見えない境界少年   作:迦羅

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三十二話

「藍、今日はどちらへ?」

 

 朝食を食べ終え、青はまたいつもの様に藍に今日の行き先を確認する。

 先日姉から聞いたのだが、どうやら今日は博麗神社で宴会が開かれるらしい。どうやら青の歓迎というのが建て前らしく、是非とも参加してほしい。というか参加しろというのが霊夢からの伝言の様だ。

 五大老への訪問が終わった以上、何処に向かうのかは完全に藍に委ねている。その為行く場所によっては今日は向かう事が出来ないかもしれない。そう思っての問いかけだったのだが、彼女から帰って来た言葉は青の予想に反していた。

 

「青様、申し訳ございません。本日は外出をすることが出来ません」

 

「む、外出が出来ない…?何故ですか?」

 

「今日が何の日かはご存じですか?」

 

「今日…宴会以外になにかありましたっけ」

 

「私もつい先日紫様にお聞きしたばかりなのですが、本日は賢者会合があるとのことです」

 

 賢者会合。それは五年か十年か百年か、つまり不定期に開かれる幻想郷の賢者が一堂に会する集会である。

 何をしているのか、どの様な会話をしているのかは青すら知らない。何故なら彼は賢者では無いから。賢者会合に参加できるのは幻想郷の賢者と認められた者だけなのだ。たった一人の例外である彼女を除いて。

 

「成程。だから藍は外出が出来ないということですか」

 

「はい。私は賢者会合の際の書類の取りまとめや会話の記録、紫様を含む賢者のお三方へのもてなしを任されています故、どうしても抜ける訳には…」

 

「姉様も事前に仰っていただければいいのに…まぁ、事情はわかりました。しかしそれだけなら、また前回の様に案内を橙に任せればいいのでは?」

 

「それに関しては私が説明するわ」

 

 すると突然、青の耳元から声が聞こえる。何時の間にか姉の紫が隣におり、耳に吐息がかかる程の距離まで顔を寄せていた。

 

「率直に言うとね、青にはお守りをして欲しいのよ」

 

「お守り…?」

 

「えぇ、今日の会合はこの屋敷で開くのだけれど、隠岐奈の従者である二童子が一緒に来るそうなの。流石に彼女達を藍と同じように会合に参加させる訳にも行かないから、橙と二童子、三人の面倒を見てくれないかと思ってね」

 

「成程。そういうことでしたらお安い御用です。して、四人はいつここにいらっしゃるので?」

 

「一応予定の時刻は十時だから、もうそろそろ来ると思うけど…気長に待ちましょ」

 

 そう言うと紫は青の脇の下に腕を通し抱きかかえ、そのまま椅子に座り彼を膝の上に乗せる。

 

「姉様、会合はいつもどのくらいで終わりましたっけ」

 

「そうねぇ…もう大分前だからあまり憶えていないのだけれど、前回は少し長引いて半日程かかったから…大体夜の八時くらいには終わるんじゃ無いかしら?」

 

「およそ十時間…長いですね。さて、どう暇を潰したものか」

 

 橙に何をしたいか聞いてみよう。藍に橙を呼んでもらおうと口を開こうとしたその時、屋敷からそう遠くない場所、玄関付近から鳥の鳴き声が聞こえてくる。

 

「この鳴き声…鷹?」

 

「姉様、どうやら一人、いらっしゃったようですよ」

 

 青の言葉に紫はわかっていると言う様に青の頭を一度撫で、藍に客人を連れて来る様に促す。

 数分が経って藍が青達の下に戻ってきた時、その隣には一人の女性の姿があった。

 

「随分と久しぶりね。青」

 

「えぇ、お久しぶりです。華扇」

 

 彼女の名は茨木華扇。普段は山奥に住んでいる仙人であり、同時に紫と同じ幻想郷を創設した存在、賢者の一人でもある。

 

「私にはその挨拶はしてくれないの?」

 

「貴女はしょっちゅう会っているから久しぶりでは無いでしょう。言うのならこんにちはかしら?」

 

「先程の鷹の声はやはり竿打でしたか。主の存在を私達に知らせてくれるなんて、随分と躾がなされていますね」

 

「・・・竿打と久米の鳴き声を聞き分けるの、私にも難しいのだけど」

 

「まぁ、私は耳が良いですから。鷹の鳴き声くらい簡単に聞き分けられます」

 

「便利ねぇ。私も鍛錬を積めばそれくらい出来るようになるのかしら」

 

 青の感覚の良さは鍛錬では無く日頃から視力に頼らない生活をしている故なのだ。なので鍛錬して出来るかと聞かれても何とも言えない。

 

「華扇様もいらっしゃいましたし、後は隠岐奈様がいらっしゃるのを待つだけですね」

 

「あのストーカーの神もそろそろ来る筈よ。彼女はなんだかんだ規律を重要視する性格だもの」

 

「ストーカーの神だと?お前はどうやら、人に喧嘩を売って返り討ちに会うのが好きらしい」

 

 紫の嘲笑う様な言葉に苛立ちを含ませながら反論する声が、青の後ろから聞こえてくる。どうやらもう一人の賢者、魔多羅隠岐奈は自分の後ろに扉を開いたらしい。勝手に人の背後を交通手段にしないでもらいたい。

 

「間違っていないでしょう?貴女の能力は人を監視するのにうってつけだもの」

 

「その言葉、そのままお前に返すぞ」

 

 何やら言い争っている賢者二人を華扇は完全にスルーし、藍に案内され会合の間へと向かって行く。

 昔から紫と隠岐奈は何かと理由をつけては言い争いを始めるので、もう皆慣れてしまっているのだ。青もその例に漏れず、姉達の言い争いに特に介入することはせずに隠岐奈の隣にいるであろう二人に手招きしながら話しかける。

 

「舞、里乃、貴女達はこちらへ」

 

「「はい!」」

 

 青の予想通り、元気な返事が自分の背後から聞こえてくる。というか姉も隠岐奈も自分を挟んで言い争いをするのは止めて欲しい。そう思わずにはいられなかった。

 

「お久しぶりです二人共。既に隠岐奈から聞いているとは思いますが、今日は賢者会合の日。会合が終わるまでは、貴女達は私や橙と共に過ごしていただきますよ?」

 

「はい、今日一日宜しくお願いします」

 

「えぇ、退屈はさせないように努力しますよ」

 

「青、私の可愛い二童子を宜しく頼むぞ」

 

 ガッチリ肩を掴まれた状態で、隣から隠岐奈の声が聞こえてくる。どうやら姉との言い争いは一旦幕を閉じた様だ。

 

「任せてください。これでも藍と橙の二人を育てた身。子守りは苦手では無いですよ」

 

「青様!お言葉ですが、もう僕たちは子供ではありません」

 

「舞、子供は皆そう言うのですよ。どちらにせよ、私から見ればまだまだ子供であるという事実に変わりは無いのですから。姉様、私の部屋までの案内、頼めますか?」

 

 若干不服そうな声音で訴えかけてくる舞を受け流し、青は紫に部屋までの介護を頼む。屋敷内なら一人でも歩くことも可能なのだが、それをしては藍に何と言われるかわからない。

 

「えぇ、わかったわ。里乃達も私について来なさい。隠岐奈は先に会議室に向かって頂戴。そこに藍と華扇がいるだろうから」

 

「あいわかった」

 

 紫の言葉に隠岐奈が返事をした直後、青の後ろから扉が閉まる様な音が聞こえて来た。恐らく自分の後ろにある扉を経由して会議室へと向かったのだろう。使い勝手のいい能力で羨ましい限りだ。

 隠岐奈の能力を羨ましく思いつつも、青は姉に手を引かれて自室へと向かう。会議が終わるまでの凡そ五時間を、三人と共にどうやって過ごそうか考えながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「青さまぁ、何処か行きませんかぁ?」

 

 自分の腕を掴みぐらぐらと揺らしながら訴えかける里乃に、青はどうしたものかと頭を悩ませる。

 賢者会合が始まってから既に三時間が経過した。しかしこの屋敷に存在する、青の懐に存在する娯楽の数は、たった数時間で遊びつくせる程少なくはない。

 将棋、チェス、人生ゲーム、UNO、トランプ。青が屋敷に引きこもっていた間、退屈をしない様に姉が定期的に外の世界に存在する娯楽を家に仕入れていた為に、三時間経った今も娯楽が尽きることも尽きそうな様子も無い。

 しかし娯楽が尽きないのと飽きないことは違う。流石に三時間も畳に座って遊び続けていたら、外に出たいと思うことも仕方ないだろう。青とてそれは承知している。だからこそ断るに断り切れないのだ。

 

「里乃、気持ちはわかりますが貴女の主も待っている様にと言っていたでしょう?ならば主の命に忠実に、待っているべきでは無いですか?」

 

「そ、それはわかってますけど…でも、青様が一言お許しをくだされば、遊びに行けるんですよ!」

 

「青様、その…橙も遊びに行きたいなぁ…なんて」

 

「橙もですか?うーん…」

 

「ねぇ、舞も外に行きたいでしょ?」

 

「ボクはいいよ。お師匠様からの言いつけだもの。破るなんてことはしない」

 

「なら、舞だけお留守番になっちゃうね。一人ここで過ごすことになるけど」

 

「え…いや、それはちょっと…」

 

 口では真面目な事を言っているが、舞も外に行きたいらしい。しかし今は賢者会合の最中、流石に姉に何処に行くのかを伝えていないのに外に出てしまえば、相当な心配をさせてしまうだろう。

 それは逆に考えれば、行き先さえ伝えておけば外に出てもいいという事になるのだろうか。というかそもそも、姉からは三人の子守りをして欲しいとは言われたが、部屋で待っていて欲しいとは言われていない気がする。

 

「・・・仕方ありませんね、外出を許可しましょう。ただし、行き先は私が指定させてもらいますよ」

 

「し、指定?何処に行くんですか?」

 

「橙は知っていると思いますが、今日は博麗神社で宴会があるんです。そこなら退屈しないでしょうし、姉様も会合が終わったらいらっしゃると思うのでそちらに行こうかと。隠岐奈は多分行かないと思いますが。彼女は影から見守るのを好む性格ですしね」

 

「宴会が開かれてるんですか!?行きましょう、行きたいです!」

 

「はいはいわかってますよ。そう言うと思って提案したのですから。橙、勝手に出て言っては姉様達も心配するでしょうし、置手紙を残しておきましょう。『博麗神社の宴会に参加して来る』と」

 

「わかりました」

 

 青の言葉に従い、橙は簡単な置手紙を書き始める。彼女も宴会に行く事が出来るのが嬉しいからなのか、いつもよりも文字を書く速度が速い様な気がした。

 

「はい、書き終わりました!」

 

「では行きましょうか。橙、またこの前の様にエスコートをお願いします。今度は急にいなくなったりしないでくださいね?」

 

「わ、わかりました!」

 

 永遠亭に行った際の過ちを掘り返され、橙は若干罰が悪そうに返答する。

 四人は紫達の邪魔をしないようにゆっくりと玄関まで向かい、靴を履いて扉を開ける。そして青と手を繋いだ橙を先頭に、博麗神社を目指し空へと飛び立つのであった。

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