見えない境界少年   作:迦羅

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青、姉に頼まれ異変を起こす(参)

「よいしょ…っと」

 

 この霧が深くならないうちにと、霊夢は普段よりも速度を上げて紅魔館へと飛んで行く。

 そのおかげが再び霧が周囲を覆うよりも早くに紅魔館の門前へと降り立つことが出来た。

 周囲の様子が普段と変わっているなんてことは起きていない。やはり元々の地形等はあの霧の影響を受ける訳では無く、あくまで景色という情報を受け取る側、つまり生物の視覚に影響を与えるものなのだろう。

 冷静に分析をしながら周囲をぐるりと見回し、霊夢は最後に紅魔館の門に視線を向ける。

 そこにはいつもの様に居眠りをした門番が立っている――かと思いきや。

 

「あら…?」

 

 そこにいたのは赤い服を着た門番では無く、真っ白い服を着たメイドであった。

 

「そろそろ来る頃だと思っていたわ。霊夢」

 

「珍しいわね。門番では無く貴女がここにいるなんて。門番の方は遂に首になったのかしら?」

 

「働きから見ればそう思われても仕方ないのかもしれないけど、彼女もこの館の家族なの。そう簡単に辞めさせたりはしないわ」

 

「はいはい、素晴らしい家族愛ですこと。そんなことよりも、貴女が門の前で私を待っていたということは…そういうことでいいのかしら?」

 

 世間話から一転、目を細めお祓い棒を構える霊夢。しかしそんな彼女を見ても咲夜は臆する事など無く、至って冷静なまま両手を上げた。

 

「貴女の言いたいことはわかるけど…違うわよ。私達紅魔館の者は、今回の異変と一切の関係がございません。夜空の紅い満月に誓っても構いませんわ」

 

「今は清々しい程空が青い真っ昼間なのよ。残念だけど、アンタの言葉をそう簡単に信じる事は出来ないわ。黒では無くても、私の中ではまだグレー」

 

「それは困りました…どうすれば信じて貰えるのかしら?」

 

 その言葉が予想通りと言わんばかりに、咲夜が問いかけてからすぐに二本の指を立てる。

 

「私が出す条件は二つ。一つ、アンタ達の持つ全ての情報を教えなさい。二つ、この異変の解決に協力しなさい」

 

「協力…意外ね。てっきり貴女はいつもの様にあの白黒ネズミと二人だけで解決しようとするものだと思っていたのだけど」

 

「私もそうするつもりだったわよ。けど、何か嫌な予感がするのよ…勘だけど」

 

 彼女らしからぬ弱気な発言に、咲夜は思わずクスリと笑みを漏らす。そのお返しとばかりに霊夢から鋭い睨みを貰うことになったが。

 

「私から言うことは主に二つ――」

 

 すると咲夜は先程の霊夢と同じように、二本の指を立てる。

 

「一つ、私達は今回の異変の解決について、協力するつもりは一切無いわ」

 

「・・・はぁ?」

 

 そのあまりにも予想外過ぎる言葉に、霊夢は怪訝そうに眉を顰める。彼女が疑いを晴らすどころか、怪しまれる言動をしているのだから。

 

「どういう事よ。協力を断るなんて増々怪しいんだけど」

 

「私に言わないで頂戴。私はお嬢様のお考えを代弁しているに過ぎない。この館ではお嬢様の言葉が絶対なの。だから私は貴女に何と言われても、協力するつもりは無いわ」

 

「・・・そう。ならせめて邪魔しないで頂戴ね」

 

 もう用は無いと言わんばかりに咲夜から背を向け、再び空へと飛び立とうとする霊夢。しかし咲夜は再び彼女に言葉を投げかける事で、その動きを止める。

 

「もう一つ、お嬢様からこれを」

 

 そう言って咲夜が手渡して来たのは、一つの懐中時計だった。

 

「これ、懐中時計?」

 

「そうよ。至って普通の、誰でも手に入れることの出来るただの懐中時計。それを貴女に渡すようにと。返却は受け付けないわよ。お嬢様から承った命はこれで終わり。一刻も早い異変の解決を祈っておりますわ」

 

 咲夜は勝手に話しを終わらせ、霊夢が再度口を開くよりも早くに彼女の前から消える。

 

「これ…何に使えって言うのよ…」

 

 残された霊夢は再度懐中時計の全体を見た後、疑問が残ったままそれを懐にしまい、今度こそ上空へと飛び立つのであった。

 周囲の景色はいつの間にか日常の風景では無く、濃い青色の中に見た事の無い魚が空中を漂っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お嬢様、いただいたご命令の遂行、只今完了致しました」

 

 咲夜は目の前で椅子に座りながら紅茶を嗜む己の主、レミリア・スカーレットに恭しく頭を下げ、言葉をかける。

 

「そう…ありがとう咲夜。お疲れ様」

 

「勿体なきお言葉」

 

 そう言って頭を上げ、レミリアのティーカップに紅茶を注ぐ。しかしその表情は先程霊夢の前にいた時の澄ましたものとは違い、僅かに困惑を含んでいた。

 そんな彼女の心情を察したのか、レミリアは一度紅茶を飲んでから再び彼女に話しかける。

 

「やっぱり不思議かしら?私が霊夢に協力はまだしも、一切の情報を渡さなかったことが」

 

「・・・はい。今回の異変は少なからずこの館にも影響を与えます。あれ程環境が崩れている状態が続けば、お庭の花壇も台無しになってしまうかもしれません。お嬢様がこの館が欠けることを許されるとは思えませんでしたので…」

 

 彼女の言葉にレミリアは一度小さく笑みを零し、ティーカップに注がれた紅茶を見ながら彼女の疑問に答える。

 

「そうね…仮にこの異変が所謂人間にとって災害と言われるものであったのなら…私も動いていたでしょう。でもこれは違う。この異変はね、茶番なのよ。全てが」

 

「茶番ですか?」

 

「そう、この劇に私達は必要のない存在。全く酷い話よね。主役の座を渡さないばかりか、利用するなんて」

 

「はぁ…」

 

 失礼とはわかりつつも、主の言葉に咲夜は曖昧な返事をするしかない。恐らくこの館の中で彼女の言っていることが理解出来る者は、誰もいないだろう。この異変の事実を知っているのは、彼女だけなのだから。

 

「それに貴女は…私達はもう、十分すぎるくらいの活躍をしたわ」

 

「・・・どういうことでしょうか」

 

「だって貴女、霊夢に懐中時計を渡したでしょう?それだけで十分すぎる活躍よ。少なくとも彼女にとって、それは絶対になくてはならない物なのだから」

 

「・・・お嬢様の崇高なお考えは、凡夫たる私には理解しかねます」

 

「あとで霊夢にでも教えて貰いなさいな。異変が終わった後に…ね」

 

(私を顎で使ったのだから、面白い結果でなければただじゃ済まないわよ)

 

 レミリアは視線を咲夜から背け、再びティーカップの中の水面に向ける。

 そこに映る自分の瞳はキラキラと輝いていて、口は笑みを抑えられないとでも言わんばかりに歪んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おーい、幽香。いるかー?」

 

 無限に続くかと思われる程の一本道を彼女、霧雨魔理沙は歩いていた。

 場所は変わってここは太陽の畑付近。普段ならば辺り一面に向日葵がまるで太陽の絨毯かのように咲き誇っているのだが、今日に限っては一面黄色という訳では無く、赤、青、紫、白、色とりどりの花が混じっていた。

 これはこれで綺麗だし放っておいても良いんじゃ?この場所に来た時、魔理沙は真っ先にそんなことを考えたが、すぐに頭を振ってその考えを消し、花畑の間に存在する唯一の一本道に降り立った。

 彼女は現在、全くと言って良い程この異変に関しての情報を集める事が出来ていなかった。

 彼女なりに努力はしていた。友人のアリス・マーガトロイドや矢田寺成美などの知り合いからこの異変に関して出来る限り詳細を聞こうとした。

 しかし全員、全く知らないの一点張りだった。異変の首謀者は愚か、怪しい行動を取っていた者さえ見ていない。そもそも、この異変を起こす事によってなんの利益があるのかもわからない。完全に手詰まり状態だった。

 そんな中取りあえず何か情報が欲しいとふらふらといつもとは違う姿の幻想郷の上空を飛んでいた結果、ここへと行きついたわけである。

 

「あら、珍しいわね。貴方がここに来るなんて。尤も、ここに来た大方の予想はつくけれど」

 

 全く行動の割にあっていない結果に思わずため息をつきそうになる魔理沙であったが、彼女の目当てとしていた人物から声がかかる。

 その声の主、風見幽香は霧が濃く、普段とはまるで違う景色の中で、当たり前のように立っていた。まるでそこが自分の場所であると言わんばかりに。

 

「それなら話は早い。今異変が起きている事はお前も知っているだろ?それについて出来る限り多くの情報が欲しい。ほんの些細なことでも構わないから話してくれ」

 

 幽香に言葉を投げかけながら、魔理沙はゆっくりと彼女の前に降り立つ。幽香はその動作をじっと見ていたが、やがて視線を周りに向け、言葉を返す。

 

「もう解決しようとしているのね。私としては色とりどりの花たちを見る事が出来ていいのだけれど…」

 

「お前は良くても、殆どの奴が困るんだよ。朝起きたらいきなり自分の家の周囲が見知らぬ場所になっているのに喜ぶのなんてお前だけだ。まさか、お前が今回の…?」

 

「それは皮算用というものよ。確かに様々な花を見る事が出来るのはいいけど、この子たちは私が育てた花とは違う。愛着のある花たちと会えないのは流石に悲しいわ」

 

「そうか…なら、協力してくれるな?」

 

 真剣な表情で、真っ直ぐとした瞳で見つめてくる魔理沙に対し、幽香は数秒程黙っていた後、唐突に自分の持っていた傘を閉じ、彼女に差し出す。

 

「なんだ…これ?」

 

「傘よ」

 

「いや、それは見ればわかるんだが…」

 

 突然彼女から差し出された傘。一応受け取りはするものの、幽香の謎の行動に魔理沙は困惑を隠す事が出来ない。

 

「・・・私は、この異変の首謀者を知っている」

 

「なに!?」

 

 それは、彼女が探し求めていた情報。あまりにも唐突であったその言葉に魔理沙は目を見開き、一歩幽香の方に足を踏み出す。

 

「教えてくれ、誰だそいつは?」

 

「・・・八雲青。貴女も名前くらいは聞いた事あるでしょう?」

 

 その名前を聞いて、魔理沙の頭の中につい最近知り合ったばかりの、大人しそうな一人の妖怪の姿が浮かぶ。

 

「あいつが…?見た所そんなに何かをやらかしそうには見えなかったが…目的は何なんだ?」

 

「彼の事を甘く見ない方が良いわよ。伊達に賢者の弟やってないわ。目的に関しては何も知らない」

 

 もう情報は無いと言わんばかりに肩をすくめる幽香に、魔理沙も落ち着きを取り戻したのか前へと出していた足を引っ込める。

 

「聞いておいて言うのも何だが、少し意外だったな」

 

「意外…?」

 

「お前のことだから、てっきり情報が欲しければ戦えとでも言われるかと思っていたんだが」

 

 そう言って苦笑する彼女の背には、左手に握られた八卦炉があった。

 

「今日はそう言う気分だったというだけよ。今彼が何処にいるのかはわからないわ。ただ、霧に身を任せてみなさい。そうすればきっと、辿り着けるだろうから。それからその傘を肌身離さず持っていなさい。私の力は彼にも届く。貴女達の切り札になり得るわ」

 

「ふーん…ま、サンキューな!」

 

 聞きたい事だけ聞いて、彼女は箒に跨り颯爽と空へと飛んで行ってしまう。

 幽香はその姿が見えなくなるまで上空を見上げていたが、やがて視線を自分の隣に移す。

 周囲にうっすらと存在していた霧が、やがて彼女の隣へと集まっていく。

 

「ご協力に感謝しますよ。これで漸く、彼女達が私を倒しうる準備が出来ました」

 

 今回の異変の首謀者、青は自分の隣にいる幽香に礼を言う。彼女の協力が無ければ、彼女達に勝ち目は万に一つも無かっただろう。

 

「今更だけど、彼女達にあれほど簡単に答えを与えてよかったの?本来の異変ならばもう少し彼女達は苦戦する筈よ」

 

「構いませんよ。この異変は茶番も同義。私に辿り着く前にやられてしまってはつまらないし、何より目的を果たせない。故に貴女に答えを教えるようにと言ったのですよ」

 

「・・・これから負けに行くというのに、随分と落ち着いているわね。彼女に渡した傘には私の妖力がそれなりに多く宿っている。貴方と言えども、油断をしていれば重傷は避けられないわよ?」

 

「わかっていますよ。しかし私とて負けるつもりは毛頭ありません。彼女達はあくまで私を倒しうる可能性を手にしただけ。後はそれをどれだけ活かせるかにかかっています」

 

「そう…それよりも、私が一時的にとはいえ唯一の枯れない花を手放したの。この埋め合わせは、しっかりとしてくれるのでしょうね?」

 

「わかっていますよ。貴女の事ですから、簡単に協力を承諾した時点で対価を求めて来ることはわかっていました。ただし、願い事は一つだけですよ?」

 

「えぇ、折角のチャンスだもの。欲張って棒に振るなんてことはしないわ。何をしてもらおうかしらねぇ…」

 

 何を想像しているのか、うっとりした表情で頬に手を当てる幽香。気のせいだろうか、彼女の瞳が獲物を狙う肉食獣へと変わったような気がする。

 

「くわばらくわばら…」

 

 悪い妖怪に食べられない為には逃げるのが一番。青は幽香から逃げる為に、ついでに何れ自分の前に現れるであろう霊夢と魔理沙を出迎える為に指をパチンとならす。

 すると次の瞬間彼の体が実態を失い始める。そして数秒経つとそこに彼はおらず、先程までと同じようにただ辺り一面に漂う濃い霧と、そして色とりどりの花が咲き誇っているだけとなった。

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