一体いつこの世に生を受けたのか。
覚えてる生物はほんの一握りもいないでしょう。
そういう私も自分が生まれた時のことは記憶にない。ただ、思い返して見ると今よりはまだ幼い身姿の記憶が浮かびます。
あの頃は、肝煎の屋敷の奥に姉さんと2人で一緒に過ごしていました。元来、飲み食いする必要はあまりなかったので口にしていませんでしたが、たまにお菓子やおもちゃなどが部屋に置かれていたのを覚えています。
そこから数十年、いや100年ほどはそこで過ごしていましたが、時代が変わると同時に風向きも変わり、家長の人間も代替わりしていきました。
代が変わると、信仰といいますでしょうか。家長になったその人は、私たちがいるということを信じず、家の者も空気がとても良くなかったのを覚えています。
そうして、しばらくして家を抜け出し、流浪の身になったのを覚えています。しばらくは良さそうな家々を見たりしましたが、どうも良さそうな家がなく困っていました。
その頃でしょうか。すこし離れた山の奥の方に地獄への入り口があると聞いたのは。もしかするとそこは今までとは環境が大きく違うかもしれないという不安もありましたが、行ってみたいと心のどこかで思い出してからはその思いがふつふつと毎日駆け巡っていました。
ある日、私は姉さんと話をしました。
「地獄に行ってみたい」と。
姉さんは、「好きにしなさい。私はまだ行かないから」
そう言い、そっぽを向くようにして先に進んで行きました。いつもと様子が違っていたのでしょう。姉さんを追いかけていっても一向に距離が縮まらず、ついには逸れてしまいました。
私は、泣きそうになりました。
生まれてこの方、ずっと一緒にいた姉と離れたからか今生の別にも似た気持ちを抱いたのを覚えています。
いく先も見えぬまま、とぼとぼと歩いていると、少年のような姿のものに会いました。
「地獄はどちらですか?」
その少年は黙ったまま、穴ぐらの方に指を刺しました。おそらくそちらに行けば地獄に行けるのでしょう。
私は、ぺこりと頭を一度下げ、その穴ぐらの方へ足を進めていきました。
しばらく歩いていくと、靄がかかったように目の前が見えず、ただただ進んでいくと、大きな門が見えてきました。それがいわゆる地獄の入り口だということはなんとなくわかりました。
その門に近づくと、牛の頭の鬼と馬の頭の鬼、牛頭鬼と馬頭鬼がこの先に行きたいのか、と聞くのではい、そうですと答えると理由を聞かれました。
私は、今まで会ったことを全て話しました。しばらく待っていてくれと言われ、待っていると通行証を渡してきました。どうやら、それを持って上の人間に会いにいくようにと言われました。
その通行証を持って門を潜り、しばらく歩くと、立派な御殿が見えてきました。そこが閻魔様の閻魔殿だと気づくのにさほど時間はかかりませんでした。
その後、閻魔様と話をして地獄に居させてもらえることになった私ですが、少しづつ少しづつ仕事を覚えていき、こちらの生活にも慣れた頃でしょうか。
いつものように清掃の仕事をしていると、目の前に一匹の蝙蝠が堕ちてきました。良かれと思い、手を伸ばすと痛感が身を走り、苦悶の表情を浮かべてしまいました。どうやら、その蝙蝠は、弱ったふりをして血を吸うのが目的だったようです。
あまりにも痛くて、倒れ込むとすぐに医務室に運ばれました。数日は熱にうなされ、何も喉を通らないほどに身体が熱く、節々が痛みを伴っていてとても苦しかったのを覚えています。
そこから一週間ほど経った頃でしょうか。目が覚めると、身体が今の姿に変わっていました。幼い身体から成熟した大人の身体に変わっていて理解が及ぶのにしばらくかかりましたが、あの蝙蝠に噛まれた影響なのはいやでもわかってしまいました。
そこからは、想像のつく通り。身体を動かせるようになると私はあの蝙蝠を探しました。ですが、あの蝙蝠はどこにもいなかったのです。後でわかったのですが地獄に蝙蝠は生息はしていましたが、血を吸わない種しかいませんでしたのでまるで狐に騙されたような気持ちになったのを覚えています。
その後、その蝙蝠を探す過程で上の立場にならないとわからない情報があることを知りました。そこからは、いろいろな部署で勉強をしながら調べたりしているうちに立場がどんどんと上に上がっていき、そして現在に至ります。
あの蝙蝠を探さないと行けませんが、いまだに情報は集まりきっていません。
◇◇◇
「先輩、大丈夫っスか?」
「……ええ、大丈夫です。少し、昔のことを思い出してました」
「昔のこと……そう言えば先輩と会ってから結構な時間経ったっスよね」
「そうですね。あっという間でした」
「ほんとっスよ」
「さて……みなさん、待っていると思いますので準備を再開しましょう」
「わかったっス」
慣れた手つきで、食事の準備を終えると執務室に戻って行った。執務室には、皆顔色があまり良くないように見えました。
食事を終えると、多少マシにはなったようですが。
「ごちそうさまでした」
「お粗末さまです。種田さん、先ほどから端末が光ってるようですが」
「本当だ……犯人たちからのメッセージみたいです」
「巻尾」
「はいっス!種田さん、それ見終えたらこっちに飛ばしてもらえると相手の位置わかると思うっス!」
「わ、わかりました!メッセージを開いてっと……」
「どうしました、種田さん」
「あんましいい状況じゃないみたいです」
そのメッセージを見させてもらうとそこには、はなちゃんが熱を出しているという一言だけが添えられていた。