目を覚ました私の視界に映ったのは知らない天井だった。どうやら私は今の今まで寝ていたみたい。どうして曖昧なのかと言うと、目を覚ます以前の記憶がまるでないから。自分の名前、どこで何をしていたのか、どうして私はここにいるのか。何も思い出せない。窓を開けて部屋の中に風を入れてそこから見える景色を見ていると、もっと広く見渡せる場所に行きたいと思った。
部屋を出たところにいた白衣を着た女の人。看護師さんでいいのかな? その人に尋ねてみると、屋上への行き方を教えてくれたので私は屋上に向かう。屋上の扉を開けると少し冷たい風が私の体に当たった。とりあえず辺りを見渡してみると大きめのベンチを見つけた。たまたま誰も座っていなかったので座ってみる。すると今度は雲一つ無い青空と美しい街並みが私の視界に映った。何か思い出せるかと思ったけど何も思い出せない。それでも私はこの景色に自然と心を奪われていた。夜になればいい夜景が楽しめる気がする。そんな勝手な想像を膨らませている私に話しかけてくれた人がいた。
薄紫色の髪の女の子。ネプギアと言う名前らしい。一緒にいるのは友達なのかな? 黒髪の女の子と薄茶色の髪の女の子が二人いた。私のことを知っているみたいだったから話を聞いてみるとネプギアは私の名前を教えてくれた。
神奈 舞。どうやらそれが私の名前みたい。ネプギアと一緒にいた女の子だが、黒髪の子がユニ、薄茶色の髪の二人の女の子、水色の服と帽子の子がロム、桃色の服と帽子の子がラム。みんな私のことを知っていると言う。
それからは病室でネプギア達に小一時間ほど話を聞かせてもらった。ネプギア達と私が出会った時の話。ネプギアは一緒に旅に出るまでの話。ユニはギルドという場所で出会ってクエストに行った時の話。ロムは悪党に誘拐された自分を助けにきてくれた私とネプギア達の話。ラムは私と二人でモンスター退治をした時の話を聞かせてくれた。
今の私にはどれも身に覚えのない話だったけど、もっと話を聞きたいと思ったのは本当のこと。他の話を聞かせてもらおうと思ったところで私の病室に白衣を着た男性が入ってきた。目を覚ましたのでもう一度検査をさせてほしいと言われたのでネプギア達とはここでお別れ。また明日も来てほしいと別れ際に伝えた私は再検査を受ける。
先生の話によるとこの病院に運び込まれた時の私の状態は外傷による出血もかなりあって危険な状態だったらしいのだが、再検査の結果、それらの傷がまるで初めから無かったかのように完治しているとのこと。実際に痛みも感じないし、体も普通に動かせる。
残っているただ一つの問題は私の記憶だ。記憶と言うのはそれぞれ入る場所が違っているようで、今の私は生まれてから今までに体験した出来事、思い出の部分だけが何かの要因で消えてしまっている状態。記憶消失という物で残念なことに治らないと言われてしまった。幸い、それ以外の記憶は無事のようで言葉の意味は理解できるし、物の使い方もわかる。もしそれも消えていたら生まれたばかりの赤子に近い状態になっていたところだ。
記憶に関してはこのまま入院を続けたところでどうにもならない問題なので先生は明日の朝にもう一度検査をして体に異常が無ければ退院してもいいと言ってくれた。もっとネプギア達と話をしたい。色々な場所に行ってみたいと思っていた私には嬉しい知らせ。検査を終えて病室に戻ったところでテレビをつけてみる。
ネプステーションと言う番組が放送されていた。最近起きたことのニュースを初めに、便利な道具の紹介をするコーナーやクイズコーナーなどもやっている。トップニュースは犯罪組織マジェコンヌの四天王が復活したというニュース。要求に従わなければ国民を皆殺しにすると言っているらしい。随分と物騒な話だ。
通販コーナーで紹介されていたのはブランまんじゅう。ミリオン連発級の美味しさらしいので一度食べてみたいと思った。クイズコーナーは三択の問題が三つ出題された。問題は紫、黒、白の女神の妹は次の中で誰ですかという物。選択肢の中に知っている名前をみつけたので三問ともそれを選ぶと全問正解した。
番組を見終わったところで急に眠気が襲ってきたので今日はもう寝ることにした。部屋の電気を消して布団を被ると目を閉じて意識を手放す。
「ん…? ここはどこ…?」
目を開けると広がっていたのはどこまでも広がる青空。足元に目を移すと私は雲の上に立っていた。空には太陽が昇っているが、私を照らしている陽光は銀色。私は夢を見ているのかな?
「ここは私とあなた。二人だけの世界だよ?」
「あなたは…?」
私の目の前に現れたのは純白のドレスを着た黒髪の女の子。太陽の形をした銀色の髪飾りをつけているが、その体は半透明になっている。彼女は誰なのだろうか?
「私の名前はアリア」
「あなたも私のことを知ってるの?」
「知ってる。お話を始める前に言わせてほしい…。舞、本当にごめんなさい…。私はあなたの運命を狂わせてしまった…。謝ったところで許されるなんて思ってない。でも、今の私にはこれしかできないの」
「どうして謝るのかな? 私の運命を狂わせたって言うのは?」
「それも全部話すよ。信じられないと思うけど、今から話すことは全て本当のこと。この場で信じてほしいとも言わないし、理解できなくてもいい。それでも聞いてほしいの」
「わかった。アリアのことも、自分のことも知りたいから全部話してよ」
私はアリアの話を黙って聞いていた。アリアは今の私は普通の人間ではない。守護女神という存在になってしまっていると言う。病院に運び込まれた時に負っていた外傷の治癒が早かったのは守護女神だから。さらに守護女神は普通の人間と違って寿命で死ぬことは無い。元々は普通の人間だった私はある日悪い人に連れ去られて目の前にいるアリアの力を強引に転写されたことで守護女神になってしまったらしい。私の思い出を消し去ったのもその人のようだ。
「率直に言わせてもらうと信じられないかな。でもあなたの目と表情、嘘を吐いているようには見えない。それで人間というカテゴリーから逸脱した私はこれからどう生きればいいのかな…? 普通の人間に言わせればバケモノってことになるんじゃ…」
「バケモノなんて絶対に言わせないよ。守護女神は世界を守るだけじゃない、国を作って人々を導いている存在でもある…。と言っても私は国を持ってないけどね。現実の舞が今いるのはこのゲイムギョウ界を構成する四つの国の一つで、紫の女神パープルハートが守護する国。革新する紫の大地プラネテューヌ」
アリアの言葉を何とか理解しようとしていたら聞き覚えのある単語があることに気が付いた。紫の女神。確か寝る前に見ていた番組のクイズコーナーで出ていた。紫の女神の妹は誰ですか?という問いに対して私が選んだ答えはネプギア。今日会ったあの子もネプギアという名前だった。私の考えていることを見抜いたのかアリアは話を続ける。
「気づいたかな? 舞とあったネプギアちゃんは紫の女神パープルハートの妹だよ。つまり舞と同じ女神ってこと。舞はネプギアちゃん達と一緒に旅をしてこれまで色々な思い出を作ってきた。今は消えてしまっているけど、それを取り戻す方法がある」
「だからネプギア達は私の事を知っていたんだね? でも、どうやってネプギア達と過ごした思い出を取り戻すの? 先生には治らないって言われたよ?」
「難しいことじゃない。これからネプギアちゃん達と一緒に毎日を過ごしていけば自然に戻るとだけ言っておくよ。明日の検査で何も無ければ舞は退院できるんだよね?」
「そうみたいだけど…。アリアはどうしてそのことを知ってるの?」
「ネプギアちゃん達と舞が出会った時から舞の側にいたからだよ。強引に女神の力を取られたこともあって今の私は現実世界でみんなの前に姿を見せることができないの。舞がネプギアちゃん達と記憶を取り戻していく過程の中で私も力を取り戻していくから。現実の世界で触れ合えるようになるにはもう少し時間が必要かな」
「そっか…。無事に退院できたら私も自分にできることを頑張るよ。まだ頭の中で全然整理がついてないし、具体的に何を頑張ればいいのかわかってないけどね…」
「焦る必要は無いよ。自分の思うがままにやりたいことをすればいい。私も舞と一緒に頑張るから。さて、今日のところはここまでにしようか」
「いろいろ教えてくれてありがとう。また明日…!」
アリアに向かって右手を振ると、彼女も同じ動作で返してくれる。アリアとの時間は終わって再び私の意識は遠のいて行く。次に目を覚ました時には朝になっていた。
(おはよう、舞)
「アリア…?」
今確かにアリアの声が聞こえたが病室には私以外誰もいない。目には見えないけど、確かにいるといった感じなのかな?
「おはよう、アリア」
この場に私以外の誰かがいたら見えないお友達と喋っている痛い子に見えてしまうかもしれないけど、幸いこの病室には私以外には他に誰もいないので普通に挨拶を返しておいた。テレビをつけて時間を潰していると先生が呼びに来てくれたので後について行って再度検査を受ける。結果、記憶消失を除いて体に異常が無かったので昨日の先生の言葉通り、退院することになった。
そういえば、私はこれからどこで寝泊まりすればいいのかな? 自分の家がどこにあるかなんてわからない。ネプギアに聞いたら教えてくれるかも知れないけど。先生はどこかに電話をかけていた。私が今日で退院になることを誰かに話しているようだが、相手は誰なんだろう? 電話が終わると先生はお迎えが来るのでそれまで病室で待っていてほしいと言った。
「誰が来てくれるのかな…?」
検査を終えて病室に戻った私は思わず独り言を呟く。これまでに出会ったのは他の入院患者の人達や看護師さんと先生。ネプギア達とアリアくらいしかいなかった気がする。私の親と思われる人には出会っていない。私自身が親元を離れて一人暮らしをしていたのかもしれないし、何らかの理由で親がいないという最悪の可能性も考えられるが、何も思い出せないので結論は出せなかった。考えるのを止めて待っているとドアをノックする音が聞こえた。
「舞さん、ネプギアです。入ってもいいですか?」
「ネプギア? どうぞ」
「退院されるとの連絡を頂いたので迎えに来ました。これに着替えてもらってもいいですか?」
ネプギアが私に差し出してきたのはモノクロのパーカーワンピと小さな銀の太陽の髪飾りだった。これが私が入院する前に着ていた服みたい。それを受け取ったら病衣を脱いで、パーカーワンピを着る。髪飾りはネプギアが私がつけていたところを教えてくれた。病室の鏡を見ながら教えてもらったところにつける。
「お迎えってネプギアのことだったんだ。私が住んでいた場所も知ってるの?」
「はい。私に着いてきてくれますか?」
先生にお礼を言ってから病院を出る。ネプギアの案内に従って着いた場所は随分と大きな建物だった。教会という建物らしい。扉を開けて中に入ると私と色違いのパーカーワンピを着た女の子が出迎えてくれた。
「おかえりー! あっ、舞も一緒なんだね?」
「うん。今日で退院するって連絡をもらったからいーすんさんに頼まれて舞さんを迎えに行ってきたの。お姉ちゃんはこれからクエストに行くの?」
「そーなんだよねー。本音を言えばいつもみたいにやることをやってのんびり過ごしたいところなんだけど、復活怪人のせいでいつも以上に働くことを強いられているんだよね…。舞のおかげで仕事も普通にできるようになったから別にいいけどさ」
「えっ? 私のおかげ? 私、何かしたかな?」
「あっ。今の舞はわたし達のことを忘れてるんだったね。じゃあ二度目の初めましてかな! わたしはネプテューヌだよ! わたしのこともできれば頑張って思い出してほしいなぁ…。また一緒に遊びたいしー」
「あなたも私のことを知ってるんだね? その期待に応えられるかどうかはわからないけど頑張るよ。クエストって言うのはネプテューヌの仕事のこと?」
「まーねー。サボったらいーすんに怒られるから、ちゃちゃっとこなしてくるよー」
「そうなんだ…。あの…。もしよかったら一緒に行ってもいいかな? 邪魔にしかならないかもしれないけど…」
特にこれと言った理由は無いけど、何故か無性に行ってみたいと思ったのでダメ元でお願いをしてみる。
「モンスター退治だから今の舞を連れて行くのは流石に危ないんじゃないかなぁ? そりゃあ、わたしとしては舞が一緒に来てくれたら嬉しいけど…。ネプギア、いーすんに聞いてきてくれる?」
「うん。ちょっと待っててね?」
ネプギアは奥の方に走って行った。
「ごめんね…? いきなりこんなこと言って…」
「気にしないでよ。もしかしたら記憶を取り戻すきっかけになるかもしれないし、案外いいかもしれないねー。あっ、ネプギア戻ってきた。いーすんは何だって?」
「えっと…。私かお姉ちゃんのどちらかが常に舞さんの傍についているのなら行ってもいいって。後、舞さんには絶対に戦わせないようにって言ってたよ」
「まぁ、そうなっちゃうよねー。じゃあ、モンスターはわたしが倒すからネプギアは舞と一緒に離れたところから見学しててよ。それなら大丈夫でしょ」
「わかった。舞さん、それでいいですか?」
「うん。無理なお願いをして本当にごめんね?」
ネプテューヌの仕事、クエストに同行させてもらうことになった私は二人に案内されてクエストを受けるギルドという施設に向かうことになった。これを機に記憶を取り戻すきっかけが得られれば嬉しい。少しの希望を胸に抱きながら私は新たな一歩を踏み出した。