地獄の沙汰も君次第   作:Marks_Lee

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Speak Out

「「ごちそうさまでした」」

 

「おう。食べ終わった器、片付けるぞ」

 

マスターはそう言うと、食した後の鉄板と皿を持って奥に回った。先ほど出てきたところと一緒だから、調理スペースと水場は隣接しているのだろう。

 

しばらくすると、マスターは銀製の丸盆にカップを2つ載せ戻ってきた。この香りはコーヒーか。以前、室で振舞われたそれとはまた違い鼻に抜けるいい匂いだ。

 

「ほい、コーヒー。砂糖とミルクは好きに入れてくれ」

 

おそらくこのコーヒーはランチに含まれていたのだろう。日下部さんは、カップに角砂糖を4つ、ミルクを縁ギリギリまで注ぐ。見てるだけで、口の中が甘くなった。

 

カップを手に取り、一口啜る。コーヒーは、苦味と酸味のバランスが取れスッキリとしていて、とても飲みやすい。食後に飲むなら、これ以上のコーヒーはそうそう出会えないだろう。

 

半分ほど飲み終え、ふと日下部さんの方を見るとすでに飲み終えたのかカップは空になっていた。

 

「いやー、マスター相変わらずいい腕前で。すごく飲みやすかったよ」

 

「そりゃどうも。あんだけ砂糖とミルクを入れてりゃ飲みやすくはなるだろうがな。今日はその腕、調子良さそうだな」

 

腕?そう言われ、日下部さんを見ると左の腕が生手と様相が違う。光を反射させない黒々とした義手だった。

 

その視線に気づいたのか、日下部さんはニコリと微笑むと話をしてくれた。

 

「以前、実験中の事故でやらかしちゃいましてね。肩口から綺麗に吹き飛んでしまったんですよ。医者には、素早く処置すれば、なんとかなるだろうと言われたんですが……ちょうどいい機会かと思って義手にしてみたんです。ほら、自分の体で試せば、腕も治るし新しい義手の改善点を見つけたら、すぐに実行できますから」

 

「どうしてそこまで……あっ、すいません。つい口に出ちゃいました……」

 

「別にかまいませんよ。技術の進歩というのはどうやったって時間がかかります。果てしなく続く階段をイメージするとわかりやすいか。稀にその過程を数段飛びで進めることがあるんです。私は幸運にもそのチャンスに恵まれ、手を伸ばし、掴めた。それが、この腕なんです」

 

そう言いながら日下部さんは、左の義手を天井から吊り下げられた照明を掴むかのように手を上げ、そこに何かがあるように 決して離さないとでも言ってるかのように力強く握りしめた。

 

しばらくの無言、店内にはスピーカーから聴き心地のいい曲が流れている。それは古くさく人を選ぶメロディーだったが、今はその曲たちが流れていることがありがたかった。

 

◇◇◇

 

「あー、そのなんだ。随分と辛気くさい空気になっちまったな……ちょっと待ってろ」

 

マスターが店の奥に入り、しばらくすると2つのガラスの器を持ってきた。見ると、白巻かれたソフトクリーム。

シンプルなミルクソフトのようだ。

 

「今度、うちの店で出す予定で作ってるんだが、良かったら食べてくれ」

 

「え、いいんですか?あっ、お金払います」

 

「別に金は払わなくていいよ。元はと言えば坊が何も言わずに連れてきたんだろう……気分を悪くさせた礼だと思って食ってくれ。あ、感想はキチンと聞かせてくれよ。あくまで試作品だからな」

 

そういうとマスターは、まだ用があるようでそそくさと奥に引っ込んでいった。気を遣ってくれたのだろう。今は、それがありがたかった。

 

「あー、溶けちゃう前に食べちゃいましょうか」

 

「ふふっ、そうですね。溶けちゃう前にいただきましょう」

 

添えてあったスプーンを取り、一口分掬って口に頬張る。

甘さは控えめで、想像していたものよりすっきりとしている。

ただ、これ単品だと少し物足りないといったところだろうか。

二人してしばらく黙々と食していると、用が終わったのか奥からマスターが戻ってきた。

 

「お、食べ終わったか。なら、率直な感想をたのむ」

 

そういうと、マスターは定位置なのだろうかカウンターの縁に腰をつける。どこから言おうか考えていると日下部さんから口を開いた。

 

「まず、さいしょに。とても美味しかった。暑い時期にはとてもいいと思います。ただ……」

 

「ただ?」

 

「単品だと、何か足りない。ただ、何が足りないのかはわからない。といったところでしょうか」

 

「うーむ……何かが足りない、か」

 

そういうとマスターは、顎に手を当て考え込むようにして黙った。若干ながら、空気が重くなるのを感じる。

 

「……あのー、自分も感想いいですか?」

 

「おう、悪いな。聞くのを忘れていた。率直にいってどう思った?」

 

「まずは味の感想ですが、先ほど日下部さんがおっしゃった通り、とても美味しかったです。ただ、足りないといってましたが、これになにかかけるソースを足すのはどうでしょう?」

 

「ソース、か……例えば?」

 

「このソフトクリームだと、甘さを抑えたベリー系のソースとか、もっとシンプルにしょうゆ系のタレとか。あとは、すこしいい塩だけとか」

 

「塩か……ちょっと用意してくる。待ってろ」

 

そういうとマスターは、小走りで奥に行き、小瓶に入った塩を持ってきた。まだ、溶けきっていないソフトクリームの上に、ほんの少し塩をかける。

 

口に含むと、さっきの物足りなさがなくなり、纏まりが良くなっていた。

 

「美味しい……あとは塩の種類と量を精査すればもっと良くなると思います」

 

「あとは、さきほど種田さんが言っていたソース系ですが、要検討といったところですかね。どうです、マスター?」

 

「あぁ、これは有りだな。さっきのソースは今すぐには準備はできねぇが、作ることはできる。坊、いい客を連れてきてくれた。えっと、種田といったか。今度、また試作をつくるから坊と一緒に来てくれないか?」

 

「わかりました。そういうことでしたら是非に」

 

◇◇◇

 

会計は、日下部さんがまとめて支払った。せめて、割り勘にと言ったが「無理に誘ったから持たせてください。礼なら、今度また一緒に食事してくれればいいですから」と言われ、素直に応じた。

 

店から出ると、外は夕暮れ時。陽は落ちかけ、二人の影は長く伸びている。

 

「いやー、美味しかった美味しかった。マスターの腕、相変わらずどころかますます磨きがかかってた。次も楽しみですねー」

 

「そうですね。ところで日下部さん」

 

「ん?どうしました?何か聞きたいことがあるって顔してますが?」

 

聞きたいことは限りなくある。が、どれも上手くまとまらず、口から言葉が出ない。

 

「まぁー、今日中に聞かなくてもいいんじゃないですか? いつでもこちらは応えられるようにはしてますから。」

 

そうにこやかに言うと、日下部さんはそそくさと自分の部屋へ戻っていった。

 

 

 

 

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