見えない境界少年   作:迦羅

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本日同時刻に新しい作品を投稿しましたので、よければ見てやってください。


退屈な世界でのひと時

「朝風呂というのも、偶にはいいものですね」

 

 天界。暇を持て余した高位の者だけが立つ事を許される神聖な地。その一角にそびえ立つ一際大きな屋敷の一室で、この屋敷の従者、永江衣玖は独り言を呟いた。

 厳密に言えば、彼女はこの屋敷の僕という訳では無い。しかし彼女に任された任、この屋敷の持ち主である比那名居家の一人娘、比那名居天子の監視役を任された時から、彼女はこの屋敷に住み込みで働いている。

 働いていると言っても基本的には天子の側にいるだけなのだから、彼女が面倒な事さえしなければ比較的楽な仕事だ。彼女が面倒な事をしなければ。

 不良天人の名は伊達では無い。実際衣久は今まで何度も彼女の無茶ぶりに付き合わされ、後処理を一方的に押し付けられてきた。面倒なのが嫌いな彼女からすれば、日々のスケジュールが埋まっているというのは非常に嫌なことであった。

 しかしある一時から、彼女の行動は見違えるように変化した。面倒ごとを起こす頻度が格段に、というか零に近くなっただけではなく、万が一そのような事が起きてしまった場合は、心の底から申し訳無さそうに自分に謝って来るようになったのだ。

 一体何が己の主を変えたのか。衣久はそのことが気になったが、その興味はすぐに失せた。なんにせよ振る舞いがいい方向に変わったのだ。追究しようがしまいがありがたいことに変わりはない。こうして朝風呂の時間すらも作れてしまったのだから。

 そんなことを考えながら、彼女は風呂場の扉を開け放つ。

 

「・・・は?」

 

「・・・おや?」

 

 思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。

 しかし、きっと今の状況を見れば誰しも共感してくれるだろう。風呂の扉を開けたら、そこには見知らぬ少年が水を滴らせて立っていたのだから。

 いや、少年というのは正しく無いのかもしれない。確かに見た目は少年だ。しかし水に濡れているからかはたまた別の理由か、妙な色気を感じた。幼き子供には出せない様な、大人の雰囲気が。

 そして水に濡れているということは、必然的に彼は体を洗っていた、もしくは洗った後ということになる。それはつまり、その少年が一糸纏わぬ姿であることを示していて――

 

「だ、誰ですか貴方は!?」

 

 気づいた時には顔は熱が感じられる程真っ赤で、大声で目の前の彼に問いただしていた。

 

「聞いた事の無い声…貴方はこの屋敷の住人ですか。ひょっとして、先程天子が言っていた従者ですか?」

 

「そ、総領娘様のことをご存じで…って、何でこっちに歩み寄って来ているんですか!?」

 

 近くに置いておいたのかタオルを首に巻いて脱衣所へと向かってくる少年――青に、衣久は咄嗟に顔を逸らす。タオルがあるのなら首にかけるのではなく、是非とも股間の部分を隠して欲しい。

 

「それにしても何故風呂場に…?ひょっとして私の下着を盗むつもりですか?別に構いませんよ。よく盗られますから今更気にしません。そもそもどうせすぐに脱がされる下着など、あまり意味はありませんから」

 

「貴方の周りは一体どうなっているのですか!?それに私はお風呂に入りに来ただけです!この格好を見ればわかるでしょう!?」

 

 そう主張する衣久だったが、なんだか裸の自分を主張している様で恥ずかしくなった。

 

「すみませんね、私はどうにも目が見えないので」

 

「あ…すみません」

 

 おかしい。何故自分が謝っているのだろう。

 お互いが裸で微妙な空気になっているこの状況に困惑していると、廊下の方からドタドタと音が聞こえ、もう一つの、脱衣所と廊下を繋ぐ扉が開かれる。

 

「衣久!どうした――グ八ッ!」

 

「そ、総領娘さまぁ!」

 

 青を一瞥した瞬間に色気に耐えきれず血を吐いて倒れた天子に悲鳴に近い声を上げて駆け寄る衣久。

 一方の青は軽く体をふき、のんびりと服を着ていた。この妖怪は、どこまでもマイペースである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁ、すみませんね。驚かせてしまって」

 

 風呂場での騒動から一時間程が経過した現在、三人の姿は比那名居家の一室、天子の部屋にあった。

 

「改めまして、八雲青と申します。妖怪の賢者八雲紫の弟であり天子の友人…?とでも言うべきでしょうか」

 

「は、はぁ…ご丁寧にどうも。既に総領娘様から伺っておられるようですが私も一応自己紹介を。永江衣玖といいます。厳密には天子様の従者では無いのですが…似た様なものと思っていただいて構いません」

 

 お互いが自己紹介を終えてから数秒の間、無言の時間が流れる。衣久からしてみれば相手は目が見えないとはいえ初対面の人に裸を晒してしまったのだ。気まずいなんてものでは無い。

 

「そ、それで一つお伺いしたいのですが…何故青さんは天界に?」

 

「あぁ、別に大したことはありませんよ。ただ天子に半ば拉致されただけです」

 

「天子様?」

 

「弁解は無いわ!悔いも無い」

 

「そこはせめてなにかあってほしかったです…」

 

 開き直って自信ありげに無い胸を張る天子に、衣久は呆れた様に首を振る。青はその仕草は見えなかったが、特に驚いた様子でも無い彼女にこれが日常茶飯事なんだろうなぁと少し同情した。あくまで同情しただけであるが。

 

「私の主が申し訳ございません。青さんにはすぐにお帰り頂けるよう手配致します」

 

「いえ、必要ありませんよ。天界というのもまた面白そうですし」

 

 自分としては遠回しに帰ってくれと伝えたつもりだったのだが、どうやら伝わらなかったらしい。いや、彼の浮かべている笑みが僅かに悪戯を思いついた子供の様に変化した辺り確信犯だろう。日々人の表情を観察しておいて良かったと、衣久は溜め息を吐きたくなるのを我慢しながらそんなことを思った。

 

「・・・と仰られていますが如何いたしましょう、総領娘様」

 

「勿論天界を案内して差し上げるわ!私がするから衣久は休んでても構わないわよ」

 

 もしかしたら今までの会話の中で今の言葉が一番驚いたかもしれない。比那名居家の当主から暇を出されたことは何度かあったが、いつも天子の無茶ぶりのせいで潰れてしまっていた。最早そのことに諦めをつけてはや数十年。とうとう暇を頂けたことに思わず涙が出そうになった。

 

「承知いたしました。では邪魔者は去ることにします故、青さんも是非ごゆっくり」

 

 そう言って衣久は一度深々と頭を下げ、天子の部屋を後にする。廊下に出た彼女はそのまま軽い足取りで自室へと戻り、溜まっていた本を読み始めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 天子が青の案内をすることが決まり彼らが比那名居家の屋敷を抜け出してから凡そ一時間程が経過した。現在二人は木陰の下に座り、幻想郷を上空から眺めている所であった。

 いくら小さな島が集まって出来た天界であろうとも、たった一時間で全てを見る事が出来る程狭くはない。しかし青はそのたった一時間を見ただけで天界の全てを見た様な、つまりは飽きてしまったのだ。

 天界には青の想像していた以上に娯楽という物が存在していなかった。彼とて長年生きて来たことから天人がそう言った俗世から離れた存在であることは認識している。しかし娯楽と言っても良い物が桃と退屈だけというのはあんまりでは無いか。常日頃から刺激を求める彼にとっては、言い方は悪いが生き地獄の様に感じられた。

 

「どうですか、天界は。地獄みたいでしょう」

 

「えぇ本当に。よく天人はこの浮いた島と桃と退屈だけで生きていけましたね。その点に関しては真に尊敬します」

 

 他ならぬ隣にいる天子本人が住む天界につまらないと堂々と言ってのける青も中々だが、どうやら彼女も同じ考えを抱いていたらしい。でなければ姉から不良天人などとは呼ばれないかと、青は以前の宴会での会話を思い返す。

 不良天人だのなんだの言われても刺激を求めに地上へと降りた彼女の行動は青には下手な天人よりも十分に理解出来た。自分は生まれた時から殆どを自分の屋敷で過ごしていたが、いざ自由となるともうあの頃の生活は苦痛に思えてしまうだろう。

 

「でも青様、住んでいる私が言うのも何ですがこの天界にはもう今まで見たものと同じ景色が広がっているだけですよ?青様を満足させることが出来るものがあるとはとても思えませんが…」

 

 彼女の言葉に青は一度考え込む仕草をする。正直これ以上面白みが無いのであれば、ここに長居する理由は無い。青としても早朝に天子によって拉致られた為に姉に何も伝える事が出来なかったのだ。きっと今自分の家は大騒ぎになっている事だろう。今回の件で紫と天子の中がより一層悪くなるのが確定した。

 

「そうですねぇ…どうやら周りに誰もいない様ですし、一発ヤッときます?」

 

「・・・丁重にお断りさせていただきます」

 

 多少の間はあったものの彼女の口から放たれた拒絶の言葉に、青は久しぶりに驚愕という感情を抱いた。彼女には一度自分の能力を発動している。確実に自分に魅せられているのにも関わらず自分からの誘いを拒否したというのが、過去に前例が無かったのだ。つまり青は生きていて初めてフラれたと言っても過言ではない。

 

「意外な返答ですね。自惚れという訳でもありませんが、てっきり貴女は私に心酔しているものだとばかり思っていました」

 

「確かに私は青様のことは好きですよ。ですがこのような場所で、しかもそう易々と身を捧げる程軽い女になったつもりも無いです。私には誰かに見られて興奮する様な性癖はありませんから」

 

「私だって無いですよ。それだけは勘弁して欲しいです」

 

 因みに青はマミゾウや諏訪子を筆頭に様々な者達による調教(本人はそう思っていないが、傍から見ればそうとしか思えない)によって羞恥プレイ以外なら全て許容出来るようになってしまった無敵の存在である。そして彼女達にとって青から欲しがる=何をしても許されるという意味であり、彼からの誘いというのは喉から手が出る程欲しいものなのだ。

 

「私からの誘いなど、滅多にあるものではありませんのに…まぁいいです。貴女の今の発言以外からは刺激を貰えなさそうですし、今日の所はお暇する事にしましょう」

 

「送らせていただきます。青様一人では何かと大変でしょうし」

 

「大丈夫ですよ。私の能力を応用すれば一度行った事のある場所へなら転移する事が出来ます。天子、今度からはきちんと玄関から私を誘いに来てくださいね」

 

 そう言って軽く手を振りながらも彼の体が徐々に透けて行き、しまいには煙となってこの場から完全に消え去ってしまう。

 次に青が訪れた際に退屈させることが無いように何か娯楽を用意しよう。あまり長い時間一緒にいられなかった天子は少しへこみながらもそう決意し、比那名居家の屋敷へと戻るのであった。

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