端末の画面に刻まれた数字が、じわじわと迫り来る時間のようにこちらを見つめている。
「04:44」
次の接続予定時刻だ。胸の奥に冷たい何かがざわめき、意識の芯を揺らす。
隣で轟が端末の画面を凝視しながら、低くつぶやいた。
「座標はここだ。市の外れにある、廃業したビジネスホテル……火災事故があって長い間閉鎖されている」
その言葉に、俺は喉の奥が詰まるような気分で小さく息を吐いた。
「ここか……前にもログが反応していた場所だと?」
轟は頷く。
「そうだ。詳細はわからないが、繰り返し何かが起きている。まるで時間が重なっているみたいに」
外はまだ深い闇の中で、冷たい風が肌を刺す。湿ったアスファルトに街灯の光がぼんやりと反射し、世界がぼやけて揺れているようだった。
立ち尽くしていると、遠くからかすかに風鈴の音が響いてきた。
それはまるで、あの草原の記憶が呼び覚まされたかのようで、心の奥が疼いた。
◇◇◇
自動ドアが音を立てて開く。
薄暗いコンビニの中、冷蔵ケースから水を一本取り出した。
背後に、誰かに見られているような気配を感じて振り返ったが、そこにいるのは俺だけだった。
端末を手に取ると、「軽度の干渉波」「周波数一致:接続対象」という淡い表示が揺れている。
意味がわからず戸惑いながらも、店内の鏡に映る自分の姿に目をやる。
そこに映る俺は、ほんのわずかにタイミングがずれて動いているように見えた。
まるで、自分の影が別の時間を生きているみたいだった。
それは現実の境界が揺らぎ始めている証。
身体の奥が警告を鳴らしている。
逃げようとしても、時間は刻一刻と近づいている。
深く息を吸い込み、覚悟を決めて店を出た。
冷たい夜風が肺の奥まで沁みて、肌の表面を冷やしていく。
◇◇◇
午前四時を少し過ぎた頃、指定された座標に着いた。
そこは市の外れ、廃ビジネスホテルだった。
外壁の半分は崩れ落ち、割れた窓ガラスから埃と湿気の匂いが漂う。
闇が内部を包み込み、何かが潜んでいるような気配が鼻先をくすぐった。
風が吹いていないはずなのに、どこからか草がざわめくような音が耳の奥で響く。
入口のあたりに人影があった。
だが、それは人間の形をしているようでいて、どこか歪んでいた。
影に覆われた顔は見えず、ただ存在だけが異様な気配を放っている。
口を動かすが、言葉にはならない、奇妙な音が漏れていた。
その気配は、あの“観測者”を思い起こさせるものだった。
俺は全身の神経を張り詰め、息を殺してその場に立ち尽くす。
◇◇◇
端末の時計がちょうど「04:44」を示した瞬間、画面にログが映し出された。
《接続開始》
《対象:写本断片(2/2)》
《記録媒体:種田柿彦》
激しい耳鳴りが襲い、視界がぐるりと反転する。
空間を引き裂かれるような感覚に体が揺さぶられた。
目を開けると、目の前に広がるのは見覚えのある草原だった。
数メートル先に、はなが立っている。
だがその姿は揺らぎ、透けている。
はなが手を伸ばす。
声は届かない。
視界の端に、黒い影のようなものが忍び寄ってくる。
その瞬間、接続は強制的に切断された。
気がつくと、冷たいホテルの床に倒れていた。
端末には《接続異常》《未補完》の文字が点滅している。
瓦礫の中、黒く焼け焦げた“文”が浮かび上がっていた。
それが、最後の写本断片だった。