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「ほんっと、懲りない人ね……」
心底呆れたという様子で俺を見下ろす彼女だったが、何度も繰り返される猛烈なアタックに根負けしたようで――やれやれといった様子で差し出した手を握り返してくれた。
そこから俺達の交際は始まった。
彼女との出会いはある依頼を通じてのことだった。
眼鏡の奥に覗かせる切れ長の瞳が、ふとした瞬間に儚さを帯びる。そんな、どこか影のある女性だった。
……正直な所、今までの嗜好としては、正反対に位置するような彼女だったが――顔を合わせる内に、その姿を目で追うようになっていた。
意外に子供っぽくて、意地っ張りで――そして、自身が幸福になることを極端に忌避していた。
その理由は終ぞ語られることはなかったが――いつしか俺は、彼女の笑顔が見たい――ただそれだけの理由で、彼女にアプローチを続けた。
最初は気の迷いだとされ、歯牙にもかけてもらえなかった。
何度も何度も繰り返していく内に、本気で疎ましがられもした。
それでも諦めきれずに、あの手この手で想いを伝え続け――ようやくの思いで、結実へと至った。
その頃には功績が認められ、B級遊撃士へと昇格し、慌ただしくも充実した日々を送るようになっていた。
こんな幸せな日々が永遠に続けば良いのに――
何気なく溢した台詞に対して、彼女が浮かべた表情を、俺は一生忘れないだろう。
「馬鹿ね……形あるものに永遠なんて存在しない」
それは、哀れみでも、蔑みでもない。
ただただ、こちらを諭すかのような声音が、耳の奥へと染みこんでいく。
「限りあるからこそ、目の前の一瞬を大切にしたいと思うし、愛おしく感じるの」
だから、
「私は――」
◆
フェルディナンドが撤退した後、レイル達は意識を取り戻した乗客達の容態を確認しつつ、タングラム門からの応援を待つこととなった。
程なくして駆け付けたタングラム門付きの警備隊に状況を説明し、乗客の保護とベルガード門の警備を託し、クロスベル市に引き返そうとした一行だったが、警備隊よりウルスラ病院や警察学校、留置所といった市外設備にてマフィアによる襲撃があったと知らされる。
警察学校や留置所の方は既にマフィアを撃退したとのことだったが、念のためということもあり、レイル達は警察学校等の様子を確認していくことになった。
結論からすると、マフィアによる襲撃は何らかの陽動ではないか、と推測が成された。
現場は重機関銃による破壊の跡が残されていたが、負傷者は少なく、本格的な交戦が行われた様子がなかったためである。
騒ぎを起こし、警察やギルドの捜査を攪乱するため、というのが一行の見解であった。
ただし、留置所の警備を担当していたはずのベルガード門の警備隊が所在不明となっていたため、言い知れぬ懸念が皆の中に募っていった。
一通りの検分を済ませ、今度こそクロスベル市へ戻ることとなった、その車内で――
◆
<同日 20:50>
「――と、まあ……これが俺とゼオラの事のあらましって訳だ」
クロスベル市に戻る最中、なんとか気持ちを持ち直したラカムの口からは、自身とその婚約者であった女性との過去について、説明がなされていた。
「彼女の部屋は荒らされていて、いくらかの金品が盗まれていたことから、事件は強盗目的の殺人――それで片がつけられたんだが……」
犯人は未だ捕まっておらず、ラカムは日々の依頼の最中にも犯人の手掛かりとなるものを探し続けていたようだが、
「それが、教団の幹部司祭の口から名前を聞かされるとは、な……」
ラカムの手に力が込められ、革張りのハンドルが軋みを上げる。
その様子を助手席で見ていたレイルが気遣わしげにラカムへと視線を向ける。
それを横目で確認したラカムが小さく、大丈夫だ、と頷いてみせる。
「思い返せば……ゼオラは自身の過去を話すことはなかったが、教団のことがあったから、なんだろうな」
そして、どういう経過は不明だが、フェルディナンドの発言から、彼女は教団から離反し――何者かの手によって、その命を奪われたのだ。
「教団によって口封じされた、ってことかしら?」
バックミラー越しに目線を合わせたエミナがラカムに問い掛ける。
「だろうな。金品を盗んだのもカモフラージュのため、って考えるのが妥当だよな」
そうなると、
「この一連の騒動――俺にとっては弔いって訳だ」
ラカムの視線が鋭くなり、眼前を睨み据える。
間もなく、街道が終わりを見せ、車が市内へと到着した。
◆
<同日 21:00>
「何か、様子がおかしいぞ」
西通りに入ってすぐ、レイルが何かを感じ取り、皆に注意を促す。
ラカムが運転の速度を落とし、エミナが扉に備え付けられたボタンを操作し、車窓を開放する。
すると、エンジン音に紛れてではあったが、微かに人々の慌てふためく悲鳴と、
「これ――機関銃による銃撃!?」
エミナの声に一同に緊張が走る。
「一体何が」
起きている、とラカムが言い切る前に、その視界があるものを捉えた。
進行方向の先に、通りを遮るように鎮座する物体。
それは、
「警備隊の、新型装甲車じゃねぇか」
しかも、その周りには警備隊員が各々の武器を構え、周囲を警戒しているのを見て、ラカムが訝しげに声を上げる。
スピードを落としながら、距離を縮めていくと、向こうもこちらに気付いたようで、装甲車を背後に置くようにし、武器を構えて立ち塞がってくる。
その姿がライトに照らされた瞬間、レイルが声を張り上げる。
「全員身を屈めろ! ラカム!!」
「あぁ!!」
後部座席にいた面々は状況が読めなかったが、切羽詰まったレイルの声に異常を察知し、すぐさま指示に応じる。
そして、ラカムも手早くシフトレバーを操作し、アクセルを踏み抜くように力を加える。
慣性を無理矢理抑え込み、車体が後方へと全力疾走する。その直後――
「くっ――!」
前方より銃撃の雨が降り注ぐ。
フロントガラスが割れ、車体に次々と穴が開けられていく。投下していたライトが明滅の後、暗転する。
「――ッ!」
猛スピードで後退する車体が不安定に揺れ、誰ともない悲鳴や苦悶が車内に満ちる。
暫くすると、銃撃音が止んだかと思ったら、ボンッと何かが弾け、ボンネットの中から煙が吹き出してきた。
「全員無事か!?」
レイルの声に各々が無事である旨を告げてくる。
ただ1人を除いて……
「ラカム!? どこか撃たれたのか!?」
ハンドルに額を押しつけ、苦悶の声を溢すラカムにレイルが声を掛ける。
目立った外傷はないようだが、どこか内臓をやられたのかもしれない。
「…………俺の…………相棒がぁぁぁ」
「言ってる場合か!!」
前方からは駆け付けてくる足音が複数。先程の警備隊員達が追撃に来たようである。
「各自、応戦体制! 敵は――ベルガード門警備隊だ!!」
◆
「相棒の、仇ぃぃぃぃ!!」
血涙を流す勢いで、ラカムが怨嗟の声を上げながら、最後の1人の意識を刈り取った。
肩で息をしていたラカムが覚束ない足取りで今尚黒煙を吐き出している車体に近付いていき――スクラップと化した愛車に手を添えたかと思うと、膝から崩れ落ち、煉獄から漏れ出したような負のオーラを放ちながら、男泣きしていた。
「お兄ちゃん……今の人達って」
「あぁ。生気のない目からして、催眠操作を受けていたようだな」
「……しかも、半端なく強かった」
「蒼い錠剤を服用したのは間違いないでしょうね」
「薬物投与と催眠による傀儡化、ですか……」
悲壮感に満ちたラカムをそっとしておき、残るメンバーで先程の交戦から得た情報を整理していく。
経緯は不明だが、ベルガード門に詰めていた警備隊員は蒼い錠剤を服用し、教団の手によって操られてしまっているとみて、間違いなさそうだった。
「問題は何が目的か、だよな」
「ギルドで何か掴んでないか確認してみるわね」
そう言って、エミナがARCUSを捜査し、ギルドの番号を呼び出す。
耳にあてがって、向こうの反応を待つが、一向に繋がる気配がなかった。
「ギルドで何かあったんじゃ?」
フィーの疑問に、エミナがかもしれない、と答える。
「距離は離れてますが、銃撃の音が止んでいません……操られた警備隊を制圧しつつ、ギルドに向かいますか?」
クレアからの確認に、レイルが頷く。
「ギルドの安否が気になるので、それで行きましょう」
そう告げて、レイルがラカムの様子を伺う。
それにつられて、皆がラカムへと視線を向ける。
いつの間にか嗚咽は止まっており、代わりに幽鬼の如く、腕をだらりと垂らして立ち尽くす姿がそこにはあった。
「この恨み……晴らさでおくべきか……」
「……………………」
人を殺しかねないその様子に、一抹の不安を覚える一行だったが、時間が惜しかったので、あえて触れないようにし、行動を開始した。
◆
<同日 21:30>
「よっしゃ……何とか切り抜けたか!」
東通りを抜け、街道へと続く橋上にて、倒れ伏したマフィアの構成員達を見て、ランディが安堵の息を漏らした。
ウルスラ病院にてD∴G教団についての情報を掴んだ特務支援課は、彼等の狙いがキーアの身柄だと知り、彼女を国外へと逃がそうとしていた。
その手配を遊撃士協会に委ねようとしていた所で、操られた警備隊による襲撃を受け、市内から脱出を試みていた。
セルゲイやダドリーの陽動により、ようやく警備隊からの追跡を免れた矢先に、マフィア達に襲われていたのである。
「皆、このまま街道に――!?」
安心するのはまだ早いと、ロイドが皆を促すが、更に前方からルバーチェが所有する大型車両が行く手に立ち塞がった。
中から次々と現れる構成員達に息を呑むロイド達。
「チッ……流石にアレは無理だな」
顔をしかめたランディが、撤退を提案するが、
「どうやら……それも無理みたいです」
背後からの気配を感じ取ったティオが苦々しく告げてくる。
振り返れば、市内から巻いたはずの警備隊が押し寄せてきていた。
「そ、そんな……」
「絶体絶命ってやつか……」
逃げ場のない橋の上で、完全に追い詰められる。
――何とかこの子達だけでも……!!
キーアやシズクだけでもどうにか逃がせないかと、ロイドが隙を伺うが、包囲網は今もその間隔狭めていき、拘束されるのも時間の問題だった。
その時だった。
けたたましいエンジン音が唸りを上げながら、近付いてくるのが見えた。
「あれは……ディータ―総裁のリムジン!?」
ルバーチェの大型車両を掻い潜り、ロイド達の前に身を滑り込ませたリムジンが、その扉を開け放ち、中から女性が手招いてくる。
「さあ! 早くお乗りなさい!」
「ベル!」
IBC――クロスベル国際銀行の総裁、ディータ―・クロイスの愛娘であるマリアベルが救いの手を差し伸べてくる。
「皆! 乗り込むぞ!!」
ロイドの指示の元、急ぎリムジンへと駆け込んでいく。
しかし、リムジンの突入により、ルバーチェ側の陣形は崩れていたが、反対側に位置した警備隊側がロイド達の撤退を阻もうとしてくる。
「――ッ! ロイド! ここは俺がどうにかするから早く逃げろ!」
「ランディ!?」
時間を掛ければ、ルバーチェも体勢を立て直して、撤退は不可能となってしまう。
それをいち早く悟ったランディが、ロイド達の先を急がせる。
「そんなこと出来るわけないだろ!」
「優先順位を間違えんな!! 今はキー坊やシズクちゃんを逃がすことが先決だろうが!」
1人残ろうとするランディに追いすがろうとするロイドを一喝する。
そして、
「心配すんな……いざとなりゃあ、川にでも飛び込んで逃げ延びてやるさ」
と口角を吊り上げてみせる。
得物となるスタンハルバードを構え、迫り来るかつての同僚達に啖呵を切る。
「どいつもこいつも良いように操られやがって……俺が目ぇ覚まさせてやる!!」
「えらいカッコつけたとこ悪いが……ここはオレ等に任せてもらおか」
「闘神の息子と巡り会うとは、奇妙な縁があったものだな……」
警備隊の更に奥から、強大な威圧感を放ちながら近付いてくる2人の男。
その姿を捉えたランディは目を見張った。
「……フィーが言っていた通りだな」
片方は細身ながらに巨大なブレードライフルを担いだ細目の男。
片方は身の丈ほどのマシンガンドレッドを携えたドレッドヘアの巨漢。
どちらもが黒を基調とした上着を纏っており、その左胸には彼等が所属する団のシンボルが取り付けられている。
《西風の旅団》。
「《
◆
<同日 21:40>
「ミシェルさん!」
「良かった……無事だったんだ」
暴徒と化した警備隊員達を制圧しつつ、どうにかギルドまで戻ってきたレイル達だったが、襲撃の跡が残る建物を目にして肝を冷やしたが、中にいたミシェルの姿を見つけ、一安心する。
「なんとかね……それより、貴方達はすぐに東クロスベル街道に向かってちょうだい!」
切羽詰まったミシェルが、掻い摘まんで事情を説明してくる。
「黒の競売会で特務支援課が保護したっていう子が、教団の狙いなのね」
「ええ。どういう理由でかは分からないけど……間違いないわ」
すぐにフォローにあたってちょうだい、というミシェルの言葉を背後に受け止め、レイル達は急ぎ、ロイド達の後を追おうとしたが、
「っと!」
ギルドから出た瞬間、目の前を豪奢なリムジンが駆け抜けていった。
「今の……IBC総裁のリムジン、だったわよね」
顔を覗かせたエミナに頷いたレイルが、リムジンが去って行った方向を見やる。
「一瞬だったが……今のリムジンにロイド達も乗っていたようだ」
ならば、とレイル達はIBCへと進路を変更し、リムジンの後を追うのだった。