「ん…んぁ…」
どれ程眠っていたのだろうか。青は頬を撫でる冷たい空気によってその意識を覚醒させる。
冷たい、暖かい、柔らかい…寝起きだからかそれとも酒がまだ抜けきっていないのか、思考が上手くまとまらない。ここは一体何処なのだろうか。そんなことを考えていると、いつものように頭を優しく撫でられる感覚があった。
「あら、起こしちゃったかしら?」
「姉様…?」
真上から聞こえる姉の声に、青の心はたちまち安堵感で満たされる。どうやら誰かに連れ去られた。という訳では無いらしい。
「ここは…」
「貴方がいるのは私の腕の中…そして博麗神社の屋根の上よ。夜風に当たりながら飲む酒も、またいいものでしょう?」
姉の言葉を聞きながら段々と冴えて来た頭で、青は眠る前の記憶を掘り起こす。さっきは本当に危なかった。もう少し姉が来るのが遅かったら、自分は今頃あの三人に美味しくいただかれていた頃だ。酔いと体の火照りで感覚がおかしくなっていたあの時に襲われたのならば、自分の意思を保っていられる自身が無かった。
「・・・宴は、どうなったのですか?」
「お開きよ。流石に貴方の能力に魅せられた彼女達をそのままにしておく訳にも行かないし、全員眠って貰ったわ。多少記憶も弄ったから、変に貴方を意識することも、欲情することも無いでしょう」
「すみません。私のせいで、姉様が訪れてすぐに宴が終わってしまって」
「貴方のせいでは無いわ。貴方をハメようとした三人が悪いのだもの。しっかり罰は受けて貰ったから、安心なさい」
青は頭の中で無残な姿になった萃香達を思い浮かべようとしたが、そもそも顔も彼女達の姿も知らないが故にやられている姿が想像出来なかった。まぁ、実力的にあの三人が無残な姿になるなど考えられなかったという理由もあるのだが。
「・・・それ、本当に彼女達に効くような罰なのですか?」
「三人共白蓮に事情を話して引き渡しておいたから。十中八九更生することは無いだろうけど、少なくとも今日はもう貴方を襲いには来ない筈よ」
確かに今日何かしてくることは無いと思うが、明日になったらケロッと忘れていそうで怖い。妖怪というのは過去の失敗何ぞ秒で忘れる生き物なのだから。
まぁ、媚薬が抜けきるまでに手を出されなければ問題ない。ざまぁみろだ。青は意地の悪い笑みで顔を歪める。
「・・・変わったわよね、青は」
「変わった?私が…ですか?」
「えぇ、前よりもよく笑うようになったわ」
「・・・私って、以前はそんなにつまらなそうな顔をしていました?」
萃香にも表情が変わらないと言われたが、もしかすると自分の表情筋は死んでいたりするのだろうか。自分のことは感情豊かな方だと思っていた分、だとしたら若干ショックである。
青の気持ちが僅かに沈んだのがわかったのか、紫は慌てた様子で言葉を付け加える。
「そ、そういう訳では無くてね、なんか…悪い笑みが増えたなって」
「悪い笑み…」
まぁ、確かにそれは否定しない。外に出られることによって友人と交流する機会が増え、姉には見せていなかった友人への顔を見せることが多くなった。
「青が幽々子達と関係を持っているなんて衝撃の事実も知ったし…」
先日の同窓会のことを思い出しているのか、紫は大きな大きな溜め息を吐く。青は何と反応していいのかわからず苦笑を浮かべるだけだ。
「別に恋愛をするなとは言わないわ。ただ、流れに身を任せて関係を作り続けるのはやめなさい。幾ら能力がそう言う類の物だとしても、相手を拒絶することは出来るのだから」
「えぇ、大丈夫ですよ。私は姉様のものですから。今も昔も」
「そういう言葉をやめなさいって言ってるの」
紫は青の額を軽く小突き、彼を咎める。
「むぅ…事実ですのに…」
「事実だろうと何だろうと普段からそういう言葉を使っていると、勘違いする輩がいるの」
「私は姉様になら、この身を捧げても構いませんよ?どんなことでも…してさしあげます」
自分の体に置かれた姉の手を取りゆっくりと自分の着物の中に滑り込ませながら、青はそう言葉をかける。
「なっ…!あ、姉をからかうんじゃありません…!」
「からかってなどいません。私が愛を囁く時は、誰に対しても本気です!」
「余計にタチが悪いわよ!?」
先日映姫が態々家にまで来て青を説教しようとした理由がわかった気がする。確かに自分の弟は、乱れて…淫れていると言われても仕方がない。つい先程痛い目を見たばかりなのにも関わらずこの有様だ。そんなことを考えながら吐き出された紫のため息を聞いて、青は少しだけ悲しげに表情を歪める。
「・・・私は、寂しかったんです。姉様が幻想郷を創設する為に奔放していた頃、まだ藍もおらずいつも私は暗闇の中で一人だった。体だけの細い繋がりでもいいから、誰かとの関係が欲しかった」
「青…」
「これがいいことだとは思っていません。しかし私は…抜け出すことが出来なかった。もう二度と、一人の静寂という孤独を味わいたくなかったから」
「・・・ごめんなさい。一番側にいて欲しい時に、側にいてあげられなくて」
謝罪を述べながら自分の体を腕で包み込み抱き締める紫に、青は首を横に振る。
「でも、今は違います。もう私の周りには姉様も藍も、橙もいてくれる。私は一人では無い。だから、もうそういった関係を広げる事はありませんよ」
そう言って笑みを浮かべる青の体を紫は再び強く、しかし優しく抱き締める。背中だけでなく全身に伝わって来る暖かさと仄かに香る酒の匂いが、青に幸福感を与える。
この世に生を受けてからもう何千年経っただろうか。この不自由な目を呪ったことだって何度もある。それでも自分を慕ってくれる人達がいるおかげで、ここまで生きる事ができている。恥ずかしくて家族以外に言う事は絶対出来ないが。だから自分のことを支えて、愛してくれた彼女達には体で返す。それが不器用な彼なりの恩返しであった。
明日は何をしようか。まだ幻想郷には行った事のない場所が沢山あるだろうから藍を連れて歩いてみるのも良いし、幽々子達の下に遊びに行くのも良い。藍に多少咎められるかもしれないが、姉と一緒にのんびり過ごすのも一興だろう。
楽しみが尽きないことを幸せに思いながら、青は己の体を姉に預け、その温もりを堪能するのであった。
この小説を書き始めた時から最終話を宴会にしようと考えていたので、この小説はこれにて完結にしようと思います。
何か明確な区切りがある訳でも無い終わり方ですが、どうかご容赦ください。
番外編は出すつもりですが、それがどれ程の頻度でどのくらいの話数になるかはわかりません。ですのでもしも期待してくださる方がいらっしゃいましたら、気長にお待ちください。
最後になりますが、是非評価や感想、宜しくお願い致します。
ここまでのご愛読、誠に有難うございました。
また番外編で、もしくは別の作品でお会い出来ることを願っております。