腐った鉄とコンクリートが入り混じった空気が、鼻腔にまとわりついて離れない。
一歩踏み出すたび、床材が軋む音が足元から這い上がってくる。
『建物の構造、かなり古いっスね……用途不明の空間が多いっス。おそらく地下の増改築を繰り返して作られた感じっス』
巻尾が手元の端末を操作しながら呟いた。
「進路は合っていますか?」
『はい。ぼたんさんの話と照らし合わせると、あと100メートルほど先の──』
不意に、端末の画面がノイズ混じりに揺れた。
『……っ、妨害されてる。こっちの発信が逆探知されたかもしれないッス』
「警戒を」
佐藤の言葉が落ちると同時に、廊下の先、曲がり角の影が動いた。音もなく、気配だけが壁を舐めるように迫ってくる。
「敵だ」
轟が一歩前に出た瞬間、黒い影が天井から飛び出した。
四足に近い構えで這うように走る異形の存在。
顔の中央にある眼孔は、ぎょろりとこちらを睨んでいる。
「っ……少なくとも人じゃねぇな、アレは」
「任せろ!」
江藤さんが先行して走り出し、間髪入れず轟も後を追う。佐藤さんが壁に身を寄せながら、バックアップのための機材を展開する。
「種田さん、行きましょう」
佐藤が振り返ることなく言った。
「はなさんの元へ急ぎます」
◇◇◇
施設の奥、鉄格子の向こうに部屋が見えた。
その中央に、蹲るような小さな影。
「……はな!」
自分でも驚くような声で叫ん
鉄格子はすでに開いていたが、その先にある部屋の扉には精巧な錠がかかっている。
「中に入れない……!」
「鍵は物理的なものじゃありませんね……」
佐藤さんが一歩前に出た。扉の前に立ち、ゆっくりと右手をかざす。
その瞬間、空気が重たくなった。まるで時間が引き延ばされたように、周囲の音が遠ざかる。
扉の輪郭が淡く滲み、周囲の壁が波打つように歪んだ。
「……ッ、今の……」
「どうしたんですか……佐藤さん、今のは……?」
種田が問いかけるが、佐藤は扉を見つめたまま静かに言った。
「わかりません。私にも。力というものは、そういうものです」
カチ、と音を立てて錠が外れた。
「行ってください。種田は、はなちゃんを」
◆ ◆ ◆
はなを抱きしめたとき、彼女の体が小さく震えていた。
「もう大丈夫だ。すぐに帰るからな」
「声?」
はなのを抱き寄せた瞬間、巻尾の端末から音がした。
通信ではない。誰かの声──
『ああ、なるほど。やっぱり、来てしまったか。君たちは』
「……誰だ?」
『まさか君たちの方から勝手に動くとは予定外だった。けれど面白い。君たちは──まだ“適して”いない』
意味のわからない言葉。
しかし、その声は、明らかに彼らを“見ていた”。
「通信はどこから?」
『わからないッス! こっちの回線じゃない……、外部端末でもない……施設内部の、別系統……』
『君の“娘”はもう少しで変わるところだった。惜しいことをしたね』
種田の背中を冷たいものが走った。
「……佐藤さん、どういうことですか」
「わかりません」
その言葉に嘘はなかった。けれど、その瞳の奥には、何かを知っているような光があった。
◇◇◇
脱出しようと廊下へ戻ると、施設の構造が大きく変わっていた。
『通路が、塞がれてる……ッ! 地形が変化してるっス!』
「崩落じゃない……これは、意図的に閉じてるんだ」
「別ルートを探します。ついてきてください」
佐藤が先導し、巻尾が構造を解析。
江藤と轟が後方を警戒しながら、種田ははなを抱き抱えて歩き出す。