ネプギア達と順調にモンスター退治を進めていた私に突如として降りかかった異変。スライヌの体になってしまった私の体をネプテューヌが抱き上げる。身動きが取れないことはないけど、手が無いので武器が持てない。ぬら。としか喋れない。元に戻るためにはどうすればいいのかわからない。今の私にできることがないか考えてはみたけどいい案が何一つとして浮かばなかった。
「ネプテューヌ。舞を頭の上に乗せてみて」
アリアの言葉に従い、ネプテューヌは自分の頭の上に私を乗せる。ネプテューヌの頭の上に乗った瞬間に体の中から暖かい何かが込み上げてきた。これはシェアの力なのかな? 私は声を上げてそれを解き放つ。
「ぬ、ぬらーーー!」
「おおー! 何だか力が漲ってきたよー!」
ネプテューヌの体からは紫色の光が溢れ出していた。漲る力の勢いのままに新たに出現したモンスターとの距離を一気に詰めると白金と漆黒の長剣による乱舞を叩き込む。
「これを使うことはもう無いと思っていたけど、この際だから私も使わせてもらう!」
アリアの体が銀色の光に包まれる。光の中から現れたのは銀色の体を持った小さなスライヌ。アリアスライヌはセレナの頭の上に飛び乗る。セレナの頭の上に乗ったアリアスライヌが光を放つと今度はセレナの体から金色の光が溢れ出した。
「ぬらら!」
「本当に不思議な力だよね。他人の能力を上昇させるなんて」
セレナの頭の中に甦るのは遠い日の思い出。普段通りにクエストに向かったアリアが何故か銀色のスライヌになって帰ってきたという奇妙な出来事が起きた。シエルが企画書を書き、素材を集めて作成した錠剤を飲ませることで解決したが、本物のスライヌを視界に入れる度にスライヌの体になるという呪いが付き纏っていた。
アリアは長い時間をかけて呪いを完全に自らの制御下に置いたことで自分の意志でスライヌに変身することができるようになった。スライヌの体になると直接戦闘に参加することはできないが、味方の頭の上に乗ってシェアの力を解き放つと味方の能力を爆発的に上昇させると言う不思議な能力を使うことができるようになる。
「打ち上げて…! アクアレイザー!」
詠唱短縮で放つのは水属性の中級魔法。モンスターの足元から激しい水流が吹き出して体を空中に打ち上げる。空中で身動きが取れないモンスターにネプギア達が攻撃を加えて確実に仕留める。弱っているモンスターは黒曜の魔導書を使い蒐集する。現れた群れを全滅させると新たなモンスターが出現した。
今度は紅色の毛皮と高熱を帯びた鋭い爪を持った大きい狼。このアンダーインヴァースに生息している危険種フレイムフェンリルである。ダンジョンの変遷の際には見た目は同じでも普段観測される個体よりも強靭な個体が現れる。この個体はギルドで強化フレイムフェンリルと呼称されていて、討伐に成功すれば通常の個体よりも上質な素材を得ることができるのだ。
アンダーインヴァースに生息しているモンスターの殆どは氷属性が弱点。それはこのフレイムフェンリルにも当て嵌まるので氷属性の武器と火耐性を上げることで十分に対処は可能。ちなみに危険種モンスターの情報はギルドで販売されているモンスターの書物を購入してそれを閲覧しておけば事前に知ることができる。
「フリージング・ゾーン!」
ラムとロムは太陽と月の杖を交差させて魔法を発動する。二人の体から放たれた白色の魔力光が戦場に広がった。氷属性の威力を高め、火属性の威力を弱める効果を持つ領域を展開する魔法。
「ネプギア、これを受け取りなさい!」
弓から銃に武器を変えたユニはネプギアに向けて一発の弾丸を放つ。それが当たるとネプギアの体に赤色のオーラが纏わりついた。ユニが放ったのは舞の記憶から開発した特殊弾の一つである鬼神弾。着弾した者の力を上昇させる効果がある。
「行きますっ…!」
ネプギアは金と銀の長剣を頭上で交差させて鬼神化を発動。赤のオーラに紫色の炎のようなオーラが重なる形で纏わりついた。ロムのライフチャージとの併用は持続時間の延長、ユニの鬼神弾、ラムの攻撃力上昇の補助魔法などと併用した際には最初から高い攻撃力で攻め立てることができる。
「魔法剣『奏の型』!」
武器に属性を纏わせて威力を強化する魔法剣。纏わせたのは水属性と氷属性を融合させた奏属性。続けて見せるのは水刃と氷刃の舞。
「グラス・ディーヴァ!」
フレイムフェンリルの側面から胴体に連撃を叩き込み怯ませる。舞スライヌを頭に乗せたネプテューヌとアリアスライヌを頭に乗せたセレナが続いた。フレイムフェンリルは炎を吐いて二人を焼き払おうとするが、ロムとラムが展開した氷属性の領域の効果で威力・範囲共に弱まっているので簡単に回避されてしまう。
「ネプテューヌ、行ける?」
「オッケー! これで決めちゃうよー!」
セレナは氷の魔力。ネプテューヌはシェアの力を収束させる。二つの力が収束すると強力な冷気を帯びたエクスブレイドが生成された。
「「グラシュ・バリエ!」」
それは永久凍土の騎士と呼ばれた竜の牙から作られる大剣の銘。フレイムフェンリルの体を貫き、白い光の柱が立ち上る。光が収まるとフレイムフェンリルの姿は完全に消滅していて爪だけが残されていた。これは炎狼の尖爪と呼ばれていて通常のフレイムフェンリルから採れる爪と区別されている。火属性の武器の作成及び強化の際には要求されることが多い。
「このエリアはこれでおしまいかな?」
「後は奥に向かったシエル達を待つだけだね。アリア、元に戻ったら?」
「ぬら!」
セレナの頭の上から飛び降りたアリアスライヌが銀色の光に包まれる。光の中から現れたのはいつもの小さいアリアだった。呪いを自分の制御下に置いているアリアの場合はスライヌを視界に入れても勝手にスライヌにならないという違いがある。舞スライヌもネプテューヌの頭の上から飛び降りたが…。
「何か舞スライヌが辛い表情をしてるけど、これって大丈夫なの?」
「ぬら…。(大丈夫。気にしないで…。)」
「おお! さっきまではぬらとしか聞き取れなかったのに言葉がわかる! それにこの光ってハード・リンクだよね? セレナからも出てるよ!」
「本当だ…。舞、記憶が戻っているの?」
「ぬ…ら…。ぬら…!(今度は耐えてみせる…。絶対に…!)」
私の頭の中に映像が流れ込み、強烈な頭痛が走るが私は耐える。罠にかかってスライヌの群れに蹂躙された恥ずかしい映像から、ジャッジ・ザ・ハードとの再戦。アリアを捕らえていて女神の亡霊ファントムハート。ネプテューヌ達との出会い。みんなと過ごした日常。束の間の平和から始まる再び犯罪組織との戦い。
六人の女神との再接続を果たしたことで私の頭にこの世界で過ごした記憶が一気に書き込まれた。これで全部なのかはわからない。まだ何かが残っている気がするのは私の気のせいではないと思う。映像の流れるたびに私に襲い掛かる頭痛は激しさを増していった。
「ぬ…! ぬらああああ!」
「ま、舞さん!?」
痛みに叫びを上げる舞スライヌの体が銀色の光の柱に包み込まれる。光が弾け飛ぶと、プロセッサユニットを纏った舞が姿を現した。
「はあっ…! はあっ…!」
「舞、本当に大丈夫なの…?」
「大丈夫…だよ…。みんなのおかげで殆どの記憶を取り戻せた気がする…。まだ残っているのかな…?」
「どこまで思い出せたの?」
「マジェコンヌをみんなの力を合わせて倒したと思ったら、本体はまだ生きていてギョウカイ墓場に溶け込んだ…。それが最後に流れてきた映像だよ…。まだ何か残っているのかな? これで終わりじゃない気がする…」
「今に至るまでの九割は思い出せたと言ってもいいね。後の部分とこの世界に来る前の記憶は私が補完する。残った一割は本当に辛い記憶になるよ。でも、忘れたままの状態だと舞も納得できないと思うからそれも併せて補完する。寝ている間にさせてもらうから今日のところはもう休むといい。明日に目が覚めた時には全て思い出せているさ」
奥のエリアで危険種の討伐に当たっていたシエル達とも合流して今回の合同討伐クエストは終了となった。リーンボックスの教会に帰還した頃にはもう夕方になっていた。夕食とお風呂を済ませた私達はベールが用意した部屋で休んでいた。
「舞さんの記憶が戻って本当によかったです。これでまた一緒に戦えるようになりますね」
「私もみんなのことを思い出せてよかった。後はアリアに任せる形になるみたいだけど…」
「私のせいだから責任を持って元に戻すよ。あのタイミングであいつが現れることを予測できていれば、こんなことにはならなかったかもしれないのにね…」
「過ぎたことを悔やんでも仕方ないわ。アタシにだって予測できてなかったもの。四天王を倒した後にまた何か仕掛けてきたとしてもアタシ達で絶対に倒してやるんだから…」
「あれだけのことをして、まだ悪いことをしようとしてるなら絶対に許さない…。あの時は何もできなかったけど今度は負けない…!」
「明日になったらまたさいきょーのわたし達に戻れるのよね? あの甦った変態も含めて悪いやつらはみーんなわたし達でやっつけてあげるんだから!」
犯罪組織からの要求が出されてから明日で七日目になる。八日目は最後の調整とかでかなり忙しいみたいだから、落ち着いて過ごせるのも明日が最後になると思う。アリアが言っていた残っている一割の記憶とこの世界に来る前の記憶が戻れば条件は完全にクリアされる。本当の意味でネプギア達と一緒に戦うことができるようになるのだ。
「私は最後の準備にかかるよ。舞が寝たのを確認したら始めるから」
アリアの体が銀色の光の玉になると私の体の中に入って行った。ネプギア達と思い出話をして盛り上がっていると時間もいい感じになってきたのでこの辺りで寝ることにした。部屋の電気を消して布団を被ると目を閉じて意識を手放す。
(どうやら眠ったみたいだね…。始めるとしようか…)
舞が眠りに就いたのを確認したアリアは記憶の補完作業を開始する。今回はいつものようにあの世界で舞と語り合うだけの余裕が無い。朝になるまでに全ての作業を完了しなければならないのだから。自分の持つ全ての力を集中させてアリアは夜通しで頑張り続けた。それから時間は過ぎて遂に七日目の朝を迎える。
「ううっ…!」
目が覚めた途端に吐き気が襲ってきた。口を抑えて自分を落ち着かせる。数分経つと収まったけど涙が出ていた。今の私はきっと酷い顔をしている。顔を洗うために洗面所に向かった。顔を洗って鏡に映る自分の顔と向き合う。
「ネプギア達に酷いことをしちゃったな…」
アリアが言っていた本当に辛い記憶の意味が理解できた。ファントムハートに連れ去られ、アリアの力を強引に転写された私は銀の女神シルバーハートになる。人という存在から逸脱した瞬間だった。それから記憶を消去された私は操り人形となってネプギア達と戦う。ネプギア達だけじゃない。ネプテューヌ達もファントムハートの部下、六魔将という人達と戦った。残った一割の記憶はみんなが傷だらけになりながら戦った夜の記憶だった。
そして昨日までは一向に思い出せなかったこの世界に来る前の記憶も戻っていた。私を生んで育ててくれた父さんと母さん。不登校になっていた私を何度も励ましてくれた心優しい親友達。私がこれまでに攻略してきたゲーム。全て思い出せるようになっていた。いつかアリアが言っていたように女神になった私はもう父さんと母さん、親友達と同じ時間を生きることはできないという事実も理解する。
「もう後戻りはできない…か…」
今さら普通の人間に戻りたいと言っても無駄なことはわかっている。望まぬ形とは言え銀の女神になった私はこれから先も生き続けなければならない。後悔はあるかと聞かれれればある。本当なら選ぶ権利が与えられていたのだから。あの時に私が捕まらなければ運命は変わっていたかもしれない。今の私にできることはみんなと一緒にこの世界で生きることだ。生きていれば万事どうにでもなる。あの人の言葉が脳裏に過る。
「朝の鍛練に行こうかな…。ネプギア達も起きてると思うし…」
気を取り直したところで部屋に戻る。寝間着からモノクロパーカーワンピに着替え、ネプギア達に記憶が戻ったことを伝えたところで私は先に朝の鍛練をすると言って逃げるように部屋を出た。外に出ると少し冷たい風が私の体に当たる。
「泣いてる場合じゃないよね…!」
私の頬を再び一筋の涙が伝う。涙を流したのはいつ以来かわからない。まだ完全に現実を受け入れることができていないのだと思う。私の大好きなゲームなら失敗した時とか望まぬ展開になった時はセーブデータをロードしてやり直すことができるけど、現実は違う。過去は変えられない、やり直すことができないのだ。
泣いてるところをネプギア達に見られるのは嫌なので涙を拭ったら練習場所の街の外れまで一気に走る。数十分後にはネプギア達も合流して一緒に小一時間程度の練習を行い、それから私達は残された時間で最後の調整を行うためにプラネテューヌに向けて飛び立つのだった。