黒い人物との戦いの後、アイエフの肩を借りてプラネテューヌという街に到着した私は教会という建物の客室に連れていってもらい、部屋のベッドで休ませてもらうことになった。どうやらさっきの戦いで体力をかなり消耗していたみたい。ベッドに寝転ぶと強烈な眠気が襲ってきたので私は布団を被って即座に意識を手放した。
どれだけの時間眠ったのかわからないが私は再び目を覚ました。頬をつねり、これが夢ではないことを再確認して私は起き上がる。ちょうど近いところに大きな鏡があったので今の私の状態を確認してみることにした。
長い黒髪は寝癖で変な方向に跳ねている。外見だけで起きたばかりだと伝えることができる有様だ。そして、着ていた私服は戦闘の影響なのかいたるところが破れてしまっている。幸い、隠さないといけない部分は破れてないから大丈夫だけど、もう着れないかな。仮に着たとしても体温調節など、服としての機能を果たしてくれないと思う。
「アイエフとコンパが言ってた私の瞳ってこれのことか…」
鏡に映る私にこれまでと明らかに違う点が見受けられた。それが私の瞳の色。黒色だった瞳が今では銀色に変化しており、ゲームの電源ボタンのマークが浮かびあがっている。あの戦闘狂との戦いの最中に発動した力に関係する物だと思う。確か、女神の瞳と二人は言っていた。ここまでが鏡に映る自分を見て整理できた情報。
「さて、どうしようかな?」
外に出ようにしても、ぼさぼさになった髪と破れた私服をなんとかしないといけない。部屋を見渡してみると机の上に誰かの服と櫛、書置きが残されていた。
『目が覚めたらこの櫛を使って髪を直して、服を着替えて下の階に降りてきてほしいです。その服と櫛は今はここにはいない私の大切な友達の物ですが勝手に使っても怒られる心配はないです。あいちゃんといーすんさんと一緒に待ってるですよ。コンパより』
あいちゃんがアイエフで、いーすんさんがイストワール様のことかな。
「ありがとう、コンパ」
私は準備をはじめる。鏡の前に移動して櫛を使い髪を梳いた。寝癖で跳ねている髪が少しずつではあるが本来の状態に戻る。もう少し綺麗にしたいところだけど、櫛だけでは無理なので今は諦めることにした。破れてしまった服とつけていた下着を脱ぎ、新しい下着と服に着替える。用意されていたのはモノクロのパーカーワンピだった。不思議なことにサイズが同じなため、着ることに不自由な点は無い。きっとこの服の本来の持ち主が私と似ているのだろうと勝手な予想を立てる。
「よし、行こうか」
準備を終えて部屋を出るとセーラーワンピを着た少女と出会った。偶然にも同じタイミングで部屋から出てきたみたい。淡い紫色の髪と左上の方についている十字キー型の髪飾りが印象的かな。
「お、おはようございます…」
「おはよう。えっと、ネプギアでいいのかな?」
「そうですけど、どうして私の名前を知っているんですか?」
「アイエフとコンパがあなたの事をそう呼んでたから。私の名前は神奈 舞。よろしくね?」
「あっ、こちらこそよろしくお願いします」
ネプギアは私の手を取るがその手は僅かではあるが震えている。何かに怯えているのだろうか。下手にそれを聞いてしまうと彼女の心を傷つける危険があったので私は何も聞かない。今の彼女の表情は何か暗い影がさしこめているように映ってしまう。
「あの、私を助けてくれましたよね? ありがとうございます。私、ただ見ているだけしかできなくて…」
「あの時の事? 気にしなくていいよ。私がやりたくてやったことだから。それにあの時はネプギアにも助けられたからお互い様だよ。あの結晶をネプギアが使ってくれたから私はこうして生き延びることができた。本当にありがとう」
少しだけど、ネプギアの表情に明るさが戻った気がした。
「その服は…」
「私服が破れて使い物にならなくなったから使わせてもらってるんだ。コンパが用意してくれていたみたいだけど、この服は大切な友達の服みたいだね。サイズも丁度いいから使わせてもらっているよ。この服って誰の服なのかな?」
「それは私のお姉ちゃんの服です。いつも着ていた物と色は違いますけど」
「そうなんだ…」
私はそれ以上は何も言わない。丁度聞きたいことがあったので話を変えることにした。
「ねぇ、イストワール様ってどこにいるかわかる? 私、ここに来たばかりで右も左もわからない状態でね…」
「いーすんさんですか? わたしもいーすんさんに用事があるので、今から一緒に行きましょうか」
「ありがとう。お言葉に甘えさせてもらうよ」
私はネプギアの後ろをついて行く。エレベーターを使って下の階に降りると大広間に出た。大広間にはコンパとアイエフ。本に乗った小さな妖精のような人がいた。
「おはよう」
「お、おはようございます」
「ネプギア、舞! やっと起きてきたのね。その服…ネプ子の服の色違いじゃない」
「わたしが用意したですよ。でもねぷねぷはその服を全然着てなかったです。舞さんに一番似合いそうだったから、ねぷねぷには悪いですけど勝手に使わせてもらったです。書置きにも書いてたと思いますが、勝手に使ってもねぷねぷは怒らないです。友達のわたしが保証するです」
「言われてみればそうよね。あの子が本気で怒るのは大好きなプリンを取られた時くらいだし。コンパと同じ友達の私も保証するわ」
友達の二人がここまで言うのなら大丈夫なのかな。他人の服であることに変わりはないから大切に使わないといけないよね。
「そういえば、アイエフ。私とネプギアにやっと起きてきたって言ったけど、私達はかなり長い時間寝てたってことかな? そんなに寝たつもりはないけど…」
「五日間。ギョウカイ墓場…私達が出会ったあの場所からこの教会に帰ってきた時からよ。偶然にも同じタイミングで起きてきたから、今のゲイムギョウ界の現状から始まるこれからの話を進めることができるわ」
「全然目を覚まさないから心配したですよ? でも、こうして目を覚ましたからよかったです」
「お二人とも、お体の調子はどうですか?」
「私は大丈夫だよ。あなたがイストワール様?」
「はい。初めまして神奈 舞さん。あなたの事はアイエフさんから聞いています。後、様は無理につける必要はないですよ? 普通に名前で呼んで頂いて構いません」
「わかった。イストワール、これからよろしくね?」
「はい、こちらこそよろしくお願いします。舞さん」
とても優しい雰囲気を感じる人だ。私の母さんの雰囲気と似ている気がした。
「ネプギアさんはどうですか?」
「私も大丈夫です。あの、ごめんなさい。私、何もできないままで…」
「気に病む必要はありません。今回の事態の全ての責任は私にあります。三年前のあの日、私はあなたと四人の女神を無謀な戦いに行かせてしまった。その結果が今のゲイムギョウ界の現状です。四人の女神はギョウカイ墓場に幽閉され、四国のシェアはもはやギリギリの状態。犯罪組織マジェコンヌのシェアが八割以上を占め、その名を知らない人はいないでしょう」
ゲイムギョウ界、四人の女神、シェア、犯罪組織マジェコンヌ。聞いたことのない単語が何個か出てきた。
「イストワール様、舞にも詳しい説明をお願いしてもいいですか?」
「わかりました。舞さん、少し長いお話にはなりますが聞いていただけますか?」
「聞かせてほしい。今はとりあえず情報が欲しいからね。誰かノート持ってる?」
「これでよければありますよ? 私のお古のノートですけど」
コンパから受け取ったのは可愛らしいデザインのノートとペン。三年前までは看護学生だったようで、勉強の時に使っていた物みたい。看護学校で学んだ三年分の知識が纏められているようでいつも持ち歩いていると言う。ノートの余っている白紙のページを使わせてもらうことにした。使用済みのページには緊急時の応急処置の方法などが書かれている。
「ありがとう。イストワール、お願いしてもいいかな?」
何故この場でノートとペンを用意したのかと聞かれると理由はある。実は私のある特技を発動するためにこれらは必要不可欠なのだ。その特技についての説明はイストワールの話を聞いてからみんなにさせてもらおうと思う。
「わかりました。それでは始めますね」
イストワールから語られるのは現在に至るまでの話。それを聞きながらノートに簡潔ではあるが内容を纏める。私はまだ学生なので勉強は本業でもある。慣れた物だ。ここでイストワールの話を聞いて纏めた内容を頭の中で整理してみることにした。
この世界はゲイムギョウ界と呼ばれる世界。私がいた世界とは異なる別の世界。私のいた世界では年数を西暦と言うが、こちらはギョウ界歴と言うらしい。この点から違っているというのがわかる。何の因果かはわからないけど、私は異世界に来てしまったということだ。
ゲイムギョウ界は四つの国で構成されている。革新する紫の大地プラネテューヌ。重厚なる黒の大地ラステイション。夢見る白の大地ルウィー。雄大なる緑の大地リーンボックスの四つだ。
四つの国を守護する者達。それが四女神と呼ばれる者達。紫の女神パープルハート。黒の女神ブラックハート。白の女神ホワイトハート。緑の女神グリーンハートの四人。
四女神達は自らの力の源のシェアを巡って時には争うことも過去にはあったらしいが、今ではそのようなことは無いと言う。有事の際には協力して事態の解決にあたっているとのこと。シェアとは女神に対する信仰心のこと。シェアが低下すれば女神としての力は低下し最悪の場合、体にも不調をきたすことがあると言う。シェアはそれだけ女神と言う存在にとって重要な要素ということだ。ここまでがこのゲイムギョウ界に関する基礎的な知識。続いて現在のゲイムギョウ界に至るまでの過程を纏めていく。
時は今から遡ること三年。四女神が守護するゲイムギョウ界に突如現れたのが犯罪組織マジェコンヌと呼ばれる組織。掲げる目的は犯罪神と呼ばれる存在の復活。犯罪神は復活するとゲイムギョウ界の全てを滅ぼす存在であると伝えられている。
次にマジェコンと呼ばれるコピーツールの出現。これは犯罪組織が作り出した物で使うためには犯罪神を信仰しなければならない。最初は大人達を中心に広まっていたようだが、現在は四国共に普及率が八割を超え、子供でも当たり前のように使っていると言う。
プラネテューヌの教祖であるイストワールは四女神とプラネテューヌの女神候補生ネプギアに犯罪組織マジェコンヌの本拠地であるギョウカイ墓場に総攻撃をかける作戦を提案。女神達はそれを実行に移したが結果は敗北。
四女神とネプギアがギョウカイ墓場に幽閉され三年が経過。ゲイムギョウ界は犯罪組織マジェコンヌに支配される一歩手前の状態まで落ちた。今回の救出作戦でネプギアを救出できたが、残る四女神は未だに幽閉されたまま。ここまでが現在にいたる過程。
「よし…。いい感じに記憶できてる」
「どういうことですか?」
「私の特技はノートに書いたことは絶対に忘れないこと。完全記憶能力の形の一つかな。元の世界では学生だからこの特技でテストの点数は基本的に満点をキープしてる。今のイストワールの話の内容は全部入ったよ」
「そうだったんですか…。舞さん、すごいです…」
「集中力を上げて手を動かさないといけないから根を詰めると凄い疲れるけどね。イストワール、ありがとう。おかげでこの世界のことがわかったよ」
「どういたしまして。舞さんのお役に立てたようでよかったです」
「これで次の話を進めることができるってわけね?」
「そういうこと」
「それでは、ネプギアさん。辛いとは思いますが聞かせて頂けますか? 三年前のあの日、ギョウカイ墓場で起きた出来事を」
「はい…」
ネプギアは暗い表情のまま三年前に起きた出来事を話し始める。それは四女神とネプギアがたった一人の人物に敗北したという信じられない話だった。