強烈な龍属性を帯びたラグナの紅の太刀に身を斬り裂かれても立ち上がったシエルは白き青空の女神として新たな姿を得て再臨した。刻まれた深い傷からは鮮血が滴り落ちている状態。だが、鮮血をどれだけ浴びてもその身を守護する純白のプロセッサユニットは穢れることを知らない。蒼の太刀をしっかりと右手に持ち、ラグナを見据える。
「どうしてアンタはそこまで戦うことができる…? 戦友である銀の女神と交わした約束…。そいつがアンタを突き動かしているってことなのか…?」
「うん。私が生まれた理由を知ったあの日に舞ちゃんと約束したの。一緒に今を精一杯生きようってね。それが私を生んでくれた先代クリスタルハートに対する感謝の気持ちなんだ。だから、私はあなたを倒して生きて帰ってみせるっ!」
蒼の太刀を構えたシエルは瞬く間にラグナとの距離を詰めて一閃を繰り出した。ラグナも紅の太刀で斬撃を受け止めて鍔迫り合い状態になる。刀身に纏わりついた龍属性の赤雷がシエルの傷を侵蝕しようと迫るが、体から放出されている蒼の光の粒子が何と赤雷を完全に遮断した。これはラグナの龍属性の斬撃を受けたことで適応化能力が反応した結果である。今のシエルには龍属性は通用しないと言ってもいい。
「はあああっ…!」
太刀に力を込めてラグナの太刀を押し切って隙を作ると即座に追撃をお見舞いする。避けきれないと判断したラグナは龍形態になって耐えようとするが、シエルの太刀の一撃は重厚な甲殻を難なく斬り裂いてダメージを与える。
「ぐあっ…! 相棒の甲殻をこうも簡単に突き破るとはな…。やっぱりアンタはすごいよ。アタシが今まで出会ってきた奴らの中でも最大の強敵だ」
「私も似た気持ちを抱いている。戦友と肩を並べるほどの実力を持った相手と出会うことができて嬉しい。でも敵同士という形で出会ったのが本当に残念でならない」
「もし、アンタと別の形で出会う事ができていれば、アタシ達、友達同士になれたのかかもしれないな…」
「今からでも遅くはないよ」
「もう遅いよ。今のアタシとアンタは互いに決して相容れない立ち位置なんだ。この勝負、次の一撃で決めようぜ。アタシと相棒の最大の一撃をアンタにぶつけてやる。こいつを受け切れるか?」
龍化したラグナの体にエネルギーが集中していくのをシエルは感じ取った。どのような攻撃が来るのか思考を巡らせてみるが出せた結論としては逃げたところで無駄ということである。この攻撃を乗り越えた先に勝利がある。それを掴みとるためにシエルはシェアと蒼炎の力を全て解放した。
「自然の力は全てアタシ達の味方。アタシという器に入りきる限りのマグマのエネルギーを大地から吸収した。あとはこいつを解き放つだけ…。試してみようぜ。アンタとアタシ。どっちがこの先の未来に進む資格があるのかをなっ!」
ラグナは内に秘めた膨大なエネルギーを解き放つ。あらゆる物を焼き尽くす熱風が戦場を駆け抜けると地面からマグマが次々と噴出してシエルに襲い掛かる。それだけには留まらずに溶岩弾が戦場に次々と降り注いだ。かつて自分の相棒の龍が行使していた敵国の大軍団を一瞬にして壊滅させた最強の攻撃。シエルの体は飲み込まれる。
マグマなどの自然のエネルギーを身に取り込み解き放つ技は体にも相当の負担を掛ける。現に相棒の龍はこれを行使すると一週間は動けなくなっていたほど。敵に与える損害は非常に大きいが自分の負うダメージも大きい。諸刃の剣とも言える最大の技を行使したラグナは人間状態に戻って太刀を支えに立っていた。
「これを受けても、まだ立ち上がって来るのか…? アンタは…?」
シエルがいた場所には黒煙が立ち込めていて姿を確認することができない。数分が経過して黒煙が晴れると、その場所には一人の少女と一体の龍が立っていた。
「はぁ…。はぁ…。大自然の力ってここまで恐ろしいんだね…。あなたが守ってくれたおかげで何とか耐えることができたよ…」
(我をこの場に顕現させたのはシエルよ、お前の力が起こした奇跡のような物だ。この力を誇りとして銀の女神と共に次なる未来に向かって飛翔するがいい。さて、今度はこちらの番だ。我らに出せる最高の一打を届けてやろうぞ)
「うん! ラグナ! これが今の私達に出せる最高の一打だよ!」
女神龍はその姿を一振りの大剣に変えるとシエルの右手に収まる。ラグナと距離を詰めると大剣に蒼炎とシェアの力を纏わせて突きを三回お見舞いすると、大きく跳躍して空中から大剣を一気に振り下ろしてラグナの体を斬り裂いた。さらに斬撃と同時に発生した蒼のシェアの輝きがラグナの体を飲み込む。
「蒼龍滅牙斬っ!」
それは舞と練習していた剣士の秘奥義の一つ。シエルにぴったりの名前ということで舞と記憶を共有していたアリアがそれを再現してくれたので、二人で練習を積み重ねて物にしていたのだ。
「がはっ! アタシの、負け、か…!」
「あなたの、いや、あなた達の最大の攻撃も私達に届いていたよ。耐えることができてなかったら負けていたのは私達だった」
「今のアンタ達の姿、昔のアタシと相棒みたいだ。それに負けたのに全然悔しいとは感じない。できるのなら、アンタともう一度戦いたいけど、それはもう叶わない願いみたいだな…」
決闘に敗れたことでラグナの体は消滅の時を迎えようとしていた。
(諦めるのはまだ早いのではないか?)
シエルの大剣に宿っている女神龍がラグナに語りかける。
「どういうことだ…?」
(我もかつては世界と共に消滅したが、シエルと巡り会うことができた。今は消滅したとしても新たな生を受けて次の未来で惹かれあい、再び会い見える可能性もゼロでは無い。無に等しい僅かな可能性かもしれぬが賭けてみるのはどうだ?)
「なるほどな。このまま黙って消えるよりかはいいかもしれない。僅かな望みに賭けてみるとするか…。シエル、アタシのお願いを聞いてもらってもいいか?」
「私にできることなら」
「アタシを倒したアンタなら簡単なことだと思うぜ…? アタシの願いはこれから先の戦いで誰にも負けずに勝ち続けてほしいってだけさ。アタシより弱い奴に負けるなんてことはアタシが絶対に許さない。強いアンタの事を信じさせてほしいのさ」
「わかった。私はもう二度と負けたりしない。それに私はもう一人じゃないから。一人で勝てない相手ならみんなの力を借りればいい。だから、いつかもう一度巡り会えた日には全力で戦おう。今度は敵同士じゃなくて、互いに高め合う友達同士で」
「そんな日が来るといいな…。どうやらもう時間みたいだ。気長に待っててくれると嬉しいぜ。シエル、アタシの最高の
ラグナは光となって消滅した。残されていたのは龍属性の赤雷を纏った大太刀。
「負けずに勝ち続ける…か。これは気合いを入れて頑張らないといけないな…」
(そうだな。だが今のお前にはかつての我と違って信頼できる仲間がいるのだろう?)
「うん。この世界に来て出会うことができた。最高の仲間達がね。だから、あなたには本当に感謝してるよ。あなたと出会えた記念に自分の言葉で改めて言わせてほしい。本当にありがとう。先代クリスタルハート…」
(ふっ…。礼など不要だ。戦友と共にどこまでも駆け抜けるがいい。今代の結晶の女神よ。我はお前達の創る新たな未来を見させてもらうとしよう。必要ならば我の力も存分に使うがいい)
「ありがとう。少し休んだら外に出て様子を見てみようか」
(周囲の警戒は我がしておこう。今は休むといい)
「う…ん…」
シエルはクリスタルハートの体にもたれ掛かると目を閉じて寝息を立て始める。ラグナが倒されたことで残る六魔将はアリスのみとなった。
時を遡り、セレナは忘却の遺跡にて教え子と二度目の再会を果たす。アリスは女神候補生達を舞の元に送ってくると言って一旦姿を消したが、数分後には戻ってきた。
「お待たせして申し訳ありません。女神候補生の皆様を舞様とファントムハート様が待つ場所にお送りしてきました。間もなく各地で我ら六魔将との戦いが始まることでしょう。決闘を始める前にこれを受け取ってください。ファントムハート様からセレナ様にとのことで預かってきました」
アリスの手にあったのは月の魔術書。それはこれまでにセレナが生み出した魔法の全てが記された原典である。アリスと渡り合うにはこれが必要不可欠と言ってもいい。舞とのハード・リンクで習得した魔法も勿論あるが目の前にいる甦った教え子を倒すためには原典に記されている魔法も必要になってくる。
月の魔術書をセレナに手渡したアリスは黒の魔術書を開いて結界魔法を発動する。これは魔術戦による建造物の破壊などの二次被害を防止するための魔法。現在は魔法体系が随分と変わっていることもあってあまり使われないが、当時は大規模な魔術戦となれば都市一つが壊滅しかねないほどの被害が出る危険があった。魔法に無関係な人間を巻き込まないために開発されたのがこの結界魔法。セレナは勿論のこと、当時の魔術師達に言わせれば使うことができて当たり前とも呼べる初歩の魔法でもある。
「魔法学校であなたに最初に教わった魔法ですよ。セレナ様」
「最初はこれを自分の物にするまでに随分と時間がかかったよね」
「こうして使えるようになったのもセレナ様の指導があってこそです」
アリスはセレナが講師をしていた魔法学校の生徒の一人。今代のゲイムギョウ界では魔法を本格的に使う人間が少ないと言われているが、最大の魔法大国だった煌めく金の大地では全国民の九割以上が魔法の素質を持っていたということもあって日常の中に魔法が存在するのが普通だったのだが、それによって発生していた問題もあった。
セレナの国が抱えていた問題は二つ。一つは魔法主義と言う古き時代からこの大地に根付いていた考え方。それによって生まれたのが魔法の適正が低い物に対する差別問題。アリスは魔法の適正が低かったので才能に恵まれた者達による差別を幼い頃から受け続けていた。自ら命を絶とうとしたことも何度かあったくらいだ。
二つ目の問題が魔法を悪用する犯罪者の増加である。魔法による証拠を残さない巧妙な手口で犯罪を繰り返す者達による被害が毎日のように報告されていた。最も残酷とも呼べる手口が結界魔法の中に標的を閉じ込めて殺害することで現実世界に遺体を残さないという物。アリスの両親は実際にこの方法で殺されている。
セレナは魔法学校での指導を通してアリスのような子ども達を救済しようとしていた。最初は中々心を開いてくれなかったが、できるまで何度でも丁寧に教えるセレナの指導が功を奏したのか心を開いてくれる子ども達も増え始めていい軌道に乗り始めていた。
「今日も魔法の練習を頑張らないと…。魔法学校が休みだからってサボるわけにはいかない…」
その日はセレナの仕事の都合で魔法学校が偶然にも休みだった。アリスは家の近くにある空き地でセレナから教わった結界魔法を使って魔法の練習を開始しようとするが、別の結界魔法に取り込まれてしまう。
「誰っ…?」
現れたのは自分の知らない人物。仮面で顔を隠した人物はアリスに向かって攻撃魔法を連続で放つ。突然の襲撃に対応できずにそれを全て受けてしまう。鈍い痛みが体中を駆け巡り立つこともできない。
「誰なの…? なんで、私を襲うの…?」
「君達のような出来損ないをゴールドハート様のお傍に置き続けるわけにはいかないのさ。君達は高貴なる大魔術師でもあるゴールドハート様にとっては邪魔でしかない。だから彼女に代わって私が裁きを下してあげるのさ。同じ学校に通っていた君の仲間はみんな手にかけてあげたよ。最後は君の番」
仮面の人物の言葉を聞いてアリスの頭の中に一つの単語が過る。
『狂信者』
それは女神を信仰してはいるが目の前にいる仮面の人物のように歪んだ信仰心を持つ者達のこと。当時のゲイムギョウ界では金の大地に関わらずに他国でも問題視されていた。女神を神格化し過ぎているが故に狂気とも言える行動に走ることもあると云う。
「いや…。やめて…。助けて、セレナ様っ!」
「無駄だよ。ゴールドハート様は女神の仕事で遠方に出かけている。今日はもう戻ってはこないだろうね」
仮面の人物はアリスに魔術を放とうとするが突如割り込んできた人物がそれを防いだ。
「誰だ! 私の邪魔をするのは!」
アリスの目の前に現れたのは緋色の髪を持った少女。
「緋色の大地が守護女神、スカーレットハート。今日この日を持ってこの国の支配者となる女神さ。彼女とのお話の邪魔になるから君には退場願おうかな?」
スカーレットハートは緋色の剣で襲撃者の心臓を貫いた。神速の剣閃の前に襲撃者の命は散る。
「これで君を殺そうとする屑は消えた」
「助けて…くれたの…?」
「結界魔法の作り方が甘かったから私にも見つけることができてよかったよ。君もまた酷い過去を持っているようだね?」
「…っ! どうしてわかったの?」
「君と目を合わせた瞬間に記憶を覗かせてもらったよ。魔法の力を手に入れて優越感に浸っている奴らの時代も今日を持って終わりを告げる。ある目的のために君のような女の子を探していてね。よかったら来てくれないかな? 悪いようにはしないよ」
スカーレットハートに連れられて到着したのは彼女の教会。
「この部屋で少し待っていてくれるかな?」
アリスの目に入ったのは部屋の机の上に置かれていた一冊の書物。それを手に取って目を通していく。書物に書かれている情報が頭の中に流れ込んできた。
「お待たせ。お話の続きをしようか…と言いたいところだけど。その前に一つ聞かせてほしい。その本が読めるのかい?」
「普通に読めるよ。これは魔術書なのかな…? 中に書かれている魔法は私には使えないけど…。セレナ様なら使えると思う…」
「君が信仰している金の女神か…。彼女はもう戻ってこないよ。煌めく金の大地は私が守護する緋色の大地の一部となったからね。女神の使命を大切にしていた彼女の行動心理を逆手に取らせてもらったよ」
「どうしてこんなことをしたの…? セレナ様の国を奪うなんて…」
「一番の理由は彼女の国から出る魔法犯罪者の存在さ。私の国でも随分と好き勝手にやってくれていたからね。全ての準備が整ったから襲撃をかけたというわけさ。君も魔法の力を手に入れて自惚れていた屑共に大切な物を奪われたんだろう?」
「でも、セレナ様はそんな私達を助けようとしてくれたよ…?」
「なら、どうしてあの時彼女は助けに来なかったのかな? それは君の命よりも女神の使命とやらの方が大事だったということの証明ではないのかい?」
「そんなこと…。でも、あの人の言う通り出来損ないの私はセレナ様の邪魔をしていただけなのかもしれない。あの人は自分の時間を割いてまで私達に魔法を教えてくれていたから…」
スカーレットハートが来てくれなければ仮面の人物に殺されて終わっていただろう。自分にセレナのような魔法の力があれば逆に返り討ちにすることもできたかもしれないが今の自分はあまりにも非力だった。魔法は一応使えるが簡単な物しか使えないのだから。
「なら君に私の力の一部をあげるよ。君がこれを受け入れることができれば今までの君の現実は破壊されて新たな形で再構成される。その魔術書が読めたということは記された魔法を行使することのできる可能性を秘めているということだからね」
「どうして私にそこまでしてくれるの…?」
「私は君のような特に酷い過去を抱えた子達に会ってきた。君で五人目かな? 彼女達は皆、国と女神に大切な物を奪われた者達さ。私は見てみたい。彼女達が新たなステージで舞い踊る姿が。君も彼女達の中に加わってくれることを私は願うよ。だが最後に選ぶのは君だ。さあ、どうする?」
「あなたの力を受け入れることができれば私は強くなれる…?」
「なれるだろうさ。君の友達を殺した奴らに復讐することも容易いだろうね」
「力をちょうだい…。私は誰よりも強い魔術師になってみせる…! 魔法の力で私の大切な物を奪った屑共にセレナ様に代わって裁きを下してやるっ…!」
スカーレットハートの力を転写された彼女は教会に保管されていた魔術禁書を読み、次々と強力な魔法を習得していく。死者蘇生や悪魔召喚などに代表される禁術が記された魔術禁書はアリスの力にはなったのだが、同時に彼女の心をも蝕んで行った。
そしてセレナは残る二国を賭けた大戦争で変わり果てた教え子と再会を果たす。目の前に現れたのは自分の知っているアリスでは無かった。冷酷な赤と緑の虹彩異色の瞳を持ち、金の大地に保管されていた魔術禁書から習得した魔法で主の敵を駆逐する最凶の魔術師。スカーレットハートを守護する六魔将が一人、黒衣の魔術師アリスとなっていたのだから。
大戦争の激闘の末に倒した教え子が再び女神の亡霊の手で甦り、自分の前にいる。自分の出せる魔導の全てを持ってアリスを倒すこと。それが今の彼女に報いる唯一の手段。決意を固めたセレナは女神化を行使する。右手に月の魔術書を携えて金の女神ゴールドハートがアリスの前に降臨した。
「時を経ても衰えることのない美しい輝きですね。それでは、私達の戦いを始めましょうか。六魔将、黒衣の魔術師アリス。ファントムハート様の命によりあなたを倒します。セレナ様、覚悟してください」
「煌めく金の大地が守護女神、セレナ! 親友を助ける為、みんなで明日を迎えるためにあなたを倒してみせる。全力で行くよ! アリスっ!」
黒衣の魔術師と金の女神。かつての師匠と弟子が結界内で己の魔導の全てを駆けて最大の魔術戦を行う。残るはアリスと操られた舞。闇の中で暗躍するファントムハート。二人の決闘が始まった頃、夜空には満月が輝いていた。