地獄の沙汰も君次第   作:Marks_Lee

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断片的接続

画面に浮かぶ波形が、ゆるやかに脈打っていた。

 

 一見すれば、ただのノイズ。

 だが再生するたび、胸の奥にうっすらとした熱が灯る。数字の羅列に過ぎないはずなのに、視線がそこから離れない。いや、離そうとすればするほど、内側から引き戻されるような感覚が強まっていく。

 

 ……これは、何かを伝えている。

 

 そう確信するには、十分すぎる“違和感”だった。

 偶然とは思えない周期性。音でもなく、言葉でもなく──だが、確かに意味がそこに“滲んで”いた。

 

 波形のリズムを耳に変換する。

 端末に接続したスピーカーから低い電子音が流れ出した。

 

 その瞬間、空気の質が変わった。

 

 胸の奥にひやりとしたものが走る。冷たい水に沈められるような感触。

 視界がわずかに揺れた。まっすぐだった壁の線が、ほんのわずかに湾曲して見える。

 思わずまばたきをするが、変わったのは視覚ではない──認識そのものだ。

 

 それに気づいた瞬間、恐怖が遅れてやってきた。

 

 身体が拒絶しようとする。背中が強張り、手のひらから汗がにじむ。

 けれど、逃げたいという思考のすぐ隣に、なぜか言いようのない“快感”が潜んでいた。

 

 おかしい。

 これは明らかに異常だ。

 

 だが、それを拒むのではなく、もっと深くまで覗いてみたいと願ってしまっている自分がいた。

 

 ──来るのか。

 ──捧げるのか。

 ──選べ。

 

 声にならない“言葉”が、脳のどこかに直接流れ込んでくる。

 頭の内側がじんじんと熱を帯びていく。まるで、目に見えない指で神経をなぞられているような、甘く痺れる感触。

 

 これは本当に、あのノイズから届いたのか?

 それとも、こちら側の精神が、勝手に意味を見出しているだけなのか?

 

 分からない。

 だがどちらにせよ──この現象は、もはや“観測”ではない。

 

 記憶が揺れる。

 

 知らないはずの景色が、唐突に浮かび上がる。

 焼け焦げた地面、崩れた建造物、曇った空に舞う黒い粒子。

 名前を知らない誰かの背中。自分の目で見たことがあるはずのない、それなのに深く“知っている”風景。

 

 そのイメージに、どこか安堵に近い感情すら抱いている自分がいた。

 なぜだろう。

 怖いのに、ほっとしてしまう。

 崩壊のなかに、懐かしさのようなものすら感じていた。

 

 ……何かが、入り込んでいる。

 

 自分の記憶ではないものが。

 自分の意識ではないものが。

 

 それが「外側」から来ていることに、疑いはなかった。

 

◇◇◇

 

 ふいに音が途絶え、空間が静けさを取り戻した。

 ただの沈黙ではない。何かが一度、深く潜ったあとの“静止”だった。

 

 スピーカーのスイッチは切れていない。

 だが、音はもう鳴っていない。

 まるで向こうから、一方的に“切断された”かのように。

 

 端末のモニターに、見慣れないログが浮かんでいる。

 

 > 同期率:0.004% 断片的接続を確認

 

 意味は分からない。だが直感的に、「誤作動ではない」と理解できた。

 繋がったのだ。ほんのわずか、ほんの一瞬──存在そのものが向こうと交差した。

 

 この胸の奥に残る微熱と、知覚のひずみ。

 それらすべてが、確かな“証拠”だった。

 

◇◇◇

 

東の空が薄明るくなってきた。

 夜が終わる気配。

 だが、まったく眠気はなかった。

 むしろ、この数時間で自分の内部が別の物に入れ替わってしまったような違和感があった。

 

 椅子から立ち上がると、脚がわずかにふらついた。

 どこも痛くないのに、身体が“自分のもの”である実感が薄れている。

 

 窓際に立ち、外を見る。

 

椅子から立ち上がると、脚がわずかにふらついた。

 どこも痛くないのに、身体が“自分のもの”である実感が薄れている。

 

 窓際に立ち、外を見る。

 

 

 ──そこには、草原が広がっていた。

 

 

 否、正確には「草原のように見えるもの」だった。

 

 地平まで続くなだらかな丘陵。

 だがそこに生えている草は、どこかで見たことのない灰緑色で、先端がわずかに黒ずんでいる。

 風は吹いていない。けれど、全体がまるで一つの意思を持つように、ゆっくりと波打っていた。

 

 空は淡く焼けていた。だがそれは朝焼けではない。

 朱でも藍でもない、名のない色。

 どこか遠くの空間で起きている化学反応が、地上の空気に染み出してきたような、不気味なグラデーションだった。

 

 ここは本当に地獄の一層目のはずだった。

 だが、今見えている風景は、もっと深い層から滲み出ているもの──そう直感する。

 

 草のひとつが、唐突に身をよじった。

 

 虫のような節を持ち、そこだけが明確に“こっちを見た”。

 

 視線が交わる感覚。いや、視線などという単純なものではない。

 “意識”そのものが、こちらに流れ込んでくる。

 見られている、というより、もうとっくに“中に入られている”。

 

 スマートフォンが震える。

 

 非通知。

 通知音は鳴らず、メッセージ履歴にも残らない。

 けれど、画面には確かに文章が表示されていた。

 

 > 「次は“選択”の段階に入る」

 > 「準備は整った」

 > 「まだ人でいられるうちに決めろ」

 

 喉の奥がひとりでに動いた。

 声を出していないのに、呼吸が返ってくる。

 肉体の内側と外側の境界が、薄く、曖昧になっていく。

 

 この草原は──世界の“表皮”に浮かび上がった、もっと深い地層の気配だ。

 

 地獄の底で、何かが目を覚ましかけている。

 

 選択のときは、すでに始まっていた。

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