「ふぅん……お兄さん達もやっとそこまで辿り着いたみたいね」
薄暗い工房の一角、端末を扱う者のために設けられた照明に照らされる中、少女はその見た目に見合わぬ怪しげな笑みを浮かべる。
「出席者も揃って、招待状も届けられた……これで
「……相変わらず全てが見えておるらしいな」
やれやれ、といった様子で老人が近寄ってくる。
少女が振り返ると、笑みを濃くして応じる。
「うふふ、レンはそこまで自信過剰じゃないわ……レンに見えるのは絡まり合った
老人から端末のモニターへと視線を戻しながら、
「お互い別々に作動する因果が、このクロスベルという場でどんな織物を編み上げるのか……それが見えるというだけよ」
「ふむ……なるほどな。マフィアと例の教団が何をするつもりかは知らんが……少々、騒がしくなりそうだの」
老人が短く溜め息を溢し、続ける。
「まぁ、これも自業自得――いや因果応報というものか」
「ええ、あの灰色の街が積み重ねてきた因果の報い、と言うべきかもしれないわね――てっきり《結社》の関与もあるかと思っていたのだけど」
「この地は《結社》と《教会》の緩衝地帯のもなっておるからな。法王は騎士の活動を禁じ、盟主は執行者を派遣しない」
あくまで建前としてはだが、と老人は言外に双方の暗躍をほのめかせる。
「おじいさんの工房がある時点で怪しいものだけど……まさかクロスベルの導力ネットに介入出来る遠隔システムまで用意してると思わなかったわ」
そのおかげで、少女は退屈せずに済んでいると楽しそうに告げる。
「お前さんの役に立ったのなら、用意した甲斐があったというものだ。あやつが押しつけてきた時にはブチ壊してくれようと思ったが……」
そう言う老人の脳裏には――心底嫌であるが――弟子と呼べる存在の顔がよぎった。
表情を歪める老人を見て、少女が可笑しそうに笑う。
「相変わらず、博士と仲が悪いのね――《星辰》のネットワークがあるのに、今更エプスタインの試験運用に何の興味があるのかしら?」
「フン、あやつのことだ。どうせロクでもない企みのために役立てようと思っとるのだろう」
と、老人が吐き捨てる。
「まったく、開発途中の実験作を適当にバラ撒きおって……」
「うふふ、警察のお兄さん達が戦った、あの紅い武者さんね」
少女が先程まで見ていた映像のことを思い出す。
「モニターで見た限りでは、中々優秀な子みたいだけど?」
「やはり、自律的な状況判断と柔軟な行動選択に難アリだな……中々、お前さんの相棒のようにはいかんさ」
老人が壁面に固定されている巨体に視線を向ける。
「……レンはともかく、彼について博士は何も言ってこないのかしら?」
「今のところはダンマリだな。どうやら新しい機体の開発に熱中しておるようだが……あやつに余計な口を挟ませる隙は見せんさ」
そう告げる老人に少女は感謝を述べる。
そして、
「これでやっと……最後の賭けが始められるわ」
「……ふむ……」
少女の言葉に老人が表情を曇らせる。
それを見た少女が、殊更に明るく言葉を紡ぐ。
「人形繰りを教えてくれたり、偽者の人形さんを作ってくれたり、こうして匿ってくれたり……おじいさんには感謝してるわ」
「なに、大したことはしておらんさ。それより――今日は忙しくなるのだろう? 少々早めだが、午後のティータイムにしよう」
「うふふ、そうね。今日は長い一日になるわ」
少女が立ち上がり、自身の両親を見上げながら、
「たぶん、この自治州が始まって、一番長い一日にね」
<4月27日14:50 クロスベル>
「よぉ、待ってたぜ」
クロスベルの駅舎から出たレイル達を待ち構えていたのは、レイルより頭一つ抜き出た長身に金髪碧眼の顔立ちが整った――そして、雰囲気が軽そうな男だった。
「ラカム、久し振り……って言ってもまだ2ヶ月も経ってないか」
そう言って、レイルが拳を突き出すと、ラカムと呼ばれた男もそれにならい、力強く突き合わせた。
「この方は……」
「これは失礼しました、レディ。俺はレイルの従兄で愛の狩人ラカムと申します、以後お見知りおきを」
この中で唯一面識がなかったクレアが訊ねると、ラカムが恭しく彼女の前に跪くと、その手を取ろうとした――ところで、横合いから振り下ろされた太刀により遮られる。
「相変わらずのナンパ振りには安心するけど……そういうの今は良いから」
「おぉ怖……」
レイルの鋭い眼光をものともせず、ラカムが改めてといった感じでクレアに向きなおる。
「遊撃士協会クロスベル支部所属、B級遊撃士ラカム・フォーグナーだ」
「……エレボニア帝国鉄道憲兵隊所属、クレア・リーヴェルトです」
「へぇ、あんたが噂の《
と、クレアの名を聞いた瞬間に、ラカムの視線が値踏みするかのように細められる。
「帝国支部の連中が随分世話になったみたいだな」
「それは……」
「言っとくけど、クレアさんはあの時協会の為に動いてくれてたんだから――責めるのはお門違いだからね」
ラカムの視線を遮るように、エミナがクレアの前に進み出る。
「悪い悪い。別に恨み言を言うつもりはないんだ。ただ、鉄血の子飼いであるあんたが、何故そうまでしてくれたのか気になってな」
「……個人的に皆さんとは親交もありましたし、あの件については政府側のやり方があまりにも強硬的でしたので――これでは理由になりませんか?」
「んー……いいや、あんたからは打算も裏も感じられねぇ。信頼に値する、ってことで」
改めてよろしく頼むわ、と破顔するラカムから手を差し出される。
クレアは一瞬躊躇ったが、
「――ありがとうございます。こちらこそ、宜しくお願いします」
そこでようやく張り詰めた空気が溶け、様子を見守っていたフィーやリューネが大きく息を吐き出した。
「ヒヤヒヤしちゃった……」
「普段はチャラチャラしてるくせに」
「厳しいねぇー、もちっと優しくしてくれるとお兄さん嬉しいんだけどなぁ」
「馬鹿やってないで、早く行きましょ」
呆れ顔のエミナから促されて、ラカムが思い出したかのように、
「じゃあ早速、ギルドに行くとするか」
ラカムを先頭に歩き出す一行。
その後方――少し離れた位置を歩くクレアに、レイルが様子を伺う。
「クレアさん、大丈夫ですか?」
「えぇ、ありがとうございます。ある程度は予想していましたが、思っていたよりは好意的に受け入れて頂けていることに驚いているくらいです」
「それは――そう、ですね。帝国支部にいたヴェンツェルさん辺りも同じように思ってくれてる筈ですよ」
そうだと良いんですが、と儚げな笑みを浮かべるクレアだったが、
「さぁ、私達も急ぎましょう」
と、先を行くラカム達の後を追うのだった。
◆
「――なるほど。そんな事になっていたとは」
「こちらでも失踪者や蒼い錠剤についてはこちらも掴んでいたけど……今回は完全に出遅れちゃったわね」
ロイド達支援課が伝えた情報を受け、アリオスとミシェルは一様に眉間に皺を寄せるのだった。
「D∴G教団……6年前、根絶やしに出来ていなかったのが悔やまれるな」
「……あの、アリオスさんも教団事件に関わっていたんですよね? 残党の規模はどれぐらいのものと思いますか?」
ロイドからの質問にアリオスが思案する。
「……そうだな。かつて、我々が掴んでいた全てのロッジが制圧されたが……3年前に起きたエレボニア帝国での蒼い錠剤を巡る事件や昨年のリベールの異変、それに半年程前にレイル達が制圧したロッジの存在を鑑みるに、奴らの残党が犯罪組織の手を借り地下に潜り、今日まで息を潜めながらも勢力を取り戻しつつある、と考えてもおかしくないだろう」
「………………………………」
教団の脅威を知っているティオが表情を青ざめさせる。
ロイド達が心配そうに様子を伺うが、ティオは静かに大丈夫だと伝え、続きを促す。
「まさにルバーチェなんかは打って付けの隠れ蓑だったわけか」
「でも、どうしてそんなリスクの高いことを……計算高いマルコーニ会長にしては、少し違和感がありますけど」
エリィの疑問にミシェルが考え込む。
「……確かに、あの教団の残党を匿ったりしてると分かったら、放っておかない所は多い筈よ。ウチはもちろんだけど……教会とか例の《結社》とかもね」
「となると……まだ見えていない事情が存在しているんでしょうか?」
と、訊ねるロイドにアリオスが答える。
「そうだろうな。それにお前達が月の僧院で遭遇したという悪魔――それと天使のような化け物についてだが、こちらも教団が関わっているとみて間違いない」
「そうなんですか!?」
告げられる言葉に支援課の一同が動揺する。
思い返すのは、ノエル曹長と行った月の僧院の調査。
僧院の奥で見た何らかの儀式の間に現れた悪魔と、それに呼応するように出現した天使のような化け物。
「悪魔の方は倒せたが……天使みたいなのは悪魔を倒した途端にどっかに消えちまったな」
その時の様子を思い返していたランディが説明する。
「……私が知る限りでは、教団がそのような存在を扱っているようには思えませんでしたが……」
「それについては、詳しい者に説明してもらうとしよう」
アリオスの言葉に首を傾げたロイド達だったが、すぐにその意味を理解する。
「遅くなっちまってすまねぇ……重要参考人達を連れて来たぜ」
「記念祭以来だが、元気にしてたか?」
「あれから派手にやらかしたみたいね」
階下から上ってくる声に、全員の視線が注がれる。
「レイルにエミナ……?」
◆
ラカムに引き連れられてきた一行を見て、ロイドは驚きを隠せなかった。
そこにいたのは、とある事情でクロスベルから旅立ったとされるレイルとエミナ、フィーとリューネ、それに見知らぬ女性――訊けば、エレボニア帝国の鉄道憲兵隊の大尉を務めるクレア・リーヴェルトであった。
――どういう組み合わせなんだ……?
という疑問を抱くが、ミシェルやレイル達本人からここに至るまでの経緯を聞かされて納得する。
「なるほど……そちらの事情は理解したけど、俺達が遭遇した天使のような化け物に詳しいってのはどういうことなんだ?」
「それについては、私からお話ししますね」
リューネが一歩前に身を乗り出してくる。
「え……?」
「嬢ちゃんがか?」
「…………まさか…………」
ティオの呟きにリューネが頷く。
「はい……私がいたロッジで研究されていたのが、まさに天使のような化け物だったんです」
◆
「私がいたロッジは、教団の中でも特殊な立ち位置にあったそうなんです」
あくまで聞いた話ではですけど、とリューネが注釈を入れる。
「そのロッジでは教会の聖典に記されたような悪魔とは別に、霊的な存在――私のお世話をしてくれていた人が言うには、異界の存在について研究していたらしいんです」
「それが、あの化け物……」
「異界というのは、聖典にあるような天界や煉獄ということかしら?」
エリィの問いに、リューネが首を振る。
「いえ……この場合の異界というのは、正真正銘の異なる世界――異世界を指すそうです」
「マジかよ……」
信じられないとばかりにランディが溢す。
「そして、その異界の存在を《依代》と呼ばれる素体に憑依させることで、この世界への顕界を実現させる事が目的――いえ、これも手段の一つだったんです」
「……まさか《依代》というのは」
「はい。各国から攫われてきた子供達や……私のような
「そん、な……」
ロイドがレイルへと振り返る。
彼は静かに頷くと、リューネの話が本当であると伝えた。
「突拍子もない話だと思うだろうけど……全て真実だ。半年前、俺やエミナ――他数名で制圧したロッジでそのことを裏付ける記録が残されていた」
「じゃあ……あの化け物は、元は人間だというの……?」
エリィが悲愴な顔で聞いてくる。
そうでないと言って欲しい……そんな縋るような思いが籠もっていたが、レイルはその問いを肯定する。
「あぁ、その通りだ」
「……それは、どうにかして助けられないのですか?」
ティオが問い掛けるが、それに答えたのはエミナだった。
「残念だけど、それについてはドクターからの証言で否定されているの。憑依した存在が完全に同化すると、素体となった人間は変質し、元に戻す事は叶わない」
それに、
「リベールの異変の最中、《依代》にされたお父さんを助け出そうとしたけど……それは叶わなかったの……もし、助けようと思っているのなら――」
そこでエミナが言葉を詰まらせる。
レイルが彼女の肩に触れる。
その様子を見ただけで、ロイド達は理解してしまった。
――助けたければ、《依代》にされた人達を……
「……………………」
沈黙が重くのしかかる。
告げられた情報量が多すぎて、頭の中がどうにかなってしまいそうだ。
エリィは教団の非道な行いによって犠牲となった者を想い、涙を浮かべている。
ティオはかつての恐怖を思い出し、身を竦めている。
ランディは湧き上がる怒りに拳を握りしめている。
だが、
「失踪者がどんな目に遭っているか分からない以上、事態は刻一刻を争う……今は手分けして、マフィアと失踪者達の行方を追うべきだ」
ロイドは立ち上がり、皆に呼びかける。
悲しみが、恐怖が、怒りがないわけではない。
だが、それに囚われて歩みを止めたり、成すべきことを見失ってはいけない。
「その通りだな。恐らくそれが、教団の残党の正体を炙り出す事にも繋がるはずだ」
ロイドの言葉に、アリオスが賛同する。
「あの、それでは……」
「協力体制を結ぶってことで、そっちも良いのかよ?」
ティオやランディの確認にミシェルが頷く。
「ええ、こちらも異存はないわ。市民から失踪者が出ている時点でアタシ達は無関係ではいられない――それに、薬物被害についてもね」
「そうと決まれば、役割分担を決めておきたい所だが……エステル達はともかく、他のメンバーはどうしている?」
「幸い、緊急の依頼を受けているメンバーはいないから……主力の8名は確保出来るわ。それと――非公式という形でレイル達にも協力してもらう……そういうことで良かったわね」
ねぇ大尉さん? とミシェルがクレアに視線を流して確認する。
それを受けて、クレアが静かに肯定する。
「情報局としてもある程度は黙認するとのことです。ただし、制限もなしにとはいかないでしょうから――現職の遊撃士の方、もしくはそちらの警察の方に同行する形での協力、というのが一番角の立たないやり方かと」
「でしょうね。だったら、ラカムと一緒に動いてもらおうかしらね」
「よろしく頼むぜ! 特に綺麗なお嬢さん方達は」
「従弟にもよろしくしろよー」
やだよー、等と軽口を交わしている2人を尻目に、ミシェルがこの場にいないメンバーへの連絡のため、階下へと向かった。
するとそこで、今まで黙っていたフィーが挙手の後、告げてくる。
「もしかしたらだけど、西風の旅団のメンバーが動くかも知れないけど……この件に関しては協力出来ると思う」
「そいつはどういうことだ?」
「ランディ? 西風の旅団ってのは――」
「俺の古巣と散々やり合った猟兵団だ。そこのフィーも元々は西風の旅団の出身だが……」
西風の旅団。
大陸最強の猟兵団の名を掛けて、赤い星座と衝突を繰り返してきた団であるが、
「なんだって奴らがこの件に首を突っ込んでくる?」
「ん。ランディの言う事はもっとも……雇われてもいない猟兵団が関わる事はまずない案件だからね」
だけど、
「西風の旅団は3年前の帝国で起きた薬物事件に関わっている。その関係で、蒼い錠剤が関わる事件があれば、協力するって話になってる」
「そこは俺やエミナが上手いこと働きかけたってことで」
「……ふ。猟兵団と手を組んで薬物事件を解決したと聞いたときは耳を疑ったがな」
「あー、あったなそんなこと」
と、アリオスとラカムが苦笑する。
「だが、そういうことなら無用な衝突を避けるよう、ミシェルから連絡させておこう」
「じゃあ、こっちから伝えておくわ」
「そうだな、俺達もそろそろ行かせてもらうんで……ラカム」
そう言って、レイルがラカムへと声を掛ける。
「行動方針はそっちに一任する形となるけど、どこから当たっていく?」
「そうだな……お前達もいることだし、まずは失踪者の関係者への聞き込みにマフィアの目撃証言――それと街の様子を確認しておこうぜ」
「分かった。そうと決まれば行動開始だ!」
レイルの号令の元、一同は力強く頷くのだった。
「そういえば、レクターの奴、こっちにいるんですよね」
「……あまり詳しいことは言えませんが、昨夜の内に帝都に戻っているみたいです」
「チッ……入れ違いか……いや、あいつのことだ。逃げやがったな……」
「レイルさん?」
「あ、何でもないです、ええ、はい」