神様と少年とお婆ちゃんの、ほんのほんの小さなお話

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寓話 神様の知恵袋

 津々浦々の神様が使うインターネット『神様ネット』

 その中にとある人気サイトがありました。

 

 それは『神様の知恵袋』といい、そこでは、毎日日本中の神様が聞きたいことを質問していました。

 

『先週食べたイチオシの食べ物は?』

『それはこの激辛ラーメンです』『わたしはこのお菓子屋さんのおまんじゅうです』

 

『最近神社に人が来ません。どうすればよいでしょうか』

『伝承をつくってみてはいかがでしょう』『試験を受けて神格を上げましょう』

 

 質問に回答しベストアンサーに選ばれると「天啓コイン」というコインがもらえ、これがいっぱいあることは神様内でちょっとした自慢になるのです。

 

────────────

 

 さて、日本のとある町に、町を見守っている神様がいました。この神様は「神様の知恵袋」に回答することが趣味の神様でした。

 大喜利からまじめな相談まで、色んな質問に答えていたのですが、思ったよりコインは増えませんでした。というのも、この神様はまだ神様になったばかりで若く、なかなか的確な回答が出なかったのです。

 

 

 ぼんやりとサイトを眺めていると、また一件、新しい質問が投稿されました。お題は、

 

 

『あなたにとって最高の景色を見せてください』

 

 

 答えやすそうな質問です。早速答えようとしますが、色んな絶景の写真が次々と投稿されていきます。試しに町の写真をいくつか撮ってみましたが、これでは勝ち目は薄いかもしれない、と不安になりました。

 

「ううむ、どうしたらベストアンサーがもらえるのかな……」

 

 うんうん頭をうならせながら町をふわふわと漂っていると、町の小学生たちが帰り道を歩いていました。その近くを通ると、楽しそうにうわさ話をしているのが聞こえました。

 

 

「ねーねー知ってる? 都市伝説の話!」

 

「え、なになに?」

 

「天望山の山頂から夕焼けを見て、山の木が写っていない町の風景を撮ることができたら、願いが叶うんだって!」

 

「えー? なにそれ? つまんないの! こっくりさんみたいな話かと思ったのに!」

 

 そのままキャッキャッと笑いながら離れていく小学生たちの話を聞き、神様はそんなうわさが出来たのか、と人間たちの想像力におどろかされました。

 

 

 天望山とはこの町で一番高い山で、山頂まで登ればとなり町まで見ることができるという山です。でも高いとはいえこの小さい町の中での話。実際は、小学生の遠足の定番コースになる程度の高さです。もちろん、神様はずっと高くまで飛ぶことができます。

 天望山か。久々に行ってみるか。と思い立ち、早速びゅーんと飛んで山頂に向かいました。

 

 

 

 山頂に着くともう人がいました。背が低めの少年が何やらカメラを構えながら、ぐっぐっと一人で背伸びをしていました。

 

 きっと先ほどの都市伝説を聞いてやってきたのだろう、と子供の行動力を微笑ましく思っていました。

 

 すると、その少年がすごく必死な顔で写真を撮っていることに気づきました。

 

 

 気になった神様はちょっと喋ってみようと、優しそうなおじさんに化けて少年と話してみることにしました。

 神様なのでこれぐらいのことは簡単なのです。

 

 

「君もあのうわさを聞いてやってきたのかい?」

 

「……知らないおじさんだ。お母さんに知らない大人には着いていっちゃダメって言われるんだ」

 

「ちょっとお話するだけさ。何もしないよ」

 

 どっこいしょ、と近くの切り株に座りました。

 

 

「……前おばあちゃんから聞いたんだよ、あの噂。最近ずっと試してるんだけど、上手くいかないんだ。どんな場所を探しても、うまくいかない」

 

 

 実はこの山は、高さは低いですが横になだらかに広がっており、普通に取ると山の木が写真に入ってしまうのです。そのため、山の木を写さずに町を撮るにはできるだけ高い所から撮るしかないようでした。

 

「オレはチビだから、身長を伸ばしたくて、いろんなことをしたんだ。牛乳も飲んだし、夜ふかしもしないでいっぱい寝てるし。でもチビのままなんだ」

 

「君も何か叶えたいことがあるのかい?」

 

 神様がそう聞くと、少年はしばらく黙り込んでから答えました。

 

 

 

「おばあちゃんが病気なんだ」

 

「今病院で入院してるんだけど、もう死んじゃうだろうって」

 

「だからこうして毎日試してるんだ。おばあちゃんの病気が治りますようにって」

 

「君はおばあちゃんが大好きなんだね」

 

「オレさ、おばあちゃん家行くの嫌だったんだよ」

 

 どうやら両親が共働きをしていて、時々おばあちゃん家に預けられていたようです。

 ですがいまいち口に合わないお菓子しかなく、ゲームも無い家に行かなきゃいけないのが面白くなかったようで、よく困らせていたといいます。

 

 

「でも入院してさ、おみまいとか行くじゃん。痛いことして、検査とか色々して、苦しそうなおばあちゃん見てたら、ワガママばっか言わなきゃよかったってすごい思ったんだ」

 

 

 

「なのにもうすぐ死にますとか言われても納得できないんだよ」

 

 

「どうしてお医者さんは、おばあちゃんを助けてあげないんだよ」

 

 そういってポロポロと泣き出しました。

 

 

 

 困ったな、と神様は思いました。

 神様は神様ですが、実はできることには限りがありました。神様は日本中にいっぱいいて、いくつかの町や市ごとに担当が分かれています。そのため、むやみにできることを増やすと世界がメチャクチャになってしまうのです。こういう、命に関わることも神様にもどうしようもできないことでした。

 

 

 

「ニセモノを、用意してあげようか」

 

 

 でもこの少年を何とか救ってあげたい、と神様は思いました。なので、せめてできることをしてあげようと思いました。

 

 

「今の君には届かない高さの夕焼けを、私が写真に撮ってあげよう。うまく写真も加工して、あたかも君が撮ったように。そうしたら誰よりも高いところから、完璧な一枚が撮れる。それをおばあちゃんに見せてあげたらどうだい?」

 

 

 

「それを見せたら、よろこぶかもしれないよ。それで、その噂のことも合わせて伝えよう」

 

「そしたら、ああ、願いがきっと叶うんだ、って、希望を持たせてあげられるかもしれない」

 

 

 少年は、うつむいて口をぎゅっとしめて考えこみました。そしてしばらくたち、夜がはじまろうとしたところで

 

「ありがとう、でもちょっとかんがえさせて」

 

 とだけ言い、夜になる前に急いで山を下りていきました。

 

 

 

 その後、再び会ってもう一度聞いてみましたが、結局少年は断りました。

 

「ごめんなさい。よく考えたんだけど、そういうズルはいけない気がしたから」

 

「本当にいいのかい?」

 

 

「お母さんから言われたことがあるんだ。ズルすると、その時は何とかなってもどこかで痛い目をみるよって」

「オレの力でせいいっぱいやってみるよ。ありがとう」

 

 

 その後も、神様は少年が頑張っている様子を眺め続けました。少しでも身長を伸ばそうとしながら、山に穴場が無いか探したり、背伸びをして取り直してみたり。時には木の上に登ろうとしたことすらありました。そうしていくうちにたくさんの失敗した写真だけが増えていきました。

 

 ですが成長期もまだな少年にはどれも難しく、最後まで目当ての写真を撮ることはできませんでした。

 

 

 

 それからしばらくして、少年たちの家に病院からきとくだと連絡が入りました。

 病室に駆け込んでいくといっぱい機械に囲まれたおばあちゃんが苦しそうに息をしていました。その周りを白衣を着た先生たちが注射をしたり、点滴を変えたりして手を動かしていました。でも皆どことなく暗い顔やつらそうな顔をしていました。

 

 

 そこで少年も気づきました。ああ、本当におばあちゃんは死んじゃうんだ、と。

 

 

 声をかけてもおばあちゃんの反応は返ってきませんでした。

 

 もうできることはこれしかないと、少年は腕いっぱいに抱えた、あの失敗してきたたくさんの写真を見せました。

 

 

 

 

「おばあちゃん、これ見てよ。おばあちゃんから聞いた噂をさ、ずっと試してきたんだ。ダメだったけど、いい写真でしょ?」

 

 

 

「ごめん、ごめんよおばあちゃん。オレ、願い叶えること出来なかった。助けてあげられないよ、今までわがままばっか言って、ごめん……」

 

 かけられた毛布にすがりつき、鼻水を垂らして泣きながら写真をおばあちゃんに近づけてあげました。

 

 

 

 

 するとおばあちゃんは、意識をもうろうとさせながらもすっかり細くなった手をのばして、そっと少年の頭をなでました。少年は驚いておばあちゃんの目を見ました。

 最期におばあちゃんはにっこりと微笑みながら、

 

 

 

 

 

「お……おきく、なった……じゃ……ない……か……」

 

 

 

 

 

 かすれた声でそう言いました。そして翌日、おばあちゃんは息をひきとりました。

 

 

 

────────────────

 

 神様は思いました。

 あの都市伝説は、きっと大人のだれかが作ったんだろうと。

 

 

 子供は年を重ねるたびに背が伸びます。そしてどんどんとできることが増えていきます。

 乗れなかったジェットコースターに乗ることができる。逆上がりができるようになる。バスケのゴールにさわれるようになる。苦手なものが食べられるようになる。

 

 それが、子供にとって「願いが叶う」として広まることを願ったのでしょう。きっとこの話を作った大人は、子供に小さな希望を持つことを忘れないでほしかったのです。

 

 

 

 

 実は神様は、死ぬ直前におばあさんの夢の中に入り、会いに行っていました。

 

 

「こんばんは、神様です。そろそろお迎えが来るころですので、お伝えしにまいりました」

 

「おやおや、こんなことをしてくれるのですか。最近の神様は親切ですねえ」

 

「……少しお話ししましょう。これまでの人生を振り返りませんか」

 

 

 神様は机とお茶を用意してお話に耳を傾けました。戦争で食糧が少なかったこと、働き口がなかなか見つからなかったこと、おじいさんに会えて家族が増えていったこと、老後の楽しみのこと……

 死ぬ前にこうして人生を振り返ってもらい、今世の悔いを無くすのも神様の仕事でした。

 

 

 そうこうしていると時間が迫ってきたのか、目の前の家具や景色がぼんやりとしてきました。

 そこで最後に神様はもう一つ、おばあさんに問いかけました。

 

 

 

「これは全員に聞いているのですが、……死ぬのは怖いですか?」

 

 

「もう怖くないですよ。最初はやっぱいやでしたが」

 

 

「理由を聞いてもよろしいですか?」

 

 

 

「もうね、自分の病気などどうでもよくなっちゃったんです。あの子が来てから」

 

「とても悔しそうでした。身長が伸びなかったから私を助けられない! って。でも人が死ぬのは自然の摂理でしょう?」

 

「そうやって仕方のないことと流してしまうようになるんです。自分のことも、他人のことも。だから泣いてくれるのが華ですよね」

 

 そういって寂しそうに笑いました。

 

 

 

「いいお孫さんでしたね。真っ直ぐで、いい子だ」

 

「そうでしょう? 自慢の家族ですよ」

 

 

 

 そうして笑いあっていると、本当に最後の時間が来ました。薄くなっていくおばあさんを神様が見つめていると、消える直前にこう言い残しました。

 

 

「あの子は最後まで無念だったでしょうが、私はずっと嬉しかったですよ。だって」

 

 

 

 

 

「人のために努力ができて人のために泣ける、あんなに心の優しい孫ができたんですから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから、神様の知恵袋に一件の回答が届きました。

 

『あなたにとって最高の景色を見せてください』

 それに対し神様が送ったのは、手を伸ばし、背伸びをしながら、夕焼けの町を撮っている子供の写真でした。

 

 その写真は、他の絶景を抑えてベストアンサーに選ばれました。

 

 

 回答へのお礼としてメッセージがのりました。

 

「どこでも撮れるような素朴な景色ですが不思議と引き込まれてしまいました。でもなんでこの写真を選んだのですか?」

 

 

 回答に追記が届きました。

 

『それを説明するには、私の町の素敵な都市伝説から話さなければいけません』

 




元ネタは今日見た夢です


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