時計の針が頂点を指し日をまたぐ頃。地獄六辻の外れ。目深にフードを被った男二人が人目を憚るように裏通りへと駆けていく。
二人の男は、今は使われていないであろうと思われる雑居ビルの中に入っていく。
中は管理が行き届いておらず、ダンボール箱は雑然と積まれ、埃をかぶり放置されている。男たちは、ただ何も言わず奥へ奥へと足を進める。
二人組の男の片割れが口を開いたのは、突然だった。
「あー、どうしよう兄貴。いい報告も成果もなしじゃ親父のやつどうブチ切れるか……」
「……そうだな。機嫌が悪かったら二人ともぶん殴られるだろうが。その時は、俺とお前どちらが先に殴られるか賭けてみるとしようか。先に殴られた方には、後に殴られた方が一杯おごるってのはどうだ?」
「うーん、それはどちらに分があるかわからない賭けだね。よし、やろう。俺は兄貴に賭けるよ」
「そうか。じゃあ俺はお前に賭ける」
「こんなことでしか賭けることもできないのも辛いところだけどさー、その答えは神のみぞ知るってね」
「……フン、地獄に神も仏もあってたまるかよ」
二人は、奥の扉を数回、不規則に鳴らす。そのノックが、男たちの秘密の合図だったようで、扉のロックが解除され男たちは扉の奥へと足を進める。
その部屋は、上のフロアまでを打ち抜いて天井を高く獲った部屋だった。申し訳程度に、明り取りの窓が空いているが、
その部屋の中央には、こちらも二人の男。壮年の男と青年と思われるお面の男。二人ともスーツを着ているが、明らかに仕立てが違う。壮年の男は、使い古されながらもパリッとした上下のセットアップをしている。面の男の方は、オーダーメイドで作ったスーツを今さっき下ろしてきたと言わんばかりのものをそのまま着ているというなんともちぐはぐな二人だ。
「来たか」
「聞いてくれよ親父!あの業突く張りの狸、俺らの嫌がらせも無視してタコ殴りにしてきたんだぜ⁉︎普通、客なんだからもうちょっと態度ってやつをなぁ〜」
「いや、それは無理があるでしょ。多分、あのおっさんこっちの雰囲気を見て嫌がらせにきたって瞬時に見抜いたんだと思うよ」
「だとしても席に着いた瞬間にチンチンに熱した鉄板プレートを投げてくるか!?おかげでほら、こんなにひどい火傷に……」
入ってきた二人の男は、口を開いて文句を言う。その状況を見かねてか、親父と言われる男がため息を1つ吐いて男たちを睨む。
「で、だ。文句を言う前にまず結果を教えろ。そうじゃないと話が進まん」
「うっ、すいません。結果は失敗。応じないならば店で暴れてもよかったんだがその前に叩きのめされた。ただ……」
「ただ?」
「俺らが店から追い出されたすぐ後に、二人の客が入ってきたんだよ。しかもかなり親しそうだった」
「うむ、報告ご苦労。とりあえず二人は下がって火傷の手当てをしてこい。熱せられた鉄板だと火傷と同時に打撲なんかもしてるから慎重にな」
「うっす。これで失礼します」
二人の男は、両膝に手をついて頭を下げた後に部屋を出て行く。残ったのは、親父と呼ばれる男ともう一人……その男が世間話でもするかのように口を開いた。
「あれでよろしかったのですか?こちらもあなた方にそれなりの報酬を与えてるんですから、ちゃんと動いてもらわないと」
「いいんだよ、あいつらはアレで。先のことまで読む力はないが、行動力に関してはまぁ使えると思ってる。……二人組の客ねぇ」
「おやおや、どうされました。二人組の客なんて珍しくもなんともないでしょうに」
「なんとなく引っかかる……後であいつらに聞いておくか。もしかするとなにか取っ掛かりになるかもしれん」
「そう言うものですかねぇ……まぁ、こちらもきちんとコストを払っているのですからパフォーマンスを見せていただければと」
(そんなことはわかっている。……今回のクライアントはハズレのようだな。同じことしか言わん)
親父と呼ばれた男は、苦虫を噛み潰したような苦悶の表情で、またため息を一つ吐いた。
◇◇◇
日下部さんと別れた後、疲れがたまっていたのかすぐにベッドに横になった。
その夜のこと……
ふと、目がさめる。意識がぼうっとするが時計を見ると夜中の2時過ぎ。あたりは、月明かりが窓を刺しうっすらと部屋が明るくなっていた。
(そういえばシャワーも浴びずにそのまま寝たんだっけ……)
シャワーを浴びるために浴室へ行くと、脱衣所の隅に黒い煤が溜まり空気が淀んでいる。うわぁこれカビか?と思い、手を伸ばすとその煤がウゾゾゾと蠢き、手にまとわりつく。
「なんだこれっ!?」
その煤のようなものが、在るべき形を取り戻すように固まり人型に形成されていく。人型から人間らしきものへ。生白い手足がチラリと見えて息を飲む。
その手がいきなり顎をあげるように手を添え、首筋を下から上へと舐め回すような感覚が種田を襲い、身を震わせる。
その影はただ一言
「イタダキマス」
そして、意識を斬り飛ばされるように気を失った。
◇◇◇
どれくらい時間が経ったのだろうか。気がつくと、夜は明け窓からは朝日が室内を照らしていた。
(なんだったんだろう、あれは……)
体を起こし、脱衣所の鏡で自分の姿を確認すると。
衣服は乱れ、首筋には情事の証と言えるものが無数についており、さながら紅梅がごとく咲き乱れていた。
「……どうしようこれ」
と悩んでいると、端末が鳴り響く。誰だろうと首をかしげると佐藤さんからだ。
『なにか体調に変化がありましたか?こちらにバイタルに変化ありと情報が来てまして』
文面で説明するのも難しいものがあるので、鏡ごしに今の現状を写真に撮って添付し、送信する。
『このような状態です』
そう送ると、すぐさま返事が返って来た。
『すぐにそちらに向かいますので部屋から一歩も動かないでください』