見えない境界少年   作:迦羅

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青、姉に頼まれ異変を起こす(弐)

「なに…これ…?」

 

 普段何事にも興味無さげな霊夢でさえ、目の前の光景には驚きを隠す事が出来ていなかった。

 それは当然だろう。何故なら今彼女の視界に映っている光景はとても幻想郷のものとは思えなかったからだ。当たり前の様に存在していた霧の湖も、紅い館も、うっそうと木々が生い茂った森も、何一つ存在しなかった。

 唖然としている霊夢など気にも留めず、砂漠の方向から強い風が吹いて来る。

 咄嗟に彼女は目を閉じて強風をやり過ごす。そして次に目を開けた時、そこに砂漠は存在せず、再び深い霧が視界を覆っていた。

 

「さっきの砂…本物、見間違いじゃない。いよいよ訳が分からないわね…」

 

「――!――!」

 

「この状況を見るに原因はこの霧…?いえ、それは無いわね。いくら力が籠っていようと、霧が世界そのものを変えるなんてことはありえないし」

 

「…夢!…夢!」

 

「だとしたら一体誰が「霊夢!」・・・うるっさいわねぇ魔理沙。私は今考え事してるの。邪魔しないで頂戴」

 

 まだ朝だと言うのに大声で自分の名前を呼びながら猛スピードでこちらに向かってきた友人、霧雨魔理沙に霊夢は不機嫌さを隠そうともせずに視線をそちらに向ける。

 

「どうせくだらないことしか考えてないんだろ。それよりも大変だ!私の家の周りが雪山になっちまったんだ!」

 

「アンタのとこも?私はこの階段の下が全て砂漠に変わっていたわ」

 

 どうやら別々の地点で見える景色が変わるらしい。何処を境に変わっているか、そもそも一つの地点でもずっと同じ景色なのかわからない以上、下手に動いては道に迷ってしまうだろう。

 

「・・・ねぇ魔理沙。私の神社とアンタの家が、夜のうちに幻想郷から飛ばされたなんてことは無いわよね?」

 

「霊夢、まだ寝ぼけてんのか?箒で頭を叩いてやってもいいぞ。記憶が無くなったらすまん」

 

「言ってみただけよ。となると、これはやっぱり――」

 

「「異変か」」

 

 口を揃えて同じ言葉を言った後、二人の反応は全く別のものとなった。片や巫女は面倒くさそうに目を細めつつも溜め息を吐き、片や魔法使いは面白いと言わんばかりに口元を歪め、目を輝かせる。

 霊夢はもう一度深まった霧を一瞥した後、身を翻し、神社へと歩き出す。

 

「おい霊夢。何処へ行こうとしてるんだ?これが異変なら、さっさと解決するのが博麗の巫女の務めだろ?」

 

「そんなどうでもいい務めよりもまずは朝ご飯よ。アンタは大人しく待ってなさい。お茶くらいは出してあげるから」

 

「お、いいのか?ありがたくいただくぜ!」

 

 霊夢のその一言に気を良くした魔理沙は、彼女に追い付くために少し早足で後を追う。彼女達の背に見える景色はいつの間にか霧でも砂漠でも雪山でも無く、ただ闇が広がった洞窟となっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「霊夢霊夢!何時の間に引っ越しなんてしたの!?」

 

 神社へと戻ってから一時間程が経過した頃。目の前で茶を啜る魔理沙の会話に適当に言葉を返しながら朝食を取る霊夢。そんな彼女の耳に、この神社のもう一人の住人の甲高い声が聞こえてくる。

 

「引っ越しなんてしてないわよ針妙丸。第一この神社に場所を変える程のお金なんて無いもの。あったら使うわ、勿体ない」

 

「それもそうだよねー…」

 

 霊夢の朝食の隣に立ち、納得した様に腕を組みながらウンウンと首を縦に振る小人、少名針妙丸に魔理沙は思わず苦笑を浮かべる。

 

「びっくりしたよ。朝目が覚めたら窓から見える景色が一面水だったんだもん。私知ってるよ!あれが外の世界にある海って言うんでしょ?」

 

 どうやら彼女が眠っていた部屋からは、また違う景色が見えていたらしい。目をキラキラと輝かせる針妙丸は霊夢と魔理沙からすれば、幼子にしか見えなかった。

 

「ふぅ、ごちそうさま。魔理沙、皿洗いが終わったら出掛けるわよ。さっさとこの異変を解決しないと迷惑極まりないわ」

 

「えぇー、解決しちゃうの?」

 

「当たり前よ。このままじゃまともに外にだって行けやしない。アンタだって、一生ここに引きこもるのは嫌でしょう?」

 

「それは嫌だ!一刻も早い解決を要請する!お皿は私が何とかしておくから!」

 

「アンタに言われなくてもわかってるわよ。じゃ、頼むわね」

 

 一瞬その体でどうやって皿を洗うんだと思ったが、折角本人がやると言っているのだからその善意に甘えさせてもらおう。

 そう思い居間を後にしようとした時、再び針妙丸から声がかかる。

 

「あ!ちょっと待って!」

 

 そう言うと彼女は椅子を伝って机から降り、押し入れの方へと向かってしまう、そして一分程経ってから押し入れの扉が開き、大きな何かを引きずりながら出て来た。

 

「それって…打ち出の小槌?」

 

 針妙丸が手にしていた物は、かつて彼女達が起こした異変の際に使われた代々小人族に伝わる道具、打ち出の小槌であった。

 

「昨日藍さんが来て、明日霊夢が出掛ける時はこれを渡してくれって言っていたの」

 

「藍が…?」

 

 針妙丸の言葉に、霊夢は怪訝そうに眉を顰める。どうやら今回の件は、八雲も一枚噛んでいるらしい。

 改めて面倒くさそうだと感じている霊夢の隣で、魔理沙が手を挙げながら口を挟む。

 

「でもよ、それって確か小人族以外は使えない上に何かしらの代償が必要なんだろ?流石にそんなものを易々と持って行って使う訳には行かねえだろ」

 

「あ、それも藍さんから指示が出てるから大丈夫だよ。この小槌に予め私の、小人族の力を少しだけ纏わせておいたから、多分二回くらいは使えると思う。代償に関してもそこまで大きな願いじゃ無ければ、少し力を吸われる程度で収まる筈だよ。一時的に大きくなるとか、小さくなるとか。それだと多分三十秒も経たないで効果が切れちゃうと思うけど」

 

「そこまで詳細に藍から指示が…やっぱりなんか怪しいわね」

 

 確かめはしたいがここに彼女も主である紫もいない以上どうしようも無い。霊夢は溜め息を吐いた後に針妙丸から小槌を受け取り、懐にしまう。そして今度こそ居間から出て廊下を歩く。

 歯を磨き、再度髪を整えた後、いってらっしゃーいと元気な声で手を振る針妙丸に軽く手を振り返しながら、魔理沙と並んで空へと飛び立つ。

 

「お、どうやら霧がまた晴れて来たみたいだぜ」

 

 まるで二人が上空へ来るのを待っていたと言わんばかりに、霧が急速に張れて行く。

 次は何が見えるのだろうかとほんの少しの期待を持っていた彼女達の気持ちは…また裏切られることとなった。

 

「んん?」

 

「あら?」

 

 今度彼女達の目に入って来たのは木々が生い茂った森、視界いっぱいなんてことは無い湖、そしてその先に見える紅い館――つまるところ、いつも通りの風景であった。

 

「どういうこと…?異変が勝手に収まったのかしら」

 

「いや、どうもそう言うことじゃ無いらしいぜ。まだ霧は完全には無くなっていないし…妖怪の山がある筈の場所にデカい谷が見える」

 

「霧で視界が遮られるわ、ありえないものが目に入るわ、頭がおかしくなりそうよ。視界が使い物にならないと、ここまで不便なのね」

 

 小さく溜め息を吐いた後、霊夢はしっかりと前を見据えたまま隣にいる親友に声をかける。

 

「魔理沙、ここからは別行動を取りましょう。その方が効率が良いわ」

 

「別に構わないが…何処に行くつもりなんだ?」

 

「私は取り敢えず紅魔館の方に行ってみるわ。近場だし、何より一度霧を使った異変を起こしたっていう前科があるじゃない」

 

「わかった。なら、私も知り合いに聞いてみることにするぜ。霊夢と違って当ては無いから、手当たり次第に…な!」

 

 二カッと快活な笑みを浮かべた後、魔理沙は速度を上げつつ急降下する。彼女の姿が見えなくなった後、霊夢も漸く紅魔館の方へ方向を転換する。

 

「全く…どいつもこいつも、幻想郷には人騒がせな奴ばっかりね…」

 

 彼女がこの異変がいつもと違うことに気づくのは、もう暫く後になるのだろう。

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