見えない境界少年   作:迦羅

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二十六話

 その日、いつも通り店の戸を開けて暖簾をかけた店主、ミスティア・ローレライは、早くも店を閉めたい気持ちでいっぱいだった。

 今の時刻は午後の三時頃、基本的に夜店を開ける彼女からすれば、大分早い開店だ。

 夜雀の妖怪である彼女の店に訪れる客は、皆妖怪や妖精といった人外ばかりである。彼女が店を開ければそれを嗅ぎつけ、多くの客が店を訪れる…筈なのだが、今日はこの店に客が訪れることは殆ど無い。

 何故なら、今日この店は貸し切りになっているからだ。いや、正しくは貸し切りにせざるを得ないと言った方が正しいか。

 

「はぁ…」

 

 ミスティアは重い、重いため息を吐きながら二日ほど前の出来事を思い出す。

 その日、いつも通り繁盛していた彼女の店に、八雲藍が訪れたのだ。ミスティア自身彼女のことは知っていたが店に来た事は無かったので僅かに困惑したが、話を聞くとどうやら予約をしたいとのことだった。

 この店に気まぐれで訪れる妖怪は多かったが団体での予約というのは珍しかったので、ミスティアは快くそれを引き受けた。否、引き受けてしまった。訪れる者が誰かを聞く前に。

 藍から団体客の面子を聞いた直後、ミスティアは思わず卒倒しそうになってしまった。自分が予想していたよりも遥かに、面子が濃すぎたからだ。

 ここに訪れる者、五人の名を聞き、彼女は即座に断ろうと決心した。しかし再び視線を上げると、藍はそこにはいなかった。逃げられた、そう理解するのに数秒の時を要した。

 

「今更何を言っても仕方がないし、仕込みを始めましょうか…」

 

 もしも相手の舌に合わなかったら、殺されるかもしれないし。流石にまだ首と胴は仲良くしておきたい。

 妖怪の賢者八雲紫はこの同窓会を開催するにあたって、幻想郷で最も権力と力、名声を持った存在、五大老と呼ばれる者達へと招待状を送っていた。

 その招待状に書かれてあったことは二つ。

 

 ・この宴に参加するのは、自分の年齢を数えることを止めた幻想郷の中でも古参の者のみ。

 

 ・参加するにあたって、上記の条件を満たした人物を一人同伴させてもよい。

 

 この条件を聞いた時、ミスティアは本気でふざけんなと叫びたくなった。何故この店に十人もの幻想郷の重鎮達が勢揃いせねばならないのだ。しかも店主である彼女も訪れる者の名を半分しか聞いていない。こういうのは、予め店側が訪れる者を把握しているものでは無いのだろうか。

 しかし相手が誰であろうと、自分がすることは変わらない。一瞬遺書でも書いておけばよかったと思ったが、そんなことをしている暇は無いのだ。

 せめてこれから訪れる者が危険人物か否かを見極めることにしよう。一番いいのは全員が自分の店を害すことのない安全な人物達であることだが、どうせ五大老が連れて来る者のことだ。一癖も二癖もあるに違いない。

 

「あら、もう開いているみたい」

 

 ミスティアが早速仕込みに取り掛かろうとしたその時、店の扉が音を立てて開き、二人の人物が店へと入って来る。早速本日の客、その一組目がやって来たらしい。

 

「ねぇ、永琳、まだ誰も来てないみたいよ?やっぱり少し早かったんじゃない?」

 

「別に早く来ても損をすることは無いでしょう、姫。遅れて相手を待たせるよりはよっぽどマシよ」

 

 永琳と呼ばれた人物のことを、ミスティアは知っていた。

 永遠亭に住む薬師、八意永琳。彼女と直接の面識は無かったが、彼女のことは弟子である鈴仙からよく聞いていた。

 薬師という人を助ける役職に加え、鈴仙からはよく実験に付き合わされるという愚痴は聞いた事はあったが、性格に難があるという話は聞いた事も無いし、本人も師のことを尊敬している様子だった。

 隣にいる人物については何も聞いた事が無いが、姫という呼び方から察するに永琳の主といったところだろう。まともか否かを判断するには圧倒的に判断材料が足りないが、今のところ何かを起こしそうな雰囲気は無い。

 永琳も、流石に人の店の品に薬を入れるなんてことはしないだろう。ミスティアの目からすれば、彼女達は安全な客。十分に合格ラインだ。

 

「いらっしゃいませ。本日ご予約なされたお客様ですか?」

 

「予約…?あぁ、そういえば紫が言っていたわね。予約した本人はまだ来てないみたいだけど、私達がその客で間違いないわ」

 

「申し訳ありませんが、まだ仕込みが完全では無くて、料理をお出しするのにはもう少し時間がかかってしまいます」

 

「別に構わないわよ。どうせあと八人全員が来ないなら始めるつもりは無いし」

 

 永琳の返答に軽く会釈を返し席へと案内した後、ミスティアは本格的に仕込みを開始する為に厨房へと向かう。厨房の壁には小さな窓があるので、そこから誰が入って来たのかも確認する事が出来る。どんな妖怪が来ようと、流石に本人の前で表情を歪めるのは失礼だろう。

 厨房に籠り始めてから十数分後、再び扉の開く音が聞こえて来た。ミスティアは食材を切る速度を落とさぬまま、小窓の方に視線を向ける。

 

「おや、私達が一番最初…という訳では無い様だ」

 

「神奈子、この店でのお代は全部紫が払ってくれるのかな?」

 

 次に現れたのは、守矢の二柱として名高い洩矢諏訪子と八坂神奈子の二人だった。

 先程の永琳達とは違い、ミスティアは彼女達との交流があった。守矢神社で祭りが開かれるときは、大抵出店をさせて貰っているからだ。設営の際に彼女達のどちらかに声をかけられることは何度かあったが、二人共気さくでいい人だった。

 彼女達が何かするとは到底思えない。むしろあの二人は暴走しがちな風祝の早苗を保護者として制御する立場だろう。無論合格である。

 

「あら、守矢の二柱がお揃いで山から下りて来るなんて。貴女も紫に呼ばれたのね」

 

「あぁ、それもあるが…諏訪子の奴が青に会いに行くと言って聞かなくてね。一人で行かせたら何しでかすかわかったもんじゃないから、監視の役目も兼ねて…ね」

 

「ちょっと神奈子、それじゃあ私が我が儘な子供みたいじゃないか」

 

「おや、違ったのかい?てっきり体と一緒で頭も成長していないのかと思っていたよ」

 

「あ?喧嘩なら買うよ?」

 

「はいはい落ち着いて。店を吹き飛ばすつもり?」

 

 大丈夫…なのだろうか。今のやり取りを聞いて、彼女達への信頼が一気に急降下した様な気がした。

 ミスティアは再びテーブルを見たことで初めてお冷を出していないことに気づいた。慌てて水の入った容器と人数分のコップを彼女達の下に運び、再び調理を再開する。

 トントントンと野菜を切るリズムの良い音と、時折油で食材を揚げる音が厨房に響く。心地の良いリズムを聞いて、ミスティアも漸く気分が上がってきた。

 

 トントントン…ジュワァ…サクサク…トントントン…ガララ…

 

「ん…?」

 

 ガララ…?

 最後に聞こえた音が厨房からでは無い異音であることに気づくのに数秒の時を要した。どうやらまた、予約客の一人が店に訪れた様だ。

 再び小窓の方に視線を向けて来客を確認した直後、ミスティアは思わずため息を吐いた。この危険な宴の主催者が現れた様だ。

 

「おやおやこの気配…もう二組の方々が到着していましたか。姉様、私達は少し遅かった様ですね」

 

「そうみたいね…うっかり眠り過ぎてしまったわ。でもまだ全員は集まっていない様だし…ギリギリセーフね。私達も席に着きましょう、青」

 

 八雲紫、幻想郷でその名を知らぬ者はいない。妖怪の賢者と言われ幻想郷を創設した一人、最強の妖怪と言われている存在だ。

 彼女という妖怪は、人間だけでなく同じ妖怪にすら恐れられている。そんな彼女が予約客のリストの一番上に載っているのを見た時、思わず手にしていたペンを床に叩きつけたくなった。

 そんな歩く災害である彼女に対し、隣にいる青と呼ばれた人物。ひとこと言わせてもらおう、誰だコイツは?

 ミスティア自身、幻想郷に移住してからそれなりに時間が経ったが、青と呼ばれた少年のことは一度も見たことも聞いたことも無い。

 『姉様』という口ぶりから察するに八雲紫の弟の様だが、それ程の地位を持つ存在なのにも関わらず、一切の情報が世に出回っていない。間違いなく何かある。

 自分ですら知っている危険人物と、自分が聞いたことの無い全てが未知数の人物。このコンビが何故許されると思ったのだろうか、ぶっちぎりでアウトである。出来ることなら即刻追い返したい。

 しかし彼女にそんな勇気も無ければ度胸も無い。出来ることと言えば、手を繋いで仲良さそうにテーブルへと歩いて行く姉弟を恨めしそうに眺めるくらいだ。

 

「ギリギリセーフでも無いわよ。普通主催者が一番最初に来て席を取ったりするものじゃないの?」

 

「席なら予め藍に取らせてあったから問題無いわ。それに、宴を開くにあたっての集合時間なんて決めていないから、私達が来た時間が基準になるのよ」

 

「まぁまぁ、姉様も永琳も、折角の同窓会ですので言い争いはやめましょう?それと諏訪子は歩き辛いので離れてください」

 

「細かいことは気にしない気にしない。さぁさぁ、私の隣においで」

 

「諏訪子、私の弟にちょっかい掛けないで頂戴。それに、青は私の隣に決まっているのよ」

 

「そういうことです。私は姉様がいないと、料理すらいただくことが出来ませんからね」

 

「ちぇ、それくらいなら私だって出来るのに…まぁいいさ、隣には右隣以外にも左があるからね」

 

 厨房からでは全てを聞き取ることは難しいが、どうやら諏訪子が青と呼ばれた少年の左、紫が右に座ることで話が収まった様だ。一先ず何かを起こす気配は無さそうなので一安心である。

 

「っと、いけないいけない。調理途中なのに放置しちゃった」

 

 危うく魚を焦がしてしまうところだった。料理人が調理中に他のことに夢中になるなど有り得ないことだが、今回に限っては許して欲しい。調理に集中していている間に店が消し飛ばされたら元も子もないからだ。

 

(というかそもそも同窓会ってなによ。貴女達は別に同年代じゃないでしょ。歳数えるのをやめたから同年代って意味が分からないわ)

 

 苦笑いを浮かべながら事の発端を説明してくれた藍を思い出しながら、ミスティアは心の中で愚痴を吐き続ける。

 今厨房には彼女しかいない為、雰囲気が明るくなるか暗くなるかも彼女次第。調理のリズムに沿って段々と明るくなっていた厨房だったが、紫たちが来たことによって再びどんよりとした雰囲気へと逆戻りしてしまった。

 彼女が知る中で、まだ店に顔を出していない客は二人、命蓮寺の僧侶である聖白蓮と、冥界の主、西行寺幽々子だった。ミスティアにとっては片方が当たりで、もう片方が外れである人物達だ。

 当たりの方は当然、聖白蓮である。命蓮寺で妖怪を導く人格者。命蓮寺にも祭りの際何度か出店したことがあるが、彼女の対応に不満を持ったことなど一度も無かった。今日来る客の中で一番まともな人物であることは間違いない。

 そして大外れの西行寺幽々子。彼女は一見すると聖と同じで温厚で優しそうに見えるが何度か会ったことのあるミスティアならわかる。彼女が自分を見る目は、完全に自分を餌として見ていた。

 つまり彼女に限っては店が存続するか否かの話では無く、自分の命が尽きるか否かなのだ。出来れば視界にすら入りたくないというのが本音である。

 

「あら、もう皆さんお揃いで。もしや遅れてしまいましたか?」

 

 紫と青が来てから十数分後、またもや店の扉が開く。どうやら残る二組の内の一組がやって来た様だ。この聞き覚えのある声に柔らかい物腰。窓の方を見ずともわかる、今扉の前にいるの、間違いなく聖白蓮だ。予約客も、もう殆ど集まりつつある。

 

「あら」

 

「へぇ…」

 

「おや、この気配は…」

 

 聖ならば一安心――と思っていたミスティアだったが、先客達の反応が自分の予想していたものとは少し違う。意外なものを見た様な、そんな反応だった。

 一体何を見たのだろうか。興味を抱いたミスティアは少しの不安を抱きつつも、ちらりと小窓の方を確認する。

 

「はぁ――!?」

 

 思わず叫んでしまい、慌てて口を手で塞ぐ。幸い向こうが賑やかなおかげか、彼女達には気づかれていない様だった。

 

(よかった…じゃなくて!どういうこと…!?)

 

 先程見た光景に、ミスティアは驚きを隠せない。自分の予想の通り、扉の前には聖白蓮が立っていた。

 それだけならばまだいい。しかし何故、何故彼女の隣に、風見幽香の姿があるのだろうか。

 風見幽香、かの八雲紫と同等、下手をすればそれ以上に恐れられている大妖怪。人間妖怪問わず、彼女の名前を知らぬ者は存在しない。

 そんな危険人物が何故聖人と一緒に自分の店に訪れているのだろうか。白蓮はともかく、共に現れた幽香が恐ろし過ぎる。確実にアウトだ。触らぬ神に祟りなしという言葉を今すぐに実行したい。

 ミスティアは視線を戻し、再び調理を再開する。しかしそれは先程までとは違い、目の前の現実から目を背ける為に行っているだけに過ぎなかった。

 切り終えた刺身を皿に丁寧に盛り付ける。そろそろ調理も大詰めだ。彼女達を満足させることが出来るくらいの料理を作り終えた自信はある。あの亡霊が暴走しなければの話だが。というより、出来ればもうこのまま来ないで欲しいというのが本音だ。

 しかし現実というものはいつも非情で、聖と幽香が訪れてから五分も経たないうちに、店の扉が開かれる。

 

(あぁ、遂に揃っちゃった…)

 

 最早どうにもならない。それならば、ここから緊張続きの数時間を、精一杯乗り切るだけだ。

 一度両手で頬を叩き気持ちを切り替えたミスティアは、幽々子と共に訪れた人物が誰なのかを確認しようとする。

 しかし、

 

「・・・あれ?」

 

 目の前の光景は、またもや彼女の予想外だった。本来いる筈のもう一人の客はそこにはおらず、代わりに目尻にうっすらと涙を浮かべた幽々子の姿があった。

 五大老や青達もこの光景は予想外だったのか、困惑した様な表情を浮かべている。

 

「う…うぅ…!」

 

「えっと…姉様、幽々子は泣いているのですか?」

 

「えぇ、なんでかはわからないけど…幽々子、どうしたのかしら?」

 

 紫が恐る恐ると言った様子で問いかけると、幽々子は一瞬固まった後、涙声で叫びだす。

 

「い、一緒に来てくれる人がいなかっだのよぉ!」

 

「あらら…それはそれは…」

 

 青は鼻を啜りながら声を上げる幽々子に何と声をかけたらいいのかわからず、思わず声を詰まらせてしまう。

 

「貴女は冥界にいるから交友関係が多い訳でも無いし、貴女のところの妖夢もまだ若いから…仕方ないと言えば仕方ないですね」

 

「条件違反だけど妖夢を誘おうとしたのだけど、声をかけようとしたら家にいなかったの…」

 

 逃げたな。幽々子の言葉を厨房から聞いていたミスティアは、心の中でそう呟く。自分も出来る事なら彼女の様に逃げ出したかった。

 

「ま、まぁ別に誰かを連れて来るのは強制じゃ無いから、一人だけでも大丈夫よ」

 

「えぇ、ありがとう紫…」

 

 メンタルに傷がついてしまった幽々子を紫が介護し、空いていた席に座らせる。

 

「さて、役者は揃いました。宴を始めましょう」

 

 一堂に会した九人…八人の気配を感じながら、青は意気揚々と言い放つ。

 こうして幻想郷の古参達の…ミスティアの胃に穴を空けかねない宴会が始まるのであった。

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