「むぅ…また負けましたぁ」
白蓮に藍を任せ、響子と遊び始めてから半刻程が経っただろうか。難しい顔をして唸っていた響子は、悔し気な声と共に持っていた札を上へと投げ捨てる。
「青さんはどうしてそんなにトランプが強いんですか?表情が読み取れない筈なのにおかしいですよ」
「ふふ、表情を見ずとも、息遣いや札越しに伝わる手の振動、場の空気からある程度の予測は出来ます。私に心理戦で勝とうなんて、一万年は早い話ですよ」
「それじゃあ面白く無いです。何か別の遊びはありませんか?」
「別の遊び…そうですねぇ、なら、オセロでもしますか?」
青はトランプを片付け懐にしまい、またそこから今度は少し小さいオセロ盤を取り出す。
「・・・青さんの懐、どうなっているんですか?」
「色々な物が入っていますよ。構造に関しては不問でお願いします」
というか、自分自身でもよくわかっていない。姉が百歳の誕生日の際にくれた服なのだが、その構造は姉以外誰も知らないのだろう。
「青さん、オセロ出来るんですか?」
「えぇ、このオセロは黒い面と白い面でひっくり返した際に鳴る音が微妙に違いましてね。後は位置を同じように音で把握すればいい話です」
「・・・もう訳が分からないです」
何がわからないのだろうか。オセロは白か黒か。そして盤の正確な大きささえわかっていれば目を瞑っても出来る事だろうに。響子の言葉に首を傾げつつも、青は盤面の中心に黒と白の駒を二つずつ置く。
「そういえば響子、ずっと気になっていたんですが…」
「何ですか?」
パチパチとオセロの駒の音を鳴らしながら、二人は会話を続ける。
「貴女はどうして、そんなにも私を慕ってくれているのですか?貴女達と共に過ごしたのは、私がこの寺を訪れてから去るまでのほんの数週間程度。その様子では貴女は私の力に魅せられた訳でも無いようですし…」
「そうですね…青さんの力というものが何かはわかりませんが、長い年月を生きて来た貴方にとってはたった数週間でも、まだ生まれたばかりだった私達にとって、その数週間はとても濃密な時間でした」
「・・・そういうものなのでしょうか」
「そういうものなんです。青さんは私達を疎外せず、まるで家族の様な距離感で接してくれました。それが弱小妖怪だった私達にとってどれ程嬉しかったか。今ここにいない船長も一輪も、きっとそう思っています。私は青さんのこと、お父さんの様に思っていましたし」
「響子…お父さんでは無くせめてお兄さんと呼んでくれないでしょうか」
早苗の一件もあるので、父親と呼ばれることにあまりいい印象を持つことが出来ない。それになにより、彼女に呼ばれる度たびに自分がそんなに歳を取っていることを実感したくはないという思いもある。
「・・・っと。はい、これでおしまいです」
「はい――えぇ!?まっくろぉ!?」
丁度オセロが終わった。響子が話に夢中なせいでトントン拍子にゲームが進み、挙句張り合いが無かったので少し物足りないが、まぁ勝負は勝負だろう。
「やはり二人だけでは遊ぶことのできる娯楽に限りが生まれてしまいますね。藍達をこっちに呼んでみるのも「あれ、随分と珍しい人がいるじゃない」」
一体何の因果だろうか。自分の背後から聞こえて来た声に、青はそう思わずにはいられなかった。
まさか今日一日だけで、千年以上も会っていなかった友人とこれ程多く再開する事になるとは。
「・・・ぬえ、何故貴女がここにいるのですか。貴女は寺という場所の意味を理解していますか?」
封獣ぬえ。かつて都を騒がせた妖の一人であり、姉の八雲紫からも一目置かれている程の大妖怪だ。
そんな彼女、今青の真後ろにいる彼女はニヤリと口元を歪めながら言葉を返す。
「貴方がそれを言う?己の内に潜む
「・・・余計なお世話ですよ」
「ぬえさん、来ていたんですか?」
「えぇ、ついさっきね。たまには顔を出そうかと思って」
「それでしたら、一緒に遊びましょう!二人よりも三人の方が楽しいですし」
「別にいいけど…オセロは二人でやるものでしょ?」
「なら、娯楽を変えることにしましょう。三人で遊ぶとしたら…これが適切でしょうか」
テキパキとオセロを片付けた青は先程と同じ様にそれを懐にしまい、またゴソゴソと懐を弄る。数秒程経った後、彼の懐から一つの大きな台紙と三つの駒、そして一つのサイコロが出て来た。
「・・・双六?」
「はい。これなら三人でも出来るでしょう?」
「あいつの懐…どうなってるの?」
「青さん曰く、不問だそうです」
ぬえの質問に答えつつ、響子は青と共に準備を進めていく。
「これに関しては賽の目や止まったマスの指示は見なければわかりませんので、教えてください」
「りょーかいです!」
順番は響子、青、ぬえとなり、早速響子がサイコロを振りゲームが始まる。
「ところでぬえ、貴女に少し聞きたい事があるのですが」
「ん、なに?あ、その目は四だよ」
「どうも、それより、私の存在を最初に知った時、誰から聞きましたか?」
「んー…マミゾウ」
「やはりそうでしたか」
ぬえの返答に青は納得しつつも、溜め息を吐かずにはいられなかった。
「どうしてわかったの?あ、二マス進んで一回休みね」
「貴女がどうやって私を知ったのか前々から気になっていましてね。貴女と初めて会ったのは八雲の屋敷だった。今も昔も、私の家の在処を知っている者は殆どいません。しかし貴女は偶然見つけた訳でも、私の力に魅せられた様子も無かった。ならば誰か、過去にこの家を訪れた者から聞いたと考えるのが自然でしょう?そして当時姉様を除いて私の家を訪れたことがあったのはマミゾウだけだった。それだけの話です」
「ご明察。私は確かにマミゾウから貴方のことを聞いた。手懐ければ色々と便利な奴がいるぞってね。まぁ結果的にそれは叶わなかったんだけど。はい、六マス進んで一回休み」
「マミゾウ…なんて教え方しているんですか。今度会ったら少しお灸を据えることにしましょう」
確かぬえが屋敷を訪れたのはマミゾウが最後に来た日から三日程経った頃だ。十日もの間毎晩犯され続け姉にも話すことが出来ず、メンタルが大分やられていた当時の自分によくもまぁそんなことが出来たなと、ここにはいない彼女に文句を言わずにはいられない。
「でもあの時の私は貴方が大分弱っていたのに気づいて優しくしてあげたし、沢山甘やかしてあげたでしょう?能力の使い方も教えてあげたじゃない。あ、五マス進んで一回休みね」
「そういえば、貴女は当時の私以上にこの能力の使い方というものを知っていましたね」
「騙し、欺くという貴方の力。それが私の能力に似ていたからね。教えることもそう難しくは無かったわ」
「まぁ、それには感謝していますよ。またマミゾウと同じようにされたら女性不信になるところでした。襲われておいて感謝をするのも少し変な気もしますが…というかさっきから一回休み多いですね」
「二人共、さっきから何の話をしているんですか?」
「何でもありませんよ。響子にはまだ早い話です」
「そうですか…さっきから会話に入れなくて少し寂しいです」
「ご、ごめんね?そんなつもりは無かったんだけど…」
「いえ、わざとじゃないならいいんです…はい、これであがりです」
「「あ」」
会話に夢中で全く双六の方を気にしていなかった。いつの間にか負けていたという事実に、二人は思わず固まってしまう。
そして青もぬえも年下に勝ちを譲れる程、大人として成長していない。
「もう一度やりましょう」
「賛成」
「えぇ!?」
勝利の余韻に浸っていた響子を無視し、二人は早急に駒を振り出しに戻し、第二回戦を始めようとする。
結局双六は青とぬえ、それぞれの白星が響子を超えるまで続いた。二人の大人達によるあまりにも大人気ない泥仕合は日が暮れて大分経った頃に漸く終わり、青は家に帰ると心配していた紫にこっ酷く叱られる羽目になったとか。