はなが退院してから三日が経った。
そのあいだに、彼女の身体はさらに成長していた。背は明らかに伸び、顔立ちにはすでに幼児というより小学生の輪郭が見え始めている。
着せていた服の袖が、もう手首まで届かなくなっていた。
日に日に変わっていく身体。
言葉も、より明瞭になっていく。
昨日までは「まもる」「こわい」程度だった語彙が、今朝には「さむいから、もうちょっとねたい」なんてことまで口にしていた。もちろん発音はたどたどしいし、構文も不自然だけど、それでも──あまりに早すぎる。
「……急ぎすぎてる」
呟いた言葉が、自分の口から出た瞬間、喉の奥で引っかかる。
まるで何かが、はなを追い立てているみたいだった。
部屋の隅で、はながひとりでぬいぐるみを並べている。ぬいぐるみたちは、彼女が生まれてからずっとそばにあったものばかりだ。でも今は、その小さな動物たちが、彼女の成長についていけず、どこか滑稽に見えた。
佐藤さんは、洗濯物を畳みながらときおりちらりとはなを見ていた。俺と目が合うと、静かに頷く。
「気づいてますよね」
「……はい」
二人で言葉を交わすのは、それだけだった。
昼過ぎ、巻尾さんに連絡を取った。
電話の向こうで、相変わらずの調子のまま彼女は応じた。
『成長、止まる気配ないっスか』
「むしろ、加速してるように見えます」
『記憶は? 言語能力とか』
「蝙蝠の話をしたあの夜から、明らかに変わりました。今朝も、“きのう見た夢がちょっとこわかった”って言ってましたし」
『夢の内容、聞いたっス?』
「断片的でしたが……“おおきなドアがあって、なかがまっくらで、ひとがいっぱいいた”って。それ以上は……何も言いませんでした」
巻尾さんの沈黙が、ほんの一瞬だけ長くなった。
『転生前の記憶が、混ざってる可能性もあるっスね。順番を飛ばして生まれた場合、前の世界の情報がうまく整理されないことがあるっス。これは……』
「これは?」
『……轟さんたちの部署、見せてもらった方がいいっス。あそこは転生先の配分とか、手続き処理とか、全部見てるから』
その名前が出た瞬間、胸の奥にひやりとしたものが落ちる。
「見せてもらえるんですか?」
『コネで無理やり押すっス。正式な許可は時間がかかるけど、俺の顔でなんとかなるっス』
「お願いします。正直、もう“成長が早い”なんて言葉で片づけられる段階はとうにすぎてる気がするので……」
『……っスよね』
通話を切ったあとも、しばらくその場から動けなかった。
背中に冷たい汗が伝っていく。
知らなきゃよかった、なんて思ってはいない。
でも、どこかで「これ以上知ってしまっていいのか」という感覚が膝にまとわりつくようだった。
◇◇◇
夜。
はなは布団の中で、ぐっすりと眠っていた。眠っている間だけは、少しだけ前の姿に戻ったように見える。けれど、明日になればまた彼女は“変わって”いるだろう。少しずつ、何かの終点へと向かって。
佐藤さんがリビングの電気を落としに来て、俺の隣に立った。
「……夢の話、ほんとうだったと思いますか?」
「……そう、思っています。というか、もう否定する余地がないです」
「蝙蝠のこと、“あのときの場所”のこと──覚えているのか、それとも見えているのか」
「どちらにしても、ただの成長じゃないのは明らかです」
佐藤さんは小さく頷いた。そして、少し口元を引き締める。
「私たちの手に負えないものが、混ざってるんでしょうね」
「でも……だからといって放ってはおけない」
はなは、俺たちの目の前に確かに存在している。
どんな経緯があったとしても──守らなきゃいけない、ただそれだけだ。
静かな夜だった。
でもその静けさの奥に、何かがひそんでいる気がした。