「霊夢…お前の作戦、早くも前途多難みたいだぞ…」
相棒である霊夢の指示で上空に滞在し、青の隙を伺うはずであった魔理沙であったが、その作戦は既に破綻しそうになっていた。
確かに一人が敵を相手にし、もう一人が相手の隙が生まれるのを待つという作戦自体は悪く無いだろう。たった一人に敵を任せるという賭けは含まれているものの、格上相手では危険を冒さなければ勝つことは出来ない。きっと今霊夢と戦っている青も、彼女達の判断は悪く無いと言う筈だ。
しかし――
「まさかまた、霧が濃くなってくるとは…流石に予想外だったぜ」
そう、それが青の意図したものなのか否かは定かでは無いが、空に再び霧がかかってしまい、魔理沙は立ち往生せざるを得なくなってしまったのだ。
一度地上に戻ろうにも、先程から下で繰り広げられている戦いの流れ弾が霧の向こうからかなりの頻度で飛んできており、下手に下に降りる訳にも行かない状況、大人しく一度戦況が落ち着くのを待たざるを得なくなってしまった。
「飛んでくる流れ弾の量から察するに、今の所霊夢が押しているみたいだが…」
飛んでくる攻撃を箒を操作する事で軽々と避ける。その多くが霊夢との手合わせの際に見る弾幕であったことから、どうやら自分がここにいてもある程度戦いは拮抗している様だと少し安堵する。
本気で倒しに行く。そう言った以上、霊夢が使用する技は自ずと一つに絞られる。
霊夢だけが持つ必勝の技、夢想天生。彼女の空を飛ぶ程度の能力の集大成と言っても過言では無い。あらゆる存在や法則から浮く、逸脱することが出来る技。その力を実際に向けられたことの無い魔理沙の認識としてはこんな所だ。
「普段ならその技を出せば一発で決着が着く…筈なんだけどな」
もうかれこれ五分以上弾幕が飛んできているあたり、やはり今回の敵はただものでは無いらしい。攻撃は当たらず触れる事すら出来ない霊夢を相手にどうやって戦っているのかはわからないが、流石は八雲紫の弟といった所だろう。
「ひょっとしたらこれ、いらないかもな」
そう言って箒を掴んでいる方とは別の手を見る。その手は一本の傘――幽香に渡された傘を握っていた。
幽香に渡されて困惑のあまりそのまま持ってきてしまったものの、正直戦いにおいては邪魔以外のなにものでもない。かといってその辺に雑に放っておけば幽香に何を言われるかわかった物では無い。非常に厄介な代物だ。
「一応あいつの力が籠っているみたいだが、正直これでマスパ打つ隙が無いよな」
如何に一撃必殺の威力を持った自分の魔法でも、当たらなければ何の意味も無い。青の持つ力は、魔理沙には何かと相性が悪かった。普段ならもっと活躍できるのに…と彼女は肩を落とす。
「お、どうやら攻撃が一旦落ち着いたみたいだな」
十秒ほど待っても弾幕が霧を突き破ってこないのを確認し、魔理沙は慎重に霧の中へと踏み込む。
先程の激戦ぶりからして今はお互い様子を伺っている所だろう。幾ら楽観的な性格である自分でも、霊夢が勝利しているとは思わない。霊夢の様な勘という訳では無いが、魔理沙はなんとなくそうは思えなかった。
なんてことをのんびり頭の中で考える時間がある程、今自分を覆っている霧は濃かった。しかし漸く視界が良くなっていき、先程まで見ていた草原が現れる。
「・・・え?」
そう思っていたからこそ魔理沙は、霧の先に会った光景が信じられなかった。
今彼女の目に映っているのは地面に膝を付き肩で息をしている青と、それを無傷の状態で見下ろす相棒の姿であった。
「ぐっ!はぁ…はぁ…!」
「夢想天生を使わなければ危なかったかもしれないけど、ざっとこんなものかしらね」
いつもと変わらない様子で面倒くさそうに息を吐く霊夢に、魔理沙は声をかける事が出来ないでいた。
いくら最終奥義を使ったと言えど、相手はあの八雲だ。一筋縄ではいかない筈。それをこうもあっさりと倒すなんて、自分には出来ない。
自分と親友の圧倒的な力の差を見せつけられたようで、魔理沙は無意識のうちに傘を持っている方の手を固く握りしめていた。
「流石と言っておきましょうか…博麗霊夢…ゴフッ!驕るだけの実力は…!あるみたいですね…」
「誉め言葉として受け取っておくわ。そういうアンタは、戦う前に纏っていた妖力にしては呆気無かったわね」
お互いに軽口をたたきつつも、霊夢はお祓い棒を青の方へと向ける。終わらせる気だ、この異変を。
「成程…確かにこの実力は先代の博麗の巫女達も凌ぐ。姉様の歴代屈指の逸材という言葉は正しかったという訳ですか――」
「取り敢えず、面倒だからアンタを倒して異変を終わらせるわ。話の続きはその後よ」
ただ簡潔に。そう言って霊夢は手にしているお祓い棒を振りかぶる。
「――だが、まだ甘い」
瞬間、世界が歪む。目眩のする程に体中に生じた違和感に魔理沙は箒ごと地面に落下しそうになるが、なんとか箒を急停止させることで持ちこたえる。
落ちそうになった帽子を直し再び彼女達の方を見た時、今度魔理沙の目に入って来た光景は先程とは正反対の景色。地面に倒れ動けずにいる霊夢と、彼女の首を抑えつける無傷の青の姿があった。
「博麗の巫女としてでは無く、博麗霊夢としての奥義、夢想天生。姉様から聞いてはいましたが、まさかこれ程までとは」
青の言葉に少しの間呆然としていた霊夢であったが、状況を理解し自分を見下ろす青を鋭く睨みつける。
「あ、アンタ、何時の間に…いえ、それよりもどうやって私に…!夢想天生が発動している時に私に触れられる奴なんて――!」
気がついたら倒れていると言うこの状況には流石の霊夢も驚きを隠せず、何とか逃げ出そうと暴れる。しかし流石妖怪といった所か。彼女がどれだけ暴れても、地面に抑えつける手はびくともしなかった。
「私をあの程度で倒せると思わないことです。貴女の技が確かに強力であることは認めましょう。如何なる相手の攻撃を受け付けない、まさに反則と言っても差し支えない力です。しかし所詮はそれだけ。幾ら攻撃を受けなくても貴女は人間。貴女が放てる攻撃の威力には限界がある。博麗の巫女も人間だったということですよ」
そこではない。確かに慢心があったのかもしれないが、彼女が聞きたいのはそこでは無いのだ。
痺れを切らした霊夢は、自らその疑問を投げかける。
「そんなこ…とより、どうやって、私に触れたの…!」
「それこそ簡単な事です。私の能力を使用した。たったそれだけのことですよ」
まるでそれが当然と言わんばかりに、青は淡々と霊夢に告げる。
「まさかアンタ…私の能力そのものに誤認させたの…!?私は夢想天生を解除したと…いえ、そもそも私は夢想天生を発動してすらいなかったの…!?」
「いえ、それも出来ましたが今回は違います。貴女の技、夢想天生は外部からのあらゆる干渉を絶つ技と姉様から伺っております。しかし貴女は人間である以上、どうしても空気との関わり――呼吸が必要になるなどの穴が生まれる。完全に外部との関わりを絶つなど、到底不可能な事なのですよ」
まるで子供に言い聞かせる様にゆっくりと言葉を紡ぐ青は一度そこで話を止め、やがてまたゆっくりと話し始める。
「あの状態の貴女は世界の法則から限りなく逸脱していましたが、完全にはしていないようで助かりましたよ。完全な孤立でなければ対処の仕様は幾らでもあります。貴女の力も所詮、《程度の能力》に過ぎなかった。それだけのことです。まぁ、貴女は人間なわけですし、やろうと思えば最後まで能力で逃げ切って体力切れを狙う手段もありましたが、それはズルというものでしょう?」
そう言いながら青は霊夢を取り押さえている方の腕にさらに力を込める。まるで先程までの荒い息が嘘であるかのように伝わって来る心拍は正常で、呼吸一つ乱れていなかった。実際疲れてなどいなかったのだろう。
完全に遊ばれていた。その事実に、霊夢はギリ…と歯を食いしばる。
「貴女はここからどうするつもりですか?幻想郷の守護者たる以上、最後まで諦める事は許されません。ここからどう状況を覆すのか。私に是非見せてください」
無茶を言ってくれる。爛々と輝いている瞳が、彼の閉じている瞼の先に見える様な気がした。
今まで幾度と無く異変を解決して来た霊夢であったが、自分の動きを制限され、切り札も一切通じない今程追い詰められたことは無かった。それは神と対峙した時も、五大老を相手にした時も。
自分はスペルカードルールというものに守られてきた。そう感じるには十分過ぎる状況であった。
「・・・ったりまえよ。こっちだって、伊達に巫女やってないのよ!」
腕が自由なのは幸いだった。霊夢は側に転がっていたお祓い棒を握り、青の顔目掛けて投げつける。しかしその僅かな抵抗は、彼女を抑えているのとは反対側の手で容易く掴まれてしまう。
「魔理沙!」
霊夢の言葉を聞くよりも早く、既に魔理沙は青の方へ突っ込んでいた。策なんて微塵も無い。完全な特攻であった。
全ては友人を助けるために。彼女の止まっていた体が、漸く動き出した。
「(今のアイツに隙なんてねぇ!こうなったらヤケだ!)」
魔理沙は器用に箒の上に立ち、いつもの様に八卦炉と、そして幽香の傘をもう片方の手で握る。
自分達の切り札になり得る。幽香のその言葉が冗談では無い事は、この傘に宿る自分の魔力を遥かに超える妖力から容易に想像出来た。
大妖怪という物は本当に恐ろしい。彼女は珍しく、そんな月並みな事を思った。
「特攻とは…単純な」
叩き落としてやろう。青は彼女の周りの重力を操作しようと、魔理沙の方にお祓い棒を握った方の手を向ける。その時、初めて青の意識が霊夢から逸れた。
「油断大敵よ…!」
この好機を見逃すものか。霊夢は懐から再び打ち出の小槌を取り出し、振る。
『小さくなれ!』
本来は小人族のみが使える鬼の力が解き放たれる。対象は、彼女自身だ。
急激な速度で小さくなっていく霊夢。目が見えない故にその状況に気づくことが出来なかった青は、彼女を抑えるべく重心を傾けていた為に霊夢の体が消えたことに対処できず、大きくバランスを崩してしまう。
それはこの戦いで初めて生まれた、青の隙であった。
「ナイスだ霊夢!くらえ!」
八卦炉と傘を強く握り、青に照準を合わせる。
出し惜しみなんてしない。どの道これを耐えられたら終わりだ。自分の魔力と傘に込められた幽香の妖力。ありったけをくれてやる。
「恋心 ダブルスパァァアク!」
二つの武器から放たれた巨大な魔力の波動はやがて一つに交わり、大きな力の奔流となって青へと向かう。そして防ぐ時間すら与えずに彼へと着弾するのであった。