見えない境界少年   作:迦羅

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二十九話

 青は今日、一人布団の中で目を覚ました。

 昨日の同窓会、もとい宴によって発覚した萃香と幽々子が青にしたこと。それを聞いた紫は彼女達に説教と罰を受けさせるために、宴が終わって即座に二人を引きずってどこかへと消えてしまった。そして彼女は青が眠る時にも戻って来ることは無かった。

 また一人枕を涙で濡らすのかと思い、あの場面で秘密を打ち明けてしまった自分を悔いたが、橙が気を利かせて一緒に眠ってくれたので寂しさを感じる事は無かった。自分よりも遥かに年下の式の式に慰められるとは、情けないとも思ったが。

 そして今、己の姉は自分の隣で朝食を取っている。幽々子と萃香がどうなったのかは、聞く勇気が無かった。

 

「青、今日は何処へ行くの?」

 

 隣から聞こえる姉の声。普段と同じ声音だが、昨日のことについて言及されると思っていた青は少しだけ反応に困って言葉を詰まらせてしまう。

 

「え、えっと…確か今日は命蓮寺に行く予定です。ですよね?藍」

 

「はい。命蓮寺の僧侶、聖白蓮殿を除いた他の五大老の方々の下へは向かいましたので」

 

「そう、気を付けて行ってらっしゃいね。帰ったらまた、土産話でも聞かせて頂戴」

 

「はい。面白い話が出来るかはわかりませんが」

 

 どうやら彼女は昨日の発言については何も聞かない様だ。既に興味を無くしたのか、それとも二人から全て聞き出したのか。どちらでもよかったが、変に気を使わなくていいのはありがたかった。

 その後は何事も無く朝食を食べ終え、紫と橙に見送られた青と藍は最近の日課になりつつある幻想郷での散歩を始めていた。

 

「藍、命蓮寺は確か、人里からほど近い場所にあるんでしたよね?」

 

「はい。ですから途中までの道は橙と共に向かった人里への道のりと変わりありませんので、面白みがなく少々退屈かもしれませんが」

 

「藍が気にすることではありませんよ。それに昨日の疲れがまだ完全には抜けきっていないので、刺激が少ないのは寧ろありがたいです」

 

「昨日の…同窓会のことですか。紫様も大分お帰りになられるのが遅かったですが、何かあったのですか?」

 

「そこまで一大事という訳ではありませんが、久しぶりに能力を戦闘に使用したので少し疲れたというだけです」

 

「青様が戦闘を…?相手は身の程を弁えない下級妖怪ですか?それともあの店の店員が愚行を働いたとか…」

 

「いえ、比那名居天子という天人の方と少し…」

 

「比那名居天子…チッ、あの不良天人か…」

 

 どうやら姉同様、藍も天子のことを知っているらしい。あからさまに不機嫌な声に加え舌打ちをしているところから、良い関係とは言い難いのだろうが。

 

「ですが、私は楽しかったですよ。久しぶりにいい刺激を得ることが出来ましたし。何故かしまいには懐かれましたが」

 

「懐かれた…成程。紫様がお帰りになられた際に不機嫌だったのはそれが原因ですか」

 

「まぁ、それも原因の一つ…ですかね」

 

 そう言えば天子が帰る際に自分だけに聞こえる程の声量で天界に招待されたがどうしようか。

 また会う機会があったとしたら、何かの縁だと考えてその誘いを受けることにしよう。その際は必ず姉は反対するだろうから、殆ど拉致みたいな状況になるのだろうが。誰かに拉致されるという経験も何度か味わっているが、あれはあれでスリルがあって面白い。そして拉致をした相手に美味しくいただかれるまでが鉄板でもある。

 

「青様もあまり無理はなさらぬよう。認めたくは無いですが、あの天人は幻想郷でも屈指の実力者です。幾ら青様と言えども万が一があったやもしれません」

 

「心配は無用ですよ。私の世界を利用すれば、目視すること以外の全ては可能となりますので」

 

「それは、確かにそうかもしれませんが…」

 

「それに、今後私が戦うのは何百年と先になるでしょう。またその時にでも憶えていたら注意してください」

 

「全くもう…わかりましたよ」

 

 これ以上何を言っても無駄だと判断したのだろう。藍はやれやれと呆れた様子で言葉を返した後、それ以上何かを言う事は無かった。

 暫くお互いの間に無言の時間が流れる。しかし長年共に過ごして来た二人は、それを苦だとは思わない。

 歩いて、歩いて、歩いて…一体どれ程の時間が経っただろうか。目的地である命蓮寺まであとどれ程か気になってきた時、突然藍の足が止まる。

 

「青様、到着しましたよ」

 

「もう…ですか?橙と人里へ向かった時よりも早い気がするのですが」

 

「橙は歩幅が私よりも小さかったのでは無いですか?もしくは会話に夢中になって歩くことを疎かにしてしまっていたか」

 

「どちらも心当たりがありますね。あの時は、橙は相当はしゃいでいましたので」

 

「橙もまだまだ、一人前には程遠いですね…それはともかく、ずっとここにいる訳にも行きませんから、中にお邪魔するとしましょう。ここには誰もいないようですし」

 

「誰もいない?てっきり響子が門の前にいるのかと思っていましたが…いや、その場合今頃鼓膜が破れそうになっていなければおかしいですから間違いでは無いのでしょう」

 

「・・・青様は、聖殿だけでなく他の命蓮寺の住人とも交流がおありで?」

 

「えぇ、というか、藍は姉様から聞いていないのですか?彼女達を幻想郷に誘ったのは私なんですよ?」

 

「そうだったのですか!?そんな話一度もお聞きしたことはありませんが…」

 

「まぁ、その時は一度保留という形になってしまい、その後すぐに白蓮が封印されてしまいましたが。ですのでこれから会いに行くのが、少し楽しみでもあります。最後に彼女達に会ったのも、もう何年も前のことですので」

 

「青様は、本当に紫様から外出を禁じられていたのですか…?前から思っていたのですが、それにしてはご友人が多い様子…」

 

「殆どの人が私の能力に惹きつけられてやって来るのですよ。それを考えると私自ら訪問をした彼女達は、貴重な部類ですね」

 

 自分が命蓮寺へと訪れた時は、まだ皆妖怪としての格は低く、低級とは言わないが大して強くない妖怪であった。聖を封印させてしまったのも彼女達の弱さが原因の一つにあるのだろう。

 恩人を自分達のせいで失ってしまったと考えれば、彼女達もあれから相当研鑽を積んでいる筈だ。子の成長を見守る親の様な気持ちになりつつも、青は速度を落とさず歩き続ける。

 十数秒歩いたのち、再び藍の足が止まる。

 

「青様、ここで少々お待ちください。私はこの寺の者を探してきます」

 

「えぇ、わかりました」

 

 そう言うと藍は繋いでいた手を離し、更に先へと進んでいく。随分と律儀なものだ。妖怪が勝手に寺に入った程度では、聖が怒る事は無いというのに。

 少し退屈に感じながらも藍の帰りを待つこと十数秒。ゆっくりとした足音が段々と近づいて来るのがわかる。

 

「随分と久しぶりじゃのう。こんな所で会う…とは思うておったが、まさかそれが今日になるとは」

 

 しかしその足音の主は藍では無かったらしい。随分と昔に聞いた声に驚きと懐かしさ、そして蘇る苦い記憶を頭に携えながら、青は声のした方に振り向く。

 

「えぇ、お久しぶりです。マミゾウ」

 

 それは実に数千年ぶりとなる、化け狸との再会であった。

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