執務室の空気は、いつもと変わらず静かだった。
目の前の男は、椅子に座ったままうつむいている。
痩せた肩が上下に揺れているのは、後悔の震えか、それとも別の何かか。
タブレット端末にページをめくり、事実関係を最後に確認する。
相手の表情には、疲労の色が濃い。もはや反論もない。
この地獄で行われる裁判は、一対一の形式が多い。無駄な演出も、観衆もいない。
ここでは、判決は沈黙のうちに落ちる。
そのとき、ポケットの端末が震えた。
ほんの一瞬、全身がこわばる。
それでも視線を動かさず、審理を続ける。
相手の罪状を静かに言葉にし、その結末を口にした。
沈黙が降りる。
椅子の上で男がゆっくりと顔を上げ、何かを言おうとする気配を見せたが、それは音にならなかった。
主人公は席を立ち、端末を取り出す。
震えはすでに止んでいたが、画面に残る名前が目に焼きつく。
──佐藤さん。
通話には出られなかった。
廊下に出て、すぐにかけ直す。
数回のコールのあと、応答があった。
「……はなちゃんが、また成長していて……」
息をのむような声だった。
佐藤さんの声音は、丁寧な敬語のまま、しかし奥に確かな動揺を含んでいる。
「今朝までは、まだ少女という印象でした。でも、つい先ほど確認したら……子供というよりも、成人の女性のような……」
途中で言葉が途切れる。
「場所は」
「はい。病院の第四棟、個室です。巻尾も、すでに来ています」
端末を切ったあと、一度深く息を吐いた。
何が起きているのか、理解が追いつかない。
だが一つだけ、はっきりと分かることがあった。
──時間が、進みすぎている。
それも自然な速度ではない。
まるで誰かが焦って、手動で巻き戻しているかのような、乱暴な加速。
施設を出て、移動の手続きを済ませる。
歩きながら、通路の壁に映る自分の顔をふと見た。
目の下の影が深い。口元に疲れが滲んでいる。
灰色の空が、頭上に鈍く広がっていた。
病院に到着すると、巻尾さんが廊下に立っていた。
珍しく真面目な表情で、口を開く。
「中……見た方がいいっス」
無言でドアに手をかける。
扉を押すと、室内には柔らかい照明が灯っていた。
そのベッドの上にいたのは、もう「子供」ではなかった。
髪は肩よりも長く、ゆるやかに波打っている。
顔立ちも、幼さを残してはいるものの、骨格は明らかに大人のものに近づいていた。
肌は血色を帯び、手足も伸びている。身長も、自分と大差ないほどに思えた。
服は明らかに小さく、急ごしらえの毛布が肩を覆っていた。
ただ、その目──静かに閉じられているその目だけは、以前と変わらない。
何かを見ていたような、何かを待っているような──そんなまなざしの記憶が、胸の奥に残っている。
後ろから、佐藤さんの足音が近づいてきた。
「……午前中までは、本当に普通の子どもだったんです。ここまで変化があるなんて……正直、想定していませんでした」
敬語は変わらず。けれど、その口調には滲むような不安があった。
主人公は、何も答えず、ただはなを見つめた。
思考の表面で、いくつかの疑問が生まれては消えていく。
これは成長なのか。進化なのか。あるいは、何か別の力が、時間そのものを歪めているのか。
まぶたが、わずかに動いたように見えた。
眠っているのか、それとも──何かがこちらを見ているのか。
(……時間がない)
その言葉が、再び胸の奥でくぐもった声となって響いた。