「うーん、やはり一人では歩き辛いですね」
壁に手を当てながら、青はゆっくりと廊下を一人進んでいた。
この館の主の下へと向かっている途中に気になる場所を発見したから分身を作ってそちらへと来てみた訳だが、自分が歩くのが遅いせいか一向に到着する気配が無い。尤も、何処に向かおうとしているのかは自分でもわからないのだが。
今己の作った分身は、レミリア達と紅茶を嗜んでいる様だ。分身とは感覚も共有されているので、口の中に紅茶の香りと味が広がる。思わず嚥下しそうになるが、紅茶は自分の口の中には無い。なんとも変な気分である。
さて、そろそろ分身の維持が難しくなってきた様だ。もうあの体に与えた妖力が底をつきかけている。目が見えない故に戦う機会なんて殆ど無く、ありあまった妖力を自分でも使える方法を模索していたら、いつしか自分は妖精以上の悪戯技術を獲得してしまっていた。
(さて、どのタイミングで分身を消しましょうか…)
せっかくなら驚く顔が見たい。そんなことをしたら藍に叱られるかもしれないが、勝手にここに来ている以上今更だろう。
青は少しの間集中した後、自分のベストだと思ったタイミングで分身を消す。
「ふふっ、上手く行きました」
青はご機嫌で少し足を速めて奥へと進む。分身が完全に煙となって消える瞬間の彼女達の驚いた顔は実に良かった。やはり妖怪は人を驚かせてなんぼだろう。今回は人間の他にも吸血鬼と九尾がいたが。
今頃藍が自分を探しに猛スピードでこちらに向かってきているのだろう。そう考えて青はさらに足を速める。決して怖い訳では無い。腕が震えている気がするが気のせいだろう。
「っとと…」
どうやら奥へと着いた様だ。つま先が壁に当たって転んでしまうところだった。
「これは…取っ手…扉ですか」
この廊下の終わりに存在する部屋、それが先程レミリアが言っていたフランドールの部屋なのだろう。
青は取っ手に手をかけ、何の躊躇いも無くその扉を開け放つ。
「あなた、だーれ?」
「はあぁ…はあぁ…」
息も絶え絶えに、藍は目の前の扉に手をかける。
ここまで全力で疾走したのは実に久しぶりだ。本当に、己の主は世話が焼ける。
最早彼女の疲れはほぼ全て怒りに変換されていると言ってもいいかもしれない。外に出られるようになったからといって、あの方は最近はしゃぎ過ぎだ。万が一自分に、そして相手にもしものことがあったらどうするつもりなのだろうか。
「青様!」
藍は扉を壊す程の勢いで扉を開け放ち、人――妖怪騒がせな主人の名を叫ぶ。
「どう、お兄さん、なんて書いたかわかった?」
「うーん…カゴメカゴメと…クロワッサン、ですか?」
「すごーい!同時に書いたのになんでわかったの!?」
「私は普通の妖怪よりも感覚が鋭いんです。この程度朝飯前ですよ」
そこには仲睦まじく遊ぶ二人、フランドール・スカーレットと、青の姿があった。
「青様」
「おや、藍。随分とたどり着くのが早かったですね」
「何を、なさっているので?」
「彼女、フランさんが私の背中に文字を書き、それを当てるという遊びですよ。いやあ、子供というのは発想が豊かですね。すぐに遊びを思いつく」
「お兄さん、私こう見えて495年も生きてるんだよ?」
「それでも十分子供ですよ。私はその何倍も生きているんで」
楽しそうに話す二人。その親子――兄妹の様な二人の姿を見て、怒り狂っていた藍も拍子抜けをし、怒る気が失せる――
「そんなことよりも青様?」
――筈が無かった。
彼女の普段よりも三割増しで優しい声を聞いた途端、青の体はビクリと跳ね上がる。
長年彼女と共に過ごして来た青はわかる。この声音、間違いなく怒っている…!
「フラン、彼に遊んで貰ったの?」
「あ!お姉様!うん、とっても楽しかったよ!」
後から追い付いてきたレミリアは、フランに話しかけている。妹が喜んでいるので彼女も嬉しい様だ。
青は足音で彼女達の接近に気づき、顔をそちらに向けたが、感覚で視線を逸らされたことがわかった。
レミリアからすれば何故助けて貰えると思っていたのだろうか。先程驚かされた仕返しだ。
「レミリア嬢、この屋敷の一室、使わせて貰うぞ」
「えぇ、日が暮れないまでだったら、好きにしてくれて構わないわ」
「感謝する。それでは青様?お話しましょうか」
「お、落ち着きましょう藍。私はただ人を驚かせたいという己の本能に従い、妖怪らしい行動をしただけ「つべこべ言わずに来てください」ちょ、ちょっと!?襟掴まないで!引っ張らないでください~!」
「・・・咲夜、私さっき、あのスキマ妖怪とは随分違うと言ったわよね」
「はい」
「訂正するわ。彼は間違いなくスキマ妖怪の弟よ」
「・・・そうですね」
悪戯好きで己の従者を、時には他人をも巻き込んで困らせる。レミリアと咲夜は毎度苦労しているであろう藍に少しだけ同情した。