プラネテューヌの南東の海に浮かぶ人工の島、レツゴウアイランド。星たちが輝いているはずの夜空はリリムの体から放出される禍々しき黒い霧に塗りつぶされ、さらに最終段階にシフトしたネプテューヌの紫電の力によって激しい雷の音が幾度も鳴り響いていた。
ネプテューヌ達がセレナの指導の下で習得した紫電・業火・絶氷・烈風。四属性の力の極点とも言えるそれらの力は最終段階にシフトした際に戦場の環境を強引に書き換えることができる。紫電の場合は仮に晴天であったとしても強力な雷の魔力が集まることで一時的に形成された雷雲から落雷が発生する。
「いいわぁ。その力をもっと私に見せてちょうだい!」
「言われなくてもそのつもりよ。はああああっ!」
ネプテューヌは紫電の力を全身に行き渡らせて身体能力をさらに強化する。リリムとの距離を一気に詰めて斬撃を繰り出したが、リリムは両手に顕現させた漆黒と純白が混ざり合ったような刀身を持つ大剣を使って攻撃を受け止める。
「ふふふっ。いい攻撃ね。力と速度は今までと比べ物にならない程に跳ね上がっている。この姿を解放していなければ今のでやられていたかもしれない…。こんな緊迫感は大戦争の時以来よ?」
「その割には涼しい顔をしているのね。私は痛みに耐えながら戦っていると言うのに…。一度で通らないと言うのならば、通るまで何度でも攻めるだけ! ヴォルトアロー!」
三つの雷球がリリムを取り囲み、放たれた紫電が直撃する。ネプテューヌが使ったのは攻防の間に魔法の術式を構築して詠唱無しで発動する特殊スキル。舞とセレナが使っていたそれを早くも自分の物にしていたのだ。
「やるじゃない。今度はこっちの番よ…!」
リリムは体から黒い霧をまき散らしながらネプテューヌに斬りかかる。背中に刻まれた傷は体を蝕んでいるのは間違いないが、ネプテューヌは決して屈しない。確固たる意志で痛みに耐えながらリリムの攻撃を確実に捌いていた。
「主様が守護女神達は楽しい遊び相手になると言った意味を改めて痛感したわ」
「このゲイムギョウ界と一人の少女の運命を賭けたこの戦いでさえもただの遊びとしか見ていない…。あなたの主は本当に狂っているようね」
「それは今の主様にとっては褒め言葉にしかならないわよ。主様の心の奥底に潜んでいる存在に言わせれば。大戦争の時は感じ取ることができなかったけど、亡霊として甦った主様と対面した瞬間にわかったわ。今の主様の体には私のような悪魔をも超越する悍ましい存在が潜んでいる」
「それがファントムハートの狂った人格に関係しているというの…?」
「これから死ぬあなたには関係の無いこと。ここから先は私に勝てたら教えてあげるわ。さあ、続きをしましょう?」
リリムが大剣を振ると軌道に合わせて生成された黒と白の刃がネプテューヌに向かって飛んできた。ネプテューヌも太刀を振って紫電の刃を形成して飛ばすことでこれを迎撃する。二人の刃は空中でぶつかり合い相殺される。
「なら、あなたを倒して聞かせてもらうわ! 雷光よ貫け! 紫光雷牙閃!」
それは舞と初めて戦った時に使った奥義。紫電の力でさらに強力になった雷の魔力の塊を太刀で薙ぎ払う。三本の雷のレーザーがリリムに向けて飛んでいく。最初に使った時は一本だったが、鍛練を積み重ねて自分で改良を加えたことも相まってさらに強力な技に進化していた。
リリムは大剣を横に構えると刀身でそれを受け止める。流石に威力は完全に抑えきれなかったのか反動で大きく後退したが、即座に体勢を立て直す。舞とのハード・リンクが切断されるまでに流れてきた技は全て自分の物にしてあるが、リリムを確実に倒すにはエクセドライブか切断される前に習得した一つの秘奥義を繰り出すしかない。それを繰り出せる状況を作り出すためにネプテューヌは紫電が最終段階にシフトした時からとある策を講じていた。
「うあっ…!」
リリムの能力によってさらに広げられた傷が凄まじい激痛となって再度ネプテューヌの体を駆け巡る。一瞬意識が飛びそうになったが何とか堪える。あの時に親友が味わった痛みはこれをも凌駕するのだ。親友と妹達が帰ってくる場所を守るためにも屈するわけにはいかない。講じた策が実となるまではあと僅か。
「まだ堕ちないのね。一体どこからそれだけの力が湧いてくるのかしら? 不思議でならない。もう終わりにしてあげるわ、パープルハート!」
「終わりになんてさせない…! 私はまだ戦えるっ!」
リリムはネプテューヌに大剣で斬りかかる。紫電を纏わせた太刀で重い連撃を何とか防いでいたが、遂にリリムの一撃がネプテューヌの太刀を空中に弾き飛ばした。
「…っ!」
「これでお終いね。さようなら、パープルハート!」
リリムは武器を失ったネプテューヌに大剣を振り下ろそうとするが、まだ終わってはいなかった。ネプテューヌが講じていた秘策が実を結ぶ時がやって来た。
「バ、バカな…。一体どこからっ…!」
一本の紫色の剣が背後からリリムの腹を貫いていた。それはシェアと紫電の力で作り出したエクスブレイド。大きさは女神化した時に使う太刀と同じくらいの大きさ。
「これが紫電を最終段階にシフトさせた時から準備していた秘策よ」
ネプテューヌが使ったのは魔力とシェアの運用技術で収束と呼称される技術。リリムと打ち合いながら戦場に拡散した魔力やシェアを呼び寄せた雷雲の中に集めてエクスブレイドを作り出していたのだ。太刀が弾き飛ばされた瞬間にエクスブレイドを操作して勝ちを確信していたリリムを背後から貫いた。
「そしてこれは得物が弾き飛ばされた時の武器として使うこともできるわ。今の私に出せる最高の剣舞を見せてあげる!」
エクスブレイドを操作して自分の手元に呼び寄せる。ここから繰り出すのは自身のエクセドライブであるネプテューンブレイクの速度をも超える神速の剣舞。リリムの背後に瞬間移動すると斬り上げを繰り出してその体を浮かせる。
「斬り裂けっ! はあああっ! まだまだ行くわ!」
縦横無尽に飛び回りながら斬撃を次々と叩き込む。その速度は斬撃を重ねるごとに加速していき、ネプテューヌの姿が一筋の紫の光に見えるくらいになっていた。合計で二七連撃に及ぶ怒涛の斬撃を叩きこむ。
「これで終わりよ! 翔旺神影斬!」
最後にエクスブレイドを真上に掲げると紫電の力とシェアの力をさらに上乗せして真上から急降下してリリムの体を貫き、地面に叩きつけた。剣舞の終了と同時に紫電と女神化が解除されて元の姿に戻るとネプテューヌもリリムの隣に倒れ伏した。
「ねぷ…! もう動けない…。これで駄目なら流石のネプ子さんも諦めるよ…?」
リリムは仰向けに倒れたまま動かない。空を覆っていた黒い霧が消滅して元の美しい星空に戻る。それはネプテューヌがこの戦いに勝利したことを表していた。
「完敗、だわ…。まさか、あの状態から、ここまでの力を出して来るとはね…」
「私の勝ちでいいんだよね…? 教えてよ。リリムが見たファントムハートの中に潜んでいる存在って何なの…?」
「あれの正体は私にもわからないわ…。でも、一つだけ言える。あれは主様の姿をした別の存在…。本当の主様の存在を喰らったとでも言えばいいのかしら…?」
「それに気づいていたのにリリム達はどうして今のファントムハートに従ったの…?」
「例え主様が私達の事をただの使い勝手のいいオモチャとして見ていたとしても…。行き場を失った私達を救ってくれたのは間違いなく主様だったからよ…。主様のことを信じて戦ったことに後悔は無いわ…」
戦いに敗れたリリムの体は半透明になって消滅を迎えようとしていた。
「今度こそ私と言う存在はお終いのようね…。ネプテューヌ、最後にお願いを聞いてもらってもいいかしら…?」
「いいよ。私はこのプラネテューヌの女神だからね…!」
「うれしいわ…。私の願いは一つよ…。主様の姿をしているアイツを倒して本当の主様を助けてあげてほしいの…」
「わかった…。ファントムハートは私と舞で必ず倒してみせるよ。約束する…!」
ネプテューヌはリリムの手を握って願いを受け取る。
「ありがとう…。私の、初めての…とも…だち…」
その言葉を最後にリリムは目を閉じると光となって消滅した。リリムがいた場所には白金色の刀身を持つ長剣と漆黒色の刀身を持つ長剣が残されていた。
「その願い、私が受け取ったよ…!」
仰向けに倒れた状態で満天に広がる星空を見上げながらネプテューヌは決意する。リリムが最後に伝えてくれたファントムハートの真実。スカーレットハートの存在を喰らって彼女の姿で暗躍を続ける謎の存在を親友と共に倒してみせると。
「ネプギア…。今度は舞とアリアと一緒に帰ってきてくれるよね…?」
ネプテューヌの言葉と同時に夜空に一筋の流れ星が見えた。山の頂で舞と戦っている妹達と各地で六魔将と戦っている仲間達の勝利を願う。正確な時間は分からないが夜の帳も降りてきたような気がする。生者を照らす太陽がまた昇るまであと数時間。
ヒナ、エリカ。フェリア、リリム。ネプテューヌ達、四女神に四人が倒されたことで残るはラグナとアリスの二人となった。離島にあるヘルファイア洞窟とプラネテューヌの忘却の遺跡で残る二人に立ち向かうのは金と結晶の女神。
ヘルファイア洞窟に到着したシエルは特殊女神化状態で蒼炎を身に纏い、襲ってくる強烈な熱波を防ぎながら奥に進んでいた。
「あなたは…!」
「待ってたぜ…。結晶の女神。アンタに会えて本当に嬉しいよ」
目の前に現れた少女の姿にシエルは驚きを隠せなかった。黒のコートを身に纏い、黒い髪と燃え盛る紅の瞳を持った少女。シエルが驚いた理由は彼女の姿にある。彼女の姿は自分と瓜二つなのだ。白の髪と蒼の瞳を持つ自分と対になるような特徴を持つ少女。
「驚いているのはアタシも同じだぜ? 闘技場の戦いをアリスの魔法で見物していたらアタシとソックリな奴が白の女神と戦っていたんだからな。一応言っておくがアタシとアンタは何の関係も無い赤の他人さ。世の中には自分と瓜二つな奴が三人はいるって言うだろう? アタシとアンタはそれに当て嵌まっているだけさ。戦う前にファントムハートの奴からアンタに渡してくれって頼まれた物がある。こいつを受け取りな」
少女はある物をシエルに投げる。右手でそれを取って確認すると蒼い結晶だった。中には女神の印が浮かんでいる。結晶が光り輝くとシエルの体内に入る。その瞬間、懐かしい力をシエルは感じ取った。それはかつての自分が持っていた能力。
「適応化能力…。こんな形で戻って来るとは思わなかったかな…」
「そいつはもういらないらしいぜ? 神奈 舞と言う最高のオモチャを手に入れたアイツはアタシに適応化能力の結晶とアリスに月の魔術書を渡した。今頃アリスも自分の師匠に返していると思う。これで全力のアンタとやり合えるってわけだ。さあ、アタシ達の戦いを始めようじゃねーか」
「舞ちゃんとアリアを…。私の親友をオモチャ扱いするあいつは絶対に許さない…! あなたを倒してネプギアちゃん達、舞とアリアが帰ってくる場所を守ってみせる…!」
「いい気迫だな。アタシの名前はラグナ。アンタの名前は?」
「シエルだよ。そして守護女神としての名は…!」
シエルの体が蒼の光に包まれる。光の中から姿を現したのは白の甲殻を持ち、各部に蒼い結晶を備えた女神龍。
「結晶の女神、クリスタルハートだ…!」
「その姿がアンタの真の姿ってわけか。なら、アタシも見せてやるよ」
シエルに対抗するようにラグナの体が紅色の光に包まれると一体の龍が姿を現した。重厚な黒の甲殻を持ち、頭部に生えた角や手足の爪は屠ってきた獲物の返り血を浴びたかのような赤色に染まっている。
「これが甦ったアタシが得た能力さ。この龍はアタシの唯一無二の相棒だったんだよ。大戦争でアタシと一緒に葬られたけどな…。アタシの勝手な想像に過ぎないけど、この力は龍に変身するアンタと本気でやり合うための力なのかもしれないな」
「強烈な血の匂いがするな。貴様はその力でどれだけの命を屠ってきた…?」
「数えるのを諦めるくらいさ。こいつと心を通わせたアタシを化物扱いしてアタシを追い出した奴らは皆殺しにしてやったからな。アンタの命もこの場で貰い受けるぜ? アタシ達六魔将にはファントムハートの奴から守護女神を抹殺しろって命令が下っているからな。アンタが生きて明日を迎える選択肢はないぜ?」
「ならば貴様を倒して生きて帰るだけだ。今を精一杯生きると戦友と約束したのでな。ここでやられるわけにはいかないのだよ」
「なら、約束を果たせないようにしてやるよ。覚悟しな、結晶の女神…!」
「望むところだ。結晶の女神、クリスタルハート…! 推して参るッ!」
二体の龍の咆哮が洞窟内に響き渡る。それが決闘の開始の合図となった。地底から灼熱のマグマが湧き出る洞窟内で紅と蒼の龍がぶつかり合う。ゲイムギョウ界と一人の少女の運命を賭けた決戦は終局に差し掛かり始めていた。