地獄の沙汰も君次第   作:Marks_Lee

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彼女の選択

 光に満たされた空間は、呼吸すらためらわせるほどの圧を持っていた。

 全身の肌に重く張り付くような光の粒子が、音にも似た脈動を繰り返している。鼓動のリズムを外側から強制されるようで、胸の奥が不自然に高鳴った。

 

 その中央に、はなが立っている。小さな肩をわずかに震わせながら、押し寄せる声の波に晒されていた。

 問いかけはまだ続いている――「残るか」「還るか」。

 

 余白の深みから響く声は、選択の余地を与えているように装いながら、逃げ場を奪う力を持っていた。

 はなは瞼を伏せ、唇をかすかに開く。長く息を吐き出す音が光に溶け、やがてはっきりとした言葉になった。

 

「……残る」

 

 その瞬間、光の振動が一斉に形を変えた。

 肯定の返答を示すようにも、拒絶の合図のようにも取れる震動音が、全方位から押し寄せてくる。

 眩しさに視界を覆われながら、胸の奥に針のような痛みが走った。

 

 はなの答えは、確かにここに刻まれた。

 

 眩さの中で、はなの輪郭が揺れていた。

 光に溶けかけていた身体が、にわかに収束し、ひとつの像として再び定まっていく。

 

 細い腕、幼い面差し、立ち尽くす姿が鮮明さを取り戻し、ただそこに在るという事実が空間を支配した。

 だが同時に、余白そのものに亀裂が走った。

 

 音もなく、視界の端に黒い裂け目が生まれ、じわりと広がっていく。壁も床もないはずの空間が、見えない膜を突き破られるように震えている。

 

 光の粒子が不規則に明滅し、息をするたびに肺の奥へ異質な冷たさが入り込んだ。

 傍らで轟が低く声を漏らす。

 

「……選ばされたんじゃねぇか」

 

 それは呟きにすぎなかったが、裂け目の震えと重なり、言葉がこの場の真実を照らすように響いた。

 

 選んだのではなく、選ばされた。残るという返答に、何か避けられない強制の影があったのではないか――その予感が胸を冷やしていく。

 

 はなの姿は確かにここにある。だが、それを見つめる眼差しの奥には、崩壊の兆しが同時に映っていた。

 

 裂け目の広がる気配を背に、はながゆっくりと振り返った。

 光の粒子に縁どられたその瞳が、まっすぐにこちらを射抜く。幼い輪郭の奥に、ふいに別の影が重なる。

 

 それは「はな」ではなく――美薗はつという一人の女性の記憶だった。

 かすかな眼差しの深さ、唇のかたち、ふとした表情に、かつての姿が揺らめくように滲んで見える。

 

 だがそこには言葉はなかった。ただ「ここにいる」という確かな存在感が、痛みのように胸へ突き刺さる。

 余白を震わせる声が再び響いた。

 

「残ることは負担を伴う。観測は代償を求める」

 

 冷たい響きが光の粒に染み渡り、足元の感触がひやりと揺らぐ。

 選んだ彼女の在り方は、確かさでありながらも、同時に大きな喪失を背負わせるものなのかもしれない。

 

 髪を揺らす風が吹き抜けた。匂いはなく、ただ皮膚を切り裂くような冷たさだけが残る。

 はなの姿は確かにそこにあったが、その背に寄り添う影は、いずれ彼女を覆い尽くすもののように思えた。

 

 光に支配されていた余白が、音もなく軋みを上げた。

 裂け目は広がり、視界の端から濃い影が滲み出してくる。白一色の空間に、異質な色と匂いが混ざり始めた。

 

 足元が崩れるように揺らぎ、次の瞬間、あの執務室前の廊下が割り込む。

 木の扉、無音の空気、均質な灰色の壁――。どこにも匂いはなく、ただ「無」に近い静けさが広がっている。

 

 そのはずなのに、遠くから血の匂いが滲むように鼻を刺し、呻き声の残響が壁の奥から立ち上ってくる。

 地獄の影が、強引に風景へ重なり込んでいた。

 轟と佐藤さんは、言葉を失ったまま光の残滓を睨みつけている。

 

 はなの姿だけが崩れず、真昼のような光に包まれたまま廊下の中央に立っていた。

 彼女の小さな影が床に伸び、その輪郭は確かにこちらを離さない。

 

 何が残り、何が崩れ去ろうとしているのか、判別のつかないまま、風景は音もなく継ぎ目を失っていく。

 ただ一つ、「残る」と告げたはなの存在だけが、揺るぎなく刻まれていた。

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