見えない境界少年   作:迦羅

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二十八話

「いたた…何ですかもう…」

 

 突然の揺れに反応できずに椅子から落ちてしまった青は、床に激突して痛めた尻をさすりながら、何とか椅子に手をかけて立ち上がる。

 

「複数の強い気配を感じて来てみれば、下界の妖怪や神共が勢揃いじゃ無いか!」

 

 すると自分の目の前、では無くその少し上から、聞き覚えの無い声が聞こえてくる。

 

「姉様、この声の主が、揺れの原因ですか?」

 

「えぇ、彼女は比那名居天子、地上では無く上空、天界に住む不良天人よ。大方また懲りずにここに要石を落としたのね…」

 

「ほぅ…天人ですか。存在は知っていましたが、こうしてお会いするのは初め…うん?」

 

 青は姉の話を聞きながら、何か落とした物が無いか懐を漁るが、ここである物が無くなっていることに気が付く。

 

「姉様、この辺りに煙管は落ちていませんか?友人からの貰い物でして」

 

「煙管…?あ、あったわ。・・・どうやら真っ二つになっているみたいだけど」

 

 青は物をそれなりに大事にする。気の毒に思いながらも、紫は彼の手のひらに真っ二つとなった煙管を置く。

 

「げっ、お前は八雲紫!何故貴様がここにいる!」

 

 顔を顰めながら天人が何か言っているが、紫はそれどころでは無い。

 

「私が体勢を崩して煙管を落とした後、上空から降って来た岩によって割れた…といった所でしょうか。ふふふ…」

 

 次の瞬間、感情が揺れ動いたことによって動きを見せていた青の気配が、水を打ったかのように静まり返る。

 

「どうやら、少しお仕置きをする必要があるようですね…」

 

 やる気だ。こうなった以上青を止めることは出来ない。紫は何も言わずに天子の方へと歩いて行く青を見送り、周囲に結界を貼って青と天子以外の全員を覆う。

 

「紫、何をするつもりだ?」

 

 いつの間にか白蓮からの説教から抜け出して来た萃香が紫に問いかける。

 

「青が戦う気だわ。あの子が能力を戦闘目的で使うのは滅多に無い。久しぶりで能力の制御がうまく出来なかった場合に巻き添えを食わない様、万が一の為よ」

 

「へぇ…ということは見えるのか…青の戦いが」

 

 天子と対峙するその様子に、萃香だけでなく紫を除いた全員が注目する。今まで誰も見た事の無かった青の戦う様子、果たしてどれ程の強さを持ち合わせているのだろうか。

 

「・・・見られたらいいわね」

 

「・・・?それってどういう…」

 

「ほら、始まるわよ」

 

 たった一人で自分の方へと向かってくる青に、天子も漸く気が付いたらしい。

 

「むっ、なんだお前は?」

 

「初めまして、天人さん。私は八雲青、八雲紫の弟です」

 

「ふん、それで、下賤な妖怪如きが、私に何の用だ?」

 

「実は貴女の落とした瓦礫や岩のせいで、私の持っていた煙管が壊れてしまったのです。友人からの貰い物で大切にしていましたので。あぁ、謝罪は必要ありません。代わりに少し貴女にお灸を据えようかと」

 

「ほう…お前、私と戦うつもりか?妖怪如きが、天人に勝てると思うなよ」

 

「それを決めるのは貴女ではありません。決定権は全て私に存在します」

 

「言うじゃ無いか。ならば精々、楽しませてくれよ…!」

 

 天子は地を蹴り、目にもとまらぬ速さで青の眼前へと迫る。しかし青は端から目に頼ってはいない。気配で相手を見る青にとって、天子の速さなど大した問題では無いのだ。

 天子の拳が青の届く刹那、突然青の袖口から短刀が現れ、彼女の腕に向かって飛んで行く。

 

「ちぃ…!」

 

 天子は間一髪でそれを避けた…かに思えたが、僅かに腕を掠め、微かな痛みが彼女の体を走る。

 後方に跳び、いったん距離を取る天子だったが、青はさらに追撃を仕掛ける。

 

「な、なにこれ…!」

 

 彼女が地面に着地した直後、いつの間に現れたのか無数の木の葉が彼女の体に纏わりつく。

 恐らく青の妖力によって出来ているのだろう。払っても払っても自分の体に付着し、視界を遮る木の葉に、天子は鬱陶しそうに舌打ちをしてそれを払いのけようとする。

 十数秒後、漸く木の葉が晴れた時、彼女は先程の居酒屋では無く鏡の様に澄んだ水の上に横たわっていた。

 

「ここは…何処だ…?」

 

 起き上がり周囲を確認しようとするが、体はまるで石になったかの様に動かない。首より上だけが、辛うじて動かすことが出来た。

 

「ここは意識の世界です。幻の中…精神世界…なんと言ったらいいのかわかりませんが、そういった類のものですよ」

 

 声のする方に振り向くと、青が彼女の隣に立っていた。

 

「お前…私に何をした!」

 

 吠える天子だったが、青はまるで彼女の声が聞こえていないと言わんばかりに、勝手に話しを続ける。

 

「貴女には特別に、私の能力について教えて差し上げましょう」

 

「お前の…能力?」

 

「えぇ、私の能力は《誑かす程度の能力》誑かすという言葉には大きく分けて二つの意味が存在します。一つ目は誘惑、簡単に言うと異性に好かれやすくなるといった物なのですが、これは制御が難しい。無意識に発動してしまうことがある困った力です。きっと私が襲われやすいのも、それが原因の一つにあるのでしょうね」

 

 そんなことはどうでもいい。天子がそう言おうと口を開くよりも早く、青は再び言葉を続ける。

 

「二つ目は欺く、私の持つ大妖怪としての強さはこの一点。相手を欺き、陥れることに特化したこの能力の側面の一つ。そしてもう既に、貴女は私の作り出した幻術の中にいます」

 

「一体いつから…」

 

「最初から。貴女が私の刃物という幻術によって、怪我をする少し前くらいですかね」

 

「馬鹿な…!あの時私は確かに痛みを感じた!あれが幻なものか!」

 

「私の能力は、狐や狸のそれとは次元が違います。私の力は五感全てに作用するもの。目で見る事ができ、耳で聞くことができ、鼻で嗅ぐことができ、手で触れることができ、舌で味すら感じることが出来る。それは最早、現実と何ら変わり無いものです」

 

 唯一違う事と言えば、全てが私の思い通りになる点でしょうか。そう言って青は、天子の体の上に跨る。

 

「私に…何をするつもりだ!」

 

「言ったでしょう。お灸を据えると」

 

 青の服の袖からは、沢山の刃物が見え隠れしていた。

 ここが普通の世界ならば、天人である彼女にとってただの武器など痛くも痒くもなかったであろう。

 しかしここは全てが青の思い通りになる世界。そんな場所で彼が人器というなまくらを使うなど、あり得る筈が無かった。

 

「な…!お前、まさか…」

 

「安心してください。この世界で何日、何週間、何年経とうと、現実ではほんの一瞬の時間が過ぎるだけです。二人きりで、じっくりこの世界を楽しみましょう?」

 

 そう言って青は、ニヤリと口元を歪めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「懐かれました」

 

「どうしてそうなった」

 

 青の腕に引っ付き、頬をスリスリと擦り合わせながらご満悦な様子の天子に、一同は困惑を隠すことが出来ない。

 彼女、天子の拳が青に届くギリギリの所で、突如として彼女の動きが止まった。そしてそれから一秒もしないうちに彼女が動き出し、この現状である。

 

「この天人!私の青から離れなさい!」

 

「ふんっ、私に命令するな!私に命令していいのは青様だけよ!」

 

「本当に何があったんだよ…」

 

「いやあ、それを説明するにはまず、私の能力について話す必要がありますね」

 

「それも気になるけど…彼女達を放っておいていいの?」

 

 青の隣でぎゃーぎゃー騒ぐ紫と天子を見ながら、永琳は疑問を漏らす。

 しかし青はそれを無視して能力の説明を始める。

 

 数分後…

 

「成程。確かに中々強力な能力だけれど…それをどう悪用したらこうなるのかしら?お灸を据える筈じゃ無かったの?」

 

「えぇ、私もそのつもりで、最初はとにかく刃物で切り付けたり首を絞めたり、あらゆる苦痛を与え続けたんですけど…」

 

「発想が拷問のそれなんだが…お灸とは一体」

 

「途中で、このまま苦痛を与え続けたら精神崩壊を起こしてしまう事に気が付いたんです。流石にそれは可哀想かと思い、途中から私の言葉に逆らった場合は同様に苦痛を、従順に従った場合は快楽を与え、それを体感で三年程続けたんですが…そうしたらこの通り」

 

「それ、人を洗脳する時に使われる手法だな。しかも三年…」

 

「ち、因みに、その快楽というのは?」

 

「あぁ、それはご想像にお任せします」

 

 それだけは任せないで欲しい。天子との争いを中断して尋ねた紫であったが、一気に不安に陥った。

 

「取り敢えず経緯はわかったが…それを聞くとこいつが少し可哀想だな…」

 

「今ではすっかり私の言う事は何でも聞くようになりましたよ」

 

「恐ろしい奴…」

 

「成程…その方法を使えば私も青を…」

 

 最後に恐ろしい言葉が聞こえた気がしたが、青は全力で聞こえないふりをする。嫌な現実は見ないに限る。

 すると先程まで紫と言い争っていた天子が突然青の方を向き、全力で頭を下げる。

 

「青様、貴方の煙管を壊してしまい…本当に申し訳ございませんでした!」

 

 幻術をかける前の態度とは百八十度正反対の誠意のこもった謝罪。これが忠義なのか恐怖なのかはわからないが、本人としては自分の罪を認めてくれるだけで十分だ。

 

「いえいえ、謝罪さえいただければ十分ですよ。もうこんなことをしない様、気を付けてくださいね?」

 

「はい!えへへ…」

 

 青に頭を撫でられ、天子は恍惚とした表情になる。二人のやり取りに危機感を抱いた紫は天子を引きはがそうと再び手に力を込めるが、何故か先程以上に動かなくなっていた。

 

「さて、天子さん。折角来てくれたのに申し訳ありませんが…私達は今同窓会の途中なんです。すみませんが貴女の相手をするのはまた後日ということで宜しいですか?」

 

「え…わかりました」

 

「ありがとうございます。物分かりの良い子は好きですよ」

 

「好き…えへへ」

 

 青の言葉にこくりと頷いた天子はもう一度青の手に自分の頬を擦りつけてから、空いた天井を通って店を後にする。青は彼女の気配が遠ざかっていくのを確認した後、姉の方を向いて口を開く。

 

「さて姉様、まだまだ宴は途中でしょう?酒もまだまだありますし、再開しましょう」

 

「・・・そうね、そうしましょうか。萃香と幽々子への尋問…兼処刑は後でも出来るし」

 

「「(忘れられてなかった…!)」」

 

 もう開き直って宴会を楽しもう。逃げられないと悟った二人はいっそ開き直って乾いた笑みを漏らしながら食卓を整え始める。数分後、青達は宴を再開し、それは夜が大分更けるまで続くのであった。

 因みに壊れた店の修理代と駄目なった料理の費用は、全てミスティア持ちとなった。

 破産寸前となった彼女は、今日も明日も必死に働く。この幻想郷という美しくも残酷な世界で、生き残るために。

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