神薙の軌跡・改   作:檜山アキラ

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突入

「ぐっ……」

 駆け付けたアリオスとレーヴェによって、瞬く間に警備隊員達が制圧されていき、2人に遅れながらもやってきたセルゲイとダドリーの手でヨアヒムに操られた男が拘束される。

「良いタイミングできてくれたもんだな」

 身体から力を抜き、呼吸を落ち着けたレイルが息1つ乱さずにいるレーヴェへと声を掛ける。

「このビルの屋上から放たれたアレ(・・)があったからな――それに手を貸してくれる者もいたおかげで、何とか間に合ったわけだ」

 そう告げるレーヴェの視線を追うと、坂下にて警備隊員相手に立ち回っている集団が目に映った。

「あれは……《テスタメンツ》と《サーベルバイパー》か」

 青と赤の対照的な集団が警備隊員達と派手にやり合っている。旧市街の不良集団達が、薬物で強化された警備隊員相手に渡り合えているのは、それぞれのリーダーであるワジとヴァルドによる統率とその物量による各個撃破が功を奏しているようであった。

「あいつら……!」

「プロ相手にやるじゃねぇか!」

 ロイド達もその様子に驚いていたが、彼が持つエニグマから突如として通信音が鳴り響き、その会話から警察本部が反撃に転じ、導力通信や導力ネットの復旧が叶ったようである。

「D∴G教団幹部司祭、ヨアヒム・ギュンター……これ以上、このクロスベルで好き勝手な真似はさせんぞ?」

 抜刀した切っ先を男の顔先へと突きつけ、静かに闘気を張り詰めさせたアリオスが静かに告げる。だが、男は動じた様子もなく、不気味な笑みを浮かべてみせる。

「クク……些か油断が過ぎるんじゃないかい? フェルディナンド!」

 男が声を張り上げた瞬間、レイル達の意識がキーアへと集中する。空間転移能力を持つ天依体によるキーアの強奪を警戒し、身構える。

 が、いくら待ち構えていても彼女の周囲にその存在が現れることはなかった。

「何をしているんだ!? キーア様がすぐそこにいるんだぞ!」

「いやいや……そうも守りを固められては流石に無理難題というものだよ?」

 男の激昂に答えるように、上空から声が落ちてくる。

 見上げた先には空間転移能力を持つ天依体――ラウムと呼称された存在を傍らに置き、宙に浮かぶフェルディナンドがやれやれといった様子で男を見下ろしている。

「彼女を周囲の空間ごと転移させるには距離も時間も足りていないからね……それよりも」

 フェルディナンドの双眸が鋭さを持ち、怒気を孕んだ声が響く。

「忠告したのに、君がどうしてもと言うから提供した私の子達だが……呆気なく一網打尽にされてしまった落とし前――どうつけてくれるのかな?」

「ハッ……あんたの作品がその程度だったということだろう」

「……言ってくれるじゃないか」

 互いに張り詰めた視線を交わすが、男がふっと表情を歪に歪める。

「まぁいいだろう……こちらの戦力はマフィアと併せて数千近く……癪に障るが、彼が保有する戦力も加えれば、貴様達を皆殺しにするのも容易いだろう」

 その上で御子を――キーアを取り返してみせると高らかに宣言する。

「ハハハ……! 楽しみにしているがいい……!! では、今回の所はこの辺りで――」

 耳障りな嘲笑を放つ男の身体が黒い靄のようなものに抜け落ちていく。

「待ちな」

「……ん?」

 撤退の兆しを見せた男に、今まで静観していたラカムが呼び止める。

 男の身体からはなおも靄が放たれており、その濃度も徐々に薄まっていく。そのほんの僅かの間に、ラカムが問いを放つ。

「ゼオラ・ルーベル――その名前に聞き覚えはないか?」

「クク……忘れもしないさ。我等を裏切った愚かな女の名じゃないか」

 男の顔が下卑た笑みを浮かべ、

「探し出して始末するのに、随分手間を掛けさせられたものだ……」

 その言葉を最後に男から発せられていた黒い靄が消え去り、男は力が抜けたようにぐったりとしている。

「ラカム……」

「大丈夫だ。馬鹿な真似はするつもりはねぇよ」

 レイルの呼び掛けに振り返りもせずに答えたラカムが、成り行きを見守っていたフェルディナンドを睨み付ける。

「それで――お前はどうするんだ?」

「……私もここいらで失礼させてもらうよ」

「逃げられるとでも思ってるの?」

 撤退の兆候を見せたフェルディナンドに対し、エミナを中心とした銃撃戦主体のメンバーが彼へと狙いを定める。だが、彼は気にも留めずに飄々と告げてくる。

「逃げるとも……まぁ、またすぐにでも会うことになるだろうけど」

 フェルディナンドが言葉を切ったと同時に、流れる動作で指を鳴らす。すると、天依体が淡い輝きを放ち、フェルディナンドと共に背後の空間へと吸い込まれていく。逃がすまいとエミナ達が引き金を引き絞ったが、放たれた弾丸は男を守る不可視の障壁に阻まれてしまう。

 空間の歪みが消えた後には、雲間から覗く月明かりがレイル達を照らし出していた。

 

 

「古戦場……あんな場所に!」

 当面の危機が去り、一同がIBCのエントランスに戻ってきた所で、アリオスから敵の潜伏先についての情報がもたらされた。

 各地で捜査に当たっていた遊撃士協会――そのうち、エステルとヨシュアが行方不明者達の痕跡を見つけたとのことである。

 そうと分かればと、突入作戦が直ちに練り上げられていく。

 ディーター総裁から防弾性のリムジンが供出されることとなり、東クロスベル街道に展開された敵勢力突破に必要な機動力は確保された。そして、敵の狙いであるキーアの護衛としてアリオスが残ることとなり、

「俺もこちらに残る方が良さそうだな」

「そうね……あんたの剣なら、天依体にも有効だし」

 エミナの視線がレーヴェの持つ魔剣ケルンバイターへと移る。

 結社・身喰らう蛇の盟主より授けられた外の理で生み出された剣であれば、天依体に対して有効であることはかつての経験から明白である。

 残りのメンバーとして、セルゲイとダドリーは警察本部やタングラム門警備隊と協力し、敵勢力の鎮圧に行うとのことである。そして、

「レイル……大丈夫なの?」

 エミナはソファに座り込んでしまっているレイルへと声を掛ける。

 レイルは今、リューネにより消耗した霊力を補填してもらっているところなのだが、

 ――超過出力の反動で身体が悲鳴を上げてる、ってところね……

 しかも、それを微塵も感じさせずに虚勢を張り続けていたのだから困ったものである。

 相変わらずの無茶に頭を悩ませるが、そうせざるを得ない状況だったのも確かだ。レイルという一大戦力が機能しないと知られれば、敵に付け入られる隙を与えてしまう。

 ただ、あまりの消耗ぶりに彼を突入メンバーから外すという選択肢も浮かんだが、

「もう大丈夫だ。作戦に支障はない」

 と、立ち上がり、心配する皆に頷いてみせる。

 心配は尽きないが、彼がそう言うのであれば今は何を言ってもその意志は覆らないだろう。

 ――事が済んだら説教ね……

 そう心に決めて、作戦内容を改めて確認していく。

「それじゃあ、特務支援課の4人はラカムが運転するリムジンで古戦場に向かってもらう形で……定員オーバーであぶれた私、レイル、フィー、リューネ、クレアさんの5人がルバーチェか警備隊から車両を奪って後を追う形ね」

 警察本部辺りで車両を調達出来れば良かったのだが、向こうは向こうで余裕がない状況とのことなので、奪取の方向性で話を進めていく。

「まず私達が先行して東クロスベル街道入り口に布陣する敵勢力を攪乱し、その隙にラカムさん達に突破して頂き、混乱に乗じて車両を確保、ですね」

 と、流れを再確認するクレアに続いてエミナが、

「戦端を開く前に信号弾で合図するから、確認次第出発するようにしてちょうだい」

 とラカムに念押しすると、彼は力強く頷いて見せた。

「作戦開始時間は――23:20! みんな、よろしく頼むわよ!」

 

 

<同日 23:20>

 

「なぁ……ほんとに大丈夫なんだが……」

 ゲートが開放されたと共に敷地内から駆け出したレイル達だったが、その隊列に彼は異議を放った。

 先頭を走るエミナとリューネ。その後に続くフィーとクレア。そしてその背中を追いかける形となったレイル。つまり彼は剣士でありながら後衛へと回されてしまったのである。先程までの消耗ぶりを見た彼女達から作戦参加は拒まれなかったが、極力消耗は抑えるようにと釘を刺されたのである。

 現にレイルの身体は節々の痛みや倦怠感を残しており、万全な状態ではなかったのだが、

 ――そうは言ってられないしな……

 先程の防衛戦もあり、むしろ万全な状態な者こそ少ない状況である。直接戦闘に参加していないエミナもまた、古代遺物の能力使用で多少なりとも消耗しているのだ。それなのに自分だけが休んでいられるはずもなかったのだが、

「無茶する癖は治らないんだから……」

「それがレイルらしいと言えば、そうなんだけど……」

「相変わらず、ですね……」

「無理しないでね、お兄ちゃん?」

 呆れ半分心配半分といった様子で、苦言を呈される。

「頼りにしてるさ……ただ、何もせずに後悔したくないだけで……」

「美人美女にそれだけ気に掛けてもらっているってことじゃないか……羨ましい限りだね」

 と、淀みない流れでレイル達の疾走に併走する影が1つ。浅緑の短髪に切れ長の金の瞳、濃淡2種の青を用いたストライプのマフラーを流れる風に靡かせる中性的な美貌を持つ少年。

「ワジ!?」

 先頭を走るエミナが横目で併走者の姿を捉えると、その名を叫んだ。

 ワジ・ヘミスフィア。

 旧市街の二大不良集団の片割れ――テスタメンツのリーダーである彼は、何か面白いものを見つけた子供のような笑みを浮かべて、かなりのスピードを出した疾駆の中で器用に手を振ってみせる。

「街中が大騒動のなか、どこに行こうっていうんだい? それもこんなにも女性を侍らせて」

 ニヤついた表情を向けるワジに、レイルは表情を歪めて、

「人聞きの悪いこと言ってんじゃねぇよ……そういう()こそ、こっちに来てて良いのかよ?」

「……悪かったよ。だからそう呼ぶのはよしてくれないかい」

 肩をすくめてみせるワジに、レイルは大きくため息をついて、話を本筋へと移す。

「元凶の潜伏場所に突入を掛けるとこなんだが……丁度良い、手伝えよ」

 レイルの言葉に、ワジと面識がないクレアからは心配そうな視線が飛んでくるが、レイルは大丈夫と言うように頷いてみせる。

 ワジはワジで面白そうだと笑みを濃くしていく。

「その話、乗らせてもらおうじゃないか……それに、君に貸しを作っておくのも悪くなさそうだ」

「借りを返しておくの間違えじゃねぇのか?」

「さて、何のことやら」

「後ろの2人、もうすぐ街道に出るわよ!」

 エミナが眼前を見据えながら、声を掛けてくる。

 彼女の背中越しに、街道の様子が目に入ってきた。橋上にマフィア達が陣取り、行く手を阻んでいる。向こうはまだこちらに気付いていないようだが、それも時間の問題だ。

「エミナ!」

「ええ!」

 エミナの手元に信号拳銃が創出され、すぐさま上空目掛けて信号弾を射出する。軽快な音を引き連れて上昇するそれが上空50アージュほどの地点で破裂、煌々とした明滅を繰り返す。

 これでロイド達への合図は完了し、前方のマフィア達も何事かと意識が上空へと逸れている。その隙を突いて、レイル達は奇襲を掛ける。

 

 

 少し遡り、レイル達が出立して間もなく、ロイド達もすぐに出られるようにと準備に取りかかっていた。その様子を遠巻きで眺めていたセルゲイは、煙草をくゆらせながらある種の感慨を抱いていた。

――ついこないだまではクロスベルにひしめく「壁」に抗うことの出来ないひよっこだったが……

それがこの4ヶ月という限られた時間の中でそれなりに成長し、一人前まであと少しのところまで来ている。

 ――ようやく、あいつが目指したものが……

 特務支援課設立の根底にある、かつての部下の遺志が真の意味で成し遂げられようとしている。

 一癖も二癖もあるメンツがお互いの足りないものを補い合いながら、ここまで成長してきた。その中心となる人物が彼の弟ということもあり、

 ――血は争えない、ってな。

 彼よりかは生真面目で大人しそうではあるが、時より見せる突拍子のなさや不屈の精神は彼を想起させるのに十分であった。

 出会って間もない頃は、亡き兄の姿を追いかけるあまり、自身を追い詰めているようにも感じられたが、

「良い顔付きをするようになったな……」

 誰に聞かせるともなく、言葉が口をつく。

 詳細は不明だが、大方エリィあたりに何か言われて、己が目指すべき在り方というものに気付けたのだろう。

 それは他の3人にも言えることだろう。

 それぞれがそれぞれに抱えているものがあっただろうし、その全てが解決したわけでもないのだろうが、それでも今は前を向いて歩みを進めている。

 ならばこそ、自分は彼等を送り出すために、かかる火の粉を払ってやらねばならない。

 紫煙を吐き出し終えて、懐に忍ばせていた携帯灰皿に用済みとなったそれを放り込み、セルゲイは一人前になりかけの部下達へと檄を飛ばすために、歩み出した。

 

 

「行くわよ、リューネ!」

「うん!」

 先陣をきった2人が、ARCUSによる戦術リンクを結び、敵陣へと切り込んでいく。

 エミナより前に出たリューネが敵の懐に潜り込むのに合わせて、エミナが射撃で敵の機先を封じる。リューネに攻撃を加えようとしたマフィアの武器が銃弾で弾かれ、狙いを狂わせる。その隙を逃さず、リューネが拳打を叩き込む。激しく動き回るリューネと的確な援護を入れるエミナ。下手をすれば、友軍誤射(フレンドリーファイア)が起きかねない状況だったが、積み重ねてきた経験や信頼、そしてそれらを増強させるように用いられた戦術リンクにより、見事な連携で敵陣を切り崩していく。

「僕も負けていられないね」

「ん」

 2人の突撃により陣形を崩したマフィア達が体勢を立て直そうとするも、追撃を掛けるワジとフィーにより瓦解させられていく。

「クロノドライブ!」

「クロックダウン!」

 レイルと、ワジが加わったことで後衛に回ったクレアにより、援護となるアーツが発動する。味方には敏捷性強化、敵には敏捷性低下を掛けることで、こちらの手数が敵を圧倒していく。

 しかし、マフィア達は薬物によって身体強化が成されており、1度や2度の痛撃では戦闘不能に陥ることはなかった。

「……」

「駄目ですよ」

 アーツの駆動に取りかかりながらクレアが眇を向けてくる。レイルが考えていることをお見通しと言わんばかりに機先を制してくる。

「レイルさんが前線に出れば、制圧までの時間を短縮出来るでしょうが……今は温存することを優先して下さい」

「……はい」

 制圧するに超したことはないのだが、それが主目的ではないのだ。本腰を入れなければならない場面が先にある以上、ここは後衛に徹して、回復に努めるべきである。

「常に人の前に立ち、物事を解決しようとする姿は、レイルさんの良い所だと思いますが……貴方が傷付くことで気を病む人がいることをお忘れなく」

「……俺もまだまだですね」

 理解しているつもりなのだが、結局はつもりでしかないのだろう。根っからの性分なのか、我が身を省みず動こうとするきらいが抑えられないでいる。

 ――それに、皆にも失礼だよな……

 周りの者を押しのけて自分が前に出るということは、他の者達を信頼していないと取られてもおかしくない行為だ。たとえその気がなくとも、周囲にはそのような印象を与えかねない。

 ――なら、我慢しないとな……

 任せろと、そう言ってくれた彼女達の意志を踏みにじってはいけないと、レイルは衝動を抑え込んで、彼女達に援護を送り続ける。

 そして幾度かのアーツ発動を終えた頃、背後より地面の震動と轟音を引き連れて近付いてくる存在を察知した。

「来たか!」

 エミナが放った信号弾を確認し、手筈通りに出発してきたリムジンが猛スピードでレイル達の脇を過ぎ去っていく。

乱戦の最中に現れたリムジンに残っていたマフィア達が翻弄されていく。目の前のリューネ達と過ぎ去っていくリムジン、そのどちらに対応するべきかの判断が下される前に、マフィア達を圧倒していく。

「クレアさん! この車両ならいけそう!!」

 周りのマフィアを制圧したエミナが背にした車両に視線を向ける。それを受け、すぐさまクレアが運転席へと乗り込み、導力エンジンを起動させる。すると、エンジンが唸りを上げ、出発の準備が整う。

「乗って下さい!!」

 クレアが声を上げるが、マフィア達がそれを阻もうと、躍起になって押し寄せてくる。

「このままじゃ……」

「しつこい」

 押し寄せるマフィア達を振り切れず、乗車の隙を見出せずにいたが、

「ここは我等に任せてもらおう……」

 橋の入り口から届いた声に振り向くと、そこには青い統率のとれた衣装に身を包んだ集団が集まってきていた。

「良いタイミングだ、アッバス」

 その先頭に立つ禿頭の偉丈夫を見つけたワジが口笛を吹いてみせる。

「なら、ここは僕達に任せてもらおうか」

 そうワジが微笑むと、彼の仲間達が一斉に押し寄せ、マフィア達を引き剥がしていく。

 テスタメンツによって確保された間隙を縫い、レイル達が素早く乗車を済ませる。

「助かった、ワジ! ありがとな!」

 レイルが礼を述べると、ワジは振り向きざまに薄らと笑みを浮かべるだけだった。

「しっかりと捕まっていて下さい!」

 クレアが言うやいなや、車両が猛スピードで発進、街道へと駆け出していく。

 

 

「……これで、グラハム卿が作った借りを少しは返せたかな――おや?」

 レイル達を見送ったワジの脇を、猛スピードで警備隊車両が駆け抜けていく。

 その車両を運転する人物を見つけたワジは笑みを深めていった。

 

 

「クソッ――流石に振り切れねぇか!」

 ラカムは悪態をつきながらも、アクセルペダルに乗せていた右足を限界まで踏み込み、リムジンを最大速度で駆けさせていた。

「ウォウ!!」

「次、来ます!!」

 車内にツァイトの咆声とティオの叫びが、迫る危機を知らせてくれる。

 レイル達による陽動で無事に街道まで抜けることが出来たのだが、その先には操られた警備隊が警邏に当たっており、運悪く遭遇してしまった結果、追撃を受ける形となってしまった。

迫り来る2台の新型車両から放たれる誘導弾をバックミラー越しに確認したラカムはハンドルを操作し、すんでのところで着弾を免れる。爆風が車体を揺らし、少しの操作ミスでコースアウトしそうになるのを必死で押さえつける。

「流石の新型……このままだと追い付かれるぞ!」

 後方を確認していたランディが声を張り上げるが、スピードは限界にまで達しているので振り切るのは困難を極めた。誘導弾発射による反動で向こうも都度スピードが緩まっているが、こちらも回避のために蛇行しているため、結局追い付かれるのは時間の問題であった。

 何か手はないかと思案するのも束の間、遂には車両の左と背後を抑えられてしまう。そして、

「きゃあ!?」

 突然放たれる轟音の乱打が車体に打ち付けられ、小刻みだが途切れることのない衝撃が襲い掛かってくる。

 新型車両の上部に装備された機関銃がこちらを睨み、その威力を遺憾なく吐き出し続けてくる。だが、リムジンも防弾仕様となっているため、放たれた弾丸に穿たれることなく、その長躯を揺らす程度で収まっていた。

「だけど、このまま攻撃されたら……」

 流石にいつかは蜂の巣にされてしまうだろう、とロイドの言わんとすることを察したラカムは、

「とにかくどうにか振り切るしかねぇ!」

 車高の低さを利用して、左に付いた車両をすくい上げるように体当たりするか、いやクラッシュして後ろのも巻き込んで大事故になりかねない、などと思考を巡らしたところで、

「――!!」

 つんざく悲鳴のような破砕音が車内に響いたかと思うと、直後、左脚に焼けるような激痛が走る。

「ラカムさん!?」

「ッ――心配ない! かすり傷だ!」

 集中砲火を浴びたガラスがその耐久力を失い、数発の弾丸が貫通してしまったようである。そしてその1発に左脚を撃ち抜かれてしまった。

 激痛に歯を食いしばり、浮かぶ脂汗を拭うことはせず、ただ全身に力を込める。

 ――こんなところで足止めを喰らうわけには――!

 今はなんとしてでも、元凶が潜む場所に向かうことが急務である。こちらの動きを察知された挙句、取り逃がしたとあっては目も当てられない。仮に向こうが迎え撃つ姿勢であっても態勢を整えさせる暇を与えるのは下策だ。

 だが、思いとは裏腹に現状を打開する術は出てこず、焦燥感がつのっていく。

「! 後ろから更に車両が接近……これは、ノエルさんの警備隊車両と――レイルさん達です!!」

 

 

 高速で駆ける車両の揺れに神経を研ぎ澄ませたエミナはスコープ越しに前方の車両――ロイド達が乗るリムジンに迫る警備隊の新型車両の右後輪へと狙いを定めようとしていた。

 フロントガラスは既に撃ち抜いており、車内に風が吹き込んでくる。

現出させた狙撃銃を仰向けの姿勢で抱え込むようにして構える。銃床を肩に押し当て、左手で先台をホールド。シート位置とリクライニングを調整し、両足を突っ張って安定性を上げる。銃身をダッシュボードに乗せるが、車体の動きに合わせて小刻みに振動する。街道の舗装に経年劣化などで凹凸が刻まれており、一際大きな揺れが不規則に生まれる。そのような状況での精密射撃など、至難の業であったが、エミナは心を落ち着け、狙いを見据える。

 悠長にしていれば、リムジンに致命的な損傷が与えられるのは想像に難くない。かといって、数を打てばいいわけではない。こちらの狙いに勘付かれたら、相手も回避行動を取り、目的達成が更に困難となる。だから、狙うは1発による必中。それも残り僅かの時間の中で、だ。

「…………」

 周囲の音が遠のいていく。感じられるのは自身の呼吸の音のみ。深く、長く、吐き出されたそれに合わせて、車体が跳ねる。銃身が押し上げられて不安定になる。まだだ。微妙に沈んだ車体が反力により浮き上がる。焦るな。銃身をボンネットに沿わせる。タイミングは。微細な振動が数度続き、振れ幅が零へと至り、

「――狙い撃つわ!」

 引き金を引き絞ると、反動が肩を抜けていく。放たれた弾丸がフロントガラスの穿穴を抜け、大気を切り裂いていく。果てに、弾丸は過つことなく、目標を撃ち貫いた。

 ゴムが弾ける音が響き、前方の車両が態勢を崩す。その直後、併走していたノエルが運転する車両が速度を上げ、その車両の側面目掛けて体当たりを敢行した。

 すると、ただでさえ右に傾いていた車両が更に右側へと押し込まれていく。ハンドルを切って抵抗しようとしたみたいだったが、縁石に乗り上げた勢いで横転し、街道から外れて行ってしまった。

「ひゅ~、やるなぁ」

 それはエミナの狙撃にかノエルの思い切りの良さにかは分からないが、感嘆の声を上げるレイル。だが、敵はまだ残っているのだ。

 残りの1台へと狙いを付けようとしたエミナだったが、リムジンの左側にいた車両がノエルの警備隊車両に狙いを移し、速度を緩めていく。そして、ノエルもノエルでそれに応じるように激しく車体をぶつけにいく。

『残りもこちらが引きつけます! このまま進んで下さい!!』

 外部スピーカーからノエルの声が響いてくる。前を行くリムジンにもその声が届いたのか、徐々に距離が開いて行っている。

「ありがとう、ノエル!!」

 届くことはないだろうが、エミナは声を張り上げる。直後、クレアに頷いてみせると、こちらも速度を上げて、リムジンの後を追いかけた。

 

 

<同日 24:00>

 

「来たわね……!」

 古戦場を抜けた先、太陽の砦と呼ばれる中世の遺構まで辿り着いたレイル達を待ち構えていたのはエステルとヨシュアの2人だった。

「2人とも、久し振りだな」

「うん。レイルは……消耗しているみたいだけど、大丈夫なのかい?」

「まぁ、なんとかな……それより」

 心配するヨシュアから視線を逸らしたレイルが、目の前に聳える砦を見上げる。

「ここに奴らが……」

「ちょうどそこの入口を開けたからいつでも突入出来るわよ」

 エステルが指し示す先には、深く内部へと続いている大穴があった。

「以前は閉じていた扉が……」

「っと……なら、さっさと行くとするか」

 そう言ってリムジンから降りてきたラカムへと視線が集中する。その左脚には包帯が巻かれており、血も滲んでいる様子が見て取れた。

「ラカムさん、無茶は……」

「どうってことねぇよ……頼む、止めてくれるな」

 引き留めようと肩を掴むロイドに、ラカムが真剣な眼差しを向ける。

「因縁の相手を前に、除け者はひでぇだろ?」

「それは……」

 言い淀むロイドがどうしたものかと言葉を探していると、

「随分と早い到着だったね」

 頭上からの声に一同が一斉に振り仰ぐ。

 そこには月明かりを背に宙に浮かぶフェルディナンドの姿があった。

「またてめぇか」

「さっきといい、随分と人を見下ろすのが趣味みたいだな」

 ラカムとレイルが睨み付けると、フェルディナンドが苦笑を溢す。

「これは失敬……だが、これぐらいの位置にいないとリスクが高過ぎるので」

 ご容赦願うよ、と薄い笑みを浮かべるフェルディナンドに、エミナが1歩前に踏み出して問い質す。

「あんたが出てくるということは……ここで私達の相手をするってことかしら?」

「いかにも――と言うべき場面なのかもしれないが、流石に君達全員が相手だと分が悪すぎる。だから――」

 直後、レイル達を中心に地面に幾何学的な紋様が浮かび上がり、怪しげな紫紺の輝きを放つ。

「――空間転移!? 皆さん1カ所に――」

 リューネの言葉が途中で途切れ、その姿が光に覆われてしまい、後には姿形すら残っていなかった。周囲の者も同様で次々にその姿が光の中へと呑み込まれていく。

「さぁ、何人生き残れるだろうね?」

 フェルディナンドからの言葉を最後に、レイルも光の中へと姿を消していった。




こんにちは、檜山アキラです。
ようやく零のラスダンに到着となりましたが、如何でしたでしょうか?
今後の展開的に後5~6話程で零の断章は終了予定となります。本筋となる閃のストーリーに早く戻れるように、しっかり更新していきたいと思います。

さて、閃の軌跡のアニメ情報が公開され、私めは待ち遠しい日々を送っております。ゲームでは省略された北方戦役がどのように描かれるのか楽しみでなりませんね!

黎Ⅱの発売もありますし、益々軌跡シリーズが盛り上がっていくことを願っております。

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