会はまたいつか訪れるだろう。

 

「・・・青様と諏訪子様方は、一体どの様なご関係なのですか?」

 

「古い友人ですよ。ただの友人です」

 

「御三方は、何を話していらっしゃったので?」

 

「・・・藍、諏訪子と神奈子は、私だけを部屋に誘ったんですよ」

 

「・・・申し訳ありません。出過ぎた真似を」

 

 余計な詮索はするなと遠回しに伝えてみたが、どうやら伝わった様だ。物分かりのいい従者で助かる。

 

「藍、今は何時頃ですか?」

 

「太陽の位置から考えて、正午過ぎでしょうか」

 

「・・・予定よりも随分早くに終わってしまいました。このまま家に帰ってもいいのですが、どうしましょうかねぇ…」

 

 姉からは日が暮れる前に帰って来てくれるのならいいと言われている。彼女の力があれば選択肢が増えるのだろうが、生憎自分の能力は移動用では無い為に選択肢が逆に狭まる。

 

「橙の所にでも行きましょうか」

 

 折角外に出られるようになったのだから、たまには式神と遊んでやってもいいだろう。そう思い青は藍の案内で、彼女がいるであろうマヨヒガへと向かって行く。

 青の訪問に橙は随分と喜んでいたが、縦横無尽に駆け回る猫たち相手に引きこもりだった青がついて行けるはずも無く、数時間後には藍に抱えられて屋敷へと強制送還されるのであった。

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