S1204.3.31 トリスタ
エレボニア帝国。
ゼムリア大陸西部において最大規模を誇る古き大国。その中央に位置する帝都ヘイムダルから大陸横断鉄道に乗って東へ20分ほどの距離にその街はある。
近郊都市トリスタ。帝国中興の祖であるドライケルス大帝により創設されたトールズ士官学院を構えるその都市は、今一際活気に満ち溢れていた。
本日よりトールズに入学する新入生達が各地から集い、街の窓口であるトリスタ駅から普段の何倍もの人数が下車していく。
ある者はこれからの新生活に胸を躍らせ、ある者は環境の変化に少なからず不安を抱いているようだった。
そんな彼らを平等に、白の花弁を舞い散らすライノの花と優しい陽光が出迎える。
日の光に照らされた純白が美しく宙を舞うその光景は、不安を感じていた者がその存在すら忘れて見入ってしまうほどだった。
その様子を喫茶兼宿泊宿として営まれているキルシェの窓際席から見守る者たちがいた。
◆
「初々しいなぁ」
そう呟くのは、艶のある銀の短髪を風にそよがせ、純度の高い金耀石を想起させるような瞳を優しげに細める青年だった。
彼は注文していたハーブティーを口に運びながら、道行く新入生の姿を眺めている。
「レイルってば発言が年寄り臭いわよ」
「……判定厳しくないか?」
青年――レイルは肩を竦めて、正面に座る女性――エミナに言葉を送る。
エミナは鮮やかな朱のストレートヘアを黒のリボンを使いうなじ辺りでまとめており、彼女の澄み切った翡翠の瞳には苦笑の色を浮かべている。
「でもお姉ちゃんの言う通りだよ? 私達だって新入生なんだし」
そう言うのはレイルとエミナの斜め前に座る少女――リューネだった。
淡い緑色の髪を肩口辺りで揺らしながら、大海原を髣髴とさせる蒼耀石のような瞳でレイルを見つめている。
義妹のリューネにまで言外に先の発言が年寄り臭いと言われたように感じ、レイルは言葉を詰まらせた。
「そ、それより、あっち見てみろよ」
レイルが指し示す先では、ライノの花に見とれていたのか、駅から出てすぐの場所で立ち止まっていた黒髪の男子生徒にぶつかり、金髪の女子生徒が尻餅をついて倒れる光景だった。
男子生徒が慌てて女子生徒に手を差し出し、助け起こしている。
両者の不注意だったため特に拗れる事はなく、むしろ楽しげに会話を交わしているようだった。
「なんて言うか、ベタね」
「ははは……」
エミナは嘆息し、リューネが苦笑いを浮かべる。
しかし注目すべき点はそこではなかった。
件の2人が身に纏うトールズ士官学院の制服。その色が重要なのだ。
他の生徒達の大半は緑の制服を着ている。これは彼らが平民の出自を表しており、その中に少数紛れている白の制服は、貴族の子弟であることを表している。
しかしあの2人は、そのどちらでもない深紅の制服を着ている。
「……そっか。あの子達が」
そのことに気付いたエミナが目を細めて、口元を綻ばせる。
それを受けレイルも同じく笑みを浮かべて頷き、リューネは緊張しているのか表情を少し強張らせていた。
同じ制服を着るレイル達にしてみれば、彼らへの興味は尽きないのだが、時間も迫っていたので話を切り上げることにする。
「さて、そろそろ行かないと式に遅れちまうな」
「そうね……フィー! まだ準備出来ないの!?」
エミナが階上の宿泊部屋で未だ準備中であろう少女へと問い掛ける。
暫くすると、扉の開閉音に続いて、慌しくも軽やかな足音が響き渡る。その音は数段飛ばしで階段を踏み鳴らし、やがてレイル達の前へと舞い降りてきた。
「ん。お待たせ」
眠たそうな眼とは裏腹に力強いVサインを決めている。
その様子を見たレイルがやれやれと首を振る。
「フィー。スカートを履いてるんだから気を付けろよ」
「大丈夫。スパッツも履いてるから」
そう言ってフィーがスカートの裾を持ち上げようとしたので、リューネが慌ててその手を押さえる。
「フィーちゃん、何してるの!?」
「?」
何を咎められているのか分からないといった様子のフィーを見て、レイルとエミナが目を見合わせて肩を竦めた。
その生い立ちゆえ、フィーの知識や情操といったものは世間一般のそれとはズレがあるのは否めない。レイル達と出会ってからは少しずつ改善されてきてはいるが、
――恥じらう気持ちがないんだよなぁ……
いっそ恋でもすれば変わるのだろうか、と思うレイルだったが、空想上の相手に怒りを覚えそうになったので、思考を振り払う。
「さてと、本格的に遅刻しそうな時間だな」
店内の時計を見やったレイルが合図を出すと、各々が出発前の最終確認を始める。学院から送られてきた戦術オーブメントや得物など忘れ物がないかを確認し終え、マスターのフレッドやウェイトレスのドリーに礼を述べて、キルシェを後にする。
キルシェを出て左。駅から真っ直ぐと伸びたメインストリートの先にトールズ士官学院がある。
そこに向かう学生の数は、既にまばらとなっており、式の時間が近付いていることを告げている。
「結構ギリギリだな」
「流石に初日から遅刻は勘弁したいわね」
「ま、間に合うかなぁ?」
「……誰のせい?」
『フィー(ちゃん)だからな(ね)!』
全速力で駆けながら口論していると、次第に校門が見えてきた。
すると、そこで待ち構えていたらしい小柄な女子生徒と恰幅の良いつなぎ姿の男子生徒がこちらに気付き、手招きしてくる。
「良かった~! 中々来ないからなにかあったんじゃないかって心配してたんだよ」
とまだ日曜学校に通っていても違和感がないような小柄の女子生徒がほっと胸を撫で下ろした。
それでも士官学院の制服を纏っているというのだから彼女もまた立派な士官学院生であり、こうして校門で待ち構えていた事からレイル達にとって上級生なのだと推測出来る。
「すみません、ギリギリになってしまって」
レイルが代表して謝罪すると、恰幅の良い男子生徒の方が柔和な笑みを浮かべて、
「いや、無事に到着してなによりだよ」
と言ってくれた。
「じゃあ時間もあんまりないから、さくっと確認するね」
女子生徒が前置きし、レイル達の氏名を確認していく。
レイル・クラウザー。
リューネ・クラウザー。
エミナ・ローレッジ。
フィー・クラウゼル。
それぞれが間違いのないことを伝えると、次に男子生徒が続ける。
「それじゃあ申請してくれていた品を預からせてもらうよ」
そう言うと男子生徒は手際よくレイル達から得物が入ったトランクや包みを回収していく。
預かった荷を確認して、彼が頷く。
「確かに。ちゃんと後で返される手筈になっているから心配しないでくれ」
「入学式はあちらの講堂で行われるからこのまま真っ直ぐ向かってね」
女子生徒がこちらから見て左手にある建物を指し示す。
「それと――入学おめでとう! トールズ士官学院はあなた達を歓迎します!」
◆
上級生2人にお礼を言い、レイル達は入学式が行われる講堂へと急いだ。
講堂では既に多くの新入生が着席しており、後ろ側の席が残り少なく空いている程度だった。
なんとか間に合ったようだが、席に着いて数分と経たずに入学式が執り行われた。
教頭であるハインリッヒから式の開始が告げられ、そのまま新入生に対してトールズ士官学院生としての心構えを伝えられる。その段階で既にフィーが船を漕ぎ始めており、レイル達3人は苦笑いを浮かべる。
長々と続いた教頭の話が終わり、次に各教科の担当教官達を紹介していく。
その中の1人、ワインレッドの髪を結い上げた女性を見つけ、レイルとエミナは自然と笑みが溢していた。
「どうかしたの?」
リューネが小首を傾げて尋ねてくるのに対して、エミナが口元を綻ばせながら答える。
「事前に聞いていたんだけど、教官達の中に昔の同僚がいてね」
つい嬉しくなっちゃって、というエミナの言葉を受け、リューネが得心したように頷く。
そして教官陣の紹介が済んだところで、学院長からの挨拶が始まった。
演台に立つその姿は2アージュにも迫る巨漢だった。
ヴァンダイク学院長。かつては帝国軍にその人ありと謳われた英雄であり、前線を退き後進を育てる現職に就いた今でも、その気迫に衰えを感じさせない豪傑である。
朗々と力の込められた言葉に多くの者が居住まいを正し、先ほどまで船を漕いでいたフィーでさえ眠りの淵から引き戻されていた。
「『若者よ――世の礎たれ。』」
より一層力強い言葉が講堂にいる全員の耳朶を打つ。
それはドライケルス大帝が遺した言葉で、今尚この学院の理念として息衝いている。
“世”という言葉をどう捉えるのか。
何をもって“礎”たる資格を持つのか。
その言葉の意味をこれからの2年間で自分なりに考え、切磋琢磨する手がかりにして欲しいと告げ、学院長は締め括った。
再び進行が教頭に委ねられ、式の終了が告げられる。
「――以後は入学案内書に従い、指定されたクラスへ移動すること」
解散の号令を受け、新入生達がそれぞれの教室へ向かっていく。
しかし、深紅の制服を着た生徒達は講堂に取り残され、どうすれば良いのか困惑していた。
彼らの元に届いた入学案内書、そこにクラスについて記された項目がなかったためである。
「ふむ……そのような案内はなかったはずだが」
「ど、どうなってるんだろう?」
取り残された面々が不安げに周囲を見回している。
その中でレイル達はこちらに近付いてくる女性を待った。
「はいはーい。赤い制服の子達は注目~!」
先程紹介された教官陣の一人。ワインレッドの髪の女性が陽気な声で注目を集める。
「実は、ちょっと事情があってね。君達にはこれから特別オリエンテーリングに参加して貰います」
それじゃあ全員あたしについて来て、と言って女性教官が講堂を出て行こうとする。その際、レイルとエミナ、そしてフィーに視線を送ってきて、優しげに微笑む。
「……なんか変な感じ」
「確かに、な」
「あのサラ姐が、だもんね」
フィーとレイル、エミナが意味深な視線を交し合うが、詳しく話している時間はなく、気付けば講堂に残っているのは彼ら4人とこちらの様子を遠巻きに伺っている数名の貴族生徒だけだった。
「……なんだか、凄く仲間外れな気が」
疎外感を感じて機嫌を損ねたリューネを宥め、レイル達は急いでサラ達の後を追った。