神薙の軌跡・改   作:くどりん

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特別オリエンテーリング(中編)

 レイル達と分かれ、女子グループとしてダンジョン区画を進むリューネ達は道すがら、それぞれの自己紹介を行っていた。

「アリサ・Rよ。よろしく」

 先程のあられもない事故のせいで未だ機嫌を損ねているらしい彼女だったが、言葉に険が出ないよう落ち着いた口調で名乗っていた。

 出身は帝国北方、四大名門ログナー侯爵家が治めるノルティア州の州都ルーレとのことである。ルーレは大陸有数の重工業メーカー、ラインフォルトの本社があることでも有名である。

 Rというのはファミリーネームのイニシャルなのだろう。しかし、それを伏せるということは何か事情があるのでは、とリューネは思っていたが、青髪の女子があまり気にした風もなくアリサに尋ねていた。

「Rというのはファミリーネームのイニシャルであろう? なぜ伏せるのだ」

「……ち、ちょっと訳ありでね」

 青髪の女子が放った直球に、アリサが言葉を詰まらせる。青髪の女子は特に気にした様子もなく、そうかと頷いていた。

 ――ご、豪胆な方ですね。

 振る舞いも堂々としており、彼女を見ていると昔話で読んだことのある中世の騎士を彷彿とさせる。

「えっと、エマ・ミルスティンです」

 次に眼鏡の女子が丁寧なお辞儀と共に自己紹介を始める。彼女曰く辺境の裕福でない家の出ではあるが、高等教育に興味があり、奨学金制度が充実しているトールズに入学したらしい。

「と言うことは、エマさんはかなり優秀な方なのですね」

「そ、そんなことは……」

 リューネが尋ねてみると、エマは身を縮こまらせて否定する。しかし、奨学金制度を利用するためには入学試験で優秀な成績を修めなければならなかったと記憶している。

「確か、今年の入学試験の主席は女性であったと耳にしたが、もしやそなたなのでは?」

「う……」

 青髪の女子に問われ、エマが言い淀む。その態度だけで答えは明らかだったが、彼女はか細い声ではい、と溢した。

「主席、って凄いじゃない!」

「うむ。恥じることはないと思うぞ」

「そうですよエマさん」

 リューネたちに尊敬の眼差しを向けられ、エマの顔が赤く染まっていく。その様子にリューネは、エマは照れ屋という印象を抱いた。

「ラウラ・S・アルゼイドだ。故郷はレグラムという湖畔の町だ」

「アルゼイド……」

 リューネは思わずその名を反芻していた。以前、レイルが話していた記憶があったのだ。

 帝国においてヴァンダール流と共に武の双璧をなすアルゼイド流と呼ばれる流派。その筆頭伝承者であり、≪光の剣匠≫と謡われる帝国最高の剣士でもあるヴィクター・S・アルゼイド子爵。レイルが以前手合わせした際には手も足も出なかったと言っていたが……

「ラウラさんは、あの光の剣匠の」

「うむ。光の剣匠は私の父だ」

 ラウラがしっかりと頷くのを見て、リューネは得心がいった。

 ラウラの騎士道を感じさせる佇まいは、武の名門という育ちからくるものなのだと。

「残るはそなただな」

「あ、はい。リューネ、リューネ・クラウザーです」

 よろしくお願いします、と先程のエマ同様にしっかりとしたお辞儀をする。

「こちらこそよろしく頼む。……ところで、そなたは我らより少し年が下に思われるのだが」

「そうですね。私が……えっと、15ですので、皆さんより2つ程下になるはずです」

「15歳!?」

「その若さで士官学院に……」

「……ふむ。そなたにも事情があるようだな」

 と、年を告げると各々が驚きの反応を返してくる。

「そっかぁ……ねぇ、リューネ。もし困ったことがあったら言ってね」

 力になるわ、とアリサが申し出てくる。その様子からは先程まであった不機嫌さはどこかに消えてしまったようである。

「その、ありがとうございます」

「遠慮しなくていいからね」

「私も力になれるか分かりませんが……」

「これから共に過ごす仲間だ。困ったことがあれば助け合っていこうではないか」

 アリサに続き、エマとラウラも年若いリューネを気遣ってくれている。

 その優しさをありがたく感じ、リューネは3人に礼を述べた。

 

 

「そう言えば、先に行った女子のことをお姉ちゃんって呼んでいたわよね」

 打ち解けて和気藹々とダンジョンを進む途中、ふとした瞬間にアリサがリューネに質問する。

「エミナお姉ちゃんですね。血は繋がってないんですけど、家族同然に大切な人です」

 そう語るリューネの表情は、大切な宝物を自慢しているかのように輝いており、彼女がエミナのことをどれだけ大事に想っているのかがはっきりと伝わってきた。

「それにお姉ちゃんはお兄ちゃんの恋人なので、いつか正真正銘のお姉ちゃんになると思います」

「ふむ。リューネには兄上もいらっしゃるのだな」

「もしかして、先程一緒にいた銀の髪の……?」

 エマの問いにリューネが頷く。

「そうです。レイルお兄ちゃんです。……と言っても、お兄ちゃんとも血は繋がってないんです」

「え……?」

 告げられた言葉にアリサは虚をつかれて、歩みを止めてしまう。養子なんです、とリューネが付け加える。その表情に少しだけ影が差す。

 養子。

 それはつまり、元の親に捨てられたか。

 ――あるいは……

 嫌な想像がアリサの脳裏を過ぎってしまう。そのせいできっと自分の顔はひどく強張っているように感じられる。

 エマとラウラを見やると、彼女達も表情が硬くなってしまっていた。

 そのことに気付いたリューネが申し訳なさそうに謝罪してくる。

「ごめんなさい。変な空気にしてしまいましたね」

 そしてさっきまでの翳りを感じさせない笑顔で、

「今はレイルお兄ちゃんとエミナお姉ちゃん、フィーちゃん……それにお義父さんやお義母さんが本当の家族のように……いえ、家族として受け入れてくれています。だから大丈夫です!」

 リューネが両手で握り拳を作り、自分は大丈夫だとアピールする。

 その様子を見てアリサ達は安堵すると共に、より一層健気に振舞うリューネの力になってあげたいという思いを強くしていった。

「ところで、フィーというのは先程の銀髪の少女のことだろうか? もしや、彼女も……」

「はい。私と同じでクラウザー家の養子――では、ないんですけど、詳しいことは私の口からは」

「……そうか。すまない、差し出がましいこと訊いてしまったな」

 陳謝するラウラにエミナはお気になさらず、と応じる。

 リューネに笑みが戻り、歩みを再開したが彼女達だが、アリサは1人だけ少し遅れて後に続く。

「…………家族かぁ」

 リューネの家族話に触発され、アリサも自分の家族について想いを馳せて、誰にも気付かれないほどの小声で呟いていた。

 先程の話を聞いて、リューネに抱いた気持ちは紛れもない本物だった。

だけど少しだけ、リューネのことを羨ましく思っている自分がいた。

 血が繋がっていなくても家族としての固い絆を結ぶリューネ。

 血が繋がっていてもすれ違いを繰り返す自分の家族。

 その違いに、思わず溜め息が零れてしまう。

「家族って、何なのかしら……」

 その問いに答えてくれる人は誰もいなかった。

 

 

「リィン、そっちに行ったぞ!」

「了解!」

 レイルの呼び掛けに応じ、リィンが太刀を中段に構える。迫りくる魔獣、飛び猫の蹴りを避け、振り返り様に隙だらけの背後から一閃を放つ。

「やったぁ!」

「よし、今のでこの一帯の魔獣は片付いたようだ」

 リィンの成果にエリオットが歓声を上げ、ガイウスが満足げに頷いていた。

 リィン達男子グループは戦闘を重ねていく毎に、それぞれの連携を強めていっていた。

 前衛はリィンとレイルで分担し、敵陣に切り込んでいく。その突破力やスピードを活かしたかく乱により、おおよその魔獣は翻弄され敢え無く撃破される。2人が取りこぼした魔獣は、そのリーチの長さから中衛で敵への牽制といったフォローに回っているガイウスにより掃討される。そしてエリオットは後衛を担当し、アーツや魔導杖から放たれる無属性の導力衝撃波による援護や、グラスドローメという物理的な攻撃が効きにくい相手への対応を行っている。

 少々前衛寄りなチームではあるが、連携によって危なげなくダンジョンを攻略していた。

「3人とも凄いよね」

 幾度目かの戦闘が終わった時、エリオットが感嘆の声を上げる。

「そう言うエリオットも十分凄いと思うぞ」

「そんなことないよ。皆に付いて行くので精一杯だよ」

 リィンの言葉を否定するエリオットだが、的確なタイミングでアーツを発動させ、皆のサポートをしっかりと実行出来ているのは確かである。

 ただ、他の3人に比べて体力面で劣っているため、今も肩で息をしている。

「だいぶ進んだし、この辺りで一旦休憩を執らないか?」

 エリオットの様子を見て、リィンが休憩を提案する。

「そうだな。まだまだ先があるみたいだし、丁度良いんじゃないか」

「ああ、慎重になるに越したことはない」

 レイルとガイウスの同意を得て、車座になって休息を入れる。

 エリオットが申し訳なさそうにしていたが、3人が口々に気にしないようにと伝える。

「リィンの剣術だが、八葉一刀流だよな」

「流石にレイルは知っているみたいだな」

 自身の流派を言い当てられたリィンだったが、そのことについて別段驚くことはなかった。

 太刀を使う身であれば、八葉一刀流の名を知らぬ者はいない。

 そう称されるだけ、この流派の知名度は高いのである。

 剣仙ユン・カーファイにより編み出された刀や太刀を用いる剣術であり、一から七までの剣術の型と無手の型を併せた八種の武術により構成されている。また、剣術の型どれか1つまで極めた者は剣聖と呼ばれ、大陸中でも指折りの実力者として知られている。

 近隣諸国においては剣聖カシウス・ブライトや風の剣聖アリオス・マクレインの活躍により、八葉一刀流の名は広く知られるようになったのである。

「俺がユン老子に師事していた頃には、剣聖は剣の道から離れていたらしいがな」

「ああ。今じゃ得物を棒術具に変えてはいるが、その実力は衰えるどころか更に増しているようだったな」

 レイルが語りながらどこか遠い目をしていた。

「もしかして、剣聖と手合わせしたことがあるのか?」

「……んー、まぁ、な。そういう機会に恵まれて、な」

 剣の道を歩む者として、剣聖のような実力者に手合わせをしてもらえるというのは願ってもない幸運と言えるだろう。

 しかし、レイルの様子からは嬉しさなどは見受けられず、むしろあまり思い出したくない記憶のように感じられた。

「あれは、何て言うか……うん、化け物だな。正直、サシじゃ勝てる見込みが、全く……なかった」

「……剣聖と謳われる実力は並大抵のものではない、ということだな」

 レイルの全力がどれ程なのかはまだ分からないが、少なくとも自分以上だとリィンは推測している。

 ――そんな彼でも歯が立たないと言うんだ。初伝止まりで修行を打ち切られた自分じゃ足元にも及ばないだろう。

 分かりきっていることだというに、そのような思考が浮かんできたことに対し、リィンは自嘲するように笑みを浮かべていた。

「ところで、レイルはどこの流派なんだ?」

 気を取り直して、話題をレイルの方へと移す。

「俺か? 俺のは神薙流という流派だが、八葉一刀流と違って知っている者は数少ないはずだ」

「かんなぎ……」

 初めて聞く名であり、どのような字面か想像が付かなかった。

「神を薙ぎ払うで、神薙だ」

「!?」

「それって……」

「……正直、物騒な名だな」

 今まで聞き手に回っていたエリオットとガイウスも、レイルの言葉を聴いて一様に驚きを露わにした。

 神を薙ぎ払う。つまりは主である神を殺める、と想像出来る言葉を聞かされ、驚くなと言うのも無理な話であった。

 しかしレイルは、3人の反応を気にした様子もなく、自らの考えを語った。

「確かに字面を見ればこれほど物騒な名はないだろうな。ただ、俺としては『神が定めた運命ですら薙ぎ払う』という意味を持っていると思うんだ」

「なるほどな。そういう見方も出来るのか」

「なんだかカッコいいね、そういうの」

「物事には様々な側面がある、ということだな」

 レイルの言葉にそれぞれが感想を述べる。

 ガイウスの感想を聞いたレイルは得意げに頷く。

「そう言うことだな。1つの側面に捉われずに、あらゆる可能性を考慮し、真実を見極めること」

 結構大事なことだと思うぞ、とレイルがニッと白い歯を見せて笑う。

「さてと、そろそろ動くとするか」

「そうだな。行けそうか、エリオット」

 ガイウスが先に立ち上がり、エリオットに手を差し出す。エリオットがそれを掴むと、腕を引いて助け起こす。

「ありがとう。しっかり休めたし、もう大丈夫だよ」

 エリオットの表情からは疲れの色が薄れており、強がりで言っている様子もなかった。

「よし。油断せず慎重に進もう」

 リィンの号令を受け、男子メンバーは再び奥を目指し始めた。

 

 

 フィーはエミナと共に暗がりの通路を疾走していた。

 先程、ほんの僅かにだが聞こえてきた魔獣の咆哮が気掛かりとなり、音の方向へと急ぐ。

 この地下迷宮に生息する魔獣は、基本的に気性が大人しい部類に含まれる。

 しかし、外敵と遭遇し、これを排除するためであれば容赦なく牙を剥いてくる。

 ――この先で、誰かが戦っている。

 誰かまでははっきりとしないが、自分達が追って来た内のどちらかだろう。

 ダンジョンに入っていく前の様子から、共闘しているとは考えにくく、たった1人で魔獣を相手取っていると推測出来る。

 彼らがどれ程の力量かは分からないが、単独で魔獣に襲われているのならリスクは相当に高い。

 更には、戦闘音を聞きつけて周囲から他の魔獣が集まってくる可能性だって存在する。

 フィーがエミナに視線を送ると、エミナが頷き、2人とも進行速度を速める。

 瞬く間に戦闘音が大きくなってきた。

 魔獣の咆哮や断末魔、それに加えて剣戟の響きが聞こえてくる。

 どうやら金髪の貴族生徒、ユーシスが戦っているようである。

「先に切り込む。援護して」

「了解!」

 エミナの返事を背後に聞き、フィーは己の身に更なる加速を加える。

 通路が途切れ、開けた空間に出た瞬間、速度を殺すことなく即座に状況を確認する。

 広間の中央、6体の魔獣に囲まれてユーシスが孤軍奮闘している。その周囲にはユーシスが屠ってきたであろう魔獣の亡骸が無残にも打ち捨てられていた。その数から、彼の腕前が相当に高いことが窺い知れたが、流石の数を相手にその表情には疲労の色が浮かんでいた。

「! お前は……」

「話は後。今は魔獣を殲滅する」

 こちらに気付いたユーシスが目を見開くが、それに構わず身近にいた1体を銃剣のブレードで切り捨てる。

「私もいるわよ!」

 追いついたエミナが即座の射撃を放つ。それにより2体の魔獣が屠られる。

 こちらの強襲で数を殺がれた魔獣が慌てふためいたかのような素振りとなる。そこから先は一方的な戦いだった。

 魔獣を倒しきった後、ユーシスが深い息を吐いて呼吸を落ち着かせていた。

「ふぅ…………助けてくれと頼んだ覚えはない。が、一応礼は言っておく」

 ぶっきらぼうだが『助かった』と告げるユーシスに、フィーは問題ないと返しておいた。

 しかしエミナの方は、何故か眉根を寄せてユーシスを睨んでいた。

「……何か言いたげだな。貴様もあの男と同様に“貴族風情”に不満でもあるのか?」

「別に。不満なんてないわよ……ユーシス・リアライトくん」

「!?」

 エミナの言葉にユーシスが全身を強張らせる。

 ――リアライト? アルバレアじゃなくて?

 どういうことか分からずフィーは首を傾げるだけだが、2人はそれで通じるものがあるらしかった。

「貴様ッ――どこでその名を!?」

「その反応……やっぱりあのユーシスなのね」

「おい! 質問にこた――」

「エミナ・ローレッジ」

「――――ッ!?」

 エミナが名乗るとまたしてもユーシスが硬直してしまった。そして信じられないものでも見たかのように狼狽する。

「その朱色の髪……きさ、いや、貴女は」

「ようやく、思い出してくれたみたいね」

 やれやれ、といった様子でエミナが溜め息を溢した。

「話したいことは山程あるけど……まずは1つだけ、聞かせてちょうだい」

「な、何を……」

「翡翠の都バリアハート。そこで母親と2人で暮らしていた平民のユーシス・リアライトくん。そのあなたが、どうしてアルバレアを名乗っているのかを、ね」

 

 

「すまない。君達のおかげで助かったよ」

「いや、無事で何よりだ」

 武器を収め、レイルはマキアスのお礼に応じた。

 レイル達が少しばかり広い空間に辿り着いたのと同時に、奥の通路から魔獣の群れに追われたマキアスが現れたのである。

 間一髪、レイル達の助勢を得て、マキアスは事なきを得たのである。

 ここまで必死に逃げてきたこともあって、マキアスは息を切らしていたが、単独行動を始めた時とは打って変わって、冷静な状態を取り戻しているように感じられた。

 実際彼の話では、あれから頭を冷やし、誰かと合流しようと引き返して来たところで、魔獣の群れに追われることになったらしい。

 その説明の後、独断専行したことについて謝罪してきたのは、彼が本来真面目で礼儀正しい少年であることを物語っていた。

「良かったらここからは俺達と一緒に行動しないか」

「そうだな。恐らくオレ達より後には誰もいないはずだ」

 リィンがマキアスに提案し、ガイウスがそれを後押しする。

「ありがとう。お言葉に甘えさせてもらうよ。……それと……君達の身分を聞いても良いだろうか?」

 リィンの提案は願ってもないものだったらしく、マキアスは快諾してくれた。すると、彼は表情に緊張を帯びさせ、真剣な眼差しでこちらに質問してきた。

 含むところはないが相手が貴族かどうかをしっておきた、と告げるマキアスに対し、レイル達は顔を見合わせた。

「えっと……ウチは平民出身だけど」

「同じく――そもそも故郷に身分の違いは存在しないからな」

「なるほど、留学生なのか」

 エリオットとガイウスが貴族でないと知ると、マキアスから緊張の色が薄れていった。

「それで、君達は?」

 残るレイルとリィンに問い掛ける。それにはレイルから応じた。

「俺は、自分にどんな血が流れているか分からないんだ」

「それは……すまない。不躾な質問をしてしまったようだ」

 マキアスが申し訳なさそうに頭を下げてくるが、レイルが慌てて否定する。

「そんな深刻な話じゃないから謝らないでくれ。俺の家、クラウザー家は先祖代々から大陸中を旅してきた家系でな。どこでどんな血が入っているか分からない、ってことなんだ」

 そういう意味ではどこかの国の高貴な血が混ざっている可能性もあるかもな、と冗談めいて付け加えるが、スケールの大きさに皆反応に困っているようだった。

「そ、そうか……それでリィン、君は?」

「ああ……」

 最後に残ったリィンへと話が振られると、彼は少し間を置いてから口を開いた。

「――少なくとも高貴な血は流れていない。そういう意味では皆と同じと言えるかな」

「そうか……安心したよ」

 リィンの答えに納得したのか、マキアスが嬉しそうに頷く。

 しかし、レイルは先程のリィンの言に違和感を覚えていた。

 貴族でないのならそう言えば済む話なのだが、彼の言い方は何かを含みがあるように感じられた。

 特に、『そういう意味では皆と同じ』という言葉が、レイルの脳裏に引っ掛かった。

 ――なら、どういう意味では違う?

 貴族ではないという明言は避け、なおかつ高貴な血は流れていないという言い回し。

――と、なると……そういうことか?

 推測を重ねていき、自身の中で理に適った答えを導き出し、内心で嘆息する。

 レイルの推論通りであれば、リィンのあの言い方はベターな回答のはずである。

 あくまでベターではあるが、リィンにも事情や考えがあるのだろう。ならば、ここでレイルが横槍を入れるのは余計なお節介になってしまうだろう。

「あ、ちょっと良いかな? マキアスってもしかして」

 突然、エリオットがマキアスに尋ねる。その言葉は途中だったが、マキアスはエリオットが訊こうとしている内容をさっしてか、1度咳払いした後、居住まいを正した。

「君の想像している通りだ」

 マキアスの言葉に、エリオットはやっぱりという反応を示す。

 すると、レイルも2人が話している内容を察して、先程の推論が正しかったことを知る。

 リィンやガイウスは首を捻って話の推移を見守っていた。

「いつか分かることだろうが……僕の父は帝都知事を務めている」

「帝都知事!?」

「……それはどういった類のものなのだ?」

 マキアスが告げる言葉にリィンは驚きを顕わにし、帝国について詳しくないガイウスは更に疑問を抱いている様子だった。

「帝都知事というのは、帝都ヘイムダルを管理する組織のトップってことだ」

「なるほど。オレの故郷で言う族長と似たようなものか」

 レイルがなるべく簡潔に説明してやると、ガイウスが故郷のことと置き換えて、多少の差異はあれど何とか理解したようであった。

「若い頃から大きなプロジェクトを成功させ、歴代初となる平民出身の行政長官。清廉潔白を地でいく優秀な人って新聞にもよく書かれてるよね」

「詳しいな、エリオット」

 自分の父親を好意的に説明するエリオットに驚きながらも、マキアスはどこか誇らしげだった。

「一応これでも帝都出身だしね」

「そうだったか。僕はオスト地区だが、君は?」

「あ、僕はアルト通りだよ。もしかしたらどこかですれ違ってるかもね」

「……………………?」

 出身が同じと知れて2人が会話を弾ませている。それを聞きながらレイルの中である可能性が過ぎった。

 ――帝都のアルト通りに住む、クレイグ……?

 その情報からかつて知り合った音楽教室で講師を勤める女性を思い出していた。

 そして直接の面識はないが、彼女の父親についても記憶から引っ張り出してくる。

 筋骨隆々の巨漢。豪胆にして大胆不敵。

 今目の前にいる中性的で気弱なエリオットとは全くもって結びつかなかった。しかしよくよく考えれば、彼の者に付けられた異名の由来を、エリオットもまた持っているのである。

 ――何ですぐに気付かないかなぁ……

 自分の間抜けさに呆れてしまうが、それだけ彼らが似ても似つかないということだ、と内心で言い訳を浮かべる。

「さて、そろそろ奥に進もう」

 しかし、エリオットに直接確認する前に、リィンの提案を受け、一同は出口を目指して先を急ぐことになった。

「エリオット、ちょっと良いか?」

「どうしたの?」

 だが、流石に気になったレイルはエリオットを手招きし、他の3人より少し遅れて後に続くことにした。

「間違っていたらすまないが……エリオットのお父さんってオーラ――」

「ストーップ!」

 エリオットが慌ててレイルの口を塞ぎに掛かる。その反応だけで、答えは得たも同然であった。

 エリオットの突然の大声に、前を歩いていた3人が振り返るが、エリオットが気にするなという旨を伝えると、不思議そうにしながらも歩みを再開させた。

「な、なんで分かったの!?」

「んー、気付いたのはついさっきなんだが」

 エリオットが小声で尋ねてくるので、レイルもそれに合わせて声量を落とす。気付いた理由は彼の姉にあたるであろう女性と知り合いであることが大きいのだが、そこを詳しく尋ねられるとこちらの素性に関わることとなるので、レイルは曖昧に暈した理由を述べるに留めた。

「そっか。……悪いけど、父さんのことは黙っててくれる?」

「それは別に構わないが……やっぱり、気になるのか」

「そりゃあ、ね。父さんの息子って知られたら、ここだとどうしても色眼鏡で見られると思うし」

 そう語るエリオットの表情はかなり複雑な心境のようであり、そのこと以外にも悩みの種があるように感じられた。

 

 

「む。どうやらここで行き止まりのようだな」

「仕方ありませんね。先程の分岐点まで戻りましょう」

 ダンジョンに入ってから1時間程が経過した頃、リューネ達は3度目の行き止まりに行き着いていた。

「もぅ、いったいいつになったら出口に着くのよ」

 流石に辟易とした感じで、アリサが愚痴を溢した。

 彼女の言うことは最もであるし、長い時間薄暗い地下迷宮にいれば自然と気分が滅入ってしまう。

 とはいえ、ここで不満を述べていても仕方がないので、早々と前の分かれ道へと戻ることにする。

「しかし、学院の地下にこんなものがあるとはな」

 ラウラが気になっていたのか、ふと、そのようなことを口に出した。

「確かにそうですよね。わざわざこのために用意した、という訳ではなさそうですが」

「何にせよ、常軌を逸しているわ」

「……………………」

 と、リューネとアリサが口々に感想を述べる。しかし、エマだけは何かを考え込んでいる様子だった。それに気付いたリューネが彼女に呼び掛ける。

「エマさん?」

「あ、すみません。……そうですね。随分と古くからあるみたいですし、もしかしたら学院が出来た時、あるいはそれ以上前からあるのかもしれませんね」

 呼ばれたことではっとしていたエマだが、すぐに自分の所見をすらすらと口にする。

 それを聞いたリューネ達はそれぞれが感嘆の言葉を漏らした。

 ――確かに古い建物だとは思っていましたが、それ程に古いとは思っていませんでした。

 少なく見積もっても自分が生きてきた時間を遥かに超える年月である。そう考えると、驚くな、というのはまだまだ年若いリューネにとっては難しい話だった。

「止まれ」

 先頭を歩いていたラウラが後ろ手にこちらの動きを制してきた。

 場所は先程の分岐点。ラウラの様子は右手の通路の方を窺っているようである。何かの気配が近付いてきているのだと推測出来たリューネは意識を集中させ、気配の正体を探った。

 ラウラとリューネの様子を見て、残りの2人が武器を構えて臨戦態勢に入った。

 ――この気配は……

 数は5。しかしその気配は魔獣ではなく、人が放つものであった。向こうもこちらの気配に気付いたのか、幾つかの気配が一瞬張り詰めたが、すぐにその緊張は解かれ、こちらへと近付いてくる。

「そなた達は……」

 真っ先に相手を視認したラウラが安堵の表情を浮かべる。

 右手の通路から現れたのは、レイル達一行の5人組だった。

 

 

「アリサ・R。宜しくしたくない人もいるけど、それ以外の人はよろしく」

 そう告げるアリサに、リィンは表情を強張らせた。一応笑顔は保てているだろうが、その笑みはとても歪なものだろうと思う。

 分かれ道に行き着いたところで女子のグループと出会い、自己紹介を兼ねてお互いの情報を交換し合っていたのだが、アリサの様子は始終不機嫌そうで、こちらが話題を振っても取り付く島もない状態である。

 ――不可抗力とはいえ、あれはまずかったよなぁ。

 いくら彼女を助けようとしたという大義名分があろうと、その後のあの状況は問題だった。それを理解しているので、どうにか謝ろうと四苦八苦しているが、まともに取り合ってもらえず、リィンはどうしたものかと肩を落とした。

「そうか。そなた達もまだ彼を見掛けていないのだな」

「多分、先に行ったエミナ達が見つけているはずだ。……提案なんだが、ここからは一緒に行動しないか?」

「――!?」

「なっ!?」

 レイルの突然の提案に、リィンだけでなくアリサまでもが表情を緊張の色に染めた。

「いや、ユーシスとやらが見つかっているか確証がない以上、今まで通り分かれたまま行動するのが得策ではなかろうか」

「一理あるが、まだ調べてない通路はこっちだけだろ?」

 そう言ってレイルが丁字路の右側を指差す。彼の言う通り、未探索の通路はそちらのみである。

「人数が増えれば全体の動きが鈍くなるのは確かだが、ここは親睦を兼ねて一緒に行かないか」

 そう言うとレイルがさり気なくリィンへと視線を送ってきた。するとそれに気付いたのか、ラウラまでもがこちらを見遣った。そして何か逡巡した後、

「……なるほど。そう言うことであれば是非もない。同行させてもらおう」

「ちょ、ちょっとラウラ!?」

 ラウラが承諾すると、アリサが悲痛な声で彼女を呼び止める。

「どうしたのだ、アリサ? 何か不都合なことでも?」

「いや、その……」

 アリサが言い淀み、目線を泳がせている。すると、彼女の様子を窺っていたリィンとばったり目が合う。彼女はこれでもかとリィンを睨みつけるとそっぽを向いてしまった。

「別に、何でもない!」

「うむ。それでは行くとしようか」

 ラウラが先陣を切り、先に行ってしまった。アリサを始め、他のメンバーもそれに次々と続いた。

 気が重たかったが、リィンも後を追うことにする。その途中で前を歩くレイルがリィンのことを呼び寄せて、彼に耳打ちする。

「一緒に行動するお膳立てはしてやったんだ。早いこと彼女の機嫌を直してきたらどうだ」

「やっぱりそういうことか…………気持ちはありがたいが、上手くやれる自信がない」

 リィンが肩を落として溜め息を吐く。その様子を見たレイルが、ふむと唸った後、何かを思案している素振りを見せた。

「どうしたんだ?」

「いや……そうか。それならもう一押ししてやろうじゃないか」

 レイルが口角を吊り上げると、尋ねる間もなく先に行くリューネの元に寄って行った。

 ここからでは何を話しているのか分からないが、リューネが何度も頷き、2人で笑顔を見合わせていた。

 すると、リューネがこちらへとやって来て、レイルはアリサの方へと向かったようであった。

「リィンさん、少し良いですか?」

「あ、ああ……」

 何を言われるのか、とリィンは緊張した面持ちで、リューネからの言葉を待った。

「アリサさんですが」

 やはりその話題か、とリィンは内心で身構えた。

 リューネは先程までアリサと共に行動していたのだ。その際、リィンへの罵詈雑言を聞かされていたのではないか、そしてそれをリィンに伝えようとしているのではないかと勘繰ってしまう。

 しかし、リューネの口から出た言葉は予想していたものとは全く異なっていた。

「――怒っている、という訳ではないと思いますよ」

「え……?」

 どういうことだ、とリューネを窺うと、彼女は苦笑して話を続けた。

「全く怒っていない、ということはないでしょうけど、それ以上に――恥ずかしさの方が勝っているんだと思います」

「そう、なのか?」

「恐らくですが。それにアリサさんも、リィンさんに助けてもらったことはちゃんと分かっていると思います。それでもあんな態度をとってしまうのは」

「照れているから……」

 そう言うことだと思います、とリューネが頷いてみせた。

「ありがとう。君のおかげで気持ちが軽くなったよ」

「お役に立てたようで何よりです」

 そう言ってリューネは微笑み、頑張ってくださいねと言い残して、元の場所まで戻って行った。

「……………………」

 具体的にどうすれば良いか分からなかったが、とにかく機会を窺い誠心誠意謝ろうと心に決めたリィンであった。

 

 

「よっ。アリサ、で良かったよな」

「え?」

 背後から声を掛けられ、アリサは慌てて振り返った。

 そこにいたのは銀髪の男子、リューネの義兄レイルだった。

「えっと、何か用かしら?」

 何故声を掛けられたのか分からず、アリサはつい身構えてしまった。アリサの態度を気にした様子もなく、レイルは話を切り出した。

「用ってのは他でもない、リィンのことなんだが」

「!? ……その話なら他所でしてくれないかしら」

 リィンの名を出された途端、アリサは自分の表情が強張ったのが分かった。声音も少しばかり刺々しくなってしまう。

「そう言われてもな……君がその調子だと、リィンが報われないしさ」

「あ、あんな奴どうだって――」

「君を助けたのに?」

「!?」

 アリサの言葉を遮って、レイルが疑問を差し挟んでくる。

「それは、その……」

 アリサも理解はしているのである。リィンが自分を守ろうとした、その結果彼は自分の下敷きになってしまったのである。

 ――それで、その……胸を……

 触られたのではなく、自分から押し付ける形になってしまったのである。それも理解しているが、あまりの出来事に動揺し、挙句リィンには平手打ちをお見舞いしてしまったのである。

「分かっては、いるのだけど……」

 手を上げたことを謝り、助けてくれたことには感謝を示さなくてはならない。頭では理解しているのだが、彼女の中に渦巻く感情が素直な行動を阻害しているのである。

「まぁ、分かっているなら良いけど。なるべく早くに済ませておいた方が良いと思うぞ」

「え、ええ」

 アリサがか細く頷くと、それに満足したのかレイルは後方へと下がっていった。

 ――やっぱり早く謝った方が、良いわよね。

 レイルも言っていたが、後回しにしていては謝る機会を逃してしまうかもしれない。

 まだ照れや申し訳なさでまともにリィンと対峙出来そうになかったが、両手で頬を張り、心に気合を入れる。

「よしっ!」

 周りから訝しがられるが、そんなことは今のアリサにとって些事でしかなかった。

 謝ろう、そう決めてアリサは振り返り、リィンを呼ぼうとした。

「ふむ。またしても分かれ道か」

「そのようだな」

 その矢先、先頭を歩いていたラウラとガイウスから声が上げる。

 機先を挫かれたアリサは表情を引きつらせながら2人に振り向くと、確かに2人が言う通り、道は再び丁字路として行き先が別たれていた。

「……………………」

 リィンに謝ろうとした直後、グループは再度2つに分かれ、それぞれ探索を開始することになった。

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