見えない境界少年   作:迦羅

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青、姉に頼まれ異変を起こす(肆)

「あ、霊夢」

 

「あら、魔理沙」

 

 一度別れてから一時間程経っただろうか。二人は未だに霧が濃い博麗神社の上空でばったりと出会った。

 これは都合がいい。丁度探していた所だ。二人は同じような事を考え、各々が得た情報を交換し始める。

 

「率直に言わせて貰うけど、私の方は情報は殆ど得られなかったわ。強いて言うのならこの異変に一枚噛んでいるのか、紅魔館組は協力する気が一切ないということくらいね。何故か懐中時計を渡されたけど。他の奴は皆知らないの一点張りよ」

 

「レミリアが、か…まぁあいつらはいつも何かやらかしそうだもんなぁ…私の方も殆ど似たようなものだが、幽香から謎に傘を渡されて、一緒に今回の異変の首謀者を聞くことが出来た」

 

「ッ!?それは本当…?」

 

「あぁ、あいつが嘘をついていないのなら、本当の筈だぜ」

 

「どうして幽香だけが知っているのか気になるところではあるけど…取り敢えずは異変の解決を優先しましょう。それで、その首謀者は誰なのかしら?」

 

「幽香曰く、青っていう奴らしい。ほら、この前の宴会の一応主賓だった奴だ」

 

「補足されなくても憶えているわよ。それにしてもあいつが…針妙丸とのやり取り辺りから怪しかったけど、やっぱり八雲が絡んでいたわね」

 

「あぁ、紫が関わっている以上この異変には意味があると思うんだが…それは解決した後で聞けばいいな」

 

「そうね。それで、その青は何処にいるのかしら?」

 

「詳しくはわからん。ただ、幽香は霧に身を任せてみろってさ」

 

「霧に、ねぇ…」

 

 首謀者を突き止めることが出来たものの、ただでさえ視界が普段よりも悪いのに、何処にいるかもわからない青の居場所を突き止める事は不可能に近い。

 完全に手詰まりとなりかけていた二人であったが、次の手を考えるよりも早く、周囲が白く染まり始める。

 

「不味い!また霧が濃くなって来やがった!」

 

「流石にここで足止めを食らうのは不味いわ。早く離脱しましょう」

 

 二人は取り敢えず思考を打ち切り次の行動に出ようとしたが、霧の速度は先程までの比では無く、二人が飛ぶ速度よりもさらに速く、二人の周りを取り囲む。

 

「方角がわからない。面倒な事になったわね…」

 

「しかもこの霧、段々速くなっていってないか…?」

 

 魔理沙のその懸念は間違っていなかった。霧は彼女達の周囲を回転しながら段々とその速度を上げて行き、僅か二十秒後には、台風となんら変わりない風を巻き起こしていた。

 その台風と言ってもいい霧の風は、台風の様に中心は安全という訳でも無いらしく、彼女達もその暴風に巻き込まれる。

 目を開ける事さえままならないその状況が、一体何秒続いただろうか。段々と風が弱まっていき恐る恐る目を開けると、そこは空の上では無く、ただ広大な草原が広がっていた。

 

「私の下に辿り着くまでは…まぁまぁと言った所でしょうか。手当たり次第に人に聞く。地味に見えて案外それが一番、解決への近道だったりします」

 

 二人がその光景に一瞬呆然としていると、突然背後から現れた気配と共に、そんな独り言の様な言葉が聞こえてくる。

 彼女達は弾かれたように前方へと跳び、空中で体を捻らせる。その視線の先には先程までどうやってそこまで向かおうかと考えていた今回の異変の首謀者、八雲青の姿があった。

 

「な、なんでアンタが…」

 

「流石にこの幻想郷で私を探せと言われては、この異変は一向に解決しなくなってしまう。そう考えての判断でしたが、そこまで驚くことですか?」

 

「・・・そりゃあ驚くわよ。異変の黒幕が、自ら私達の下に来るんだもの」

 

「この異変に限って言うのであれば、私が貴女達の前へ現れるのはなんら問題ありません。この異変の最終目的を達成するには、遅かれ早かれ貴女達の前に姿を現す必要があるのですから」

 

「最終目的…?」

 

「そうです。この異変を起こした動機、とも言えますね。私は姉様に頼まれ、異変を起こすことになりました。その理由はこうして貴女達と対峙し、戦うことで今の貴女達の実力を見極める為です。ですので貴女達が私の下に辿り着くまでは全て前戯も良い所。本番はここからという訳です」

 

 青はそこで一息ついてから、彼女達の方に手を向け、言い放つ。

 

「さぁ戦いましょう。博麗の巫女に魔法使い。貴女方を見極めるために、私自ら相手をして差し上げます」

 

 その瞬間、彼の小さな体に似合わない程の膨大な妖力が溢れ出す。

 今まで対峙した誰よりも大きく、そして濃い妖力に無意識に一歩後退ってしまう魔理沙。一方霊夢はその姿を、ただ動かずに眺めていた。

 紫や藍と同じく八雲の姓を冠する者、八雲青。

 彼の持つ力のことは魔理沙共々宴会の翌日に紫から聞いている。《誑かす程度の能力》紫の持つ力と同じように、恐ろしい汎用性を秘めた力であることは間違いないだろう。

 今彼が放っているこの妖力も、現実かはたまた幻か彼女にはわからない。しかしそれがわかろうがわかるまいが関係ない。自分のすることはいつも通り、博麗の巫女として異変を解決するだけだ。

 霊夢は右手にお祓い棒を、左手の指の間にお札を挟み、目の前の妖怪を睨む。

 

「魔理沙、固まっていないでさっさと構えなさい。それとも、まさかとは思うけど怖いの?」

 

「はぁ!?ち、違うぜ!これは…これは武者震いだ!」

 

 誰も震えているなんて言っていないのだけれど…魔理沙の自滅に呆れる様に溜め息を吐くが、無事にやる気に満ちてくれた様で何よりだ。蛮勇でも無いよりマシだろう。

 今回の異変解決後の宴会のお代は全て紫に持ってもらおう。霊夢は呑気にそんなことを考えながら、一歩前へと踏み出すのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「殺傷力のある凶器の使用は禁止、廃人となってしまう程の精神への攻撃の禁止、勝利条件は相手を戦闘不能にすること。これでどうでしょうか?」

 

 自分の妖力に臆することなく自分の方へと踏み出した霊夢達に、青は唐突にそんなことを口にする。

 

「・・・いきなり何かしら」

 

「いえ、ハンデというものですよ。流石に私が本気でこの力を使ってしまえば、貴女達が死にかねませんので」

 

「随分となめられたものね。人間相手だからってそんな態度でいると痛い目を見るわよ?」

 

「貴女達は未来の幻想郷の担い手。今失う訳には行きません。私は貴女方のルールに従うつもりはありません。敵が常にルールを守ってくれる筈がありませんので。ですので貴女方も――」

 

 話し終えるよりも早く、青は指をパチンと鳴らす。その瞬間彼の周囲に計三本の刀が出現する。

 

「――殺す気でかかって来てください」

 

 青が完全にその言葉を言い終えると同時に、宙に浮いていただけの刀が動きを見せる。

 それはまるで見えない誰かの手によって押し出された様に凄まじい速度で二人の方へと向かい、腹を貫かんとする。

 

「おい!?発言撤回すんの早すぎだろ!?」

 

 そう遠くない未来で自分が戦闘不能になることを予感した魔理沙はすぐさま箒に乗り、自分の身を上空へと移動させようとする。

 しかし、

 

「落ち着きなさい!魔理沙!」

 

 突然の霊夢からの一喝。それによって、魔理沙は一瞬ではあったが体を強張らせ、固まってしまう。

 そして戦闘においてその一瞬は命取り。気づけば青の刀は、彼女のすぐ目の前にまで迫っていた。

 

「くっ!」

 

 避けられない。そう判断した魔理沙は咄嗟に腹を腕で覆い、傷を少しでも抑えようとし、これから訪れるであろう衝撃と激痛に耐えようと目を瞑る。

 しかし何時まで経っても痛み所か何かが触れる感触すらしない。恐る恐ると言った様子で彼女が目を開くと、そこに先程まで存在していた筈の刀は無かった。

 

「中々厄介な戦い方をしてくれるじゃないの…」

 

 訳が分からず困惑する魔理沙をよそに、霊夢は先程と同じく一歩も動かないまま、青を睨み続けている。

 しかしそんな彼女の威圧は、目の見えない青にとっては何の影響も無い。

 

「これが私の戦い方ですので。攻略のヒントを上げましょう。一度くらってみることです」

 

 穏やかな笑みを浮かべながら青は右腕を横に薙ぐ。すると彼の周囲の空間が歪み、まるで別の空間から出てきたように、ニ十本近くの刀が現れる。

 

「なっ…!あの量を捌き切るのは流石に「落ち着けって言ってるでしょ!魔理沙!」な、なんだよ霊夢」

 

「怖がってないで前を見なさい。癪だけど、あいつの言葉を信じるのよ」

 

 そう言って霊夢は魔理沙の肩をガッチリ掴み、飛ばさない様に彼女の箒をはたき落とす。

 

「お…お前何やって…!」

 

 退路を断たれた上にあまりにも雑過ぎる箒の扱い。思わず魔理沙は霊夢に文句を言おうとしたが、青も彼の生み出した武器も、そんな行動を待ってくれる筈が無い。

 気がつけば先程と同じように二人の目の前に刃が迫っていた。ただ違うのは先程よりも凶器が増えたということと、魔理沙が臆してはいるものの目を開いているという事だ。

 そして結果的に言えば、霊夢の判断は正しかった。青の放った刀が彼女達の体に触れる。しかしそれは刺さることは無く、まるで初めから実態が無いかの様にすり抜け、そして消える。

 

「・・・は?」

 

「言ったでしょう。あいつの言葉を信じろって」

 

 その視線を未だに青へと向けたまま、霊夢は呆然とする魔理沙に語り掛ける。

 

「あいつは言っていたでしょ。獲物の使用禁止。八雲を名乗った以上、一つの言葉にもある程度の責任が伴う物。だからあいつが嘘を吐くとは考えにくい。なら、あいつが生み出す刀は全て偽者。私はそれに賭けただけよ」

 

「その判断の根拠は…?」

 

「博麗の勘よ」

 

「また勘かよ…便利な家系だな!」

 

 タネさえわかれば怖く無い。魔理沙ははたき落とされた箒を手に取りそれに跨り、勢いよく飛び立つ。霊夢はそんな単調な彼女に溜め息を吐きながらも、後を追う様に普段よりも速度を上げて同じく青の方へと向かって行く。

 

「よく気づきました。しかしその程度で勝てるのなら、私は大妖怪とは呼ばれていません」

 

 今度は逆に自分の方に迫ってくる二つの気配を感じながらも、青は冷静に再び右腕を横に薙ぐ。

 

「へっ!偽者だとわかってんなら、そんなのを怖がる理由なんて無いぜ!」

 

 先程の攻防で彼の力を理解した魔理沙はもう臆すること無く彼へと向かって行き、右手に持っている八卦炉を構える。

 彼女の後ろを追っていた霊夢も同じ様にお札に霊力を込めようとするが、そこで漸く青のことを、彼の周囲の光景が先程と違う事に気づく。

 

「ッツ!馬鹿ッ!今すぐ避けなさい!」

 

「え――ぐぁっ!」

 

 霊夢の言葉に魔理沙は困惑を示し、再び動きを止めてしまうという致命的なミスを犯す。

 魔理沙の体に刀が激突し、貫くことは無かったが彼女の身体に大きなダメージを与える。

 

「い、一体どういう――ゴホッ!」

 

「喋ってないで呼吸を整えなさい。言ったでしょう、厄介な戦い方をするって」

 

 魔理沙の体にを突いた刀を手に取ろうと霊夢は腕を伸ばすが、彼女の手が触れる前にそれは煙となって消えてしまった。

 本当に面倒な能力だなと、霊夢はあからさまに舌打ちをする。

 

「私は先程、殺傷力のある凶器の使用は禁止と言いました。ならば、これは問題無いでしょう?」

 

 先程魔理沙にダメージを与えた刀と同じ物――木刀を手で弄びながら、青は先程までとなんら変わりない口調で彼女達に言葉をかける。

 

「さぁ、次の段階へと行きましょう。木刀は真剣よりも殺傷力は遥かに劣りますが、それをくらい続ければ流石にしんどいのでは無いですか?」

 

 その言葉の直後、一度瞬きをした霊夢が再び目を開けると、そこには先程とは文字通り比にもならない。数百本の木刀が浮かんでいた。

 

「「なッ――!」」

 

「どれが実像でどれが虚像か。あるいは全て実像か全て虚像か。貴女達に見分けがつきますか?」

 

 青が指を鳴らすと、宙に浮いていた全ての木刀が一斉にたった二匹の憐れな獲物を、彼女達を目掛けて飛んで行く。

 

「――!」

 

 無理だ。どれが実体を伴っているのか否かなんて見極めている暇は無い。瞬時にそう判断した霊夢は陰陽玉を片手で持ち、もう片方の手で針妙丸からの預かりもの、打ち出の小槌を懐から取り出し、力いっぱい振る。

 

 『大きくなれ!』

 

 

 

 

 

 ドドドドドド――!

 

 

 

 

 

 

 青の放った木刀は、まるで矢の様な速度で霊夢が取り出した陰陽玉に衝突する。数百もの木刀が突き刺さるその姿は、最早殺傷能力の低い武器とはとても言えなかった。

 

「何を対象にしたかはわかりませんが…打ち出の小槌で巨大化させて攻撃を防ぎましたか。使用回数は減ってしまいますが、そうしなければ避けられなかったでしょうね。ある意味人間の限界と言えましょう」

 

「・・・やっぱりアンタはこれがあるのを知っているのね」

 

 自分の背丈の倍ほどの大きさになった陰陽玉の後ろで、霊夢は頬を伝う汗を拭いながら恨めしそうに口を開く。

 

「当然です。打ち出の小槌を貴女達に貸すべきだと針妙丸さんに話すよう藍に指示したのは私ですから」

 

「そんなことだろうと思ったわ。敵に塩を送るなんて、随分と余裕じゃない」

 

「本気で戦う前に敵が倒れてしまっては元も子もないでしょう。私は獅子と羽虫で戦い方を使い分けるタイプですので」

 

「それ、負ける奴の戦い方よ」

 

「負けませんよ。私は」

 

 陰陽玉の向こうから聞こえて来たその声には、一点の曇りも無かった。大した自信、そしてその自信に見合うだけの実力を持っている。

 

「魔理沙、生きてる?」

 

 このままでは勝てない。そう考えた霊夢は隣にいる相棒に青に聞こえないくらいの声量で話しかける。

 

「あ、あぁ、お陰様でな。あいつ滅茶苦茶過ぎるだろ…」

 

「妖怪なんてみんなそんなもんじゃない。それより魔理沙、今度はこっちから行動に出るわよ」

 

 打ち出の小槌が使えるのはあと一回。このまま耐え続ける事は出来ないと判断した霊夢は、魔理沙に自分の作戦を伝える。

 

「今から私はあいつを本気で倒しに行くわ。出し惜しみなんてしないし、殺す気で行く。貴女は今すぐ箒で飛んで、私の援護をして頂戴。暫くは援護に徹して、私が何とか隙を作るから、そこを突きなさい」

 

「それ、本当に上手く行くのか…?」

 

「さぁ?私の力量にかかっているわね。でも、あいつは今私達を舐めている。だからすぐにやられるなんてことは無いだろうし、貴女も飛んですぐ撃ち落とされるなんてことは無い筈よ。わかったらさっさと行きなさい」

 

「わ、わかった!わかったから蹴るなよ!ったく…」

 

 適当な作戦に本当に大丈夫なのかと不安を抱きつつも、魔理沙は蹴られた腰をさすりながら上空へと飛び立つ。

 それとほぼ同時に霊夢はいつの間にか効力が切れ小さくなっていた陰陽玉を手に取りつつ、青と対峙する。

 

「魔理沙さんの気配が上空に…何かなさるつもりですね。それは果たしてしっかりとした勝率を持った作戦か、それとも賭けばかりの無謀な物か。一体どちらでしょう」

 

「賭け…と言えば賭けになるわね。でも、アンタと同じで私は自分に、この技に絶対の自信を持っている。お望み通り、本気で行かせて貰うわ」

 

 そこで会話を打ち切り一度大きく深呼吸をした後、霊夢はたった一言、言葉を発する。

 

「《夢想天生》」

 

 幻想郷の守護者、博麗霊夢の最終奥義。それが今、解き放たれた。

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