扉の前で、ほんの一瞬だけ呼吸を整える。心臓の音が、耳の奥で反響するように強く響いていた。はなが、この先にいる。
その確信があるのに、なぜか指先が震える。
ギィィ……と錆びた音を立てて扉が開いた。
階段だった。ゆるやかな傾斜で地中深くへと潜っていく鉄の螺旋階段。壁はコンクリート打ちっぱなしで、ところどころに水が染み、黒ずんだカビの跡が広がっている。足音ひとつ立てても、金属と壁の反響で不自然に響く。
「佐藤さん、どれくらい降りたか目測でいいのでわかりますか?」
「そうですね……約50メートルは下りましたね……」
薄暗い非常灯が等間隔で灯っているが、場所によっては消えかかっていたり、断続的に明滅していたりする。まるで、歓迎されていないような道のりだった。
ようやく階段が終わり、視界が開ける。
その先に広がっていたのは、沈黙と湿気に支配された長い廊下。
壁は剥がれかけ、天井からは配線の束が垂れ下がっていた。
打ち捨てられた廊下。割れた照明。
そして、何より音がない。
自分たちの息遣いと足音、巻尾さんの端末が時折発する電子音だけが、世界と繋がっている証のようだった。
「気をつけてください。床、部分的に腐食している可能性があります」
佐藤さんの声が、いつもよりわずかに低かった。
その冷静さが、かえってここがどれほど危険な場所かを物語っているようだった。
◇◇◇
扉の前で、ほんの一瞬だけ呼吸を整える。
心臓の音が、耳の奥で反響するように強く響いていた。
はなが、この先にいる。
その確信があるのに、なぜか指先が震える。
ギィィ……と錆びた音を立てて扉が開いた。
その先に広がっていたのは、薄暗く湿った空間だった。
打ち捨てられた廊下。割れた照明。壁にはところどころ、何かを引きずったような跡。
言葉を失う。まるで“地下にあること”自体が罪であるかのような空気だった。
「気をつけてください。床、部分的に腐食している可能性があります」
佐藤さんの声が、いつもよりわずかに低かった。その冷静さが、かえってここがどれほど危険な場所かを物語っているようだった。
廊下を進む。巻尾さんが先導し、時折デバイスで前方の熱源や振動を探知している。
『……生体反応っぽいのは、今のとこナシっスね。けど、なんか“生きてる感”はあるっス』
「巻尾、それはきっと正しい感覚です」
佐藤さんが淡々と返す。
小部屋をいくつか開けていく。
散らばった書類、かつて人がいたような生活の痕跡。
ベッドの上には、破れたぬいぐるみが転がっていた。
江藤さんが先導して中を確認する。
「……ここに、子どももいたのか?」
何の目的で? 誰の命令で?
胸の奥に、重く沈んだ疑問がいくつも膨らんでいく。
進んだ先に、比較的大きな部屋があった。
扉の上には“監視室”と読める錆びたプレート。
中に入ると、奇跡的に一部の機器が生きていた。
「モニター……まだ動いてるのありますね」
巻尾さんがひとつ、古いカメラの映像を呼び出した。
ぼんやりとノイズの走る映像。
やがて、それが“誰か”の姿を捉えた。
──はなだった。
傷はない。泣いてもいない。ただ、白く無機質な部屋の片隅にぽつんと置かれている。
「……生きてる」
思わず、声が漏れた。
涙が出そうになるのをこらえて、佐藤さんを見る。
『場所、特定できるっスか?』
「はい。地下三層、東側の端。隔離区画のようです」
その時だった。
──バチンッ。
唐突に、照明がひとつ、破裂した。
同時に、耳鳴りのような高音とともに、空気が変わった。
「……来ます」
佐藤さんが、静かに言った。
廊下の奥、暗闇の中から──何かが動いた音。
複数だ。足音、ではない。何かを這わせるような、濡れた音。
『退路を確保して。敵かどうかもまだ不明っスけど、ここは動けるようにしておいたほうがいいっス』
佐藤さんはすでに武器を構えている。
姿はまだ見えないが、確かに“何か”がいる。
そしてそれは、自分たちがここに来たことを知っている。
「……覚悟は、できてますか?」
佐藤さんが、ふとこちらを見た。
その目は、何も恐れていなかった。ただ、先を見据えていた。
「……もちろんです」
はなを、絶対に連れて帰る。その思いが、ようやく恐怖を押し込めてくれる。
俺たちは再び歩き出す。
薄暗い階段の先、はなが待つ部屋へと──。