順調にいけば本日の何時もの時間にも投稿出来ると思います。バレンタイン特別編なのでバレンタインの内に終わらせたいです。
「ばれんたいん?」
その日、何時ものように四人で食卓を囲っていた青は、突如として姉が発した聞き覚えの無い言葉に僅かながらに困惑の表情を表す。
「えぇ、そうよ。つい最近外の世界からの訪問者――宇佐美菫子によってもたらされた外の世界のイベントでね。青はきっと初めて聞く言葉でしょう」
「はい。なんですか?そのばれんたいん…?というのは」
「そうね…元々は皇帝の政策に異を唱えたことによって処刑された司祭――こっちで言う所のお坊さんね、ヴァレンティヌスを祭る日だったらしいけど…最近の外の世界では大分その本質は変化して簡単に言うのなら、女性が意中の男性にチョコレートを渡すイベント…と言えばいいかしら?」
「チョコレート…」
青もチョコレートなるお菓子の存在は知っている。百五十年程前に姉が一度だけ外の世界から買ってきてくれたことがあり、その時の今まで食べたどのお菓子とも違ったその味に驚愕したのは懐かしい思い出だ。単純な美味しさとしては青は水まんじゅうの方が好みなのだが、あの例えようのない味と口の中でとろけるような食感は今でも記憶に色濃く焼き付いている。
「あのチョコレートを…女の人から貰うイベントなんですか?」
「えぇ、私も外の世界ではそう聞いた記憶があるわ」
「はいはい!橙がチョコレートを貰えたりしないんですか?」
「外の世界では友情の証として渡す友チョコなる物もあるみたいだけど…それは幻想郷の住人には伝わっていないわ。友達のいない宇佐美菫子が話す様な議題では無かったのね。だから主に幻想郷で言うバレンタインとは愛の証明…告白みたいなもの、かしら」
姉がまだバレンタインについての説明をしているようだが、最早青にはそんなことは関係無かった。
青は重度の――という程でもないが、割とかなりの甘党である。バレンタインというのは彼にとって、タダでお菓子を貰えるという夢のようなイベント。何やら告白とかいう単語も聞こえたような気がするが、チョコレートだけ貰って早々に逃げれば問題無いだろう。
加えて恋が絡むという自分と自分を襲った彼女達においてこれまた重要そうなイベントだ。これは遊べる。その結論に至ってからの青の行動は早かった。
「姉様、どうやら今日は食欲が湧かないようなので私はこれで。もっと正確に言うのならば欲が朝食では無く別の遊び――チョコレートを求めていますので。では」
そう言うが否や青は素早く立ち上がり、食事の場を後にしようとする。前々から思っていたのだが、青は時たま『お前、目見えてるだろ』と言いたくなるような行動をする。今の気が付いたら席を立ち廊下に出ようとしているという鮮やかな身のこなしも、その一つだ。
しかし紫とて妖怪の賢者。その役職柄咄嗟の判断を要求される事など多々あった。青を外へと出してはならない。何故なら彼は自分が幻想郷の名だたる重鎮にとって(悪い意味で)影響があることを理解して動こうとしているからだ。非常に質が悪い。それに彼が立ち上がる瞬間、悪戯を思いついた様な、紫が青を外に出すようになってから何度か目にしたことのある非常に怪しい表情をしていた。幻想郷にとって不確定な要素は排除する。例え弟だろうと、それは例外ではない。
「藍、橙、取り押さえて」
「申し訳ございません青様。しかしこれも紫様のご命令。それに、貴方様は絶対に何かやらかす!」
「せ、青様、ごめんなさい…!」
式神、八雲藍に橙。彼女達は例え八雲の下に就こうとも驕る事はせず、日々鍛錬に明け暮れている。日頃から鍛えている彼女達からすれば、普段姉の手を借りてのんびりと散歩するくらいしか運動をしない青を取り押さえるのは実に簡単だろう――
「全く、藍も橙もはしゃいで…謝るのは、私を捕まえてからにしましょうね」
――尤も、彼を取り押さえる以前に捕らえられるかどうかはまた別の話なのだが。
青がしたことは至って単純。ただ何時もするように、自分の指をパチンと鳴らしただけだ。
《誑かす程度の能力》青の持つ不可解かつ強大な能力が発動し、その瞬間彼の体は煙となって消え去る。
この幻想郷において如何に速い速度を持った者でも、気配を消して不意を突くことが出来たとしても、青が後手に回るということはありえない。
「・・・やっぱり、簡単にはいかないわよね」
「も、申し訳ございません紫様。直ちに青様の居場所を特定し、後を――」
「仕方ないわ。もっと早くにこうなることを想定できなかった私の落ち度よ。青がこうなることくらい簡単に予想出来た筈なのに、どうして結界を貼らなかったの過去の私…」
思わず頭を抱えそうになる紫であったが過去を嘆いたって仕方が無い。ここは大人しく合理的に――結果を天に任せるとしよう。彼を捕らえるということにおいては、絶大な力を持った妖怪の賢者ですら難しいのだ。
「せめてあの子が騒ぎを起こさない様に祈るとしましょう。・・上げようと思っていたけど、私からのチョコレートは無しね」
しかしそんな紫の祈りをあざ笑うかのように、青は簡単に問題行動を引き起こす。
「・・・という訳で今日はバレンタイン、チョコレートを貰いに来ましたよ」
場所は変わってここは白玉楼。自身の能力を使用し冥界へと転移した彼は、気配を感じて彼の下まで来たこの屋敷の主に開口一番そんな言葉を投げかけた。
姉曰く月には量子論に基づいて物体を空間的に把握しあーだこーだする転移を使う月人がいるらしいが、青からしてみればその様な複雑な手段を使うなど愚かの極みだ。
青が転移する際に必要な準備はたった二つ。まず初めに幻想郷中を覆っている自分が作った博麗大結界を経由して転移したい場所に自身の幻を作り出す。そして次に能力を使いその幻影を本体に、今の本体を幻影に変換する。たったこれだけ、時間にして数秒も要さない超簡単作業である。
「・・・青ちゃん、確かに私もバレンタインというイベントは紫から耳に挟んでいるし、貴方にあげるつもりもあったけど…流石に早すぎるわ。今何時かわかってる?」
「私の起きた時間から推測するに、午前七時頃ではないですか?」
「わかってるなら来ないで欲しかったわ…私、まだ朝ご飯食べていないのよ」
彼女の言葉と同時に、ぐぅ…と腹の音が聞こえる。今この場にいるのは自分と彼女だけ。誰の腹の音がなったのかは明白だろう。
「むぅ…それなら仕方ありませんね。しかし私を待たせた分、質のいいものを用意してくださいね。私が驚きの声を漏らすくらいの」
「青ちゃんが早まり過ぎただけじゃない…」
彼女が何か言っている気がするがそんなことはどうでもいい。青は何かを望むときに、質だけを望む、あるいは量だけを望む様な謙虚な妖怪では無い。質の良い物を大量に、それが彼の望む理想だ。
その為に使えるものは何でも使う。例えそれが、自分の体であろうとも。
紫が祈っていた平穏が、当然の如く崩されようとしていた。
「・・・そうですねぇ…いくらそういった行事であるとはいえ、私だけ一方的に貰うのは申し訳ない。私も一肌脱いで、貴女達に与える事にしましょう」
そう言って青は――本当に脱いだ。
あまりにも突然の彼の奇行に目を瞬かせる幽々子。普段の常に周りに振り撒く笑みなど一切無い、完全な素のリアクションであった。
前にも言った通り、青は下着というものを着ない。動く際に煩わしく感じるというのもあるが、着ていた所でどうせ行為の後や風呂に入っている時に盗まれるのだ。ならば初めからあってもなくても変わらないという大分頭のおかしい理論の下、ノーパンツノーライフを貫いてきた。
彼の着物がズルズルと音を立て落ち、彼女達喰う者にとっては幾度と無く見た、しかし飽きを感じさせるどころか一層魅力を感じさせる裸体が露わになる――かに思われたが、
青は何の対価も無しに欲しい者を、欲しい光景を見させる程聖人では無い。彼の裸体は殆どが見えていたが、胸や股間の辺りは何処から現れたのか細い布で隠されていた。
いや、布と表現するのは少し大雑把すぎるかもしれない。彼の体を隠しているのは、正確に言えば誰かへの贈り物を包装する際に使う布――リボンだ。
それが彼の首や腕、胸に足の先まで彼の肌の上を縦横無尽に駆け巡っており、如何にも身動きが取れませんと言わんばかりに青は両腕を交差させて上へとあげる。一見純粋そうな少年が縛られているというその構図は、見た者の支配欲を激しく刺激するだろう。
その様ないつでも襲われかねない姿なのに関わらず青は挑発的な笑みを浮かべ、自身の唇をペロリと舐める。今の彼の姿、仕草の全てを加味して率直な感想を言うとするなら、もの凄くエロい。最早能力とか関係ないし必要無いのではと思うくらいエロい。
「私の最も気に入ったチョコレートをくださった方には私もお返しをすることにしましょう。プレゼントは私ということで――ね?」
その瞬間彼女の目つきが変わったのを、青は敏感にも感じ取った。
何時もの彼女の笑みを浮かべた時の目でも、食べ物を前にした餌を見る目でも無い。絶対に逃がさないという強い意志を含んだ、相手を喰らう時の目だ。その凄みは普段の情事の際の比では無い。
やはりこのネタは使える。自身の体は幻想郷のおける最高の宝なのだと、青は文字通り身をもって実感した。
「青ちゃん、貴方…どうしてこんな朝早くから私をその気にさせるの?貴方から来たってことは、朝食の前に貴方を食べちゃってもいいのよねぇ?」
食べ物を前にした時の幽々子の動きは普段の比では無い。どうやら今この場においても、その認識は適応されるらしい。気が付けば彼女は、自分の目と鼻の先まで迫り、自分の肌に触れていた。生まれてこのかた瞬きというものをしたことが無い青であったが、恐らくこの様な動きを一瞬と言うのだろうと呑気にそんなことを考えた。
しかし青とて彼女に大人しく食われるつもりは無い。先程言った通り、自分はこの日においての景品なのだ。そうでなければ、美味しいチョコレートを食べる事が出来ない。
なのでその気にさせるだけにしておこう。そう考えた青は完全に押し倒されるよりも早く彼女の服の襟を掴み、少々強引に唇を重ね合わせる。
彼女達によって鍛えられた舌技を存分に発揮し、幽々子の舌を弄びながら長い長い口づけを楽しむ。相手に楽しむ隙など与えない。何度も言うがこれは挑戦者を焚き付ける為の行為であり、報酬では無いのだから。
一方的に彼女の味を堪能した後、青は彼女の口を解放する。間には銀の橋がかかるが青はそれを舐め取ることも掬い取ることもせずに、幽々子の耳元に口を持って行き、吐息と艶をたっぷり含ませた声で囁く。
「楽しみにしていますよ。私だけのお姫様…」
直後、彼は何時ものように指を鳴らし、己という存在を曖昧にする。数秒の間の空間の歪みが直った頃には、既に彼の姿は白玉楼には無かった。
「・・・チョコレート、作りましょうか」
今日ばかりは食を優先している暇など無い。味見で腹を満たそう。幽々子は一度自分の唇に触れた後、紅くなった頬もそのままに台所へと向かって行くのであった。