見えない境界少年   作:迦羅

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青、姉に頼まれ異変を起こす(陸)

「おーい霊夢、無事かー?」

 

 魔力を全て使い切ったことによる凄まじい疲労感を感じつつも、魔理沙は何とか地面に降り立つ。

 周囲を見回し霊夢を探していると、突然自分の前に肩で息をした霊夢が現れる。どうやら打ち出の小槌の効力が切れた様だ。

 

「うお、びっくりさせんなよ」

 

「アンタねぇ、いくらアイツを倒すためとはいえもうちょっと威力を考えなさいよ。もう少しで灰になる所だったのよ?」

 

「まぁ、結局無傷なんだからいいじゃねぇか。それに、あれくらいの威力が無いと仕留められなかったと思うぜ」

 

 そう言って魔理沙は先程まで青がいた場所へと視線を向ける。

 彼女の魔力と幽香の魔力、この二つが合わさったことで魔法の威力が格段に増大したのか、先程まで平らであった地面は広い範囲が抉れ、未だに煙が上がっていた。

 

「うわっ、原因である私が言うのも何だが、やっぱりちょっとやりすぎたか?」

 

「油断はしない方がいいわよ。アイツの倒れている姿を見るまで安心は出来ないわ。流石に無傷では無いだろうけど、倒れているかもわからないもの」

 

「おいおい、私の全魔力と幽香の妖力が合わさった技だぞ?それを耐えられたら流石に自信を無くすんだが――!」

 

 魔理沙がそう言った直後、二人は背後から気配を感じ、咄嗟に飛び退く。

 

「貴女方二人共、不合格。そう言わざるを得ません」

 

 そこにいたのは先程魔理沙の全力を防ぐ間もなく受けた筈の、無傷の青の姿があった。

 

「なっ…!お前、どうして!」

 

「やはり幻想郷の守護というのは、ただの人間には荷が重すぎるのでは…姉様は何故彼女達に…あくまで表向きである人間と妖怪の均衡がそこまで大事なのでしょうか…」

 

 その姿に驚愕する霊夢と魔理沙であったが、当の本人はそれが当然と言わんばかりに魔理沙の問いには答えず、ただ独り言を呟いていた。

 

「・・・まぁいいです。貴女方の攻撃は終わりましたし、今度は私の番ですね」

 

 終わらせることにしましょう。青のその言葉を受けて、二人は再び構え直す。もう力など殆ど残ってはいないが、このまま棒立ちしていてもやられるだけだと判断したからだ。

 しかし結果として、その考えた結果による行動は何の意味も無かった。青は彼女達の方に迫る訳でも無く、ただ一度指をパチンと鳴らす。

 

「「なっ――!」」

 

 絶句。二人の抱いた感想は、ただそれだけであった。

 青が指を鳴らしたその直後、周囲の景色が闇に染まった。世界が突然崩壊したと言った方が正しいのかもしれない。

 まるで硝子が割れる様に、しかし音も無く周囲の景色がバラバラに砕け散れ、残ったのは驚愕で固まる二人と、先程と変わらずに微笑を浮かべた青だけであった。

 

「まさか…!」

 

 突然何かを思い出したのか霊夢は弾かれたように動き出し、懐から咲夜から貰った懐中時計を取り出し、見る。

 咲夜から渡された、最後に見た時は何の変哲もなく一秒一秒を刻み続けていた時計。しかし今その時計の秒針は、どれだけ待とうとも動く事は無かった。

 

「(やられた!)」

 

 既に手遅れな状況にあることに気づき、霊夢は零すを固く握りしめ歯を鳴らす。

 それと同時に真っ黒であった景色がまるで時間が巻き戻るかのように修復されていく。しかし再び彼女達の目に映った景色は先程までいた筈の草原では無く、霧に包まれる前まで上空にいた博麗神社の地面であった。

 何故地面がこうも近くに見えるのか。その答えは首に添えられた手から容易に想像が出来た。つまり自分達は今、青に拘束されているということだ。先程までの自分と同じ様に。

 

「なっ!どうなってんだ!?」

 

 あまりに突然の状況の変化に驚く魔理沙であったが、青はその質問には答えずに視線を霊夢に向ける。

 

「霊夢さん、貴女は姉様から聞いていた筈ですよね?私の能力で作った世界では、体感で何日、何か月、何年経とうと時間が進むことは無い…と」

 

 確かに聞いていた。だからこそ霊夢は、そのことをたった今思い出せたのだから。

 

「貴女に懐中時計を渡せと咲夜さんに指示したのはレミリアさんです。しかしレミリアさんにそれを頼んだのは、他でもない私自身です。まぁ、やろうと思えば懐中時計が正常に動いているかのように見せる事も出来ましたが、それをしなかったのは貴女達が私の能力を看破出来るようにする為ですよ?これでも十分正解への手掛かりは与えたつもりです」

 

「い、一体いつから…」

 

「最初から。貴女達が草原で私と会った時から既に、あの空間は私の能力で作り出した幻でした」

 

 青は二人にそう告げた後、大きな溜め息を吐く。

 

打ち出の小槌(器用に動くことの出来る道具)も、幽香の傘(私に届きうる武器)も、懐中時計(力を見破るヒント)も与えました。それでもなお、貴女達は気づくことが出来なかった。正直、失望が大きいですよ」

 

 青の言葉に、二人は何も言い返す事は出来なかった。気づくどころか、その考えに至ることすら出来なかったからだ。

 懐中時計以外にも、あの空間が幻だと気づくきっかけは存在した。

 本来青には、世界の法則を変える力や重力を操作する力など無い。意思も実体も持たない法則という概念は、青の能力の対象外だからだ。

 霊夢の無想転生を世界の法則を捻じ曲げることで対処した。その時点で、彼女達は気付くべきだったのだ。自分達が青の術中にはまっていたことに。

 

「この世界を作ったのは、誰だか知っていますか?」

 

 動けずにいる霊夢と魔理沙に、青は突然そんな質問を投げかける。

 

「・・・三賢者。紫と華扇、隠岐奈の三人でしょう」

 

「半分正解といった所でしょうか。その認識は完全ではありません」

 

 一体何が言いたいのか。それを霊夢が問いただすよりも早く、青は再び口を開く。

 

「かつては外の世界の一部でしか無かったこの場所に幻想郷の基盤を作ったのが姉様…八雲紫。この世界に多種多様な動物、人間、そして妖怪を導いたのが茨木華扇。そしてこの世界に住む人間に生きる術を、独自の文化を与えたのは摩多羅隠岐奈。それは間違ってはいません…が」

 

 そこまで言って青は一度口を閉じ、顔を地面に倒れ伏している二人の耳元まで寄せ、告げる。

 

「博麗大結界を作ったのは、この私です」

 

「「――!」」

 

 それは今まで誰からも、先代博麗の巫女からも聞いたことの無い事実であった。

 

「外の者の認識を欺き、特定の者だけを幻想の世界へと案内する。欺くことは、私の得意分野ですので。いわばこの幻想郷全体が、私の能力の効果範囲内だということです。ですからこの世界にいる限り、私が後手に回ると言うことはありません。私と戦う時は、既に術中にはまっていると考えた方がいいですよ。まぁ、また戦う機会があるかどうかわかりませんし、それを知った所で、あまり意味はありませんが」

 

 青は二人の首を掴んでいる手の力を緩め、彼女達の首を軽く撫でる。するとその瞬間、二人の体はまるで石のように動かなくなってしまった。

 

「貴女達の体を欺かさせて貰いました。『もう貴女達は体力を限界まで消費してしまい、指一本動かす事が出来ない』と。あくまでただの疲労という認識にさせただけですので一時間程経てば回復すると思いますが…もう貴女達は戦闘不能状態。私の勝ちですね」

 

 そう言うと青は立ち上がり、神社の階段の方へと向かって歩いて行く。彼女達の方へ振り替えることも無く。

 

「強くなりなさい、若き者達よ。貴女方にはそうしなければならない責任がある。ルールに守られている中で驕ることなど、万に一つも許されません。私の見せる()()幻覚など、鬼のように気合だけで乗り越えてみなさい」

 

 その言葉を最後に青はもう二人に何も言う事は無く、空へと飛び去って行った。

 こうして今回の異変は終わりを告げた。それと同時に博麗の巫女と普通の魔法使い。その二人が初めて、敗北を喫した瞬間でもあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これでよかったのですか、姉様?」

 

 異変が終わりを告げてから数日が経った日の昼下がり。屋敷の縁側に腰かけた青は、湯呑みに入った緑茶を一口飲んで息を吐いた後、隣にいる己の姉に問いかける。

 

「えぇ、貴女に負けてから、霊夢も文句は言いつつも真面目に鍛錬をしてくれるようになったわ。ありがとう、青」

 

 笑みを浮かべながら紫は青に感謝を述べ、彼の頭を自分の胸に引き寄せ、頭を撫でる。

 

「それしても、霊夢一人、魔理沙一人ならともかく、二人同時に相手をして無傷で勝利するのは流石ね。多少腕が衰えていると思っていたのだけれど、健在な様で安心したわ」

 

「まだまだ人間二人に負ける程、私は年老いていませんよ。それにあのお二方はまだまだ精神面でも未熟。現に私の見せた幻覚は全て軽いものだったにも関わらず、彼女達は為す術も無くかかってしまいましたから」

 

「年に関係無く凄い事だと思うわよ。幽々子でも無傷という訳には行かないでしょうし」

 

「幽々子嬢が?冗談でしょう」

 

 自分の頭より少し上から聞こえてくる紫の言葉を、青は思わず鼻で笑い飛ばす。

 世界の法則に従わず、実態のある亡霊という例外的存在としてあり続ける。それでいて地縛霊の様に何かに縛られることも無く、さらには冥界の管理を任されている死を司る亡霊。

 彼女こそ常時無想転生している様なものであろう。質の悪い冗談はやめて欲しい。

 

「ちょっと!」

 

 己の色々と型破りな友人を頭に思い浮かべながらそんなことを考えていると、突然耳に姉のものでは無い騒々しい声が聞こえてくる。

 その聞き覚えのある、しかし過去に類を見ない程の大声で放たれたその声は無事に青の聞こえが良い耳へと入って行き、彼に耳鳴りを起こさせる。

 

「もう…何ですか、華扇」

 

 耳をつんざく様な甲高い声に思わず顔を顰める青であったが、しかしその声の主――華扇はそんな青に構うことなく、彼の眼前にまで迫り、再び荒々しい声を上げる。

 

「青、貴方霊夢に何を吹き込んだのよ!」

 

「別に何か特別なことを言った覚えはありませんが、どうかしましたか?」

 

「あの子、スペルカードルールが無くても戦えるようにと言って、鬼に殴り合いを挑みに行ったのよ!?」

 

 その言葉の直後、周囲がまるで水を打ったかの様に静まる。華扇の言葉を聞いた紫は数秒の間目を瞬かせていたが、やがてジト目で青の方を見る。

 青も暫くの間同じように固まっていたが、姉のジト目の視線を感じ、あからさまに首を左右に振って一言。

 

「やれやれ、愚直過ぎるのも困りものですね」

 

 怒られた。

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