光の奔流が目前に広がっていた。
ただ眩しいだけではない。
粒子のひとつひとつが鋭い刃のように意識を切り裂き、触れぬまま奥深くへ入り込んでくる。
身体が後ろに退こうとする。
それを押しとどめるように、胸の奥で脈が重く響いた。
逃げることは許されない。そう告げるように。
はなの足は自然に光へ向かって進んでいた。
白い装束が揺れ、光に触れるたびに輪郭が薄れていく。
その姿が消えてしまいそうで、思わず息を詰める。
光柱からは声が絶え間なく溢れていた。
高いもの、低いもの、囁き、叫び、祈り。
無数の声が重なり、ひとつの言語には収まらない響きとなって空間を満たしている。
「忘れないで」
「ここにいる」
「消えたくない」
耳ではなく頭蓋の内側に直接刻み込まれるような声。
その一つひとつがかつての誰かの断片であることを、理解するより先に感覚が知っていた。
光は吸い込もうとしていた。
はなを、そしてこちらをも。
存在ごと取り込んで、永遠に留めようとする意思が、確かな力として押し寄せていた。
はなの足が光柱の手前で止まった。
白い指先が胸元に触れ、囁くように声が零れる。
「……美薗はつ」
その音が空気を震わせた瞬間、光が大きく脈打った。
塔全体が応えるように震動し、足元が揺れる。
次の呼吸で、彼女の輪郭がさらに薄くなった。
「ここに、記されている……」
はなはそう言い、光へ向けて視線を逸らさなかった。
光柱は呼応するように輝きを増し、彼女の姿を取り込もうとした。
光の粒が肌にまとわりつき、布を透かし、骨にまで染み込むかのように溶け込んでいく。
このまま選べば、はなは「美薗はつ」としてここに永遠に留まる。
光がそう告げているように思えた。
だが同時に、それは外の世界から失われることを意味する。
これまで共に歩んできたはなの存在が、誰の記憶からも、どんな痕跡からも消えてしまう。
光の眩しさに耐えながら、その事実だけが重く胸に沈み込んでいった。
光に包まれながら、はなはこちらを振り返った。
瞳には揺らぎがなく、まっすぐに問いを差し向けてくる。
「……消えるのと、残るのと、どちらが正しいと思う?」
言葉は小さく、それでいて光の奔流を裂くほど鮮明だった。
光柱がざわめいた。
はなの声を嘲るように、あるいは肯定するように。
無数の声が反響し、同じ問いを重ねて響かせる。
「消えるのと、残るのと――」
耳を塞いでも意味はない。
頭蓋の奥に、心臓の裏に、直接問いが突き刺さる。
答えを求められている。
それでも、口は動かない。
どちらが正しいのかを言い切れるほど、この光景は単純ではなかった。
ただ一つ確かなのは、ここまで過ごした時間が「記録に残らなくとも確かにあった」ということ。
それは理屈ではなく、重みとなって胸の奥に留まっている。
その沈黙を、はなは理解したように微笑んだ。
光に半ば飲み込まれながら、その笑みはなぜか柔らかかった。
光の奔流の中で、はなが手を伸ばした。
指先は光に触れ、今にもその奥へと溶けていきそうだった。
だが、踏み込むことはなかった。
彼女の瞳には決意が宿り、その唇から静かな言葉が落ちた。
「――まだ、選ばない」
瞬間、光柱が大きく揺らいだ。
塔の壁が軋み、床に走る文様が赤熱して浮かび上がる。
轟音が耳を塞ぐ間もなく押し寄せ、肺の奥を震わせた。
光は怒りとも嘆きともつかぬざわめきを発し、はなを飲み込もうと脈動を繰り返す。
だが彼女は背を向けた。
光の奔流を一切振り返らず、出口の方角へ歩みを返す。
その姿に、ここでの戦いはまだ終わっていないと確信する。
選ばなかったことで塔そのものが逆上し、逃がすまいとする力が空間を満たしていく。
次の瞬間、全身を押し戻すような圧力が襲った。
足が勝手に後方へと運ばれ、視界が急速に歪んでいく。
塔が強制的に外へ弾き出そうとしている。
眩い光に視界を奪われ、最後に見えたのは、光柱を背に歩き続けるはなの小さな背中だった。